前回の記事で、徴用工問題に端を発した日韓関係の悪化は、双方にとって損しかないものの、その損が致命的でないために「ナショナリズムの罠」から抜け出せず、いつまでも続きそうである、と述べた。
今の日本人の感覚は、「日韓関係なんか悪くても何も困らない。つき合っても不愉快になるだけだから無視すればいい」というのが最大公約数だろう。私も正直言って、韓国に関与することに疲れてしまった。しばらく放っておけばいい、という気分だ。
その後、ソウルやプサンでは教育機関や公共施設で「戦犯企業」の製品を買わないよう努力義務を課す条例を可決するなど、韓国側は情緒的対応をやめる気配を見せない。だが前回も述べた通り、彼らが何をやろうと、日本の措置を撤回しなければならないほどの圧力をこちらが感じることはない。韓国の行為は、我々の「ウンザリ感」を一層募らせ、「日本は絶対に降りるべきでない」という気持ちを募らせるだけだ。
しかし、冷静になってみると、この関係はどこかで着地点を見つけ、終わらせなければならない。今後の展開を考えたとき、この勝負、時間が経つにつれて日本は手詰まりになるのではないか、と思えてきたからだ。それはどういうことか? あまり言いたくはないが、書いておかねばならない。
この先の展開を読む
7月4日、日本政府は半導体製造に使われる3品目の韓国向け輸出を個別許可制に移行。7月のフッ化水素の対韓輸出は前月比で8割減少した。
8月28日には軍事転用の恐れが低い製品の輸出について審査不要のホワイト・リスト(グループA)から韓国をはずす政令も施行された。
こうした動きに対し、韓国側は日本政府のとった措置に直接対応する範囲を超えて対日報復措置をエスカレートさせ、GSOMIAの破棄まで通告してきた。
先日、李洛淵(イ・ナギョン)首相が韓国国会で「(対韓輸出規制強化など)日本の不当な措置が元に戻れば、わが政府もGSOMIAを再検討することが望ましい」と答弁した。訪韓した河村建夫元官房長官(日韓議員連盟幹事長)に対しても、李は同様の発言を繰り返している。事実上、「日本が韓国をホワイト・リストに戻せば、韓国はGSOMIAの破棄(11月から発効)を取り消してもよい」という観測気球なのだろう。
しかし、日本側の輸出管理厳格化は、安全保障上の理由という建前はさておき、韓国政府に徴用工問題への取り組みを促すことが目的だ。日本政府にとって、李の提案は「まったく次元の異なる問題(菅官房長官)」を意図的に混同させようとしたものでしかない。安倍も「徴用工問題の解決が最優先だ」と不快感を示し、乗るつもりはなさそうである。
ここまでは、日本ペースとまでは言わないが、韓国側の報復措置にもかかわらず、日本が韓国に対して攻勢に立っているように見える。だが、この先は果たしてどうなるのか?
