前回のポストでは、その不正営業について郵政グループ自身の責任を問うた。メディア情報を眺めていても、だいたいはそこで終わっている。だが、この問題で国に責任はないのか?
郵政グループは小泉改革によって「民営化」されたことになっている。しかし、その実態は「株式会社化」による「一部民営化」だ。
政府は今も日本郵政(=日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命などを傘下に持つ日本郵政グループ中核の持株会社)の発行済み株式のうち、約57%を保有している。日本郵政の出資比率は、日本郵便100%、ゆうちょ銀行89%、かんぽ生命64.5%となっている。半官半民よりも国有色が強い、と言えるだろう。
これが純粋な民間会社なら、大株主が経営に口出ししようがすまいが、私を含めて外野がとやかく言う筋の話ではない。しかし、日本郵政グループの場合、株式の過半を政府が出しているから、その経営がうまくいかなければ、株価の下落を通じて国民の資産が目減りする。過疎地などで住民が郵便・金融サービスを受けられなく可能性も出てくる。
圧倒的な大株主である国(政府)は、現場に一部いる不届き者や無能な経営陣をまるで他人事のように批判しているだけでは済まされない。
このポストでは、今回郵政グループで見られた不正営業問題について、監督機関であり同時に過半株主でもある国の責任を指摘したい。さらに、今後の郵政のあり方についても私見を述べる。
見て見ぬふりを決め込んだ政府
前回のポストでは、日本郵政グループでかんぽの保険商品販売をめぐって不正が横行し、それを経営陣が見て見ぬふり(あるいは、なす術もなく放置)したばかりか、隠蔽まで図ったことの責任を指弾した。(隠ぺい工作の詳細については次々回、NHK経営委員会の罪について書くときにきちんと述べる。)
では、国はこの間、何をしていたのだろうか?
国は、郵政の不正営業について二つの責任を有している。
一つは、監督官庁としての責任。郵政グループ全般に対しては日本郵政株式会社法に基づいて総務省が監督権限を持ち、いわゆる金融業務(銀行、投信、保険等)については金融庁が監督する。
もう一つは、日本郵政グループの実質的なオーナーとしての責任。これについては冒頭に書いたとおりである。
金融庁(対かんぽ生命及び日本郵便)と総務省(対日本郵政及び日本郵便)が昨年12月27日に行政処分を下した。
年が明けた1月10日の会見では、日本郵政の経営改革について麻生太郎財務大臣(兼金融担当大臣)は次のように述べている。
社風を一新しますとかね、一新しますなんて話は嘘八百なんだ。できっこないんだから、長い組織、しかも古い組織をね。そんな簡単に一新しますとかね、ちょっと辛抱強くやってもらわないかんということだと思います。
麻生らしい毒舌だが、そこにはどこか「他人事」という感じがつきまとっている。「悪かったのは郵政の連中、俺たちは監督機関としてちゃんと処分した。あとはちゃんとやってくれよ」とでも言いたいのだろう。
しかし、最終的に行政処分を下したからと言って、総務省や金融庁は責任をきちんと果たしてきた、と胸を張れるとは思わない。「1年遅かったんじゃないの?」ということだ。
2018年4月24日、NHKの『クローズアップ現代+』は「郵便局が保険を“押し売り”!? 郵便局員たちの告白」という番組を放映した。
この番組一つで金融庁が検査に入るべきだった、というのはさすがに乱暴かもしれない。だが、この頃、NHK以外にも郵便局で行われている不正を取り上げるメディアが出始めていた。
クローズアップ現代+が報じた内容は、金融機関としてあってはならない言語道断のものであり、事実なら郵政グループは金融機関として存続を許されないほど悪質なものだった。しかも、天下のNHKが何の根拠もなくこれだけの番組を流すわけがない、と思うのが普通の感覚である。
金融庁や総務省がよほど鈍感でない限り、遅くともこの時点では、不正を知る端緒をつかんだと考えてよい。であれば、この時点で郵政側に報告を求めるなど、何らかの警告を発するべきだった。
郵政の不正営業は、いつまでも「見て見ぬふり」を続けるには規模が大きすぎた。
しかも、2019年4月にかんぽ生命の株式を追加売却した後、不正営業の不祥事が表面化して株価が下がった。ここに至ってようやく、政府は重い腰を上げることになる。
実際に金融庁と総務省が郵政側に報告を求める命令を出したのは、2019年8月8日である。立ち入り検査に入ったのは、9月11日。
クローズアップ現代+から1年3~4ヶ月以上もの間、政府は何をボーっとしていたのか?
