徴用工問題は仲裁委員会で政治決着を図るのが上策

9月3日9月8日の2回にわたり、徴用工問題をめぐる日韓関係について議論してきた。
日韓関係のもつれた糸をほぐそうとしても、日韓関係の現状は双方があまりに憎みあいすぎている。日韓が緊張緩和に向けた話し合いを今すぐに始めることは、なかなか期待できない。

それでも将来、日韓関係を改善しようと思えば、慰安婦問題と徴用工問題に何らかのケリをつけることが必要になる。特に、徴用工問題はどうしても避けて通れない。

形式から見た時、徴用工問題を決着させるには、①日韓二国間交渉による合意、②国際法廷での裁判、③日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の裁定、という三つの方法がある。いずれも針の穴に糸を通すようなむずかしい話だ。しかし、最も現実的かつ意味のある解決となるのは、仲裁委員会を使うやり方であろう。

二国間交渉は解決につながらない

慰安婦に関しては、2011年に韓国大法院が韓国政府の無作為を咎める判決を下した。その後、2015年に安倍と朴槿恵の間で妥協が成立したが、文在寅によって一方的に反故にされたという経緯もある。
したがって、韓国政府が今後日本に再交渉を求めてきても、日本政府には「無視する」という選択肢がある。日韓関係に棘は残るが、慰安婦問題で在韓日本企業に賠償させることはできない。日本側が無理に動かなくても、目立った実害は出ない。

徴用工の方は、在韓日本企業に賠償責任を認めた韓国大法院の判決で出ており、このままでは実害が出る。今後、訴えられる在韓日本企業の数が増える可能性もある。
日本としては、この問題にケリがつかない限り、手打ちはできない。

1965年の請求権協定によって韓国国内の賠償については韓国政府が責任を持つと合意したのだから、韓国政府は約束を守れーー。これが日本政府の主張だ。
だが、韓国にも三権分立の建前がある。判決が出る前ならまだやりようがあったかもしれない。大法院の判決が確定した後、政府がそれを覆すというのは、文在寅政権でなくても無茶な話ではある。

それでも何らかの政治決着が図られるとすれば、日本政府や関係企業も一部資金負担して基金をつくり、日韓両国政府が共同して賠償に当たる、というような枠組みが考えられる。

とは言え、韓国政府が日本企業の負担を一部でも分担するということになれば、韓国世論は激高し、政権は崩壊しかねない。ましてや、文たちは反日の虜と言っても過言ではない。日本との表立った妥協など、考えたくもないだろう。

仮に日韓の間に妥協が成立し、日本国民の税金を一部でも使うことになれば、「日韓請求権協定で決着済み」という従来の日本政府の主張と矛盾する。国内(特に右寄りの人々)の説得が紛糾することは容易に想像がつく。

「両国政府が交渉を通じて妥協案に合意する」というスキームには、もう一つ大きな問題がある。苦労して合意しても、将来、韓国側にちゃぶ台返しを食らう可能性が――決して低くない可能性が――あることだ。
慰安婦問題も、村山談話とアジア女性基金、2015年の日韓合意など、何度も政府間で決着したと思ったにもかかわらず、蒸し返されてきたのが現実。徴用工問題についても、韓国政府は長年「日韓請求権協定で決着済み」と同意していたはずだが、手のひらを返した。

日本国民の間では、「韓国と何かに合意しても無意味。どうせまた、裏切られる」という絶望的なウンザリ感が共有されている。これは、政治家、官僚、国民のすべてのレベルで、右だろうと左だろうと、安倍政権を支持していようと支持していまいと、あてはまる。現時点で日本側に、韓国政府と交渉しようというエネルギーは湧きそうもない。

結論として、日韓二国間協議による解決は、無理かつ無意味ということになる。

国際司法裁判所という劇薬

当事者同士で有効な結論に達することができない場合、国内であれば次の選択肢は「出るところへ出る」こと。国際社会でその役割を担うのは、国際司法裁判所(ICJ)である。

国際法廷に委ねれば、いかなる判決が出ようと、日韓両国はそれに従うと期待してよい。(韓国については一抹の不安がないわけではないが、国際社会が韓国を支持しないことは明白だ。)
国際司法裁判所という第三者によって「譲歩させられる」という形をとるため、日韓両国政府国内的に言い訳をしやすい、というメリットもある。

