日本人は意外にトランプがお好き?

少し前の話になるが、5月25日から28日まで、新天皇が迎える最初の国賓としてドナルド・トランプ大統領が日本を訪れた。それからほぼ一週間後、トランプは国賓待遇でエリザベス女王に招かれ、訪英している。

日本と英国でトランプを迎えた両国民の態度は随分違って見えた。少なからぬ英国人はトランプの訪問を歓迎しなかった。ロンドンでは数千人規模でトランプに抗議するデモが行われ、ガーディアン紙は「トランプはデマゴーグ(扇動家)であり、歓迎しない」と突き放した。

一方、日本でのトランプは、天皇陛下との会見や日米首脳会談といった「真面目な」政治日程だけでなく、ゴルフ、大相撲観戦、炉端焼きなどの「軽い」イベントによってテレビや新聞などを完全にジャックした。(傍らには選挙目当てでトランプに寄り添う安倍晋三が微笑んでいた。)メディアも野党も、安倍の「過剰接待」を批判することはあっても、トランプその人を非難する素振りは見せなかった。日本人がトランプを見る目も、概して温かかった――少なくとも、厳しくはなかった――ように思われた。

昨春行われた米国ピュー・リサーチの調査によれば、国際政治面でトランプ大統領を信頼できると答えた日本人の比率(30%)と英国人のそれ(28%)の間に大差はなかった。一つ考えられるのは、日本人が過去一年間でトランプに対して好意を持ち(トランプに対する反感を和らげ)はじめたということ。上記調査の2017年と2018年の数字を比べれば、その萌芽を読み取れないこともない。

<米国大統領が国際政治面で正しいことをしている、と思う人の比率>

2016年(オバマ) 2017年(トランプ) 2018年(トランプ)
日本 78% 24% 30%
英国 79% 22% 28%
ドイツ 86% 11% 10%
フランス 84% 14% 9%
カナダ 83% 22% 25%
韓国  88%(2015年) 17% 44%

各国とも数字はオバマ政権末期から急落している。だが、ドイツやフランスではトランプ大統領の就任2年目となる2018年にもさらに低下しているのに対し、日本ではやや持ち直している。なお、韓国の数字がトランプ2年目で跳ね上がっているのは、米朝首脳会談によって米朝関係が最悪期を脱したことの影響と思われる。

本稿では、日本人がトランプに抱く「好意」の理由について考える。(特に明記しない限り、米国や米国大統領に対する諸外国の評価に関する数字はピュー・リサーチの調査を、米国内での大統領支持率についてはギャラップ社の調査を使用した。)

反国際協調の不人気と政権持続可能性

米国大統領に対する日本人の信頼は、当該大統領が国際主義に背を向ける場合に明らかに低下するほか、当該大統領の国内的な権力基盤が失われた際にも低下する傾向が見てとれる。

例えば、単独行動主義(ユニラテラリズム)を掲げたブッシュ・ジュニア。2011年の同時多発テロ後、ブッシュの支持率は9割近くまで急騰した。しかし、二期目に入いると支持率が5割を超えることは基本的になく、政権末期には3割前後まで下がってレイムダック(死に体)化した。「ブッシュ大統領は国際政治で正しいことをしている」と答えた日本人の比率も、2006年は32%、2007年は35%と低水準で、支持率が3割を切った2008年には25%にまで下がった。(2004年以前の数字は不明。)

バラク・オバマ大統領は――客観的にみると、国際的な責任に背を向けた国内重視の姿勢が目立ったのだが――、単独行動主義を標榜したブッシュの後任であり、イラクからの米軍撤退を進めたということを以って、日本では国際協調を重視した大統領とみなされた。その結果、就任1年目と3年目には日本人の8割以上が「オバマ大統領は国際政治で正しいことをしている」と答えた。就任当初6割を超えていたオバマの支持率は、2年目に入ったころから5割を切って低迷するようになる。オバマ大統領を評価する日本人の比率も、2014年には60%まで低下した。

トランプはどうか? 「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプの政策や行動スタイルは、国際協調主義とは対極にあると言ってもよい。大統領支持率も、2017年1月の就任時で45%。いわゆる「ハネムーン」期間のご祝儀もなく、その後、同年夏から年末にかけ、支持率は35%近辺まで下落した。しかも、この頃は「ロシア疑惑で弾劾されれば、任期途中で辞めざるを得なくなる」という見方も少なくなかった。2017年に「トランプ大統領は国際政治で正しいことをしている」と考える日本人の割合は24%しかなく、オバマ政権末期の78%から急落したばかりか、ブッシュ政権末期の数字さえ下回る。

