「NHKから国民を守る党」なる存在

7月21日に投開票のあった参議院選挙は稀にみる凡戦であったが、それゆえに合計してわずか3議席を獲得した二つの政党が注目を集めた。言うまでもなく、一つは「れいわ新選組」、もう一つは「NHKから国民を守る党(N国)」だ。れいわは2,280,253票(4.6%)で2議席、N国は987,885票(2.0%)で1議席を比例代表選挙で獲得した。

その後、N国代表の立花孝志は矢継ぎ早に――いかにも胡散臭そうな人物がここまでやるとは誰も予想していなかったはずである――動く。維新の党から除名され、国会で糾弾決議案を可決された丸山穂高を入党させ、今はもう皆が忘れていた渡辺喜美と共同会派を組んだのだ。最近は永田町関連のニュースが夏枯れ状態なこともあり、メディアは立花を時の人のごとく扱っている。

本ポストでは、N国が議席を獲得した意義、今後の展開、NHK政策の行方について少しばかり想像をめぐらせてみた。

シングル・イッシュー政党として初の国政進出

NHKを国民から守る党は、日本で最初に国会に議席を獲得した「シングル・イッシュー(単一争点)政党」として記憶にも記録にも残ることだろう。N国はNHK放送をスクランブル化することを唯一の公約として掲げた。これに対し、れいわの政策「消費税廃止」が話題になった。しかし、同党は「政府保証つき最低賃金1,500円」「奨学金チャラ」「原発即時禁止」「安保法制廃止」など、様々な分野で公約を発表している。政策のエキセントリックさという意味ではれいわもN国も似たりよったりのところがあるものの、れいわはシングル・イッシュー政党ではない。

なお、シングル・イッシュー政党というだけであれば、N国が初めてというわけではない。今回の参議院選でも「安楽死制度を考える会」はシングル・イッシュー政党と呼んでよかった。しかし、各得票数は233,441票(0.5%)にとどまり、議席獲得はならなかった。

N国が議席を獲得できた理由

なぜ、N国は比例代表で2百万票以上を獲得できたのか?

第一は、唯一訴えた政策が国民の琴線に触れるものだったこと。テレビを持っていればNHKの番組を見なくても受信料を支払わなければならないという仕組みが法律のみならず最高裁でもお墨付きを得ていることに対し、理不尽だと思う国民は決して少なくない。しかも、主要政党はその不満を代弁する気配すら見せようとしない。「NHKをぶっ壊す」というN国の公約はそこを突いた。

第二は、代表の立花孝志なのか、彼の周辺にいる人物なのかは知らないが、同党がネット(特に動画)戦術に長けていること。政見放送を聞く限り、NHKをぶっ壊さなければならない理由は「NHKの男女のアナウンサーが不倫路上カーセックスをしたのに、NHKはその事実を隠蔽しているから」ということにあるそうだ。こういう馬鹿馬鹿しさも拡散には役に立ったのであろう。(私には理解できないが・・・。)

第三は、N国は今回の参議院選で「ぽっと出」の政党ではなく、ここ数年、地方議員選挙に候補者をたてており、参議院選前で首都圏を中心に27人の地方議員を輩出するに至っていた。ネット選挙は空中戦だが、N国は最低限の地上部隊も持っていたのではないか。

第四に、NHKを叩く立花の主張は右翼及び右翼的思考の持ち主の一部と共鳴する。2001年にNHKが戦時性暴力に関する番組を放映したあたりから、安倍を含む自民党右派や右翼団体の一部はNHKを敵視するようになった。先に指摘した国民の根源的な不満に加え、日本社会全体の右傾化に伴い、NHKをぶっ壊すという主張は受け入れられる素地が拡大しているものと考えられる。

第五に、国民民主党に行くはずの比例票が一部按分されてN国に流れた可能性もある。今回、国民民主は略称を「民主党」で届け出た。旧民主党や立憲民主党の支持者が間違って投票してくれることを期待したとも言われている。その結果、国民民主に入れるつもりで有権者が「国民」と書いた票は、「NHKを国民から守る党」と按分されたというのだ。まあ、これは検証のしようがない話なので、話半分で。

スクランブル化の議論に火がついた

次に、N国が国会に議席を獲得したことは、NHKの今後にどのような影響を与えるだろうか?

