トランプに「日米安保はフェアでない」と言われてダンマリか・・・

先月29日、G20で来日したドナルド・トランプ大統領の記者会見が大阪で開かれた。そこでトランプは、日米安保条約が不公平だと批判し、日米安保条約を改訂する必要があると述べた。その4日前、6月25日には、トランプが側近に対して日米安保破棄の可能性について漏らしていたというリーク報道があった。翌26日には、米フォックス・ビジネス・ネットワークとの電話インタビューでトランプが日米安保条約の片務性についてあからさまに不満を述べていた。現職の米大統領が日本に来る前後のタイミングで日米安保を批判したため、トランプ発言は大きな注目を浴びた。

しかし、日本の敷居をまたいだうえで「お前たちはフェアでない」と言われたのに、この国の政治からもメディアからも、目立った憤りの声は聞こえてこない。ああ、情けなや。

トランプの発言は、シンプルなメッセージでストレートに響く。同時に、それは短い中にもフェイクを交えていることが多い。日米安保に関する今回の一連の発言も例外ではない。しかし、聞こえてくるのは、やれ「トランプの真意は何か?」「今後、トランプは日本に何を要求してくるのか?」「日米同盟を維持するため、日本は米国を守るべきではないか?」という議論――しかも、とても中途半端な議論――ばかり。まさに、日本中が「トランプ劇場」にはまっていると言ってよい。

このポストではトランプ発言に潜むフェイクを指摘し、ついでに「少しはトランプに反論してみろよ」とお上品で頭でっかちなこの国の政治家さんたちに(無駄と知りつつ)注文をつけてみる。

日米安保に関するトランプ発言

トランプは何と言ったのか? 6月29日の大阪会見におけるトランプの発言は、以下のとおり。(英語を参照して、多少補足した。)

Q:大阪での安倍晋三首相との会談後、日米安保条約の破棄についてまだ考えていますか? また、首相はそれについて何を語りましたか?

トランプ大統領:いいえ、日米安保の破棄は全く考えていない。(日米安保条約は)不公平な合意である、と私は言っているだけだ。過去6カ月間、そのことについて安倍首相に話してきた。私が語ったのは「仮に誰かが日本を攻撃すれば、米国は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」ということだ。我々は四つに組んで戦い、日本のための戦闘にコミットする。誰かが米国を攻撃しても、日本はそうする必要がない。これは不公平(unfair)だ。(日米安保条約の締結によって)我々が行ったディール(取引)はこのようなものだ。(中略)だが、私は安倍首相に対して、我々はそれを変えなければならない、と話した。なぜなら、誰も米国を攻撃することのないよう望むが、仮にそのようなことが起これば――その逆になる可能性の方がずっと大きいが――、誰かが米国を攻撃することが万一あれば、(逆のケースで)米国が日本を助けるのであれば、日本は我々を助けるべきだからだ。安倍首相はそのことを分かっている。米国を助けることについて、彼には何の問題もないだろう。

トランプは、日米安保条約を破棄する考えこそ、明確に否定した。しかし、現職の米国大統領が日米安保条約を「不公平(フェアでない)」と呼び、改訂すべきだと公の場で――しかも日本で――明言したことの意味は大きい。

1960年に改訂された日米安保条約はこう記す。

第 5条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(以下略)

第 6条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)

日本に対する武力攻撃があれば、米国は日本を守る(=第五条)。日本に米国を防衛する義務はないが、その代わりに米国は基地を日本の領土の置き、事実上自由に使ってよい(=第六条)。日米両国は過去半世紀以上にわたってこの考え方を共有し、「日米の責任分担はバランスがとれている」という見解を相互に確認してきた。今回、トランプはそれを真っ向から否定し、日米安保を「アンフェア」と呼んだのだった。

トランプが開けた「パンドラの箱」

政治の決めごとの中には、穏健で回りくどい説明が専門家や官僚たちの間で賢明とされる一方、一般人の感覚からすれば「どこかおかしい」と思われることが往々にしてある。そんな時、パンドラの箱ではないが、名のある指導者が一たびそれを「おかしい」と公言すれば、「そうだ、やっぱりおかしい」と思う人の数が一気に増えたりする。

米国の対北朝鮮政策もそうした例の一つだ。米朝が軍事衝突すれば、北朝鮮軍の射程に入っているソウル市民や在韓米軍に甚大な被害が予想される。そのため、米国が北朝鮮にかける圧力には限度があるというのが、長年にわたって米政府の考え方だった。ところがトランプ政権は、クリントン、ブッシュ、オバマのそうした北朝鮮政策をきびしく批判し、軍事的選択肢も排除しないとして「最大限の圧力」を北朝鮮にかける方向に舵を切った。今や、米議会は民主党も共和党も、金正恩と安易な妥協をせず、トランプが安易に圧力を緩めないよう圧力をかける側にまわっている。