ところがその後、トランプは意外なしぶとさを見せる。米国内での支持率は底割れすることなく、2018年の春頃から徐々に上がった。ロシア疑惑の一応の終結や経済の拡大などを背景にして、今年4月段階では46%と就任以来の最高を記録した。(と言っても50%に届かない低水準ではあるが・・・。)先月末に行われたCNNの調査でも、トランプが再選されると思う人の割合は54%、負けると思う人は41%だった。

「日本は特別」という意識~日本叩きは比較的温い

トランプ大統領は就任以来、イスラエルを除く世界中の国々と摩擦や対立を引き起こしてきた。そして、自国に厳しい態度をとる国やその指導者に対して当該国民が好意を抱かないことは当然である。ピュー・リサーチの調査では、移民問題やNAFTAでトランプから目の敵にされているメキシコでは、「米国大統領が国際政治面で正しいことをしている」と答えた比率は2017年で5%、2018年も6%にすぎない。2015年(オバマ大統領)の49%から大幅に下落した。トランプからNAFTAや関税問題でやり玉にあげられたカナダでも、2018年における上述の数字は25%となり、2016年(83%)から58%も下がった。逆に、トランプが唯一肩を持つイスラエル国民の69%は、2018年段階で「トランプは国際政治面で正しいことをしている」と高く評価した。オバマ政権がイスラエルに冷淡な態度をとった2015年には、この数字は49%まで低下していた。

日本はどうか? もちろん、2018年3月に発動された鉄鋼・アルミ追加関税は日本企業にも適用されたし、現在、日米間で物品貿易協定(TAG)交渉が行われていることは周知の事実である。しかし、これまでのところ、日本はトランプのあからさまな「標的」となっていない。同盟国の中では、前述のメキシコやカナダはもちろん、欧州諸国に比べても日本への圧力は少ない方だ。

日本がトランプから「大喧嘩を仕掛けられる」ことを免れる一方で、トランプは日本人が嫌いな国に対してそれこそ「大喧嘩を仕掛ける」ようになった。具体的には、北朝鮮と中国である。

「敵の敵は味方」に通じる感覚~日本人が嫌いな国を叩くトランプ

〈北朝鮮〉
北朝鮮は日本人が最も嫌っている国、と言ってよいだ。諸外国に対する日本人の意識を問う調査としては、内閣府の「国際問題に関する世論調査」が有名である。だが、同調査には北朝鮮について敢えて好感度を問う設問がない。少し探してみたら、今年1月21日に日本経済新聞が発表した世論調査で北朝鮮に対する友好意識を尋ねていた。その結果は、「好き」「どちらかといえば好き」という回答が0%。「どちらかといえば嫌い」が12%、「嫌い」が71%であった。

その北朝鮮に対し、トランプ政権は「最大限の圧力」を標榜し、軍事的先制攻撃を排除しない姿勢を示す一方で中国などを巻き込む形で経済制裁を極限まで強化した。北朝鮮も核・中長距離ミサイルの実験を繰り返したため、2017年末から2018年初めにかけては米朝軍事衝突が起きても不思議ではないと思われるほど緊張が高まる。しかし、その後急転直下、2018年6月にシンガポールでトランプと金正恩が会談。そのあたりから、北朝鮮は核実験と中長距離ミサイルの発射を控えることになった。米国の方は北朝鮮攻撃も辞さない姿勢を見せなくなった一方、金正恩が求める経済制裁の緩和には応じていない。(ただし、中国や韓国、ロシアなどの制裁破りについては、ある程度多めに見ているような印象である。)

多くの日本人の目には、トランプは日本人が脅威と感じる北朝鮮から核実験やミサイル発射のモラトリアムを引き出す一方で、日本人が大嫌いな北朝鮮に対して今も経済制裁を緩めず圧力をかけ続けているように見える。しかも、昨年春以降、それまであった戦争前夜のような重々しい雰囲気は遠のいている。誤解を恐れずに言えば、現在の米朝関係は多くの日本人にとって「ほど良い」緊張にある。

どの程度本気かはわからない――おそらく、日本政府に貸しを作るくらいのつもりなのだろう――が、トランプは拉致問題への言及も忘れることがない。その面でも、多くの日本人の目には、バッド・ガイではなく、グッド・ガイに映っている。

