ワイドショー化した領土交渉~北方領土をめぐる日露協議の非常識

こんなにオープンな領土交渉も珍しい。北方領土について、日露双方の指導者・政権幹部がマスコミの前で自らの考えを公言し、それを両国のテレビ番組が面白おかしく囃し立てている。

9月12日   プーチン大統領=前提条件なしでの平和条約締結を提案。
11月15日 安倍総理=日ソ共同宣言を基礎に領土交渉を加速することでプーチン大統領と合意した、と発表。
11月15日 プーチン大統領=日ソ共同宣言は二島の主権には言及していない、と主張。
11月16日 菅官房長官=(色丹・歯舞の)二島が返還されれば、日本の主権も確認される、と反論。
11月19日 ペスコフ ロシア大統領報道官=(色丹・歯舞の)二島が自動的に引き渡されるものではない、と発言。

こうしたやり取りを見る限り、日露双方が交渉を巧みに管理すべく意思合わせを行っている様子は窺えない。これでは駄目だ。うまくいくわけがない。

10月23日11月17日のポストで、ロシア側のメリット・デメリットなどを考慮すれば、二島返還を含め、北方領土交渉は日本にとって非常にきびしいものになると指摘した。だが、交渉のあり方からしても、待っているのは失敗だけだと予感せざるを得ない。

領土問題を解決するならば秘密交渉が常識~中露国境交渉の教訓

領土問題を交渉によって成功裏に解決するためには、少なくとも交渉の峠を越えるまでの間は事を秘密裏に運ぶことが鉄則だ。

1991年、中国とソ連は珍宝島(ダマンスキー島)を含む国境交渉で合意に達した。中国の領土問題を研究したテイラー・フレーヴェルは、この交渉がうまくいった理由の一つとして、交渉が妥結するまでの間、秘密が保たれ、両国政府とも国内に存在する反対グループへの根回しを静かに行えたことがある、と指摘している。
もちろん、当時の中国とソ連は今日に比べてはるかに閉鎖的な社会だったし、権威主義的な政治体制下にあった。それでも、秘密外交でなければ、国内の説得は困難だったのである。

交渉事には大なり小なり、ギブ・アンド・テークがつきもの。領土問題も例外ではない。交渉が粗方まとまった後であれば、譲る部分と得る部分をセットにして国民や関係団体に示すことが可能だ。その結果、政治指導者が議会、関係団体や国民を説得できる可能性は増大する。
ところが、途中経過が表に出ると、どうしても自国が妥協するポイントだけに焦点が当たってしまう。すぐさま、愛国主義に燃えるグループや利害関係を持つ団体(地元や漁業関係者など)が騒ぎ出し、メディアやネットを通して政府批判が燃え上がる。野党や政府与党内の反主流派(指導者の政敵など)などから、指導者の足を引っ張る動きが出てきても不思議ではない。

しかも、どちらかの国(A国)で情報が漏れれば、そのことは瞬く間に相手方(B国)にも伝わる。B国の世論はA国が得る部分、すなわちB国政府が譲ろうとしている部分に反発する可能性が高い。勢い、B国は交渉の席でA国に厳しく当たらなければならなくなる。そのことが表沙汰になれば、今度はA国の中で反発が高まる。
この作用・反作用の結果、ギブ・アンド・テークは困難となり、領土交渉が暗礁に乗り上げてしまうのである。

秘密交渉が困難な時代ではあるが・・・

情報化の進んだ今日、領土交渉に限らず、外交交渉を秘密裏に行うことは極めて困難になっている。マスコミの取材合戦は往々にして過熱し、取材される側もブリーフと称してマスコミに何かと解説してやる政治家・官僚が増えた。国内的に根回しを受けた者も皆が皆、口が堅いとは限らない。かくして、交渉の途中経過は(フェイクも含めて)外に漏れ、テレビやネットで瞬く間に拡散しがちである。