「米国は日本を守るのに日本は米国を守らない」というトランプの主張は、様々な事情を省略すれば、米国人にとって直感的に否定しにくい。今回、現職の大統領が公の席で「日米安保は(米国にとって)アンフェア」だと言ってしまった以上、今後は「日米安保はアンフェア」だと思う米国人が確実に増えるだろう。そうなれば、将来、民主党の大統領を含め、トランプ以外の人が大統領になっても、トランプ以前のように「日米安保は不平等ではない」という見解をとるかどうかは疑問だ。

トランプ発言のフェイク~米国は本当に中国と戦うのか?

トランプは日米安保のどこがアンフェアだと言うのか? ここでおさらいしておこう。

アンフェアという意味についてなら、大阪での発言よりもその前に行われたフォックスとの電話インタビューの方が詳しい。

6月26日のインタビューでトランプは、「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦う。我々は命と財産をかけて戦い、彼ら(日本人)を守る」と強調した。続けて、「しかし、我々(米国)が攻撃されても、日本は我々を助ける必要はない。彼らは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ていられる」と述べた。

実際に聞いてみると、当該電話インタビューの中心テーマは米中貿易摩擦であり、日本に関する発言はインタビューの中盤で飛び出したものだ。しかも、トランプはすぐに批判の矛先を欧州に移し、ドイツをこき下ろしている。私の印象では、トランプは最初から日米安保を批判するつもりだったというよりも、司会者に訊かれて咄嗟に発言したように思える。とは言え、同じ趣旨のことをトランプは大阪でも話しており、トランプの日米安保観がこういうものであることは間違いない。

フォックスのインタビューでは「日本が攻撃されれば、米国は第三次世界大戦を戦う」と言い、大阪の会見では「仮に誰かが日本を攻撃すれば、我々は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」と語ったトランプ。だが、ここに既にフェイクが潜んでいる。

第三次世界大戦を戦う、という以上、トランプは暗黙の裡に「日本が中国に攻撃されれば、米国は中国と戦う」と言っていることになる。本当にそうなのか?

中国が万一、在日米軍基地を攻撃するようなことがあれば、それは米国に対する攻撃以外のなにものでもない。この場合、米国にとって中国と戦う以外の選択肢はない。中国が米国の同盟国である日本の大都市圏を攻撃しても、米国は中国が日本の次に(在日米軍基地を含む)米国を攻撃すると考える可能性が高い。この場合も、米国は中国と戦わざるをえないだろう。これで終わりなら、トランプの発言にフェイクはないことになる。

問題は、実際に日本が中国から攻撃されるとすれば、そのような「ハード・ケース」が現実のものになる可能性はまず想定できないということ。中国による日本攻撃があるとすれば――それですら確率的には決して高くないが――、最もあり得るのは局所的な戦闘である。

例えば、尖閣諸島周辺や東シナ海のガス油田付近で日中が衝突するケース。事態がエスカレートし、中国が本土の都市部にミサイルを撃ち込んできたりすれば別だが、自衛隊と人民解放軍の戦闘が東シナ海上にとどまれば、米軍が表に出てくることは期待薄だ。

日米安保条約をもう一度よく読んでみよう。第5条に書かれているのは、日本が他国から武力攻撃された時、米国は「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」ということだけだ。NATOの場合は、加盟国が「国際連合憲章第五十一条の規定によって認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助する」と取り決めている。それに比べると日米安保の相互防衛条項は随分レベルが低い。

結局、日米安保条約で定められた「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」ために米国がとる具体的な行動は、日本に対する攻撃が起きた際の様々な状況、被攻撃対象の重要性、米軍が軍事介入した時に予想される損害の程度等々を米国政府が総合的に解釈したうえで決まる、ということだ。

常識的には、尖閣諸島のような絶海の無人島のために「米国兵士の生命を失ってもよい」と考える米国大統領はまずいない。日中が尖閣周辺で衝突した場合、米国が一番避けたいのは戦闘がエスカレートし、在日米軍が巻き込まれて中国と戦わなければならなくなることだ。米国は日中双方に強く自制を求め、場合によっては戦闘を拡大しないよう日本に圧力をかけてくる可能性すらある。調停役を買って出ることはあっても、トランプが言うように第三次世界大戦を覚悟して最初から全力で戦闘に加わるとは到底考えられない。

尖閣有事で米軍が自衛隊と一緒に中国軍と戦ってくれる可能性は低い、というのが日米安保条約をめぐる現実。トランプが言ったようにはならない。つまり、トランプ発言はほぼフェイクと言うべきだ。