監督省庁がすぐに動くことはなかった。
一方でNHKは、2018年4月に上記番組を第一弾として放映した後、続編の制作にとりかかる。
ところが日本郵政グループの経営陣はNHKに事実上の続編中止を要求、それが認められないと知るや、NHK経営委員会を通じてNHK本体に圧力をかけた。はっきり言って、不正の隠ぺい工作である。
同年10月、経営委員会はNHK会長を厳重注意する。NHKによる第二弾の放映は2019年7月まで延期された。
身内の馴れ合い
この時期、郵政側の対応を主導したのは日本郵政上級副社長の鈴木康夫だったと言われる。と呼ばれた鈴木康夫だったと言われる。1973年に旧郵政省へ入省した鈴木は総務省事務次官まで昇りつめ、天下り後は「日本郵政グループのドン」と呼ばれた。当然、NHKに対しても睨みが効く。(総務省が放送行政を司っていることは説明するまでもないだろう。)
この鈴木という人物は相当癖のある御仁と見える。
NHKのクローズアップ現代+が続編を制作しようとしていたことに対し、「取材を受けてくれるなら(情報提供を呼びかけた)動画を消すなんて、そんなことを言っているヤツの話を聞けるか、と。それじゃ暴力団と一緒でしょ。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならもうやめてやる、オレの言うことを聞けって。バカじゃないの」と記者団に公言している。
郵政で行われていた不正を報道したというNHKの行為と、暴力団が因縁つけて殴るという行為を同一視するとは驚きだ。脛によほど大きな傷を持った人でないと、こうは言わない。
鈴木は古巣の総務相に対しても相当な発言力を持っていたらしい。
そのことが窺い知れる事件が昨年末に起きた。総務省の現職事務次官だった鈴木茂樹(1981年郵政省入省)が、こともあろうに郵政グループに科す行政処分の内容を事前に郵政側へ伝えていたことが判明、更迭の憂き目にあったのだ。
総務次官の鈴木が情報を漏洩した相手が郵政の鈴木である。
総務省による行政処分の内容が日本郵政側に漏れていた事件は、鈴木(郵政副社長)流に言えば、「警視総監が暴力団若頭に捜査情報を横流し」していたような、役人道にもとる不正だ。
監督官庁である総務省の情報が郵政側に駄々洩れとなっていたのは、この行政処分に関わるものだけだったのか?
鈴木副社長は総務省に対して自社に有利な取り扱い――NHKへの圧力を含む――を要望していたのではないか?
疑いは尽きない。
漏洩の発覚を受けて即刻、高市早苗総務大臣は鈴木茂樹次官を停職3ヶ月に処した。これは一見、果断な対応に見えた。しかし、鈴木は処分を受けて辞表を提出し、辞職が認められた。多少は減額されるのかもしれないが、退職金も支払われるのであろう。
人事院の指針には、「職務上知ることのできた秘密を故意に漏らし、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、免職又は停職とする」とある。次官による情報漏洩がこの件(郵政に対する行政処分)にとどまらないのであれば、鈴木次官の行為は悪質と言わざるを得ない。免職もあり得たと思われる。
高市もそこまでは切り込めなかったようだ。高市は、次官が情報漏洩した理由について「聞いていない」と述べ、「同じ郵政採用の先輩後輩の中でやむえない状況があったのではないかと拝察」したと言う。これだけの一大事なのに、郵政の鈴木副社長へ総務省として聞き取りを行うこともしなかった。
総務省OB(特に旧郵政省OB)は相当数、日本郵政グループで勤務している。その実態を踏まえれば、「鈴木―鈴木」ルート以外で総務省から郵政側へ情報が漏洩していたのではないか、と疑うべきことは当然。しかし、高市は調査対象を拡大する必要性を認めなかった。
高市は後に、次官を処分した時のことを振り返り、「素人の女大臣が何を考えているのか」「情報漏洩じゃなくて情報共有じゃないか」と言われ、「総務省の職員全員を敵に回したんじゃないか、皆さんの力を借りて総務大臣の仕事を進められるのか。悩みに悩んだ」と告白している。何とも線の細い政治家でいらっしゃることか。