「外交の民主化」を求める声があるのも確かだ。なるほど、「国家にとって死活的に重要な領土問題に関する交渉である以上、政府は途中経過を国民に説明すべきである」という主張は理屈の上ではまったく正しい。だが、透明性を高めれば高めるほど、領土問題を交渉によって解決できる余地は失われる。このあたりの事情は、会社の合併交渉に相通じる。株主の立場からは、経過を説明せよと要求するのは当然のことだが、それが中途半端な形で表に出れば合併交渉そのものが頓挫し、株主の利益も失われることが往々にしてある。

現代社会は、日本もロシアも秘密外交が困難な時代になっている。しかし、だからと言って、外交交渉の途中経過を秘密にすることが今日まったく不可能というわけでもない。例えば、2014年11月、日中首脳会談が3年間も途絶えていた状況を打開するため、日中両国は4項目の合意文書を発表したが、これなどは途中経過があまり漏れなかった。領土交渉をまとめる気が本当にあるなら、「外交の民主化」という建前も封印するのが当然だ。

逆に言えば、今のように両国の指導者や外交当局が好き勝手なことを言い合っている間は、北方領土交渉が着地することはないと考えてよい。本当に何かが動く時は、その前に日本とロシアが不気味に沈黙を保つ時期があるはずだ。

領土交渉を人気取りに使えば、悲惨な結果が待っている

FNNの世論調査によれば、日露首脳会談を「評価する」と答えた人が64.9%だったのに対して、「評価しない」は27.3%に過ぎなかったと言う。内心諦めていた二島返還に向けて交渉が動き出した、という漠然とした期待が日本国民の中に生じたのであろう。

北方領土交渉の進展にかけらも幻想を抱いていない私にとって、上記の世論調査結果は驚きだった。だが同時に、なるほどね、とも思った。国内的な人気取りが目的なら、交渉の入り口で日露双方が自国民向けに都合のよいことを言い合うのは、安倍にとってもプーチンにとっても決して悪い話ではない。
安倍にとっては、日本国民の間で二島返還に対する期待が高まれば、安倍政権が外交的に頑張っている、という評価につながる。プーチンにとっては、日本が勝手に盛り上がっているのに冷や水を浴びせ、「毅然たる国家指導者」を演出できる。

北方領土問題で前向きなニュースが出たとたん、永田町からは「来年夏は北方領土交渉の成果を掲げて衆参同日選挙だ」などという声が聞こえてきた。一昨年の夏、安倍がプーチンを下関に招くと言った時も、北方領土で劇的な進展が見られ、安倍が解散を打つ、という見方がまことしやかに語られた。日本の政局ではなぜか、北方領土と選挙を結びつけたがる人が後を絶たない。
だが現実には、外交的な成果を利用して選挙をやるには、よほどの偶然と幸運に恵まれていなければならない。(もっと言えば、外交で成果を出しても、経済など内政が芳しくなければ、選挙に勝てるとは限らない。ブッシュ(父)大統領は冷戦に勝利したにもかかわらず、米経済の低迷を批判されて再選を逃した。)

仮に日露交渉が進展するとすれば、良くて二島返還、より現実的には二島返還マイナス・アルファという答になる。(まったく進展しない可能性も十分にある。)四島返還を求める人たちや、現段階で二島返還が実現すると期待値を高めてしまった人たちが、それを評価するとは限らない。かと言って、日本側が二島プラス・アルファの着地にこだわれば、ロシア側から色よい返事は望めない。安倍自身が高めた日本国民の期待は失望に変わってしまいかねない。

逆にプーチンの方は、安倍に付き合って、ロシア国内で批判されるような線で決着する必要性を微塵も感じていないだろう。何せ、ロシアは四島を完全に実効支配しているのだから、来夏までに合意できなくても不都合は何もない。一島でも二島でも譲り渡してもよい、と思える十分なメリットを日本側が示してきたときにのみ、交渉を具体的に前進させればよい。さもなければ、可能な限り領土部分の答は出さず、平和条約の締結のみをかすめ取ることができたら最高、と考えているに違いない。

このように醒めた目で見ると、日露交渉の構図は日本側に不利、ロシア側に有利なものになっている。それは必ずしも安倍のせいではなく、ロシアが四島のすべてを実効支配している、という「立場の違い」によるところが大きい。