〈中国〉
日本にいると、中国は危険な存在という見方が支配的だ。しかし、ほかの国でも中国が日本同様に嫌われているわけでは必ずしもない。下記のピュー・リサーチによる調査が示すとおり、欧米市民の対中観はおおまかに言って二分されている。

中国に対する好感度
(上段は2018年春、カッコ内は2010年の数字。ただし、カナダのカッコ内は2009年の数字)

とても好き やや好き やや嫌い とても嫌い
日本 2% 15% 48% 30%
(2%) (24%) (49%) (20%)
米国 5% 33% 32% 15%
(10%) (39%) (24%) (12%)
カナダ 6% 38% 32% 13%
(8%) (45%) (27%) (11%)
英国 10% 39% 24% 11%
(8%) (38%) (26%) (9%)
ドイツ 3% 36% 46% 8%
(2%) (28%) (46%) (15%)
フランス 4% 37% 36% 18%
(6%) (35%) (35%) (24%)
韓国 2% 36% 50% 10%
(1%) (37%) (46%) (10%)

この表を見れば、中国嫌いという点において日本は世界でもトップクラス、ということがわかる。

その中国に対し、トランプは就任2年目の昨年あたりから照準を定めるようになった。2018年3月の鉄鋼・アルミ関税引き上げに始まり、今年5月まで4次にわたる対中関税引き上げ措置、昨年4月のZTEに対する米国内販売禁止、ファーウェイに対する露骨な圧力(カナダにおける2018年末のファーウェイ創業者の娘の逮捕、今年5月の米企業に対するファーウェイとの取引禁止命令など)が具体的な事例だ。詳細については今年4月から5月にかけて5回に分けて書いた米中新冷戦論(特に、5月12日付及び5月26日付)をご覧いただきたい。

米中貿易戦争が世界経済、ひいては日本経済に対して悪影響を与えることは言うまでもない。本来なら、トランプ主導の米中経済対立は日本にとって「迷惑」なものであるはずである。しかし、今のところ、その悪影響がなかなか顕在化してこない。米国の株式市場も(一時的に下げることはあっても)基本的には堅調さを保っている。日本経済も、決して良くはないものの、消費税対策の大規模財政出動が下支えしていることもあり、少なくともこれまでのところ、底割れする気配は見せていない。

多くの日本人にとって、トランプは自分たちが嫌いな中国に対して喧嘩を売り、中国を守勢に回らせているように見えているはず。しかも、米中経済対立の余波で日本経済が大打撃を受けるような事態には至っていない。日本人としては、安心してトランプを「日本に代わって中国を懲らしめる水戸黄門」に重ね合わせることができる。

これから

では、日本人のトランプ大統領に対する評価はこれからどう変わっていくのか?

まず、トランプが今後、日本に矛先を向ける可能性について。トランプが選挙戦で追い込まれ、対中政策などで成果が出ない状態が続けば、貿易や武器調達、防衛費増などで日本に過激な要求を突き付けてくる可能性は皆無ではない。しかし、安倍政権は米国の要求を早めの段階で聞き入れ、日米対立がトランプによって「劇場化」されるのを防いできた。安倍がトランプと闘うと決意しない限り、日本人がトランプに大きな反感を抱くきっかけはできにくい。

トランプがアメリカ・ファースト、すなわち自国の国益(より正確にはトランプにとっての国益)の追求を最優先する姿勢を変えれば、米国大統領に国際協調路線を期待する日本人のトランプ支持は大きく跳ね上がることになる。だが、もちろん、トランプがアメリカ・ファーストを捨てることはない。

一方で、米中の覇権争いが長期化することは必至だ。トランプ政権内には中国の台頭を抑えつけなければ米国の覇権が失われるという危機感を持った政策担当者が多い。トランプ自身も再選のために貿易面で中国と闘う姿を見せ続けようとするに違いない。もちろん、トランプには再選に向けて「成果」を出したと主張したい気持ちもあるだろう。その意味では、米中貿易戦争について近い将来、何らかの手打ちが行われても不思議ではない。しかし、米中蜜月を演じ続けることは、トランプの再選戦略上も、常に緊張と予測不能性を作り出して自らを主役の座に置き続けなければ気が済まない、というトランプ自身のディール・スタイルからも、あり得ない話。米中摩擦は、小康状態を挟むことはあっても長期的に続くと思っておくべきである。

米朝関係にも同じことが言える。トランプ政権が制裁を大幅に解除するのは、北朝鮮が核と中長距離ミサイルの開発をやめた時のみ。だが、それは北朝鮮にとって武装解除に応じることを意味している。金正恩が受け入れることはないだろう。かと言って、北朝鮮が核実験や中長距離ミサイルの発射といったトランプ政権のレッドラインを超えることも考えにくい。米朝関係も当面、現状維持が最もありそうなシナリオだ。