こう見ていくと、鈴木次官更迭劇も(バレたのは誤算だったにしても)新旧郵政官僚連合軍の「優勢勝ち」と判定する方がよいのかもしれない。
癒着は続く
鈴木次官による情報漏洩が明るみに出たことにより、総務(旧郵政)官僚の郵政グループへの天下り的な就職がなくなる、という期待が一部にあるようだ。
昨年12月20日の記者会見で高市は「郵政グループの取締役クラスに旧郵政省採用のOBが入ることはマイナスが大きい」「来年の郵政の人事のときに私が閣僚かは分からないが、認可するかどうかの基準として考えたい」と述べた。
これを受け、12月24日には菅義偉官房長官も「(高市)総務相が『日本郵政の取締役に総務省OBが就任するのは行政の中立性、公平性の確保の観点から適切ではない』と述べている。総務相の言う通りだ」と歩調を合わせた。
だが、こうした言葉を真に受けることはできない。
論より証拠、今年1月6日付で発足した日本郵政、日本郵便、かんぽ生命の人事は、ものの見事に旧郵政官僚を経営陣に温存(一部は抜擢)している。(前回のポストを参照。)政府側が本当に断固とした姿勢で総務省と日本郵政グループに天下った官僚OBとの癒着を断ち切るつもりがあるなら、ここから始めるべきだったはずだ。
日本郵政の鈴木副社長(当時)は官房長官の菅とも年に数回会っていたと言う。菅は郵政民営化法成立(2005年10月)後に郵政担当の副大臣を務め、2006年9月には総務大臣となって郵政民営化担当大臣を兼務した。二人の付き合いが当時に遡るであろうことは容易に想像がつく。
菅が鈴木に頼まれて郵政のために動いた、という証拠はない。
しかし、鈴木が対NHKや対監督省庁に対し、有力政治家の力を利用したという疑念は拭い去れない。金融庁や総務省が官邸への忖度から郵政の不正営業に関する検査等に躊躇した可能性もある。
総務官僚と日本郵政グループに天下った郵政(総務)官僚OBとの癒着――それは事実上、総務省と日本郵政の癒着にほかならない――はこれからも続くであろう。
お飾りの郵政民営化委員会
郵貯民営化の進捗を監視・検証するため、郵政民営化委員会が設置されている。5人の有識者から成り、委員長は岩田一政元日銀副総裁が務めている。
かんぽ保険商品の販売にまつわる日本郵政の不正は、民営化委員会にとって他人事だった。今年1月17日に行われた記者会見で岩田委員長が言いたかったことを要すれば、「私たちは関係ありません」というもの。イライラの募る内容だが、以下に会見のやりとりを一部紹介する。
○記者 かんぽ生命保険の不正ですけれども、一昨年、2018年4月のNHKの報道があって、(郵政民営化)委員会では一昨年5月に軽く触れた機会があったかと思いますが、その後も不正が拡大をしていたり、今、おっしゃったように、ガバナンスが全く機能していなかった。そういうことについて、委員会として見抜けなかった、見過ごしてしまったようなところについて、反省とかというものは何かおありなのかどうか。
○岩田 まず、郵政民営化委員会は直接、日本郵政を監督・指導するという権限を持っているわけではありませんで、基本的には民営化のプロセスが円滑に進行しているかどうかについての総合的な判断を行う。そして、それを総理までお伝えするのが基本的な役割であると思います。それで、個別の事案についてのそれぞれの監督ということは、基本的には総務省と金融庁がおやりになっておられるということかと思います。
岩田は「郵政グループの日々の経営に関わることは、自分たちの仕事ではない」と強調しているのだ。
冗談ではない。2月14日にかんぽ生命が発表したところでは、2019年4~12月期に個人保険の新規契約件数は前年同期比52.1%減の63万件、新契約年換算保険料も同47.4%減少して1438億円となった。10~12月に限れば、新規契約件数は1割程度に落ち込んである。さらに、不正営業の対象となった顧客の不利益解消経費として同期決算で40億円の引当金計上を余儀なくされた。
かんぽ保険商品の不正販売問題はかんぽ生命などの経営の屋台骨を揺るがす直接的打撃を与えている。これでも「郵政グループの日々の経営」だと言うのか?