オープンに交渉する不利と、立場の違いからくる不利。加えて、安倍が来夏の参議院選挙までに何らかの成果を出そうと焦れば、最悪の結果が待っているだろう。

「二島返還」狂想曲を嗤う~日露首脳会談を受けて

11月14日、シンガポールで安倍総理とプーチン大統領が会談し、安倍は「1956年共同宣言を基礎として、平和条約交渉を加速させる。本日そのことで、プーチン大統領と合意いたしました」と述べた。国内(というか永田町)では「すわ、二島先行返還か」と興奮が走る。ところが翌日、今度は「日ソ共同宣言には平和条約の締結のあとに2つの島を引き渡すと書かれているが、引き渡す根拠やどちらの主権のもとに島が残るのかは書かれていない。これは本格的な検討を必要とする」というプーチン発言が伝えられ、少し冷や水を浴びせられた形となった。

北方領土と平和条約に関する私の考え方は、10月23日付のポスト「プーチンの平和条約発言――もう、夢からさめよう」に書いたとおり。今回の首脳会談の後も変わっていない。だが、ここ数日の報道ぶりを見ていると、日本人はまだ夢からさめていない、とつくづく思った。水をかけるようで申し訳ないが、日露首脳会談後の喧騒について少しばかり感想を書いておきたい。

2島返還は既定の事実でもなんでもない

今回のマスコミや永田町の興奮ぶりを見て、多くの日本人が(頭ではわかっていても)無意識に勘違いしているなあ、と改めて思ったことがある。

それは、「2島返還なら確実」という思い違い。日本は過去60年以上、四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)返還を求めてきた。日本側が譲歩してハードルを色丹、歯舞の2島返還に下げてやれば、ロシア側は必ず呑む。なぜなら、向こうは日ソ共同宣言(1956年)で色丹島と歯舞群島の返還を約束しているのだから――。という思考のラインである。気持ちはよくわかるが、事実を反映した考え方とは言えない。

まず、日ソ共同宣言の記述をチェックしてみなければならない。北方領土に関する下りを抜粋すると次のとおりだ。

日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する。 ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。

この条文、一見すると歯舞と色丹の返還にロシア側(当時はソ連)が同意したように見える。しかし、落とし穴がある。歯舞と色丹は「引き渡す」と書いてあり、「返還する」とは書いてないのだ。1956年当時、ロシア側は「返還」という言葉に強く反対し、こうなったと言われている。

「返還」であれば、暗黙の前提として「二島の主権は日本のものであり、それを日本に返す」と読むことができる。しかし、「引き渡す」であれば、ロシア側は「二島の主権はロシアのものであり、それを日本側に使わせてあげる。でも、主権は別だよ」と主張することができる。

昨日の記者会見で菅官房長官は「返還されることになれば当然、日本の主権も確認される」と述べたそうだ。菅がどういうつもりで言ったのかはわからないが、官房長官発言はとても正確な表現である。二島が返還されるのであれば、日本の主権も認められる、というのは上述のとおり。しかし、二島が「引き渡される」のであれば、二島の主権は今後の交渉事となる。日本の主権が認められる保証はない。もちろん、日露首脳が日ソ共同宣言を基礎とすることに合意したということは、二島は引き渡される前提で交渉される、という意味である。いずれにしても、菅の言い方であれば何も間違っていない。

冒頭に紹介したプーチン発言。こうした背景を理解して聞くと、別にヤクザが因縁をつけているわけではないことがわかる。二島先行返還はもちろん、二島のみ返還であっても、いかに波の高い話かは言うまでもない。

今回、安倍がプーチンに対して1956年の日ソ共同宣言を基礎として交渉することを認めさせたのを、あたかも安倍が一本取ったかのように――つまり、二島返還に向けてポイントを稼いだかのごとく――報じたメディアもあったようだ。それはまったく違う。

ロシアはそんなに平和条約を結びたがっているのか?