国際司法裁判所は、1920年に国際連盟が創設した常設国際司法裁判所を前身とし、国連憲章(第14章第92~96条)に基づいて1945年に設置された国連傘下の常設の司法機関。裁判所はオランダのハーグに置かれ、国連総会と安全保障理事会の投票によって選ばれた15人の判事によって構成される。判事の経歴は、外務省の法律顧問、国際法の教授、大使や裁判官の経験者などが多い。同一の国から二人以上の判事が選ばれることは禁止されている。

ただし、徴用工問題を国際司法裁判所で裁くことについては、二点、押さえておかなければならないことがある。

1.  合意付託できるか

一つは、日本が望むだけでは、裁判が始まらないことだ。国内の裁判であれば、一方が他方を訴えれば、基本的には裁判が始まる。しかし、国際司法裁判はそうではない。制度的な詳しい説明は省略するが、徴用工問題を国際司法裁判所で争うためには、日韓が本件を国際司法裁判所へ付託することに合意し、その旨を記した特別合意書をハーグ法廷へ提出することが必要になる。

日本政府は戦後、領土問題を解決するために国際司法裁判所を利用しようとしたことが何度かある。韓国に対しては1954年、1962年、2012年の三回にわたって竹島の領有権問題を国際司法裁判所へ共同付託(合意付託)するよう提案した。ソ連に対しても、1972年に北方領土に関する共同付託を申し入れたことがある。しかし、いずれも韓国とソ連が拒否したため、国際法廷は開かれなかった。

昨年、徴用工問題で大法院判決が下ったことを受け、日本政府は国際司法裁判所への提訴(単独付託)も検討していると言われる。

相手国の同意がなくても、係争当事国の片方がハーグ法廷に訴え出ること自体はできる。その後、訴えられた方が自発的に付託に応じれば、裁判は始まる。ただし、そのようなケースは極めて稀だ。

特に、韓国は面子を重んじる国。単独付託され、後からそれに応じることは、まず考えられない。日本が単独提訴しても、「憂さ晴らし」にしかならない。韓国に下記の仲裁委員会設置を呑ませるためのカードの一つと位置付け、軽はずみなことはしないことだ。

国際司法裁判所で徴用工問題を実際に審理させたいのなら、事前に韓国と話し合って「合意付託」に持ち込むしかない。そのハードルは非常に高いが、モデル・ケースは存在する。

シンガポールの東方、マレーシアの南東方向の海上に三つの岩礁がある。その一つ、ペドラ・ブランカ島(マレーシア名はバトゥプテ島)は19世紀に英国が灯台を建て、その後はシンガポールが管理してきた。しかし、1979年にマレーシアがこれら三つの岩礁の領有権を主張し始め、その帰属問題は両国間で争いの種となった。
長年の交渉の末、両国はこの問題の解決を国際司法裁判所に委ねるという特別協定に調印し、2005年にハーグ法廷へ提訴した。2008年に国際司法裁判所の出した判決は、ペドラ・ブランカ島についてはシンガポール、その南方の岩礁についてはマレーシアの主権を認める一方、最南端の岩礁については周囲の海域を領海とする国(シンガポール、マレーシアに加え、インドネシアも絡む可能性がある)の領有という表現で先送りにした。シンガポール政府とマレーシア政府はそれぞれ、不満を述べつつも判決を受け入れた。

とは言え、韓国政府が徴用工問題で合意付託に応じるということは、大法院(最高裁)で勝訴が確定しているのに、わざわざ判決が覆るリスクを冒すということを意味する。それだけでも、韓国世論から売国的だと非難されかねない。ハードルが高いことに変わりはない。

2.  勝てないかもしれない

徴用工問題を国際司法裁判所で解決する場合、もう一つの注意点は、日本が勝てるか否か、見通せないことだ。

日本政府の主張は、1965年に締結した日韓請求権協定で解決済み、というもの。無償(3億ドル)・有償(2億ドル)援助等を行い、韓国の個人分については韓国政府が責任を持つ約束だったのに、反故にされたと韓国政府を批判している。
国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法解釈の主流だ。韓国の個人分の補償については韓国政府が責任を持ち、日本政府はその分を含めて韓国に援助を行ったという主張が、どの程度通るのか。韓国側が人権問題を絡めてお得意のロビイングを仕掛けることを含め、日本に不利な判決が出る要素は、少なからずある。

2014年3月、オーストラリアとニュージーランドが南極海における日本の調査捕鯨を国際法違反だと提訴した裁判について、国際司法裁判所は「このままの形で捕鯨の許可を与えることはできない」という判決を下した。判決を受け、日本は南極海での調査捕鯨を中止せした。判決が出るまで、外務省は「絶対に勝てる」と楽観していたと言う。