日本政府はトランプ発言を「見て見ぬふり」

トランプ発言に対する日本側の反応は、正論ではあるが陳腐なものだった。

6月27日の記者会見で菅官房長官は、先ほど紹介した、日米政府間でこれまで了解してきた日米安保条約に関する見解を繰り返した。

日米同盟というのはですね、この安保条約で第5条においてはわが国への武力攻撃に対して日米が共同で対処する。ここは定めています。そして、第6条において、米国に対してわが国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するために、わが国の施設、区域の使用、これを認めている。5条、6条でですね、このようなことをしっかりとうたっています。

日米両国の義務、そういう意味において、同一ではなくてですね、全体として見れば、日米双方の義務のバランス、ここはとられているというふうに思っていますので、片務的ということは当たらない。片務的ではなくて、お互いにバランスをとれている、そういう条約であると思ってます。

安全保障の専門家が採点すれば、合格点をつけるに違いない模範解答である。しかし、トランプは論理性や官僚的な積み上げよりも直感とディール感覚で物事を判断する人間だ。こんな「屁理屈」に動かされることはない。現に、安倍は過去半年間、トランプを説得することができなかった。

私が何よりも驚いたのは、トランプに大阪という場所でこれまでの日米間の取り決めを否定する発言をされたにもかかわらず、日本政府が何事もなかったような反応に終始していることである。プライドも何もあったものではない。

トランプ政権の誕生後、安倍政権はトランプを刺激せず、トランプの要求があれば早い段階でそれを一部受け入れることによってトランプの「標的」にならないよう努めてきた。これまではその戦略が功を奏し、北朝鮮、中国、イランだけでなく、ドイツなど欧州諸国やメキシコ、カナダといった同盟国が次々とトランプの標的になる中、日本はその陰に隠れて比較的「うまく」立ちまわってきた。(トランプ政権によって最も優遇されている国がイスラエルであることは言うまでもない。)

今回も日本政府はトランプ発言を問題視せず、今後も米国に多少の譲歩を繰り返すことで「やりすごそう」と思っているのかもしれない。しかし、今回トランプが突きつけた日米安保の双務性に対する疑問は、誤魔化すには根本的すぎる。

日米安保に関するトランプの一連の発言があった後、駐日米国大使のウィリアム・ハガティはトランプ発言について「米国ほど軍事支出をしない(日本など)多くの同盟国へのいら立ちを表明した」と解説し、在日米軍駐留経費負担の増額や日本の防衛予算増額が必要になると示唆した。

日本の米軍駐留経費負担割合は約75%で同盟国中最も高いが、現在の協定は2021年3月に期限を迎えるため、再選されなくてもトランプ政権が交渉相手となる。しかし、トランプ政権は少なくとも内部的には、同盟国に対して米軍駐留経費総額の1.5倍以上を支払うよう求める「コスト・プラス50」方式を検討している模様だ。

トランプは日本やドイツなどの同盟国が安全保障面で米国にただ乗りしていると批判してきた。日本に対し、米国を防衛するための集団的自衛権の行使を求めるだけでなく、日本の防衛予算を大幅に増やすよう要求してきても何の不思議もない。日本が防衛予算を増やすということは、米製兵器をもっと買わせることを意味する。大統領再選に向けたアピールにもなって一石二鳥となろう。(トランプはこれまでも日本による大量のF-35購入を誉めそやしている。)

今後、トランプは日米安保の改訂を求めてくるのか? 日本に防衛予算や米軍駐留経費の増額を要求するのか? はたまた安保を材料に貿易協議での譲歩を迫るのか? いずれにしても、今のままトランプのペースが続けば、日本はいいように引っかき回され、ディールでも圧倒されることになるだろう。

トランプとやり合う気概を持った政治家も皆無

政府だけが反応が鈍いわけではない。与野党問わず、日本の政治家たちはトランプ発言に対し、おしなべて沈黙している。

私の知る限り、トランプにはっきり噛みついたのは共産党の志位和夫委員長だけだ。志位は「本当にやめるというなら結構だ。私たちは日米安保条約は廃棄するという立場だ。一向に痛痒を感じない」と啖呵を切ったらしい。だが、日本国民の大多数が共産党の主張する日米安保廃棄に共感するはずもない。トランプにとって志位さんの発言は、それこそ痛くも痒くもない。

他の与野党幹部に至っては、ダンマリか、菅官房長官と同じ小賢しい解説を繰り返すだけ。他国の政治家に自分の国(大阪)であんなことを言われ、まともに反論する政治家が出てこないなんて、ひどい話だ。

せめて、こんなツイートをする政治家はいないものか?