実際には、クローズアップ現代+が最初に保険営業問題を報じた直後、民営化委員会で委員の一人(老川祥一 読売新聞グループ社長)がこの問題を取り上げていた。何故かその時の議事録がホームページに載っていないため、2019年7月29日の委員会議事録から老川の発言を以下に引用する。
当委員会において私は、昨年(2018年)5月24日の委員会で実情はどうなのだと、これがもし本当だと大変厄介なことだし、かんぽ生命保険に対する信頼を裏切ることになるから、そこら辺はどうなっているのですかと、かなり重大な問題だと思ったから質問しました。
当時のお答えは、信頼を損なうことのないように研修制度その他しっかりやっていきますと、こういう御説明で、私もそれで安心したのですが、何と1年後にこういう問題が出てきている。(中略)
一般の人たちに与えた不信感というのは大変なことだと思います。まさかこんなことが行われているというのは想像もしていなかっただけに、大変残念に思っています。
正直言って、これでは全然生ぬるい。だが、老川はまだ問題意識が高い方だ。
議事録を読んでみても、他の委員たちの発言から怒りや憤りを感じることはできない。郵政側に対して彼らがしたことは「質問」であり、「追及」ではなかった。
実はこの時、岩田委員長は「かんぽ生命株式を売却した4月時点で郵政側が実態を知っていたのか?」という重要な質問を発している。
これに対し、郵政側は「契約乗換に係る苦情等が発生していることに対して個別に調査して対処してきているということは、個別論としては把握しておりましたが、(中略)量感としてはこの4月の段階では認識していなかった」と回答した。
よほどのお人よしでない限り、「本当かよ?」と突っ込むだろう。しかし、それを聞いた岩田は「把握していなかったということですね」と納得している。
このやりとりは委員会の後で行われた記者会見で披露され、世間的にはこの説明がまかり通ることになった。穿った見方をすれば、初めからシナリオのできていた芝居だったと見ることも可能である。
奇妙なことだが、2018年4月11日(201回)以降、2019年5月19日(202回)まで、民営化委員会は1年以上も開催されていない。老川が触れている2018年5月24日の委員会もホームページ上では確認できなかった。この時期はかんぽ保険商品の不正営業問題が覆い隠そうにも隠せなくなっていく時期と重なっている。どうも胡散臭い。
郵政民営化委員会の事務方トップは総務省からの出向者が務める。委員会で行われた議論や委員の関心事項はすべて総務省に――ということは日本郵政にも――筒抜けになる。実態としては、日本郵政にとって都合の悪い運営はされないことが担保されている、と思ったほうがよい。委員も役所の振り付けに忠実な場合がほとんどだ。(役所はそういう人を委員に任命するものである。)
今回の郵政グループの不祥事は民営化のプロセスで発生した。
「民営化を進めるために株式を売り出さなければならない」→「各社が収益をあげる必要がある」→「無茶でも何でも高いノルマを設定する」→「収益環境が悪い中、ノルマを達成するには不正営業も仕方ない」という悪の循環である。
こんなことをバレずに長く続けられるわけがない。株価は不正営業の実態が表面化するのと並行するように下落、低迷した。かんぽ生命の株式は昨年4月に1株当たり2375円で売り出されたが、その後下がり続けて8月には1500円を割り込んだ。今年2月14日の終値も1837円と昨年4月の売り出し価格を大きく下回っている。
こんな有り様では、次回以降の株式売り出しに支障が出ることは明らかだ。
岩田自身、不正営業問題について「(郵便局の)信頼を裏切るような事例が出てしまったということは、大変に遺憾な事態だと。もちろん、民営化にとってもマイナスの材料だ」と認めている。
だが、そう思うのであれば、民営化委員会はもっと早い段階――例えば、昨年夏とか――に事態が深刻であると対外的に表明すべきであった。
民営化委員会には不正問題を実態調査するだけの事務処理能力はない。しかし、政府内でアラームを発することならできた。それこそが委員会に最も期待された役割だったのではないか?
民営化委の無為には、情けなさを通り越して空しくなる。
かんぽ保険商品の不正営業問題--。郵政グループの対応は論外として、見て見ぬ振りできなくなるまで動かなかった政府と最後まで何もしなかった民営化委もひどい。
至る所に無責任のピラミッドあり、ということだ。