国際司法裁判所ではないが、韓国が原発事故後、福島県などからの水産物輸入を禁止している問題について、今年4月、世界貿易機関(WTO)の上級委員会(第2審)は、韓国に是正を求めた小委員会(第1審)の判断を取り消す裁決を下した。この時も、外務省や農水省は「勝てる」と思っていたらしい。

負けるかもしれない、というリスクがあるのは、韓国にもあてはまる。
しかも、現状の大法院判決は韓国に有利なものだ。日本側は国際司法裁判所で負けても、「ダメ元」と言えなくもない。だが、韓国政府の場合は、国際司法裁判所で負ければ、文字通り洒落にならない。

国際司法裁判の場合、政治的な配慮よりも、法解釈の議論に基づいて判決が下される。その結果、負けた方にとっては、極めてきびしい結果になる可能性がある。
例えば、元徴用工への賠償責任は韓国政府にある、という判決が下れば、(日本側にとっては当然の判決であっても)韓国の政治は大混乱に陥るだろう。逆に、日本政府は元徴用工への賠償責任を幅広く負うべし、という判決であれば、賠償金額や対象となる人数は膨れ上がりかねない。

日韓双方の政治指導者がこうした不透明性を呑み込み、文字通り政治生命をかけて取り組むことができるのか? 両国の政治や世論はついてこられるのか?
そう考えると、国際司法裁判所における解決、というオプションも現実味は薄いか。

落としどころは仲裁委員会

日韓請求権協定には、両国の間に意見の相違が生じたときの紛争解決手段について、第3条に定めがある。
すなわち、日韓の間でまずは協議を通じて解決をめざす。それが駄目な場合は、日韓各1名と日韓が同意する日韓以外の1名(または日韓が同意する第三国の指名する1名)からなる仲裁委員会を設置し、案件を付託する。両国は仲裁委員会の決定に服さなければならない。

昨年、徴用工判決が出たあと、日本政府は韓国に外交協議を申し入れ、さらに仲裁委員会の設置を求めた。しかし、韓国政府が事実上拒否したため、設置は叶わなかった。

だが、仲裁委員会による解決には無視できないメリットがある。一度断られたからと言って諦めるのはもったいない。仲裁委員会による解決のメリットは二つ。

一つは、条約(国際協定)に基づくものであり、第三国(第三者)も関与する仕組みであるため、結論が出れば、韓国も決定に従わなければならないこと。ちゃぶ台返しはまずないと思ってよい。(ただし、仲裁委員会の設置まで行っても、結論が出ないケースはあり得る。)

二つめは、仲裁委員会とは言ってもベースにあるのは二国間協議であるため、日本または韓国が国内的にどうしても受け入れられないような決定には至らないこと。つまり、国際司法裁判所の判決よりも、日韓の間で一種の「引き分け」を実現させられる可能性が高い。

両国間に最低限の信頼関係もないまま、仲裁の「着地点」について下打ち合わせもしないまま、出たところ勝負のように仲裁委員会の設置を提案しても、韓国が受けるはずはない。水面下で日韓が妥協できる大体のラインを双方がイメージできてはじめて、仲裁委員会設置の可能性が出てくる。

私が抱く仲裁案のイメージは、先に二国間交渉の項で述べたようなものだ。日本の完勝は韓国が受け入れるはずがなく、韓国の完勝は日本が受け入れられない。そうであれば、着地できる範囲は誰が考えてもあまり広くない。

冷え切った日韓の間を取り持つよう、第三国――仲裁委員会が設置されれば、仲裁委員を出すことになる可能性が高い――に依頼することも重要になる。いや、もしかしたら、これが成否の鍵を握るかもしれない。

第三国として誰もが最初に思い浮かべるのは、日韓双方の同盟国である米国だろう。私もそれを否定するものではない。
ただし、今の「トランプのアメリカ」がよいかどうかは慎重に考えた方がよい。トランプが「善意の第三者」として振舞うかどうかに確証が持てないためだ。安倍とトランプの関係を韓国がどう見るか、ということもある。
もう一つ。米国に仲介役を頼めば、「米国というお目付け役のもとで日韓が協議させられている」という構図になってしまう。別な意味でこれは嫌だな。