今朝のテレビ番組で鈴木宗男元衆議院議員が、いかにもロシアが平和条約を締結したがっているかのように話し、だから二島プラスアルファでの解決が可能だと力説していた。この人、民主党国会議員だった娘を自民党に入党させて比例優遇までしてもらった恩義や自分自身の次の選挙のことを考えた打算から、安倍のヨイショがすごい。北方領土問題に長年取り組んできたことは事実だが、この人の発言は鵜呑みにできない。

北方領土問題の解決を現実的に考えようと思えば、ロシアが四島すべてを実効支配しているという事実を出発点にする必要がある。それを無理やりひっくり返そうとすれば、軍事的手段に訴えるしかない。だが、日本人にそんな根性はないし、戦争を仕掛けても負ける。かくして、北方領土問題の解決は交渉によるしかない、という答になる。

その際、認識すべきもう一つの不愉快な真実がある。交渉上の日露の立場は五分五分ではない、ということだ。もっと正直に言えば、五分五分でないどころか、どんなに贔屓目に見ても八分二分といったところか。ロシアのみが四島を実効支配しているため、日本側がいくら正当な要求を持ち出しても、ロシア側が「ニエット(否)」と言う限り、日本の要求は1%たりとも実現することはない。結果、ロシアは好きなだけ四島の実効支配を続けることができる。

逆に、二島(色丹、歯舞)でも一島(歯舞)でも、主権だろうが施政権だろうが、交渉を通じて日本に譲歩すれば、その分だけロシアにとってはマイナスとなる。当然、プーチンは国内的に批判にさらされる。領土問題だけの文脈で考える限り、ロシアには一島の施政権のみであっても日本に譲る理由などない。

ロシアが北方領土に関して現状対比何らかのマイナスを受け入れることがあるとすれば、領土問題で譲歩するマイナスをしのぐプラスが日露関係の改善や平和条約の締結によって得られる場合だ。果たしてそんなことがあるのか。

ソ連崩壊直後、エリツィン大統領の時代には、ロシアが日本からの経済援助に涎を垂らした時期があった。だが結局、エリツィンは経済援助と引き換えに領土問題で譲歩するという方針を国内的に認めさせることができなかった。ロシアが曲がりなりにも一定の経済発展をとげた今日、プーチンが日本からの経済援助や日本との共同開発に目がくらむとは考えられない。

また、かつての中露国境と違い、北方領土をめぐって日露間に軍事衝突は一切ない。将来も起きないだろう。その意味では、平和条約を締結して国境を確定するメリットはロシアにとって相対的に小さい。日本からの投資拡大など経済関係の促進も、平和条約がなければできないわけではない。

では、ロシアは日本と戦略的な取引ができると考えているだろうか。かつてソ連が日ソ共同宣言に同意し、二島返還にも柔軟な姿勢を示したのは、冷戦下で日米を離間させる思惑があったためだ。今日で言えば、安倍が「日米安保条約を破棄し、日本から米軍基地をなくす」とでも言えば、プーチンは四島の返還をもっと真剣に考慮するかもしれない。しかし、日本政府が中国の台頭に直面して日米同盟の強化に邁進している今日、そんな提案はありえないだろうし、プーチンも期待していないだろう。

以上を勘案した時、プーチンにとって日本との平和条約は、「結んでもよいが、大きな対価を払うつもりはない」という程度の位置づけなのではないか。9月にウラジオストクで「いかなる前提条件もつけずに平和条約を締結しよう」と述べたのは、プーチンの素直な気持ちを述べたものだったと思えてならない。

 

この問題、来年6月にG20が大阪で行われ、7月頃には参議院選挙が行われるという政局カレンダーを睨みながら、永田町もメディアも囃し続けることになるのだろうか。実にバカバカしい。

「徴用工」から「旧朝鮮半島出身労働者」に呼び方を変えたんだそうな

日本の統治下にあった朝鮮半島から日本に渡り、炭鉱や建設現場などで働いた人たちについて、日本政府は「旧民間人徴用工」や「旧民間徴用者」などとしてきた呼称を「旧朝鮮半島出身労働者」に改めたんだそうな。今朝のNHKニュースが言っていた。