トランプは近い将来、日本人の嫌いな北朝鮮と中国との間で緊張状態を保ち続ける可能性が最も高い。そうだとすれば、日本人のトランプに対する評価は一定程度下支えされることとなろう。

日本におけるトランプ人気を左右する要因のうち、最も変動するのはトランプ再選の見通しかもしれない。4月末時点で46%まで上昇したトランプ大統領の支持率は、5月末時点では40%にまで低下した。党派色のないクイニピアック大学(コネチカット州)が6月11日に発表した世論調査の結果も、2020年の米大統領選挙でトランプ大統領は6人の民主党候補にリードを許している、というものであった。中でも、ジョー・バイデン前副大統領との差は13ポイントもあり、ミシガン、ペンシルバニア、テキサスなどの重要州でもトランプが後塵を拝していたと言う。トランプ陣営が行った別の調査でも、17州で壊滅的な数字が出たと伝えられている。

今後、トランプの支持率が下がって再選の見通しがきつくなるようなことがあれば、日本人がトランプに注ぐ目は厳しくなりそうである。長いものに巻かれるのも日本人によくある話なら、溺れる犬(政治家)を叩くのも日本人の特徴だからだ。

何が起こるか、見てみよう――。トランプ流に言えばこうなる。

安倍のノーベル平和賞推薦をばらしたトランプの記者会見録を読んでみた

トランプ大統領は2月15日の記者会見で、安倍総理からノーベル平和賞に推薦されたことを明らかにした。

選考機関は推薦人を50年間明らかにしないことになっている。安倍はよもや推薦の事実、すなわちトランプに対するゴマスリが表に出るとは思っていなかったのだろう。でも、甘かった。相手はドナルド・トランプだ。

地球温暖化、核軍備管理(INF)、イラン核合意、エルサレム問題などに対する思想と行動を考えれば、トランプがノーベル平和賞に値するのかという批判が出てくるのは当然だ。安倍がその推薦状のコピーをトランプに届けたと聞けば、属国根性丸出しだと憤る人の気持ちもよくわかる。

一方、安倍の応援団からは「超大国であり同盟国である米国大統領のご機嫌をとることは国益に資する行為だ」という妙に開き直った安倍擁護論が聞こえてくる。まあ、安倍にゴマをすっている人たちが安倍自身のゴマすりを批判するわけがない。

でも、国会でこの件をとりあげて安倍を批判する国会議員の先生方からも、心のどこかに「長いものに巻かれるのは仕方ない」という戦後日本人のメンタリティーが透けて見える。だから、彼らの批判はどこか芝居臭くて心に響かないんだろう。

以上はまったくの余談だ。このポストで書くのは、トランプが安倍からノーベル平和賞の推薦を受けたとバラした時の会見録を読んでみた感想と小さな発見である。

トランプのマッチポンプ?

安倍がトランプをノーベル平和賞に推進した理由について、トランプは会見で次のように解説してみせた。

(以前は北朝鮮の)人工衛星――トランプは “rocket ship” という言葉を使っているが、日本のメディアも翻訳しておらず、何を指すのか今一つ自信がない――やミサイルが日本上空を飛んでいた。警報が鳴り響いていた。それが今や、突如として日本人はいい気分になり、安全だと感じている。私がそうしたのだ。

要するに、トランプは米朝の緊張緩和に対する自身の貢献を自画自賛し、戦争の危機を回避した自分はノーベル平和賞にふさわしいと言ったのである。

確かに、1年前の今頃、我々は――少なくとも私は――戦争の予感とも言うべき重苦しい雰囲気を毎日味わっていた。その不安感は、昨年6月12日にトランプと金正恩がシンガポールで会談する流れになったあたりから急速に薄れ、今では殆ど忘れ去られている。そこだけ見れば、日本人は――韓国人も中国人も、そしてアメリカ人も――トランプ(と金正恩)に感謝しなければいけない、ということになる。

だが、それはあくまでトランプの言い分を鵜呑みにした場合の話だ。1年前に我々が感じた不安は、北朝鮮の核兵器やミサイルのみによって引き起こされたものではない。北朝鮮の持つ核兵器とミサイルに関して言えば、今も1年前も状況はさして変わらない。にもかかわらず現在、私たちが1年前に持っていた不安感から解放されている。せれは、米朝の軍事衝突が差し迫っていないと思えるようになったからにほかならない。