中国に仲介役を頼む、というウルトラCも頭の体操としては面白い。だが、中国は韓国と同じく徴用工問題を抱える国だ。日本の国内世論が中国を仲介役として受け入れることに抵抗感を持つであろうことも障害になる。賢明ではあるまい。

とは言え、米国は「日米韓」、中国は「日中韓」という日韓を含んだトライラテラルな枠組みを持っている。日本との新ディール協議に入るよう、米国と中国から韓国へ働きかけてもらうことはとても意味がある。

ここは「近隣でない小国」という線で、過去に国際紛争の仲介役として実績を持つ国にあたってみてはどうか? いずれにせよ、日本外交の日頃の「交際力」が試される。外務省にはこういう時にいい仕事をしてもらいたいものだ。

 

安倍政権と文在寅政権の相互憎悪を考えれば、少なくともいずれかの国で指導者が交代しない限り、日韓が仲裁委員会の設置を含め、何らかの妥協策に合意できる可能性はないかもしれない。(理屈の上では、別な見方もできないわけではない。日韓が何らかの妥協案に到達した場合、それぞれの政府が国内世論を納得させる上では、「右寄りで政権基盤の磐石である安倍」と「左寄りで支持率の比較的高い文」の組み合わせは理想的なものである。)

国力の接近した日韓がナショナリズムを制御し、歴史問題を克服することは、生半可なことではできない。日韓の指導者は、冷静に自国の国益とは何かを理解し、文字通り政治生命をかけてこの難問に取り組むべきだ。さもなければ、日韓のルーズ・ルーズ・ゲームはいつまでも続く。

対韓圧力はやがて手詰まりに陥る可能性大――気がつけば「戦略的無視」から逸脱していた日本政府

前回の記事で、徴用工問題に端を発した日韓関係の悪化は、双方にとって損しかないものの、その損が致命的でないために「ナショナリズムの罠」から抜け出せず、いつまでも続きそうである、と述べた。

今の日本人の感覚は、「日韓関係なんか悪くても何も困らない。つき合っても不愉快になるだけだから無視すればいい」というのが最大公約数だろう。私も正直言って、韓国に関与することに疲れてしまった。しばらく放っておけばいい、という気分だ。

その後、ソウルやプサンでは教育機関や公共施設で「戦犯企業」の製品を買わないよう努力義務を課す条例を可決するなど、韓国側は情緒的対応をやめる気配を見せない。だが前回も述べた通り、彼らが何をやろうと、日本の措置を撤回しなければならないほどの圧力をこちらが感じることはない。韓国の行為は、我々の「ウンザリ感」を一層募らせ、「日本は絶対に降りるべきでない」という気持ちを募らせるだけだ。

しかし、冷静になってみると、この関係はどこかで着地点を見つけ、終わらせなければならない。今後の展開を考えたとき、この勝負、時間が経つにつれて日本は手詰まりになるのではないか、と思えてきたからだ。それはどういうことか? あまり言いたくはないが、書いておかねばならない。

この先の展開を読む

7月4日、日本政府は半導体製造に使われる3品目の韓国向け輸出を個別許可制に移行。7月のフッ化水素の対韓輸出は前月比で8割減少した。
8月28日には軍事転用の恐れが低い製品の輸出について審査不要のホワイト・リスト(グループA)から韓国をはずす政令も施行された。
こうした動きに対し、韓国側は日本政府のとった措置に直接対応する範囲を超えて対日報復措置をエスカレートさせ、GSOMIAの破棄まで通告してきた。

先日、李洛淵(イ・ナギョン)首相が韓国国会で「(対韓輸出規制強化など)日本の不当な措置が元に戻れば、わが政府もGSOMIAを再検討することが望ましい」と答弁した。訪韓した河村建夫元官房長官(日韓議員連盟幹事長)に対しても、李は同様の発言を繰り返している。事実上、「日本が韓国をホワイト・リストに戻せば、韓国はGSOMIAの破棄(11月から発効)を取り消してもよい」という観測気球なのだろう。

しかし、日本側の輸出管理厳格化は、安全保障上の理由という建前はさておき、韓国政府に徴用工問題への取り組みを促すことが目的だ。日本政府にとって、李の提案は「まったく次元の異なる問題(菅官房長官)」を意図的に混同させようとしたものでしかない。安倍も「徴用工問題の解決が最優先だ」と不快感を示し、乗るつもりはなさそうである。

ここまでは、日本ペースとまでは言わないが、韓国側の報復措置にもかかわらず、日本が韓国に対して攻勢に立っているように見える。だが、この先は果たしてどうなるのか?

