今月2日、アメリカ亡命中のサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ領事館で惨殺された。国際的な批判の高まりを受けてサウジ政府は事件への関与を認めたが、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の関与については否定している。カショギ氏は皇太子を含め、サウジの体制批判を繰り返してきた。サルマンが関与していたのであれば――サウジ政府の発表を鵜呑みにする人は少ない――事実なら、殺人はもちろん、報道の弾圧という意味でも、言語道断だ。
日本政府はどう出るのか? 常日頃、安倍は「自由、民主主義、人権、法の支配」を標榜しているが、それは中国を牽制するのが目的。安倍自身がこれらの価値観を普遍的なものとして信じているわけではあるまい。サウジが開き直って皇太子の関与を認めでもしない限り、「事実関係が明確でないのに軽々な判断はできない」とか何とか言って、うやむやにやり過ごしたいと思っているんだろうな。
何せ、日本は原油輸入の4割をサウジに頼っている。しかも、サウジは「イスラエルの敵であるイランの敵」、つまりトランプ政権のお友だちでもある。トランプ大統領が正義に目覚め、サウジに制裁をかけるような事態になれば、安倍も外務省・経産省もさぞかし困るに違いない。
もう一人、今何を考えているのか、語ってほしい人がいる。ソフトバンク・グループの孫正義氏だ。
孫が率いるビジョン・ファンドはサウジの政府系ファンドから約5兆円の出資を受け、サウジ側は投資額を倍増させる計画だと伝えられていた。サルマンの関与が表沙汰になったり、ならないまでもサルマン批判が今以上に燃え盛った場合には、孫が「サウジの出資を受け入れ続けるのか」が関心の的となろう。もちろん、サウジの出資を返せば、ファンドは解散同然の打撃を受ける。一方で、サウジの出資を受け入れたままだと、事件に不快感を抱く欧米の出資者は資金の引き上げを検討するかもしれないし、ソフトバンクの企業イメージは全世界的に悪化する。冗談抜きで孫は「存亡の危機」を迎える可能性がある。
だが、俺の関心は「孫が損するかどうか」ではない。日本を代表する経済人である孫正義の口から、報道の自由や人権などの価値観についてどう思っているのか、それと商売との関係はどうあるべきか、について聞いてみたい。
本当は、日本の経済人と称する人たちのすべてに、この問いの答を聞きたい。でも、日本の経済人は、「政経分離」とか言って、政治や価値観の話から逃げるのが常だ。まあ、サラリーマン経営者がこじんまりと経営している分にはそれも仕方がない。だが、孫は、叩き上げのワンマン経営者にして、トランプやサウジ王室に近づくなど、現代版の「政商」と言ってもよい人物。都合のよい時だけ、「政経分離」を口にすることは許されない。
孫さん、今月4日、トヨタ自動車との間で配車サービスなどの業務提携をまとめたあなたが、華々しく記者会見を行ったのを俺は覚えている。日本政府じゃあるまいに、孫さんほどの人が「このまま事態がうやむやのままに過ぎ、ほとぼりが冷めてくれればよい」とひたすら穴の中で願っている姿は想像したくない。