トランプさん、あなたの言うように防衛面のみで双務的な内容に日米安保条約を改訂し、そのうえで日本に米軍基地を置き続けたいと言うのであれば、我々はあなた方に地代を要求させてもらいますからね。

上記では長すぎるようなら、こんなのはどうだ?

トランプさん、あなたが 5条の改訂を求めるのなら、我々は 6条の改訂を求める。

言っていることは、従来の政府のスタンスの延長だが、トランプが反応するカネの話と結びつけているのが味噌である。

日本の有力な政治家がこんな発信をすれば、トランプや米国サイドは「米軍基地がなくなって困るのは日本だろう? 俺たちは出ていっても構わないんだぜ」とすごんでくるだろう。その時、怯まないで米国との議論に立ち向かえれば、日本の安全保障政策は一皮むけると思う。しかし、そんな度胸と知性を持った政治家が見当たらないのは実に淋しい。

そう言えば今は参議院選挙の期間だった。トランプが6月29日にあんなことを言ったのに、党首討論等で日米安保のあり方や日本外交が論争にならないなんて、この国の政治はもう呼吸すらしていないのではないか。

反米ではないが米国と渡り合う気概を持ち、軍事力の有用性をしっかり認識したリベラルがこの国に登場することを期待してはならないだろうか――? 今回は脱線したまま、この辺で終わりにする。

海兵隊に頼る以外の選択肢~辺野古土砂投入に思う④

SACO合意(1996年)の頃には、在沖海兵隊の能力を維持することによって抑止力も維持される、という論理が成り立っていた。だが今日の安全保障環境の下では、いくら在沖海兵隊の能力を維持しても日本に対する侵略の抑止にはさほど役立たない。にもかかわらず、「日米間の約束事だから」という理由で日本政府が22年前の計画を完遂させようとひた走っているのはどうしたことか。間違った道をどんなに走っても、良くて徒労に終わり、悪ければ崖から落ちることになる。

四回シリーズの最後にあたる本ポストでは、海兵隊の海外移転という鳩山内閣よりもぶっ飛んだ提案を行う。ただし、左系の人たちと異なり、日本の自主防衛能力強化とのセットを条件とする。

発想の転換

過去20年余りの間、軍事の世界では情報技術と融合した兵器体系の革新が進み、戦域はサイバーや宇宙空間に広がった。その結果、遠く離れた場所からピンポイントでミサイル攻撃を行うことが可能なミサイル新時代が到来している。

人民解放軍は軍備の近代化を進めて自衛隊を質量ともに凌駕するに至り、その軍事能力は世界最強の米軍も真剣に憂慮せざるをえない水準に達した。北朝鮮についても、総合的な軍事能力こそ遅れているものの、核ミサイルの開発・配備によって「窮鼠猫を噛み殺す」事態を懸念しなければならなくなった。

このような新しい状況下では、前回見たとおり、これまで期待してきたほどの抑止力を在沖海兵隊に期待することはできない。日本にとって最も懸念される尖閣有事についても、海兵隊をはじめ、在日米軍が自衛隊と一緒に前線で戦ってくれる可能性は必ずしも高くない。

安倍総理や菅官房長官たちには、そのことが見えていないようだ。それどころか、「中国の脅威がますます募る中、在沖海兵隊という軍事力を沖縄に維持することが日本の安全保障にとってプラスになる」と信じこんでいるように見える。「軍隊がいれば安心、いなくなれば不安」という心理は人間の心に馴染みやすい。しかし、それに囚われて思考停止しているようでは、両人とも並みの政治家にすぎない。

では、どうすべきなのか? 決まっている。米軍があてにならないのなら、自助努力しかないではないか!

自前の抑止力に現実味が出てきた~22年前とのもう一つの違い

こういう発想がこれまで出てこなかったのも、やはりSACO合意の呪縛と言うべきだろう。戦後日本は憲法9条の下で専守防衛に徹することを国是とし、日米同盟は「米軍が矛、自衛隊が盾」の役割分担である、と考えてきた。SACO合意(1996年)やロードマップ(2006年)もその前提で在日米軍の再編計画を組み立てた。

相手の攻撃を抑止するためには、「攻めてきたらお前も痛い目にあうぞ」という脅しが効くことが必要だ。しかし、日本は戦後、憲法上の制約から海外派兵を禁止してきたうえ、能力的にも相手の領域を攻撃できるような兵器体系を持っていなかった。そこで、相手を攻める「矛」の役割は米軍が果たし、自衛隊は主に日本の領土内で防衛にあたる、すなわち「盾」の役割を果たす、という役割分担ができあがったのである。