当時は何故、米朝が戦争に至る可能性が高まっていたのか? 根源的な理由は、北朝鮮が核・ミサイルの開発を進め、米本土を射程に入れる核ミサイルの開発・配備に至る可能性が高まったことである。だが、それだけで米朝が戦争に突入する必然性はない。ロシアも中国も北朝鮮以上の能力を持っているが、米国とロシア、中国の間で(すぐに)戦争が起こると心配する人はいない。抑止が十分に働いているためだ。

2017年1月に大統領に就任したトランプは、北朝鮮による核・ミサイルの脅威増大に対処してこなかったとしてクリントン、ブッシュ、オバマの歴代政権を厳しく批判した。特に、北朝鮮との積極的な交渉を行わず、漸進的な制裁強化を通じて北朝鮮の心変わりを待つ、というオバマ政権の「戦略的忍耐」--その大前提には最悪の事態になっても抑止が働く、という認識があった――をこき下ろす。

トランプは北朝鮮政策を転換し、北朝鮮に「最大限の圧力」をかけ、軍事オプションもちらつかせながら核兵器と(中長距離)ミサイルを放棄するよう迫った。金正恩の瀬戸際政策とドナルド・トランプの瀬戸際政策がぶつかり合うことになったのである。(北朝鮮が核・ミサイル能力を飛躍的に進歩させたことが明らかになったのはオバマ政権の最後の一年だった。ヒラリー・クリントンがオバマの次の大統領になっていたとしても、米国の北朝鮮政策は変わっていた可能性がある。)

トランプの「炎と怒り」に恐怖を感じた北朝鮮は、逆に核実験やミサイル発射などを加速させた。これに米国はさらなる圧力の増大で応え、それを脅威と感じた北朝鮮がまた挑発的な行動を先鋭化させる・・・。こうした作用と反作用のスパイラルの中、米朝が何らかのきっかけによって軍事衝突を起こし、それが戦争にエスカレートする可能性が懸念されるようになったのである。

金正恩と一緒になって緊張を煽り、戦争の可能性を高める。そのうえで両者が手打ちをして戦争の不安はなくなった、と誇る。これではマッチポンプだ。トランプにノーベル平和賞をと言うのであれば、金正恩にもノーベル平和賞を、ということにもなりかねない。

CVIDの形骸化

トランプの会見録を読んでみたら、現在と今後の米朝関係を理解するうえでの手がかりも見つかった。安倍やトランプのことをあげつらうよりもこっちの方が重要かもしれないので紹介したい。

記者会見でトランプは、大統領に当選後にオバマと引継ぎを行ったときのことを引き合いに出し、自らの北朝鮮政策がいかに成功したかを誇ってみせた。少し長くなるが、面白いので以下に引用する。

オバマは(北朝鮮と)戦争するつもりだ、と私は思った。実際、彼は私に「北朝鮮との大規模な戦争を始める直前まで行った」と語った。それが今、状況はどうなっている? ミサイルはなくなった。ロケットはなくなった。核実験もなくなった。( No missiles.  No rockets.  No nuclear testing.) 

北朝鮮はミサイルを廃棄していない。発射実験をとりやめているにすぎない。だが、そんなことはお構いなしでトランプは次のように続ける。

しかし、そんなこと(No missiles, No rockets, No nuclear testing)よりもずっと重要なこと、本当にずっと重要なこと、もっと重要なことは、私と金正恩が素晴らしい関係を築いたということだ。私は金正恩と非常に良好な関係にある。私は仕事をやり遂げたのだ。

トランプはこの後、安倍からノーベル平和賞に推薦されたことを紹介し、さらに述懐と自画自賛を繰り広げた。

それは最初、とても厳しい対話で始まった。「炎と怒り」だ。「全面的な抹殺」もあった。「私の(核の)ボタンの方が大きい」とか、「私の(核の)ボタンは機能している」とか・・・。人々は「トランプは狂っている」と言ったものだ。そしてどうなったかわかるか? とても良好な関係だ。私は彼(金正恩)がとても好きだし、彼も私のことがとても好きだ。これは私以外の他の誰にもできなかった。オバマ政権にも、だ。第一に彼らはそんなことをしようと思わなかっただろう。第二に、彼らにはそれを成就させる能力もなかった。