安倍総理は今月1日の衆議院の予算委員会で呼称変更について言及した。前日の韓国大法院判決で日本側が敗訴したことを受けた対応とみられる。9日になって日経新聞がそのことを伝えたが、あまり注目されなかった。「それならやっぱりNHKだ」とばかり、官邸か自民党筋からNHKに対して何らかの「要請」があったのか、単に週末で政治絡みの記事がなかったのを埋めただけだったのか。NHKが今日になってこの新しくもないニュースを伝えた理由はわからない。

で、本題の呼称変更について。う~ん、国内的な受けはいいかもしれないが、はっきり言って愚策ではないか。韓国嫌いの人たちの溜飲は下げられても、日本の立場は良くならないか、悪くなりかねないと思う。

呼称変更は国際的に日本の印象を悪くする可能性あり

NHKは、呼称変更の理由を「すべての人が徴用されたわけではないことを明確にする必要がある」ためと伝えた。もちろん、「すべての人が徴用されなかった」のであれば、当然の話だが、そうではない。

「すべての人が徴用されなかったわけではない」という事実がある限り、韓国側は今回の呼称変更を日本政府のイメージダウンを図る国際的なロビイングに利用する可能性がある。曰く、「日本政府は徴用工という言葉を消し去り、『徴用がまったくなかった』と強弁しようとしている」と。

欧米の人権派は日本政府の言い分をよりも、韓国側の主張により賛同するんじゃないだろうか。何しろ、「旧朝鮮半島出身労働者」だけでは、間違ってはいないが、その中に徴用工がいたという含意がすっぽり抜け落ちてしまう。日本側が本来の徴用工についても反省する気がない、と言われれば、説得力のある反論はしにくい。(徴用工を含めて請求権問題は1965年に決着済み、ということと、歴史問題に反省の意を持つことは別次元の問題。「過去に対する反省の気持ちはあるが、請求権問題は決着済み」という主張でなければ国際的には通らないし、日本人の有り様としても正しくない。)

河野外相発言は、韓国の土俵に乗ることになりかねない

今回の呼称変更の理屈は、「日本政府が国民徴用令を朝鮮半島にも適用して現地の人を徴用したのは1944年。それ以前は、民間企業による『募集』や行政による『官斡旋』だった」ということのようだ。ちょっと不安なのは、国民徴用令以前の「募集」や「官斡旋」に実質的に徴用と判断される要素がなかったのか、ということ。これについては誰か詳しい人が教えてくれるだろう。

関連して気になったのは、9日の記者会見で河野太郎外相が大法院判決を受けて発した「原告は募集に応じた方で徴用された方ではない」という発言だ。これだけ聞けば、日本が大法院判決を受け入れられない理由は「原告が徴用工ではなかったから」と言っているように聞こえる。1944年以降の「徴用工」であれば日本政府も賠償に応じるべきだと考えているとか何とか、これも韓国側のキャンペーンに使われかねない。

 

徴用工から旧朝鮮半島出身労働者への今回の呼称変更。国内世論向けの内弁慶なのか、安倍さんや戦前の日本の植民地支配を否定する人たちへのお追従(ついしょう)か。外務省も悪手に乗ってしまった感じがする。

韓国の大法院判決に対する憤りは共有するが、一時の感情に任せて日本の不利になるような「独りよがり」に走るのはやめてもらいたい。

徴用工判決~日韓関係、あと10年は駄目だろう

もう落ちるところまで落ちないと良くなることはない、と思う。日韓関係のことだ。

限界にきた「韓国疲れ」

10月30日、韓国の最高裁判所にあたる大法院は新日鉄住金に対し、かつて徴用工として働かされた韓国人4名へ約4千万円の賠償を命じる判決を下した。元徴用工は21万人以上いると言うから、最悪の場合、韓国に進出している日本企業は5千億円以上の賠償金を支払わなければならない可能性が出てきた。