今後も韓国政府が徴用工問題で何の手も打たなければ、日本側は意地でも輸出管理の厳格化を元に戻さない。
すると、韓国側は報復措置として既に発表済みの対日貿易制限措置を実行に移す。韓国の輸出管理上、日本をホワイト・リストからはずすことも今月中には始まるだろう。11月になれば、GSOMIAも完全に破棄される。

両国にとって、経済的にも、安全保障の観点からも、マイナスの影響が出ることは間違いない。だが、前回述べた通り、両国が蒙るマイナスは「致命的」というレベルにまでは達しない。

日本が7月以降に打ち出した輸出管理厳格化措置に対し、韓国は常軌を逸した反応を示した。そのことによって、我々は日本のとった措置が韓国にとって与えるダメージを実態以上に大きなものと受け止めてしまったようだ。

前回も述べたとおり、日本の輸出管理厳格化は手続き面の規制強化であって禁輸ではない。先月あたりから、輸出申請に対する個別許可も降り始めている模様だ。ホワイト・リストからの韓国除外についても同様のことが起きる。したがって、時間の経過とともに対韓輸出は、完全に元には戻らないまでも「正常化」していくことが予想される。

さらに、サムソン電子など韓国の半導体メーカーは、フッ化水素の韓国産化に取り組むなど対策に着手した。日本の制裁は長い目で見れば、日本の素材メーカーにとって不利なことになりかねない。

日本政府が韓国に課した経済措置は、安倍がトランプ流を模倣したものだ。しかし、スケールの点で両者の違いはあまりに大きい。
トランプは、中国からの輸入に対し、広範かつ大幅に関税を引き上げている。ファーウェイについては、米政府機関による調達、米企業による部品供給を禁止した。ファーウェイに対する規制の網は、米国企業のみならず、日本を含む同盟国の一部や多数の外国企業にも及ぶ。

しばらく時間がたてば、韓国は日本の輸出管理厳格化によってあまり痛みを感じなくなるだろう。
ではその時、徴用工問題はどうなっているか? 韓国政府が徴用工問題で日本に何らかの配慮を示しているとは考えられない。
つまり、徴用工問題は改善しないまま、日本側のとった対韓措置に韓国側が慣れる、という事態を迎える可能性が高いということだ。

手詰まりの予感

徴用工問題は、日韓の外交問題という側面もあるが、基本的には韓国司法の土俵の上にある、と言わざるをえない。
大法院(韓国最高裁)の判決は既に下り、日本製鉄(旧新日鉄住金)の資産は差し押さえられている。別の在韓日系企業を標的にして新たな訴訟を起こされれば、同様の判決が出るはずだから、賠償させられる企業が続出しかねない。
我々がそれを不当だと思っても、こちらに強制的に阻止する手立てはない。(戦前なら、「朝鮮出兵」を含む軍事的な手段で圧力をかけることも可能だった。しかし、今の時代にそんなことをすれば、日本は侵略国とみなされる。)

結局、日本が韓国に対して圧力をかけ続けようと思えば、経済面(関税引き上げ、政府調達からの韓国企業締め出し、金融制裁等)で新たな対抗措置を導入するしかない。だが、韓国相手に安全保障を理由にした規制を課すには自ら限度がある。無理にやれば、WTOで負ける。
また、日本の措置は(米国がやっているように)他国の政府や企業を巻き込んだものにはならない。韓国への打撃も限定的なものにとどまる。

一般論としても、ナショナリズム(歴史問題)が絡む問題を経済圧力によって解決することは非常にむずかしい。日本が圧力を強化すれば、韓国が徴用工判決の差し押さえ資産の現金化に踏み切るなど、徴用工カードを切ってくる可能性も考えられる。

少し脱線するが、安倍にとことんやるつもりがあるのなら、徴用工問題で訴えられる日系企業に韓国撤退を要請するくらいの覚悟を持たなければならない。トランプは中国に進出している米国企業に対し、撤退を要請している。
韓国側に戦犯と名指しされた日系企業は、いわゆる賠償金を支払ってでも韓国にとどまった方がよい、と考えているのか否か? 私はその本音を知らないので、これ以上のコメントは控える。

輸出管理規制の強化によって徴用工問題の本質的な解決をはかるという日本政府の計略。一見よさそうに見えたが、ここまでくると手詰まりに陥る可能性が高い。

安倍政権の最近の対韓政策は「戦略的無視」と言われてきた。だが皮肉にも、今夏発表した対韓輸出管理の厳格化は、この「戦略的無視」を逸脱した行動であった。
韓国側の過剰反応に対し、さらなる圧力で応じても先は見えない。日本としては当面、「戦略的無視」に戻るのが得策であろう。