N国が掲げているのは、NHK放送をスクランブル(暗号)化し、受信料を支払うことに同意した人のみがスクランブルを解除してNHK番組を見られるようにする、というもの。現在、地上波デジタル放送は(NHK以外は)無料でB-CASカードがもらえてスクランブルを解除しているが、N国はNHKに関してWOWOWと同じように有料で解除する仕組みを導入すべきだと主張している。

これ、NHKを観たい人のみから受信料をとる、という仕組みであり、一見とてもよい。こういう受けのよい政策を他の政党は考えつかなかったのか、と疑問に思って調べてみたら、やっぱりあった。日本維新の会だ。詳細は不明ながら、マニフェストに「NHK改革。防災情報など公共性の高い分野は無料化し、スマホ向け無料配信アプリを導入。有料部分は放送のスクランブル化と有料配信アプリの導入。」と書いてある。ただし、維新は選挙戦の期間中、ほとんど強調しなかったので世の中の耳目を引くことはなかった。

これからは全政党がNHK政策をどうするのか、明らかにしなければならなくなる。N国なる存在がこれだけ注目を集めてしまった以上、(NHK以外の)マスコミは各党に対し、「NHKのスクランブル化についてどう考えるか?」と問うに決まっているからだ。

まず、他の野党はどうだろうか。国民に受けがよく、選挙で票になることが証明されたこのテーマについて、「うちは反対」とにべもなく言い切れる党がどれだけあることやら? まあ、野党が揃ってNHKスクランブル化を言い立てたところで、今の国会の議席状況を考えれば、野党の力でスクランブル化が実現する可能性はありえない。

一方、自民党と公明党は政権与党はこれまで政策、そして今ある法律に縛られる。スクランブル導入に乗ると言っても、責任与党としての立場を考えれば、後述するように簡単な話ではない。むしろ、密かに注目すべきは、今すぐではないにせよ、自民党内でもポスト安倍に絡んで有力な総裁候補がNHKスクランブル化を持ち出したりする可能性。ひょっとすればひょっとしかねない。そうなれば、たった1議席を獲っただけのシングル・イッシュー政党が及ぼす影響は信じられないくらい大きなものになるわけだ。

ただし、スクランブル化が大きな政策的焦点になり、N国以外もそれを叫びはじめた瞬間、N国の存在意義はほとんど消滅する。シングル・イッシュー政党がシングル・イッシュー政党のままでいる限り、それは事の理である。その時、立花という人は別のイッシューを見出して時代の寵児であり続けようとするのだろうか?

追い込まれるNHK

さて、立花は、国会議員になってもNHK受信料を踏み倒す、と宣言している。本人は炎上商法のつもりだろうから、騒ぎになればなるほど成功だと思っているんだろう。

これを受け、松井一郎大阪市長(日本維新の会代表)は「現職国会議員の受信料未払いをNHKが認めるなら、大阪市もやめさせてもらう」と表明したと言う。同じくの維新の吉村洋文大阪府知事と永藤英機堺市長も、NHKの対応次第では、府または市として受信料の支払いを拒否する、と述べた模様だ。立花の不払いに対し、国会議員だからといって特例を認めるなよ、とNHKに圧力をかける意味合いだと思いたいが、ポピュリスト維新のことだから、その真意は奈辺にあるのやら? いずれにせよ、「あいつが法律守らなくていいんなら、俺も法律守らないよ」とご立派な政治家さまが揃って仰るのは、子供たちにとても見せられた光景ではない。

そういえば、国民民主党の玉木雄一郎代表まで「法律に定められている義務を果たさず、平気でいるのであれば、国民民主党も払いたくない」と述べたとか。玉木は結局、「支払うべきだ」と言っているようでもあるが、あまり考えたうえでの発言ではなさそうである。

国会議員たちが政治の世界における倫理の崩壊を食いとどめたいと本気で思うのであれば、彼らにはやるべきこと、できることがある。秋の臨時国会で「国会議員が不法行為に及び、また奨励すること」を以って、立花に対して糾弾決議を行うのだ。(そうすると、N国は糾弾決議を受けた議員の集まりになる。)

誤解のないよう言っておくが、私はNHK受信料制度を改革することは大賛成だ。しかし、国会議員が現行法を守ったうえで法改正を提案する、というのならともかく、国会議員が違法行為を行うと堂々宣言するわけだから、これを「オモロイやないか」と笑ってすませるのは変だ。

いずれにせよ、N国が火をつけたスクランブル化の議論は、理屈を超えてNHKへ圧力をかけることになる。そこでNHKはどう動くか?

まず考えられるのは、国民の反発をやわらげるため、受信料の値下げに動くこと。NHKはこれまで何だかんだと理由をつけて意味のある値下げは避けてきた。来年度のNHK予算をどう組むか、注目が集まるだろう。

それ以上に安易、かつNHKの自殺につながりかねない道は、政治に助けを求めること。結果として、官邸や政権与党への忖度が今以上に強まることは言うまでもない。これは外からはなかなか見えにくい話であり、我々はリークによってのみ気づくことができよう。

筋から言えば民営化

スクランブルを導入すれば、NHK番組を見たい人だけが受信料を払ってスクランブルを解除して見る、ということになる。ほとんどの視聴者がスクランブルを解除するために受信料を払い続ければ、NHKの経営にそれほど大きな影響は出ない。受信料を払いたくない人が払わなくてすむだけで、害の方は表面化しない。しかし、相当数の人が「払わなくていいんなら、払わない」と考えれば、NHKの受信料収入は大きく落ち込む。こうなれば、受信料を払い続ける人には受信料値上げの形で跳ね返ってくることは避けられない。