1965年の日韓関係正常化に伴い、日韓両国政府は請求権協定を締結した。日本が無償3億、有償2億ドルを韓国に供与する一方、両国及び両国民間の請求権問題は解決済みにするという取り決めだった。今回の判決を受け、日本側から「今さら、何なんだよ」という声があがるのは当然だ。

原告敗訴の高裁判決が差し戻された経緯を考えれば、今回の大法院判決の内容は広く予想されていた。だが、判決後に日本国内で沸き起こった反発は、想像以上に強烈なものだった。背景には、日本側に蓄積した「韓国疲れ」がある。2015年12月の慰安婦合意は韓国側によって破棄同然の扱い。2012年6月には、日韓GSOMIA(秘密軍事情報保護協定)の締結を韓国側が署名当日にドタキャン。同年8月には李明博大統領が竹島に上陸し、天皇陛下に謝罪要求まで行った。これらの出来事が積み重なった結果、日本国民の間には「いくら謝っても韓国は日本を許すつもりがない」「いくら歩み寄って和解しても何度でも蒸し返してくる」というウンザリ感が蔓延している。私も例外ではない。

冷静になって一つだけ指摘しておきたいことがある。今回の徴用工判決は韓国政府(文在寅政権)が日本叩きを意図して行わせたものではない、ということだ。韓国も民主主義国家で司法は独立しており、そんなことはやりたくてもできない。だが、最高裁判決が出た以上、韓国政府がこの判決に拘束されることになるのは間違いない。李明博大統領の時代にも、憲法裁判所が慰安婦問題に対する政府の無策を憲法違反と断ずる判決を出し、李が野田佳彦首相(当時)に慰安婦問題での善処を求めた結果、日韓関係は見る見る悪化した。日本側の「韓国疲れ」は、単に韓国政府に向けられたものと言うよりも、韓国社会全体に向けられたものと考えるべきであろう。

河野外相は「徴用工判決は国際社会への挑戦」と批判

今回の徴用工判決はとんでもない。しかし、感情的になるばかりでは韓国と同じだ。特に、河野太郎外相はキャンキャンうるさい。日本の立場を国際社会に示すために国際広報が重要、と言うのはわかる。でも、ロビイングとかもっと地道な努力を継続することの方が大事だろう。第一、河野の興奮した姿を見せつけられてばかりでは、日本も韓国同様に「感情の虜」なんだと思われかねない。

河野は国内向けパフォーマンスとして言っているのかもしれない。だが、「国際社会への挑戦」というのはいかにも言葉が躍っている。私の受け入れるところではないものの、「国家間協定で戦時求償権問題が解決した後も個人請求権は消滅しない」という考え方は韓国だけのものではない。中国もそうだし、ポーランドに至っては、過去に賠償請求を放棄したにもかかわらず、国家としてドイツに6兆円規模の賠償を求める動きが出ている。米国政府も(いつものことではあるが)求償権問題で日韓いずれかの肩を持つことは避けている。外務大臣の発言であればこそ、言葉はよくよく選ぶべきじゃないのか。

日本の対抗手段~国際司法裁判所、調停委員会、トランプ流の可能性?

もちろん、国際広報の強化だけでは話にならない。残念ながら、韓国(社会)は今、話し合いだけで物事を解決できるような状況にないので、何らかの圧力を加えることも避けられない。日本政府に何ができるのか?

<国際司法裁判所(ICJ)>

徴用工判決についてICJで争うには、韓国政府が付託に同意することが必要になる。韓国がそれに応じる可能性はない。だが、提訴だけでも国際世論の喚起にはつながる。見栄を気にする韓国はそれだけでもかなり嫌がる。

報道では「政府が一方的提訴の方針を決めた」みたいな記事を見たが、李明博の竹島上陸の時も結局見送られた。日本政府がどこまで本気かは不明だ。外務省が「裁判になれば必ず勝てる」と言っているという記事も見たが、話半分に聞いておきたい。捕鯨裁判の時も外務省は「絶対に勝てる」と言っていたが、結果は負けだった。

<仲裁委員会>

日韓請求権協定上、揉め事は(二国間の外交協議を経た後に)仲裁委員会で解決することになっている。ただし、第三国の仲裁委員を選定できるか等、実際の委員会設置にはハードルが残る。