韓国という国は、本当に面倒くさい国だ。しかし、韓国というクセのある隣国との確執にこだわり続けることも愚かな話。好きになれない国であっても、我が国の国益を極大化するうえで利用してこそ、日本の方が大人ということではないのか。

戦略的無視という言葉には、魅力的な響きがある。しかし、それをいつまでも続けることはできない。時間はかかっても、我慢に我慢を重ねてでも、日韓関係の改善に取り組むべきだ――。私はそう思う。

次の記事では、日韓関係改善の方策(=徴用工問題の解決策)について私の試論を述べてみたい。

「徴用工」から「旧朝鮮半島出身労働者」に呼び方を変えたんだそうな

日本の統治下にあった朝鮮半島から日本に渡り、炭鉱や建設現場などで働いた人たちについて、日本政府は「旧民間人徴用工」や「旧民間徴用者」などとしてきた呼称を「旧朝鮮半島出身労働者」に改めたんだそうな。今朝のNHKニュースが言っていた。

安倍総理は今月1日の衆議院の予算委員会で呼称変更について言及した。前日の韓国大法院判決で日本側が敗訴したことを受けた対応とみられる。9日になって日経新聞がそのことを伝えたが、あまり注目されなかった。「それならやっぱりNHKだ」とばかり、官邸か自民党筋からNHKに対して何らかの「要請」があったのか、単に週末で政治絡みの記事がなかったのを埋めただけだったのか。NHKが今日になってこの新しくもないニュースを伝えた理由はわからない。

で、本題の呼称変更について。う~ん、国内的な受けはいいかもしれないが、はっきり言って愚策ではないか。韓国嫌いの人たちの溜飲は下げられても、日本の立場は良くならないか、悪くなりかねないと思う。

呼称変更は国際的に日本の印象を悪くする可能性あり

NHKは、呼称変更の理由を「すべての人が徴用されたわけではないことを明確にする必要がある」ためと伝えた。もちろん、「すべての人が徴用されなかった」のであれば、当然の話だが、そうではない。

「すべての人が徴用されなかったわけではない」という事実がある限り、韓国側は今回の呼称変更を日本政府のイメージダウンを図る国際的なロビイングに利用する可能性がある。曰く、「日本政府は徴用工という言葉を消し去り、『徴用がまったくなかった』と強弁しようとしている」と。

欧米の人権派は日本政府の言い分をよりも、韓国側の主張により賛同するんじゃないだろうか。何しろ、「旧朝鮮半島出身労働者」だけでは、間違ってはいないが、その中に徴用工がいたという含意がすっぽり抜け落ちてしまう。日本側が本来の徴用工についても反省する気がない、と言われれば、説得力のある反論はしにくい。(徴用工を含めて請求権問題は1965年に決着済み、ということと、歴史問題に反省の意を持つことは別次元の問題。「過去に対する反省の気持ちはあるが、請求権問題は決着済み」という主張でなければ国際的には通らないし、日本人の有り様としても正しくない。)

河野外相発言は、韓国の土俵に乗ることになりかねない

今回の呼称変更の理屈は、「日本政府が国民徴用令を朝鮮半島にも適用して現地の人を徴用したのは1944年。それ以前は、民間企業による『募集』や行政による『官斡旋』だった」ということのようだ。ちょっと不安なのは、国民徴用令以前の「募集」や「官斡旋」に実質的に徴用と判断される要素がなかったのか、ということ。これについては誰か詳しい人が教えてくれるだろう。

関連して気になったのは、9日の記者会見で河野太郎外相が大法院判決を受けて発した「原告は募集に応じた方で徴用された方ではない」という発言だ。これだけ聞けば、日本が大法院判決を受け入れられない理由は「原告が徴用工ではなかったから」と言っているように聞こえる。1944年以降の「徴用工」であれば日本政府も賠償に応じるべきだと考えているとか何とか、これも韓国側のキャンペーンに使われかねない。

 

徴用工から旧朝鮮半島出身労働者への今回の呼称変更。国内世論向けの内弁慶なのか、安倍さんや戦前の日本の植民地支配を否定する人たちへのお追従(ついしょう)か。外務省も悪手に乗ってしまった感じがする。