以上から見て取れるのは、トランプが米朝関係の現状にとても満足していることだ。

確かにトランプは当初、これまでの政権よりも遥かに大きな拳を振り上げた。しかし、シンガポール会談の前後からトランプは、北朝鮮がミサイルを飛ばさなくなったことや核実験を停止したことを大きな成果とみなし、核のCVID(完全かつ検証可能で不可逆的は核廃棄)が実現していないにもかかわらず、今以上の圧力を加えなくなった。いくらミサイル発射や核実験を控えたところで、北朝鮮が核・ミサイル能力の廃棄に踏み出さない限り、米本土に届く核ミサイルの開発・配備まであと一歩、という状況が変わらないことは敢えて言うまでもない。

おそらく金正恩は、ミサイル発射と核実験を行わないことをトランプに約束しているのだろう。これで米本土に届く核ミサイルの完成は防がれた、というのがトランプの受け止めと思われる。しかし、それではもはや「完全な核廃棄」とは言えない。トランプ政権の掲げていたCVIDは既に形骸化している、と考えるのが妥当だ。また、前政権の頃よりもはるかに厳格な経済制裁が今も続いているが、昨今は中露(及び韓国)による水面下の援助がある程度復活していると考えられる。

このように見てくると、現在のトランプ政権の北朝鮮政策はトランプ自身が激しく批判した従来の政権とほぼ同じラインに収まったと言ってよい。

トランプは「ディール」好きで有名だ。トランプの本を読むとよくわかるが、彼が好む商売上の「ディール」で大事なことは、自らの損失を最小化し、利益を最大化することだ。相手を叩き潰す完勝である必要は必ずしもない。見過ごされがちだが、「怒りと炎」のチキン・ゲームによって追い込まれたのは金正恩と北朝鮮だけではない。トランプや米軍も相当消耗したはず。北朝鮮が米本土を攻撃可能な核ミサイルを完成させることはないという保証が得られるのであれば、CVIDの達成にはこだわらなくても十分に良いディールだ、とトランプが思うようになったとしても不思議なことは一つもない。もちろん、上記の保証を裏打ちするものがトランプと金正恩の個人的関係しかない、と言うのは何とも危うい話ではあるが・・・。

ベトナム会談を前に

間もなく(2月27日と28日)、ベトナムで2回目の米朝首脳会談が行われる。

いかなる結果となるにせよ、我々のボトムラインは「抑止の構造は生きている」ということだ。今回の金正恩の対応を見れば、彼が生き残りにこだわり、その限りにおいては合理的に考えることができるという「信頼感」は高まった。つまり、米朝間で抑止が働く可能性は高い、と考えてよい。であれば、北朝鮮の非核化とミサイルの廃棄が目に見えるように進まなくても、米国は前のように拳を振り上げるべきだ、と考えるのは短慮と言うもの。

北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを配備することは望ましい事態ではないし、できる限り避けるべきことだ。しかし、抑止が機能する限り、北朝鮮は核ミサイルを保有しても使えない。現状、北朝鮮は米本土に届く核ミサイルを完成させる数歩手前の段階と見られる。この状態で止まれば、北の核・ミサイルが廃棄されなくても、米国にとって最悪の事態とはならない。

一方で、北朝鮮が米本土に届く核ミサイルを開発・配備する事態を避けるために圧力をかけ続け、何らかの理由で北朝鮮と米国の間で戦争が起きれば、特に日本にとっては最悪の事態だ。戦闘が米韓と北朝鮮の間にとどまればまだよいが、在日米軍基地を抱える日本列島が攻撃を受けない可能性は低い。ここで問題は、米本土と違い、日本列島を射程に含む(ノドン搭載の)核ミサイルが既に実戦配備されている可能性の十分にあること。通常弾頭ミサイルによる飽和攻撃と同時に核弾頭を撃たれれば、ミサイル防衛も無力だ。米朝が開戦すれば日本が必ず核ミサイル攻撃を受けるというわけではないが、核攻撃を受けた時に受ける致命的な被害を考えれば、米朝開戦につながる選択肢を日本が容認することは蛮勇にすぎない。

ベトナムでの首脳会談で事態はどう進むのか、進まないのか。呑気に聞こえるかもしれないが、「決裂して1年前のような緊張関係に戻らなければ良しとする」というくらいの気持ちで会談を見守るのがよいと思う。

 

 

 