この役割分担が不動である限り、普天間飛行場返還の条件である「抑止力維持」を満たすためには、米海兵隊の維持(=県内への飛行場の引っ越し)以外の結論はありえない。SACO合意の時もまさにそうだった。しかし、今は事情が随分変わってきている。

1992年に国際平和協力法が成立。以来、自衛隊は27の国連平和維持活動(PKO)に派遣された。その中には、南スーダンのように国際常識的には戦地とみなされる場所も含まれている。自衛隊派遣の実績は国連以外の枠組みでも積みあがってきた。2001年のテロ特措法によってインド洋上に、2003年のイラク特措法によってサマワに、それぞれ自衛隊が派遣されている。この間、一人も殺さず、一人も殺されていないとは言え、「戦わない軍隊」と呼ばれた自衛隊が着々と実戦経験を積んできたことは否定できない事実だ。2015年9月には安保法制が成立し、翌年3月から施行された。集団的自衛権行使の容認ばかりが注目されがちだが、これによって特別措置法をいちいち成立させる必要がなくなり、自衛隊海外派遣のハードルが下がったことの意味も非常に大きい。

自衛隊は、その兵器体系の面でも「矛」の要素を徐々に持ちはじめている。先月閣議決定した最新の防衛大綱では、事実上の空母――「多用途運用護衛艦」と呼ぶんだそうである――運用を打ち出した。ステルス性能の高いF-35Bを艦載すると言うから、南西方面での作戦能力は確実に向上するだろう。中国に逆転されていた航空戦力面でも、新型戦闘機F-35の配備予定数を従来の42機から約100機上積みした。さらに、スタンド・オフ・ミサイルの保有。ノルウェー製の対艦・対地ミサイル「JSM」は射程約500 km、米国製の対艦ミサイル「LRASM」と対地用ミサイル「JASSM」の射程は約900 kmだと言う。後者であれば、日本の領土内から撃って北朝鮮の全域に届き、沖縄から撃てば上海も射程に収めることになる。防衛省はそんな運用の仕方はしないと言っているが、少なくとも自衛隊がそれだけの能力を持つようになる、ということは紛れもない事実である。

二十数年前と比べれば、日本(自衛隊)は明らかに矛の役割を果たせるようになってきたと言える。もちろん、自衛隊に広大な中国本土を叩くことは不可能だ。(そんなことをすれば、大規模ミサイル攻撃が日本を襲うことになりかねない。)しかし、尖閣有事の際に中国側に大きな打撃を与えることは、自衛隊の能力増強とやり方次第によっては、十分に可能だろう。前回述べたように、中国が尖閣侵攻を企てるとすれば、局地戦を想定する可能性が高い。そこで手痛い反撃を受けると思わせるだけの能力を自衛隊が身につければ、自前で抑止力を向上させる芽が出てこよう。

自前の防衛力強化と辺野古埋め立ては両立しない

自前の防衛力を強化するためには、言うまでもなく、カネがかかる。F-35を1機購入するのに100億円かかるとして、100機の追加購入だけでも単純計算で1兆円かかる。潜水艦を含め、ほかにも欲しい装備はいくらでもある。

日本の財政事情は22年前よりも一層悪化し、最近も好転の兆しを見せない。アベノミクスとやらが成功した(?)はずなのに、日本経済は今後も低成長が続くと誰もが予想している。一方で、少子高齢化に歯止めがかからず、社会保障費はまだ増え続けることが確実だ。増加する防衛費を捻出するための打ち出の小槌はどこにもない――。この状況下では、自前の防衛力強化と辺野古代替施設の建設を同時に追求することが矛盾をはらんでいることは火を見るよりも明らかだ。

辺野古の代替施設建設にかかる経費は、当初3,500億円程度と言われていた。だが、日本の公共工事が当初予算どおりで完成するわけがない。沖縄県は総工費を2兆5,500憶円――積算根拠は大雑把だが、結果的に大きくはずれてはいないだろう――と見積もる

これだけの巨額の金を注ぎ込んで辺野古に新飛行場をつくった挙句、海兵隊の提供する抑止力は低下し続け、本当に尖閣有事が起こった時に海兵隊が投入されるかどうか定かではない。何ともやりきれない話だ。

工費が仮に2兆円として、それだけあれば、自前の防衛力整備をどれだけ進めることができることか。兵器体系にお金を使えば、我が国の防衛力は確実に向上する。だが、海に土砂を投入しても、業者にカネを落とすだけ。日本政府、政治家、知識人たちには、こんな至極単純な現実がどうして見えないのか?