確かに、NHKのドキュメンタリーやドラマなどは、金をかけているせいもあって、質は高いというのが一般的な評価だろう。朝から晩までやっているバラエティーも、視聴率は比較的好調のようだ。しかし、問題は、民放をタダで観られる時に、金を払ってまでNHKを見る人がどれだけいるか、ということ。直感的に考えれば、目に見える形で減る可能性が高い。そうなると、スクランブル化したうえに大幅な受信料引き下げに追い込まれ、経営への影響も出てくるだろう。そもそも今、放送法でテレビを持っていればNHKの受信料を支払わなければならないと義務付けているのも、そうしなければ払ってもらえないからである。

しかし、NHKを観たかろうが観たくなかろうが、受信機を持っていれば問答無用で受信料を支払わされる、という現行の仕組みは、中世じみた理不尽な制度だ。現状維持は不正義と言うべきであろう。

ここはやっぱり、スクランブルなんかじゃなく、NHKの分割民営化だ。教育テレビは国営にして税金で運営する。これだけのために受信料制度を残しても、徴収コストがバカにならないし、どうせまた立花のようなに難癖を付けて支払わない人間が出てくるに違いない。

今日、NHKを民営化しても、大きな問題は出てこない。世界を見回してみても、米国をふくめ、民主主義国家で国(政府)が放送機関を所有していない例はいくらでもある。かつては、NHKの制度を正当化するのに「報道の中立性」ということが言われていた。だが、今の制度がNHKに政治的中立性をもたらしているのかと問われれば、首を傾げざるをえない。法律で受信料収入を担保され、予算や経営委員を国会で議決されるからこそ、NHKは政治の介入に脆くなってきた。昔の政治家はともかく、今の自民党右派なんかはNHKへ圧力をかけることは当たり前くらいにしか思っていない。

小泉純一郎が唱えた郵政民営化と違って、民営化したら地方にテレビ放送がなくなる、ということも起こらない。郵便局がなくては郵便の集配はできないし、過疎地では決済・金融仲介機能が失われてしまう。しかし、受信機さえ各家庭にあれば、電波は空を飛んでいく。

唯一、問題があるとしたら、NHKという鯨が解き放された結果、民放が1~2社つぶれることか。だが、つぶれるテレビ局や関係者にとっては死活問題でも、国全体で見た時には不要なものがなくなるだけの話にすぎない。どのチャンネルを回しても同じような番組ばかりということは、供給側が需要側のニーズを満たすことができないということの裏返しである。もっと言えば、今後放送とインターネットの融合が進む中で、放っておいても今ある放送局のすべてが生き残るということは考えにくい。

さあ、どの政党が最初にNHK民営化論をぶちあげるだろうか? 言っておくが、NHKからも民法からも目の敵にされるから、覚悟して打ち上げたほうがいい。ただし、政策としての筋は悪くないし、国民の支持は得られると思う。NHKの中にも、スクランブル化の影に怯えて今以上、政治への忖度を強めることになるくらいなら、民営化して独立した報道をやりたい、と思う人もいるだろう。私は、その方が健全だと思う。

「スクランブルの見返りに改憲」というディールはない 

一部メディアでは、先の参議院選挙で改憲発議に必要な2/3議席を自民・公明の与党と維新等で確保できなかったため、立花が安倍と「安倍がNHKのスクランブル化に同意する見返りにN国が安倍の改憲に手を貸す」のではないか、という見方が出ているようだ。しかし、それはないだろう。

N国はNHKのスクランブル化以外に公約がない。NHK問題以外の採決等では党議拘束もないそうだし、将来的には国政事項は国民投票で決めるというようなことを言っている。逆に言えば、フリーハンドであり、改憲を含め、政権にすり寄ることにも抵抗はない。

だが、安倍(自民党)は政府を率いている。ただ2/3が欲しくてNHKのスクランブル化を飲む可能性はほとんどないと思われる。安倍がNHKを嫌いだったのは、NHKが自分に噛みついたり、戦後レジームの復活に盾ついたりするような番組を制作したからだ。安倍政権も7年目を迎え、人事面でも随分自分たちにとって都合のよいNHKになってきている。「N国からNHKを守る」というポジショニングをとることは、今の安倍にとっては決して損な話ではないだろう。

何よりも、憲法改正は、2/3という数があれば自動的に改憲できる、というような単純な話ではない。ただ2/3があればよいのなら、前回(2016年)の参議院選挙以降、とっくに改憲は実現しているはず。今現在でも、野党の中にいる隠れ改憲派を個別に口説き落とせば、立花のような胡散臭い議員に声をかけずとも2/3は達成可能であろう。現実には、2/3の内実は公明党を含んだ数字であり、虚ろなものにすぎない。よほど世論をうまく操縦するためのきっかけを掴まない限り、表面的に2/3を得たところで改憲はなるまい。安倍はそのことがわかっているはずだ。

 

N国なる政党と立花孝志なる代表。私には、日本でポピュリズムが勃興しはじめた時代に咲いた仇花のように見えてならない。