海兵隊の持つ抑止機能は低下した~辺野古土砂投入に思う③

20年以上前と現在とで、日本の安全保障にとって在沖米軍の存在意義は大きく変わったのか、それとも基本的には同じなのか? 比較論考の本筋に入っていきたい。

20年前:抑止の対象

1996年も今も、抑止の対象は中国と北朝鮮と言ってよかろう。ただし、中国や北朝鮮のもたらす(潜在的な)脅威の深刻さは、当時と今とでは大きく異なっている。私の記憶では、米国は21世紀を迎えてもしばらくの間、中国や北朝鮮を脅威と呼ばず、地域の安全保障環境に対する不透明性と呼んでいたはずだ。

1995年から96年にかけ、中国は台湾に圧力を加えるためにミサイル発射を繰り返していた。SACO合意の頃には既に、中国が東アジア・西太平洋地域の不安定化要因になるという漠然とした認識は既にあったと言えよう。しかし、当時の中国の軍事力は、冷戦後に名実ともに世界最強となった米軍の足許にも及ばないものだった。実際、クリントン政権が台湾海峡に空母を派遣すると中国は黙るしかなかった。この当時、尖閣諸島を巡って日中が衝突していれば、局地戦にとどまる限りは日本単独で中国側を撃退できたものと思われる。

北朝鮮はどうか? 遅くとも1990年代になると平壌が核兵器やミサイルの開発を行っていることはわかっていた。北朝鮮が地域の不安定化要因の一つであることは当時も明らかだった。だが、北朝鮮の経済的な停滞は誰の目にも明らかで、金王朝は早晩崩壊するという見方も少なくなかった。2006年になると北朝鮮は最初の小規模な核実験を実施した。しかし、核弾頭の小型化などを実現し、(わずか十数年後に)核ミサイルの実戦配備にまでたどり着くとは誰も本気で心配しなかった。北朝鮮のミサイル開発は(1998年のテポドン発射を除けば)スカッドやノドンが中心。米本土はおろか、ハワイ・グアムにも届かなかった。

20年前:海兵隊と抑止

1996年当時、在沖及び在日米軍は、自らは潜在的の攻撃から安全な場所に身を置きつつ、中国や北朝鮮の挑発的な動きに睨みを利かすことができた。在沖海兵隊も、その機能の一部である普天間飛行場が辺野古沖へ移動し、滑走路が短くなって運用上多少の制約が生じたとしても、どうということはなかった。もちろん、日本国内の引っ越し費用は日本政府が負担することになっていたので、米国政府の懐が痛むこともなかった。(海兵隊のグアム移転費用については、日米が分担することになった。)

現在:抑止の対象

今はどうか? 中国経済は2010年頃まで基本的には二桁成長を続け、最近も6%台後半の成長ペースを維持。それに伴って国防費も膨張した。この間、軍事と情報技術の融合がトレンドとなり、サイバーや宇宙分野を含め、中国は人民解放軍の近代化に熱心に取り組んだ。今や中国は第五世代と呼ばれる最先端の戦闘機を圧倒的な量で揃えたのみならず、自衛隊基地や在日米軍基地、さらには自衛隊や米軍艦船をピンポイントで正確にミサイル攻撃する能力を備えるに至った。現時点で人民解放軍の方が米軍よりも強い、と言うつもりはない。だが、万一両者が戦えば、米軍も相当な犠牲を覚悟しなければならない状況になっていることは確かである。

中国の軍事力が総合力で米国をキャッチアップしてきたとすれば、北朝鮮は核ミサイルという一点豪華主義で米国に対抗しようとしている。北朝鮮は近年、水爆実験さえ行ったと主張しており、核弾頭の小型化も相当進んだと考えられている。ミサイルもIRBMやICBMの実験を繰り返して行い、グアムやハワイのみならず米本土をも射程に含んだ可能性が高い。もちろん、米軍と北朝鮮軍の戦力差は歴然としており、両者が交戦状態に入れば、北朝鮮軍は米軍に蹴散らされることであろう。だが、緒戦段階で日韓両国や米本土までが核ミサイル攻撃を受ける可能性は厳然として残る。

では、この状況下で海兵隊を含む在沖米軍が提供してきた抑止力はどうなるのか? 想像力を具体的に働かせてみたい。

 現在:海兵隊と北朝鮮の抑止

北朝鮮による対日攻撃があるとすれば、基本的には米朝が何らかの理由で――偶発的な衝突がエスカレートした場合や、米国が北朝鮮の核・ミサイル能力を除去するための先制攻撃に踏み切った場合等が考えられる――交戦状態に入ったときだ。開戦が迫れば、北朝鮮が自らを攻撃する拠点となる在日米軍基地をミサイルで叩いておきたい、と考えることには軍事的な合理性がある。辺野古を埋め立てて造った滑走路を含め、固定された標的が狙われやすいことは言うまでもない。北朝鮮が複数のミサイルを同時発射してくれば、ミサイル防衛があっても防ぎきれないだろう。(ただし、通常弾頭ミサイルによる攻撃であれば、施設が破壊され尽くすというわけではない。)