米軍に頼る以外の選択肢=海兵隊の海外移転と日本の自助努力

一月ほど前、テレビで辺野古に土砂を投入するダンプカーとブルドーザーの映像を見て何となく書き始めたこの論考。普天間・辺野古問題について私の提案を以下に述べ、ひとまず筆をおくことにする。

普天間の危険性の除去と抑止力の確保を両立させることを目的としている点において、私の提案は22年前のSACO合意と同じだ。ただし、普天間の危険性の除去は普天間飛行場の県内移設ではなく、在沖海兵隊全体の海外移駐による。抑止力の確保は在沖海兵隊の維持ではなく、日本の自前の防衛力増強によって実現する。提案は3つの柱からなる。

辺野古埋め立てを含む移設工事を中止し、自前の防衛力増強を進める

過ちては即ち改めるに憚ることなかれ。工事は日本政府が行い、費用も日本政府が持っているのだから、日本政府の決定によって工事は速やかに中止すべきだ。工事が進めば進むほど、政治的にも財政的にも引き返せなくなる。辺野古が八っ場ダムの二の舞になれば、悲劇だ。

同時に、工事中止で浮く費用を防衛予算の増額に回す。必要とあらば、ディールの一環として、米国からの武器調達を増やすことも考慮してよい。

短期的には、普天間飛行場へのクリア・ゾーン導入を米国に求める

辺野古につくられる新滑走路の長さは1,800メートル以下。そこで、現在2,740メートルある普天間飛行場滑走路の両端を短縮し、その短縮分と基地の敷地を利用してクリアゾーン(CZ)を導入する。(ただし、米国国内のCZ基準をそのまま当てはめると周辺住宅の立ち退き等の問題も出かねないため、普天間周辺の実情に合わせて柔軟に考える必要がある。)基本的には工事も不要のはず。
普天間に飛行場が残る限り、危険性はゼロにはならない。だが、普天間の危険性は確実に(かつ直ちに)減少する。ちなみにこれは、伊波洋一(現参議院議員)が宜野湾市長だった時に主張していたアイデアである。

在沖海兵隊について、10年後の海外移設を米国に要求する

県外であれ、県内であれ、今日の安全保障環境下で海兵隊を日本国内に置いておくことの意義は低下している。海兵隊の一体運用性を考慮すれば、普天間飛行場だけを切り離して県外(本土)や海外に移設するという選択肢はない。したがって、米国に求めるのは海兵隊全体の海外移設、ということになる。有事の際に海兵隊が来援できるよう、最低限の施設は(返還を求めずに)残しておくことは一考に値いしよう。
グアムか、ハワイか、オーストラリアか、米本土かなど、在沖海兵隊をどこに移設するかは米国が決めることだ。日本が関知する必要はない。
もちろん、上記の要求に米国が不快感を示す可能性は小さくない。いや、米国は間違いなく日本の約束違反を責め、民主党政権時代のように日米関係が悪化することも十分に考えられる。それでなくても、人間の感情として、「出て行け」と言われればいい気はしない。しかも、既に述べたとおり、米国にとって沖縄には海兵隊がグローバル展開する際の拠点としての重要な価値が今もあるのだ。
だが、我々も背に腹は代えられない。「約束を違えても自らの考える国益に正直であれ」と教えたのはトランプ大統領である。このまま、抑止力が落ちた海兵隊の引っ越しに兆円単位の金を費やすほど、今日の日本には余裕がない。中国は経済力のみならず、軍事力でも日本を追い越し、戦略的な膨張を続けている。北朝鮮の核・ミサイル問題は日本にとって何一つ解決しておらず、韓国との関係も冷却の一途を辿っている。抑止力の観点から費用対効果の低い海兵隊の引っ越しをとりやめ、その予算を自前の防衛力強化に回さないと、我が国の安全保障は本当に立ち行かなくなる。
中国が精密誘導ミサイルを実戦配備するに至った今日、沖縄という中国の近場にある、埋め立てられて固定された基地(=辺野古飛行場)は有事に際して脆弱なことこのうえない。日本近辺の守りについては自衛隊の役割を増やす一方、在沖海兵隊は狙われやすい沖縄から離れ、有事の際にのみ来援する、という戦略は米国にとっても検討の余地は十分にあると考えてもよい。

 

 

いわゆるリベラル系の人たちにとって私の議論は、安倍政権の推し進める辺野古埋立て以上に危険な考えと映るかもしれない。しかし、中国の平和的とは言えない台頭が続く限り、「米軍は出て行け、日本が防衛努力を増やす必要はない」というユートピア的な主張を唱えたところで、SACO合意やロードマップの代案とはならない。結果的に辺野古の埋め立てが止まることもない。

沖縄であれ、本土であれ、政治的にリベラルでない人たちはここらで発想を変え、自主防衛と海兵隊撤退をセットで政府与党に突きつけてやってはどうか? あとは覚悟の問題だ。

