もう落ちるところまで落ちないと良くなることはない、と思う。日韓関係のことだ。
限界にきた「韓国疲れ」
10月30日、韓国の最高裁判所にあたる大法院は新日鉄住金に対し、かつて徴用工として働かされた韓国人4名へ約4千万円の賠償を命じる判決を下した。元徴用工は21万人以上いると言うから、最悪の場合、韓国に進出している日本企業は5千億円以上の賠償金を支払わなければならない可能性が出てきた。
1965年の日韓関係正常化に伴い、日韓両国政府は請求権協定を締結した。日本が無償3億、有償2億ドルを韓国に供与する一方、両国及び両国民間の請求権問題は解決済みにするという取り決めだった。今回の判決を受け、日本側から「今さら、何なんだよ」という声があがるのは当然だ。
原告敗訴の高裁判決が差し戻された経緯を考えれば、今回の大法院判決の内容は広く予想されていた。だが、判決後に日本国内で沸き起こった反発は、想像以上に強烈なものだった。背景には、日本側に蓄積した「韓国疲れ」がある。2015年12月の慰安婦合意は韓国側によって破棄同然の扱い。2012年6月には、日韓GSOMIA(秘密軍事情報保護協定)の締結を韓国側が署名当日にドタキャン。同年8月には李明博大統領が竹島に上陸し、天皇陛下に謝罪要求まで行った。これらの出来事が積み重なった結果、日本国民の間には「いくら謝っても韓国は日本を許すつもりがない」「いくら歩み寄って和解しても何度でも蒸し返してくる」というウンザリ感が蔓延している。私も例外ではない。
冷静になって一つだけ指摘しておきたいことがある。今回の徴用工判決は韓国政府(文在寅政権)が日本叩きを意図して行わせたものではない、ということだ。韓国も民主主義国家で司法は独立しており、そんなことはやりたくてもできない。だが、最高裁判決が出た以上、韓国政府がこの判決に拘束されることになるのは間違いない。李明博大統領の時代にも、憲法裁判所が慰安婦問題に対する政府の無策を憲法違反と断ずる判決を出し、李が野田佳彦首相(当時)に慰安婦問題での善処を求めた結果、日韓関係は見る見る悪化した。日本側の「韓国疲れ」は、単に韓国政府に向けられたものと言うよりも、韓国社会全体に向けられたものと考えるべきであろう。
河野外相は「徴用工判決は国際社会への挑戦」と批判
今回の徴用工判決はとんでもない。しかし、感情的になるばかりでは韓国と同じだ。特に、河野太郎外相はキャンキャンうるさい。日本の立場を国際社会に示すために国際広報が重要、と言うのはわかる。でも、ロビイングとかもっと地道な努力を継続することの方が大事だろう。第一、河野の興奮した姿を見せつけられてばかりでは、日本も韓国同様に「感情の虜」なんだと思われかねない。
河野は国内向けパフォーマンスとして言っているのかもしれない。だが、「国際社会への挑戦」というのはいかにも言葉が躍っている。私の受け入れるところではないものの、「国家間協定で戦時求償権問題が解決した後も個人請求権は消滅しない」という考え方は韓国だけのものではない。中国もそうだし、ポーランドに至っては、過去に賠償請求を放棄したにもかかわらず、国家としてドイツに6兆円規模の賠償を求める動きが出ている。米国政府も(いつものことではあるが)求償権問題で日韓いずれかの肩を持つことは避けている。外務大臣の発言であればこそ、言葉はよくよく選ぶべきじゃないのか。
日本の対抗手段~国際司法裁判所、調停委員会、トランプ流の可能性?
もちろん、国際広報の強化だけでは話にならない。残念ながら、韓国(社会)は今、話し合いだけで物事を解決できるような状況にないので、何らかの圧力を加えることも避けられない。日本政府に何ができるのか?