今後も韓国政府が徴用工問題で何の手も打たなければ、日本側は意地でも輸出管理の厳格化を元に戻さない。
すると、韓国側は報復措置として既に発表済みの対日貿易制限措置を実行に移す。韓国の輸出管理上、日本をホワイト・リストからはずすことも今月中には始まるだろう。11月になれば、GSOMIAも完全に破棄される。
両国にとって、経済的にも、安全保障の観点からも、マイナスの影響が出ることは間違いない。だが、前回述べた通り、両国が蒙るマイナスは「致命的」というレベルにまでは達しない。
日本が7月以降に打ち出した輸出管理厳格化措置に対し、韓国は常軌を逸した反応を示した。そのことによって、我々は日本のとった措置が韓国にとって与えるダメージを実態以上に大きなものと受け止めてしまったようだ。
前回も述べたとおり、日本の輸出管理厳格化は手続き面の規制強化であって禁輸ではない。先月あたりから、輸出申請に対する個別許可も降り始めている模様だ。ホワイト・リストからの韓国除外についても同様のことが起きる。したがって、時間の経過とともに対韓輸出は、完全に元には戻らないまでも「正常化」していくことが予想される。
さらに、サムソン電子など韓国の半導体メーカーは、フッ化水素の韓国産化に取り組むなど対策に着手した。日本の制裁は長い目で見れば、日本の素材メーカーにとって不利なことになりかねない。
日本政府が韓国に課した経済措置は、安倍がトランプ流を模倣したものだ。しかし、スケールの点で両者の違いはあまりに大きい。
トランプは、中国からの輸入に対し、広範かつ大幅に関税を引き上げている。ファーウェイについては、米政府機関による調達、米企業による部品供給を禁止した。ファーウェイに対する規制の網は、米国企業のみならず、日本を含む同盟国の一部や多数の外国企業にも及ぶ。
しばらく時間がたてば、韓国は日本の輸出管理厳格化によってあまり痛みを感じなくなるだろう。
ではその時、徴用工問題はどうなっているか? 韓国政府が徴用工問題で日本に何らかの配慮を示しているとは考えられない。
つまり、徴用工問題は改善しないまま、日本側のとった対韓措置に韓国側が慣れる、という事態を迎える可能性が高いということだ。
手詰まりの予感
徴用工問題は、日韓の外交問題という側面もあるが、基本的には韓国司法の土俵の上にある、と言わざるをえない。
大法院(韓国最高裁)の判決は既に下り、日本製鉄(旧新日鉄住金)の資産は差し押さえられている。別の在韓日系企業を標的にして新たな訴訟を起こされれば、同様の判決が出るはずだから、賠償させられる企業が続出しかねない。
我々がそれを不当だと思っても、こちらに強制的に阻止する手立てはない。(戦前なら、「朝鮮出兵」を含む軍事的な手段で圧力をかけることも可能だった。しかし、今の時代にそんなことをすれば、日本は侵略国とみなされる。)
結局、日本が韓国に対して圧力をかけ続けようと思えば、経済面(関税引き上げ、政府調達からの韓国企業締め出し、金融制裁等)で新たな対抗措置を導入するしかない。だが、韓国相手に安全保障を理由にした規制を課すには自ら限度がある。無理にやれば、WTOで負ける。
また、日本の措置は(米国がやっているように)他国の政府や企業を巻き込んだものにはならない。韓国への打撃も限定的なものにとどまる。
一般論としても、ナショナリズム(歴史問題)が絡む問題を経済圧力によって解決することは非常にむずかしい。日本が圧力を強化すれば、韓国が徴用工判決の差し押さえ資産の現金化に踏み切るなど、徴用工カードを切ってくる可能性も考えられる。
少し脱線するが、安倍にとことんやるつもりがあるのなら、徴用工問題で訴えられる日系企業に韓国撤退を要請するくらいの覚悟を持たなければならない。トランプは中国に進出している米国企業に対し、撤退を要請している。
韓国側に戦犯と名指しされた日系企業は、いわゆる賠償金を支払ってでも韓国にとどまった方がよい、と考えているのか否か? 私はその本音を知らないので、これ以上のコメントは控える。
輸出管理規制の強化によって徴用工問題の本質的な解決をはかるという日本政府の計略。一見よさそうに見えたが、ここまでくると手詰まりに陥る可能性が高い。
安倍政権の最近の対韓政策は「戦略的無視」と言われてきた。だが皮肉にも、今夏発表した対韓輸出管理の厳格化は、この「戦略的無視」を逸脱した行動であった。
韓国側の過剰反応に対し、さらなる圧力で応じても先は見えない。日本としては当面、「戦略的無視」に戻るのが得策であろう。
韓国という国は、本当に面倒くさい国だ。しかし、韓国というクセのある隣国との確執にこだわり続けることも愚かな話。好きになれない国であっても、我が国の国益を極大化するうえで利用してこそ、日本の方が大人ということではないのか。
戦略的無視という言葉には、魅力的な響きがある。しかし、それをいつまでも続けることはできない。時間はかかっても、我慢に我慢を重ねてでも、日韓関係の改善に取り組むべきだ――。私はそう思う。
次の記事では、日韓関係改善の方策(=徴用工問題の解決策)について私の試論を述べてみたい。