海兵隊の持つ抑止機能は低下した~辺野古土砂投入に思う③

20年以上前と現在とで、日本の安全保障にとって在沖米軍の存在意義は大きく変わったのか、それとも基本的には同じなのか? 比較論考の本筋に入っていきたい。

20年前:抑止の対象

1996年も今も、抑止の対象は中国と北朝鮮と言ってよかろう。ただし、中国や北朝鮮のもたらす(潜在的な)脅威の深刻さは、当時と今とでは大きく異なっている。私の記憶では、米国は21世紀を迎えてもしばらくの間、中国や北朝鮮を脅威と呼ばず、地域の安全保障環境に対する不透明性と呼んでいたはずだ。

1995年から96年にかけ、中国は台湾に圧力を加えるためにミサイル発射を繰り返していた。SACO合意の頃には既に、中国が東アジア・西太平洋地域の不安定化要因になるという漠然とした認識は既にあったと言えよう。しかし、当時の中国の軍事力は、冷戦後に名実ともに世界最強となった米軍の足許にも及ばないものだった。実際、クリントン政権が台湾海峡に空母を派遣すると中国は黙るしかなかった。この当時、尖閣諸島を巡って日中が衝突していれば、局地戦にとどまる限りは日本単独で中国側を撃退できたものと思われる。

北朝鮮はどうか? 遅くとも1990年代になると平壌が核兵器やミサイルの開発を行っていることはわかっていた。北朝鮮が地域の不安定化要因の一つであることは当時も明らかだった。だが、北朝鮮の経済的な停滞は誰の目にも明らかで、金王朝は早晩崩壊するという見方も少なくなかった。2006年になると北朝鮮は最初の小規模な核実験を実施した。しかし、核弾頭の小型化などを実現し、(わずか十数年後に)核ミサイルの実戦配備にまでたどり着くとは誰も本気で心配しなかった。北朝鮮のミサイル開発は(1998年のテポドン発射を除けば)スカッドやノドンが中心。米本土はおろか、ハワイ・グアムにも届かなかった。

20年前:海兵隊と抑止

1996年当時、在沖及び在日米軍は、自らは潜在的の攻撃から安全な場所に身を置きつつ、中国や北朝鮮の挑発的な動きに睨みを利かすことができた。在沖海兵隊も、その機能の一部である普天間飛行場が辺野古沖へ移動し、滑走路が短くなって運用上多少の制約が生じたとしても、どうということはなかった。もちろん、日本国内の引っ越し費用は日本政府が負担することになっていたので、米国政府の懐が痛むこともなかった。(海兵隊のグアム移転費用については、日米が分担することになった。)

現在:抑止の対象

今はどうか? 中国経済は2010年頃まで基本的には二桁成長を続け、最近も6%台後半の成長ペースを維持。それに伴って国防費も膨張した。この間、軍事と情報技術の融合がトレンドとなり、サイバーや宇宙分野を含め、中国は人民解放軍の近代化に熱心に取り組んだ。今や中国は第五世代と呼ばれる最先端の戦闘機を圧倒的な量で揃えたのみならず、自衛隊基地や在日米軍基地、さらには自衛隊や米軍艦船をピンポイントで正確にミサイル攻撃する能力を備えるに至った。現時点で人民解放軍の方が米軍よりも強い、と言うつもりはない。だが、万一両者が戦えば、米軍も相当な犠牲を覚悟しなければならない状況になっていることは確かである。

中国の軍事力が総合力で米国をキャッチアップしてきたとすれば、北朝鮮は核ミサイルという一点豪華主義で米国に対抗しようとしている。北朝鮮は近年、水爆実験さえ行ったと主張しており、核弾頭の小型化も相当進んだと考えられている。ミサイルもIRBMやICBMの実験を繰り返して行い、グアムやハワイのみならず米本土をも射程に含んだ可能性が高い。もちろん、米軍と北朝鮮軍の戦力差は歴然としており、両者が交戦状態に入れば、北朝鮮軍は米軍に蹴散らされることであろう。だが、緒戦段階で日韓両国や米本土までが核ミサイル攻撃を受ける可能性は厳然として残る。