<国際司法裁判所(ICJ)>
徴用工判決についてICJで争うには、韓国政府が付託に同意することが必要になる。韓国がそれに応じる可能性はない。だが、提訴だけでも国際世論の喚起にはつながる。見栄を気にする韓国はそれだけでもかなり嫌がる。
報道では「政府が一方的提訴の方針を決めた」みたいな記事を見たが、李明博の竹島上陸の時も結局見送られた。日本政府がどこまで本気かは不明だ。外務省が「裁判になれば必ず勝てる」と言っているという記事も見たが、話半分に聞いておきたい。捕鯨裁判の時も外務省は「絶対に勝てる」と言っていたが、結果は負けだった。
<仲裁委員会>
日韓請求権協定上、揉め事は(二国間の外交協議を経た後に)仲裁委員会で解決することになっている。ただし、第三国の仲裁委員を選定できるか等、実際の委員会設置にはハードルが残る。
<トランプ流>
最近、日本国内で韓国に対するイライラが高じているのを見ていると、従来考えられなかった禁じ手が将来は検討されるようになるんじゃないか、と思い始めている。何のことか? 徴用工問題の仕返しを貿易や金融取引面で行う、ということだ。
日韓の貿易構造は日本側の黒字であるため、トランプが中国に対して仕掛けている貿易戦争が日韓でそのまま再現できるとは思わない。(現代の貿易戦争は、「売らない」よりも「買わない」の方が有効である。)米国の通商拡大法のような立法措置も必要になるなど、簡単な話ではない。だが、国民も「トランプ流」を見慣れてきた。誰かが言い出せば、案外支持されるかもしれない。
もっと現実的なのは、「静かなトランプ流」であろう。表立っては言わずに、韓国を標的に圧力をかけるやり方だ。日本政府は韓国政府に対し、造船業界への補助金をめぐって二国間協議を要請し、韓国が応じなければWTO提訴に至る運びだと言う。徴用工問題を睨んだ圧力であることは明らかだ。今まで見送っていたこの種の措置を日本政府は繰り返すことになるのではないか。
韓国は変わらない――少なくとも短期的には
日本政府は、韓国政府が原告に何らかの補償を行い、新日鉄住金などが賠償金の支払いや財産の差し押さえを免れることを期待している。日本政府が国際司法裁判所への単独提訴などを示唆するのも、韓国政府に何らかの手を打たせるための圧力だ。しかし、そううまく事が運ぶだろうか? 私の見立ては悲観的だ。
中国では2014年、戦時に「強制連行」された元労働者が三菱マテリアルを訴えて賠償を求めた。16年には和解が成立し、今年中にも一人160万円程度の支払いが行われる見込みだ。西松建設や鹿島建設なども同様の決着を見ている。韓国政府が肩代わりをして日本企業の負担をゼロにするというのは、韓国の国内政治上、実現可能性は低いと考えざるをえない。仮に韓国政府が一部肩代わり等で妥協を図ろうとしたり、原告側に差し押さえをやめさせたりしようとしても、原告の背後にいる活動家たちがそれに応じさせるかどうか、疑問だ。政府の都合や国益など、彼らの眼中にはない
日本政府が、上述したような「トランプ流」の圧力をかければ効果はあるのか? 中長期的にはともかく、韓国が直ちに膝を屈することは期待できまい。一般的に韓国人は「情」に身を任せること甚だしく、利害関係や価値観から大局的な政治判断をすることは不得手である。しかも、経済成長を遂げてG20のメンバーとなった今、韓国にとって日本経済――世界経済全体に占める割合(名目)も今や6%まで低下した――が持つパワーは限定的なものにすぎない。南北の緊張緩和も基本的には日本軽視を助長する要因となっている。
先行きは暗いが・・・
悲観的過ぎるかもしれないが、徴用工問題はまだまだ拗れると思っておくべきだ。それ以外の問題を含め、見通し得る将来にわたって日韓関係の改善は期待できない。
しかし、何年か先(あるいは十年以上先)には、日韓両国政府の間で懸案解決に取り組む機運が生まれる時もあるはずだ。問題は、その時に日韓の次の世代が「一緒に仕事のできる」関係を作りあげられるか否か。今どんなに関係が悪化していても、次の世代が憎しみや反感を乗り越えられるための種を蒔いておくことは我々の責務だ。
一つは若手国会議員の交流。冷戦が終わるくらいまで、日韓の議員間には癒着と呼べるくらいの深いパイプがあった。今は見る影もない。
もっと期待したいのは、学生など草の根の若者交流だ。国家・民族の憎しみや反感は世代を超えて受け継がれ、時に増幅される。そのことを我々は日韓関係から学ばなければならない。悪い連鎖を断ち切るためには、柔軟な若者に期待するしかないではないか。
圧力と対話と種まき――。なす術もなく悪化する日韓関係を前にして、思いつくのはこれくらいしかない。