韓国の大法院判決に対する憤りは共有するが、一時の感情に任せて日本の不利になるような「独りよがり」に走るのはやめてもらいたい。

徴用工判決~日韓関係、あと10年は駄目だろう

もう落ちるところまで落ちないと良くなることはない、と思う。日韓関係のことだ。

限界にきた「韓国疲れ」

10月30日、韓国の最高裁判所にあたる大法院は新日鉄住金に対し、かつて徴用工として働かされた韓国人4名へ約4千万円の賠償を命じる判決を下した。元徴用工は21万人以上いると言うから、最悪の場合、韓国に進出している日本企業は5千億円以上の賠償金を支払わなければならない可能性が出てきた。

1965年の日韓関係正常化に伴い、日韓両国政府は請求権協定を締結した。日本が無償3億、有償2億ドルを韓国に供与する一方、両国及び両国民間の請求権問題は解決済みにするという取り決めだった。今回の判決を受け、日本側から「今さら、何なんだよ」という声があがるのは当然だ。

原告敗訴の高裁判決が差し戻された経緯を考えれば、今回の大法院判決の内容は広く予想されていた。だが、判決後に日本国内で沸き起こった反発は、想像以上に強烈なものだった。背景には、日本側に蓄積した「韓国疲れ」がある。2015年12月の慰安婦合意は韓国側によって破棄同然の扱い。2012年6月には、日韓GSOMIA(秘密軍事情報保護協定)の締結を韓国側が署名当日にドタキャン。同年8月には李明博大統領が竹島に上陸し、天皇陛下に謝罪要求まで行った。これらの出来事が積み重なった結果、日本国民の間には「いくら謝っても韓国は日本を許すつもりがない」「いくら歩み寄って和解しても何度でも蒸し返してくる」というウンザリ感が蔓延している。私も例外ではない。

冷静になって一つだけ指摘しておきたいことがある。今回の徴用工判決は韓国政府(文在寅政権)が日本叩きを意図して行わせたものではない、ということだ。韓国も民主主義国家で司法は独立しており、そんなことはやりたくてもできない。だが、最高裁判決が出た以上、韓国政府がこの判決に拘束されることになるのは間違いない。李明博大統領の時代にも、憲法裁判所が慰安婦問題に対する政府の無策を憲法違反と断ずる判決を出し、李が野田佳彦首相(当時)に慰安婦問題での善処を求めた結果、日韓関係は見る見る悪化した。日本側の「韓国疲れ」は、単に韓国政府に向けられたものと言うよりも、韓国社会全体に向けられたものと考えるべきであろう。

河野外相は「徴用工判決は国際社会への挑戦」と批判

今回の徴用工判決はとんでもない。しかし、感情的になるばかりでは韓国と同じだ。特に、河野太郎外相はキャンキャンうるさい。日本の立場を国際社会に示すために国際広報が重要、と言うのはわかる。でも、ロビイングとかもっと地道な努力を継続することの方が大事だろう。第一、河野の興奮した姿を見せつけられてばかりでは、日本も韓国同様に「感情の虜」なんだと思われかねない。

河野は国内向けパフォーマンスとして言っているのかもしれない。だが、「国際社会への挑戦」というのはいかにも言葉が躍っている。私の受け入れるところではないものの、「国家間協定で戦時求償権問題が解決した後も個人請求権は消滅しない」という考え方は韓国だけのものではない。中国もそうだし、ポーランドに至っては、過去に賠償請求を放棄したにもかかわらず、国家としてドイツに6兆円規模の賠償を求める動きが出ている。米国政府も(いつものことではあるが)求償権問題で日韓いずれかの肩を持つことは避けている。外務大臣の発言であればこそ、言葉はよくよく選ぶべきじゃないのか。

日本の対抗手段~国際司法裁判所、調停委員会、トランプ流の可能性?

もちろん、国際広報の強化だけでは話にならない。残念ながら、韓国(社会)は今、話し合いだけで物事を解決できるような状況にないので、何らかの圧力を加えることも避けられない。日本政府に何ができるのか?