<トランプ流>

最近、日本国内で韓国に対するイライラが高じているのを見ていると、従来考えられなかった禁じ手が将来は検討されるようになるんじゃないか、と思い始めている。何のことか? 徴用工問題の仕返しを貿易や金融取引面で行う、ということだ。

日韓の貿易構造は日本側の黒字であるため、トランプが中国に対して仕掛けている貿易戦争が日韓でそのまま再現できるとは思わない。(現代の貿易戦争は、「売らない」よりも「買わない」の方が有効である。)米国の通商拡大法のような立法措置も必要になるなど、簡単な話ではない。だが、国民も「トランプ流」を見慣れてきた。誰かが言い出せば、案外支持されるかもしれない。

もっと現実的なのは、「静かなトランプ流」であろう。表立っては言わずに、韓国を標的に圧力をかけるやり方だ。日本政府は韓国政府に対し、造船業界への補助金をめぐって二国間協議を要請し、韓国が応じなければWTO提訴に至る運びだと言う。徴用工問題を睨んだ圧力であることは明らかだ。今まで見送っていたこの種の措置を日本政府は繰り返すことになるのではないか。

韓国は変わらない――少なくとも短期的には

日本政府は、韓国政府が原告に何らかの補償を行い、新日鉄住金などが賠償金の支払いや財産の差し押さえを免れることを期待している。日本政府が国際司法裁判所への単独提訴などを示唆するのも、韓国政府に何らかの手を打たせるための圧力だ。しかし、そううまく事が運ぶだろうか? 私の見立ては悲観的だ。

中国では2014年、戦時に「強制連行」された元労働者が三菱マテリアルを訴えて賠償を求めた。16年には和解が成立し、今年中にも一人160万円程度の支払いが行われる見込みだ。西松建設や鹿島建設なども同様の決着を見ている。韓国政府が肩代わりをして日本企業の負担をゼロにするというのは、韓国の国内政治上、実現可能性は低いと考えざるをえない。仮に韓国政府が一部肩代わり等で妥協を図ろうとしたり、原告側に差し押さえをやめさせたりしようとしても、原告の背後にいる活動家たちがそれに応じさせるかどうか、疑問だ。政府の都合や国益など、彼らの眼中にはない

日本政府が、上述したような「トランプ流」の圧力をかければ効果はあるのか? 中長期的にはともかく、韓国が直ちに膝を屈することは期待できまい。一般的に韓国人は「情」に身を任せること甚だしく、利害関係や価値観から大局的な政治判断をすることは不得手である。しかも、経済成長を遂げてG20のメンバーとなった今、韓国にとって日本経済――世界経済全体に占める割合(名目)も今や6%まで低下した――が持つパワーは限定的なものにすぎない。南北の緊張緩和も基本的には日本軽視を助長する要因となっている。

先行きは暗いが・・・

悲観的過ぎるかもしれないが、徴用工問題はまだまだ拗れると思っておくべきだ。それ以外の問題を含め、見通し得る将来にわたって日韓関係の改善は期待できない。

しかし、何年か先(あるいは十年以上先)には、日韓両国政府の間で懸案解決に取り組む機運が生まれる時もあるはずだ。問題は、その時に日韓の次の世代が「一緒に仕事のできる」関係を作りあげられるか否か。今どんなに関係が悪化していても、次の世代が憎しみや反感を乗り越えられるための種を蒔いておくことは我々の責務だ。

一つは若手国会議員の交流。冷戦が終わるくらいまで、日韓の議員間には癒着と呼べるくらいの深いパイプがあった。今は見る影もない。

もっと期待したいのは、学生など草の根の若者交流だ。国家・民族の憎しみや反感は世代を超えて受け継がれ、時に増幅される。そのことを我々は日韓関係から学ばなければならない。悪い連鎖を断ち切るためには、柔軟な若者に期待するしかないではないか。

圧力と対話と種まき――。なす術もなく悪化する日韓関係を前にして、思いつくのはこれくらいしかない。