では、この状況下で海兵隊を含む在沖米軍が提供してきた抑止力はどうなるのか? 想像力を具体的に働かせてみたい。

 現在:海兵隊と北朝鮮の抑止

北朝鮮による対日攻撃があるとすれば、基本的には米朝が何らかの理由で――偶発的な衝突がエスカレートした場合や、米国が北朝鮮の核・ミサイル能力を除去するための先制攻撃に踏み切った場合等が考えられる――交戦状態に入ったときだ。開戦が迫れば、北朝鮮が自らを攻撃する拠点となる在日米軍基地をミサイルで叩いておきたい、と考えることには軍事的な合理性がある。辺野古を埋め立てて造った滑走路を含め、固定された標的が狙われやすいことは言うまでもない。北朝鮮が複数のミサイルを同時発射してくれば、ミサイル防衛があっても防ぎきれないだろう。(ただし、通常弾頭ミサイルによる攻撃であれば、施設が破壊され尽くすというわけではない。)

ではこの時、沖縄に海兵隊基地があれば、北朝鮮は日本へのミサイル攻撃を思いとどまる――つまり、抑止される――だろうか? 平壌が日本攻撃に踏み切るとすれば、米軍による大規模攻撃――緒戦段階では、米軍の航空機による空爆や艦船からのミサイル攻撃が物量にモノを言わせる形で行われるだろう――が不可避だと思うからこそ、粟を食って(被害を少しでも減らそうと考えて)在日米軍基地を叩こうとするのである。数千人の海兵隊がいようがいまいが、金正恩の判断に影響はない。

 現在:海兵隊と中国の抑止

私は、中国が日本の領土に大々的な攻撃を仕掛けてくることはない、と思っている。だが、尖閣諸島の領有問題や東シナ海のガス油田開発に絡んだ衝突が起こる可能性は否定できない。

軍事的に尖閣を獲りにくる場合でも、事態がエスカレートして日中の全面的な軍事衝突に発展しても構わない、とは中国も考えていないはず。在日米軍がいるからという以前の問題として、尖閣にそこまでの価値はないからだ。

偶発的な衝突を除いて、尖閣や油ガス田絡みで軍事行動を起こす場合、中国は自らの行動に対して米軍が軍事介入しないと考えている可能性が高い。米国は日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されることを繰り返し強調している。しかし、第5条の適用と米軍が中国軍と戦火をまみえるということは同義ではないうえ、尖閣諸島の領有権については米国も中立姿勢である。絶海の無人島をめぐって中国軍と戦い、自国兵士の生命を危険にさらすより、中国軍とは自衛隊に戦わせ、自らは後方に控えておきたい、と米国大統領が考えたとしても、少しも不思議ではない。

米国が尖閣有事に本格的に軍事介入すれば、沖縄のみならず日本中にある米軍基地が中国の攻撃にさらされる。米艦船でさえ、中国が持つ精密誘導ミサイルで攻撃されれば、防ぎきれないと考えられているのだ。米軍と互角ではないまでも十分に強くなった中国軍と戦うことは、タリバンやフセインのイラク軍、あるいはシリア軍と戦うのとはわけが違う。ロシアがクリミアを併合した時も、米国は軍事介入を検討していない。奇妙な話に聞こえるかもしれないが、尖閣有事が起きた場合、それを局地戦にとどめることに関して米中の利害は一致するかもしれないのである。

尖閣有事が局地戦にとどまるのであれば、在沖海兵隊が尖閣奪還を命じられることもない。在沖海兵隊が尖閣有事を抑止するというロジックは、まったく無意味とは言わないまでも、相当に説得力が低いと感じられるのだ。

では、尖閣有事が日中の全面戦争にエスカレートする場合はどうか? その時は在日米軍基地がある故に米国も軍事介入を決断せざるをえない可能性が高まる。ただし、在沖海兵隊の有無によって米国大統領が下す決断の内容が変わることはない。(米国にとってより重要な基地はほかにいくつもある。)

中国にしても、事態をエスカレートさせるか否かを考える際に考慮すべき米軍兵力は、嘉手納(空軍)や横須賀(海軍)であり、在沖海兵隊1万数千人(グアム移転後)は大きな要素ではあるまい。普天間飛行場(将来は辺野古代替施設)や佐世保基地を集中的にミサイル攻撃すれば、海兵隊の機能は麻痺する。いずれにしても、中国との戦いでモノを言うような陸上兵力は米本土から(陸軍と海兵隊を)持ってこないと話にならない。

在沖海兵隊の存在によって中国の尖閣攻撃を抑止できる、というロジックはここでも分が悪そうに見える。

ついでにもう一言。台湾や南シナ海で米中が軍事諸突すれば、日本が巻き込まれる可能性はもちろん、ある。しかし、台湾問題で中国が武力行使に踏み切るのは、台湾が独立志向を強め、放置すれば中国共産党の正統性が揺らぐ時である。いわば面子の問題であり、米軍との勝ち負けは主要な判断材料にならない可能性が高い。沖縄駐留の海兵隊を怖がって手出しをやめる、ということも当然ない。南シナ海有事についても、多かれ少なかれ、同様のことが言える。