<国際司法裁判所(ICJ)>

徴用工判決についてICJで争うには、韓国政府が付託に同意することが必要になる。韓国がそれに応じる可能性はない。だが、提訴だけでも国際世論の喚起にはつながる。見栄を気にする韓国はそれだけでもかなり嫌がる。

報道では「政府が一方的提訴の方針を決めた」みたいな記事を見たが、李明博の竹島上陸の時も結局見送られた。日本政府がどこまで本気かは不明だ。外務省が「裁判になれば必ず勝てる」と言っているという記事も見たが、話半分に聞いておきたい。捕鯨裁判の時も外務省は「絶対に勝てる」と言っていたが、結果は負けだった。

<仲裁委員会>

日韓請求権協定上、揉め事は(二国間の外交協議を経た後に)仲裁委員会で解決することになっている。ただし、第三国の仲裁委員を選定できるか等、実際の委員会設置にはハードルが残る。

<トランプ流>

最近、日本国内で韓国に対するイライラが高じているのを見ていると、従来考えられなかった禁じ手が将来は検討されるようになるんじゃないか、と思い始めている。何のことか? 徴用工問題の仕返しを貿易や金融取引面で行う、ということだ。

日韓の貿易構造は日本側の黒字であるため、トランプが中国に対して仕掛けている貿易戦争が日韓でそのまま再現できるとは思わない。(現代の貿易戦争は、「売らない」よりも「買わない」の方が有効である。)米国の通商拡大法のような立法措置も必要になるなど、簡単な話ではない。だが、国民も「トランプ流」を見慣れてきた。誰かが言い出せば、案外支持されるかもしれない。

もっと現実的なのは、「静かなトランプ流」であろう。表立っては言わずに、韓国を標的に圧力をかけるやり方だ。日本政府は韓国政府に対し、造船業界への補助金をめぐって二国間協議を要請し、韓国が応じなければWTO提訴に至る運びだと言う。徴用工問題を睨んだ圧力であることは明らかだ。今まで見送っていたこの種の措置を日本政府は繰り返すことになるのではないか。

韓国は変わらない――少なくとも短期的には

日本政府は、韓国政府が原告に何らかの補償を行い、新日鉄住金などが賠償金の支払いや財産の差し押さえを免れることを期待している。日本政府が国際司法裁判所への単独提訴などを示唆するのも、韓国政府に何らかの手を打たせるための圧力だ。しかし、そううまく事が運ぶだろうか? 私の見立ては悲観的だ。

中国では2014年、戦時に「強制連行」された元労働者が三菱マテリアルを訴えて賠償を求めた。16年には和解が成立し、今年中にも一人160万円程度の支払いが行われる見込みだ。西松建設や鹿島建設なども同様の決着を見ている。韓国政府が肩代わりをして日本企業の負担をゼロにするというのは、韓国の国内政治上、実現可能性は低いと考えざるをえない。仮に韓国政府が一部肩代わり等で妥協を図ろうとしたり、原告側に差し押さえをやめさせたりしようとしても、原告の背後にいる活動家たちがそれに応じさせるかどうか、疑問だ。政府の都合や国益など、彼らの眼中にはない

日本政府が、上述したような「トランプ流」の圧力をかければ効果はあるのか? 中長期的にはともかく、韓国が直ちに膝を屈することは期待できまい。一般的に韓国人は「情」に身を任せること甚だしく、利害関係や価値観から大局的な政治判断をすることは不得手である。しかも、経済成長を遂げてG20のメンバーとなった今、韓国にとって日本経済――世界経済全体に占める割合(名目)も今や6%まで低下した――が持つパワーは限定的なものにすぎない。南北の緊張緩和も基本的には日本軽視を助長する要因となっている。

先行きは暗いが・・・

悲観的過ぎるかもしれないが、徴用工問題はまだまだ拗れると思っておくべきだ。それ以外の問題を含め、見通し得る将来にわたって日韓関係の改善は期待できない。

しかし、何年か先(あるいは十年以上先)には、日韓両国政府の間で懸案解決に取り組む機運が生まれる時もあるはずだ。問題は、その時に日韓の次の世代が「一緒に仕事のできる」関係を作りあげられるか否か。今どんなに関係が悪化していても、次の世代が憎しみや反感を乗り越えられるための種を蒔いておくことは我々の責務だ。

一つは若手国会議員の交流。冷戦が終わるくらいまで、日韓の議員間には癒着と呼べるくらいの深いパイプがあった。今は見る影もない。

もっと期待したいのは、学生など草の根の若者交流だ。国家・民族の憎しみや反感は世代を超えて受け継がれ、時に増幅される。そのことを我々は日韓関係から学ばなければならない。悪い連鎖を断ち切るためには、柔軟な若者に期待するしかないではないか。

圧力と対話と種まき――。なす術もなく悪化する日韓関係を前にして、思いつくのはこれくらいしかない。