ではこの時、沖縄に海兵隊基地があれば、北朝鮮は日本へのミサイル攻撃を思いとどまる――つまり、抑止される――だろうか? 平壌が日本攻撃に踏み切るとすれば、米軍による大規模攻撃――緒戦段階では、米軍の航空機による空爆や艦船からのミサイル攻撃が物量にモノを言わせる形で行われるだろう――が不可避だと思うからこそ、粟を食って(被害を少しでも減らそうと考えて)在日米軍基地を叩こうとするのである。数千人の海兵隊がいようがいまいが、金正恩の判断に影響はない。

 現在:海兵隊と中国の抑止

私は、中国が日本の領土に大々的な攻撃を仕掛けてくることはない、と思っている。だが、尖閣諸島の領有問題や東シナ海のガス油田開発に絡んだ衝突が起こる可能性は否定できない。

軍事的に尖閣を獲りにくる場合でも、事態がエスカレートして日中の全面的な軍事衝突に発展しても構わない、とは中国も考えていないはず。在日米軍がいるからという以前の問題として、尖閣にそこまでの価値はないからだ。

偶発的な衝突を除いて、尖閣や油ガス田絡みで軍事行動を起こす場合、中国は自らの行動に対して米軍が軍事介入しないと考えている可能性が高い。米国は日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されることを繰り返し強調している。しかし、第5条の適用と米軍が中国軍と戦火をまみえるということは同義ではないうえ、尖閣諸島の領有権については米国も中立姿勢である。絶海の無人島をめぐって中国軍と戦い、自国兵士の生命を危険にさらすより、中国軍とは自衛隊に戦わせ、自らは後方に控えておきたい、と米国大統領が考えたとしても、少しも不思議ではない。

米国が尖閣有事に本格的に軍事介入すれば、沖縄のみならず日本中にある米軍基地が中国の攻撃にさらされる。米艦船でさえ、中国が持つ精密誘導ミサイルで攻撃されれば、防ぎきれないと考えられているのだ。米軍と互角ではないまでも十分に強くなった中国軍と戦うことは、タリバンやフセインのイラク軍、あるいはシリア軍と戦うのとはわけが違う。ロシアがクリミアを併合した時も、米国は軍事介入を検討していない。奇妙な話に聞こえるかもしれないが、尖閣有事が起きた場合、それを局地戦にとどめることに関して米中の利害は一致するかもしれないのである。

尖閣有事が局地戦にとどまるのであれば、在沖海兵隊が尖閣奪還を命じられることもない。在沖海兵隊が尖閣有事を抑止するというロジックは、まったく無意味とは言わないまでも、相当に説得力が低いと感じられるのだ。

では、尖閣有事が日中の全面戦争にエスカレートする場合はどうか? その時は在日米軍基地がある故に米国も軍事介入を決断せざるをえない可能性が高まる。ただし、在沖海兵隊の有無によって米国大統領が下す決断の内容が変わることはない。(米国にとってより重要な基地はほかにいくつもある。)

中国にしても、事態をエスカレートさせるか否かを考える際に考慮すべき米軍兵力は、嘉手納(空軍)や横須賀(海軍)であり、在沖海兵隊1万数千人(グアム移転後)は大きな要素ではあるまい。普天間飛行場(将来は辺野古代替施設)や佐世保基地を集中的にミサイル攻撃すれば、海兵隊の機能は麻痺する。いずれにしても、中国との戦いでモノを言うような陸上兵力は米本土から(陸軍と海兵隊を)持ってこないと話にならない。

在沖海兵隊の存在によって中国の尖閣攻撃を抑止できる、というロジックはここでも分が悪そうに見える。

ついでにもう一言。台湾や南シナ海で米中が軍事諸突すれば、日本が巻き込まれる可能性はもちろん、ある。しかし、台湾問題で中国が武力行使に踏み切るのは、台湾が独立志向を強め、放置すれば中国共産党の正統性が揺らぐ時である。いわば面子の問題であり、米軍との勝ち負けは主要な判断材料にならない可能性が高い。沖縄駐留の海兵隊を怖がって手出しをやめる、ということも当然ない。南シナ海有事についても、多かれ少なかれ、同様のことが言える。