最近の永田町では、解散ムードが高まる一方に見える。もともと予定されている参議院選挙(=7月22日投開票という観測が強い)と合わせれば、1986年7月に中曽根康弘総理が仕掛けて以来、実に33年ぶりの衆参ダブル選挙となる。
「衆参ダブルなら、10月に予定されている消費税10%への引き上げは延期される」という見方が与野党ともに強い。しかし、本当にそうだろうか? 「解散も消費税引き上げも」という選択肢の方がありえる、と私は思う。
萩生田と菅の発言
解散風が吹き始めたきっかけは、4月18日に安倍側近と自他ともに認める萩生田光一官房副長官のインターネットテレビでの発言だった。荻生田はこう述べている。
「景気がちょっと落ちている。ここまで景気回復してきたのに、万一、腰折れしたら、何のための増税かということになる」
「次の日銀の短観(7月1日に発表予定)をよく見て、『本当に、この先危ないぞ』となったら、崖に向かってみんなを連れて行くわけにはいかないので、違う展開はある」
「増税をやめることになれば、国民の信を問うことになる」
荻生田発言は、4月21日に沖縄3区と大阪12区で行われた衆議院補欠選挙の直前というタイミングで飛び出した。両選挙区とも自民・公明が完敗した。そのことは4月18日段階で関係者なら誰もが予想していた。補選2敗で与党内における安倍の求心力が落ちないようにしたい――選挙が近いとなれば、執行部批判はできない――とか、メディアの目を補選からそらしたい、などと荻生田が考えたとしても不思議ではない。
その後、菅義偉官房長官の発言が解散風をさらに煽る。5月17日の定例会見で記者が次のように質問した。
「通常国会の終わりにですね、野党から内閣不信任決議案が提出されるのが慣例になっているとも言われているんですが、それを受けて、時の政権が国民に信を問うため衆院解散・総選挙を行うというのはですね、大義になるかどうか、長官ご自身はいかがお考えでしょうか?」
「それは当然なるんじゃないですか」
菅はぶっきらぼうに答えた。一旦は沈静化しかけた解散風にこれでまた火がついた。自民党が衆議院でも選挙の調査をかけた、という話も伝わり、与野党ともに同日選にむけて色めき立つことになった。
不信任案の提出が解散の大義になる、という奇妙な話
この質問、「やらせ」くさいと思わずにはいられない。「大義のあった解散なんて今までにあったのかよ?」と突っ込みを入れたいところでもある。まあ、それらは置いておくにしても、不信任案提出が解散の大義になるなどというのは、論理としてボロボロだ。
憲法第69条によれば、内閣不信任決議が衆議院において可決された場合、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職しなければならないことになっている。「内閣不信任案が可決されれば、解散の大義になる」というのであれば、(大義という言葉を使うかどうかは別にして)まだわからないでもない。
しかし、今の国会の議席配分を見れば、野党が内閣不信任案を提出しても、可決される可能性はゼロ。だから記者の質問も、不信任案が「可決されたら」ではなく、「提出されたら」となっている。
内閣不信任案は毎度のように提出されている。「一強多弱」状況の下では、野党が自らの存在意義を見せるためのパフォーマンス――そう言って悪ければ儀式――のようなものだ。内閣を制御するための「伝家の宝刀」なんて建前に過ぎない。
もちろん、解散は総理の専権事項である。内閣不信任案が可決されない限り、総理が解散しようと思えば、いつでも解散できる。その意味では、総理が「内閣不信任案が『提出』されたので解散する」と言えば、解散できないことはない。「売られた喧嘩は買う」というわけである。ただし、それでは変な前例ができてしまい、将来「内閣不信任案が提出されたので解散しろ」と言われかねない。
しかも、安倍総理はこれまで内閣不信任案が提出されてもことごとく否決し、6年半の長きにわたって政権を持続させてきた。「内閣不信任案が提出されたから解散した」ことなど、一度もない。今まで認めてこなかった大義が今回、急に出てきましたというのでは、あまりにも国民を愚弄している。
今回、消費税率引き上げ延期は解散の大義にしにくい
ではなぜ、内閣不信任案の提出が解散の大義になるか否かなどという馬鹿げた質問が飛び出したのか?
安倍総理はこれまでに二度解散している。一度目は2014年11月。この時は、翌年10月に予定されていた消費税率10%への引き上げを2017年4月に先送ることを表明。その是非を国民に問うことが解散の争点(大義)とされた。その後、2016年6月には消費税引き上げを2019年10月まで再延期すると述べ、そのうえで「アベノミクスを加速させる」ことを同年7月に行われた参議院選挙の争点と位置づけた。そして2017年9月の前回総選挙では、「消費税の使途変更(次の消費税増税分を借金の返済ではなく、子育て支援や教育無償化に使うこと)」や「北朝鮮問題への圧力路線」について国民の信を問う、とした。
安倍総理が今年10月に行われる消費税率引き上げを三度(みたび)延期すると決めているのであれば、それは「立派な」解散理由となる。わざわざ、「野党による不信任案の提出」などというチンケな大義を持ち出す必要などないはずだ。
しかし、安倍が解散する場合でも、消費税は予定通り10月には10%に引き上げるしかない、と考えているとしたら、辻褄は合う。
実際、わずか4ヶ月後に迫った消費税率の引き上げをこの期に及んで延期できるのか、という問題は、政治家の気合で乗り越えられるような小さな話ではない。例えば、複数税率の導入に対応できるレジの準備。補助金申請は4月段階で10万件を超えたと言う。
10月の消費税率引き上げにあわせ、環境性能や耐震性の高い住宅を新築すれば省エネ家電などに交換できる「次世代住宅ポイント」制度の申請受け付けも今日(6月3日)から始まった。今さら延期と言えば、産業界も消費者も大混乱は必至だ。
加えて、安倍には、消費税率引き上げの延期を言わずとも、衆参選挙で負けることはない、という見込みがあるに違いない。もちろん、国民が与党の政策・政治を支持しているとは決して思わない。だが、自民党には、小選挙制度の下で公明党という独特の選挙集団と手を組んでいるという強みがある。リーダーの不在、政策の失速、選挙準備の遅れという三重苦を抱えた野党では、勝ち目は薄い。今現在、議席増を目論んでいられる野党(ゆ党?)と言えば、「大阪の乱」で勢いづく日本維新の会くらいのものだろう。
安倍が解散、衆参ダブルを既に決断しているのかどうか、私には知る由もない。だが、「10月の消費税引き上げは延期できない。消費税引き上げでも勝てるのなら、解散もありだ。大義は何か適当に考えればよい」というあたりが安倍の胸のうちではないか、と予想する。荻生田発言は解散理由において安倍を縛るものだった。菅発言は「解散するなら消費税率引き上げ延期」をニュートラルにすることに意味があったのではないか。
いずれにせよ、参議院選挙は間違いなくある。今回の選挙、何が争点なのか、私にはよくわからない。ほとんどの国民にとってもそうだろう。与党は「野党が不信任を出したら受けて立つ」と言うだけ。野党も与党批判を通じてしか自己の存在を主張できない。
「野党冬の時代」というよりも、「政党冬の時代」がしばらく続く――。それだけははっきりしている。