ワイドショー化した領土交渉~北方領土をめぐる日露協議の非常識

こんなにオープンな領土交渉も珍しい。北方領土について、日露双方の指導者・政権幹部がマスコミの前で自らの考えを公言し、それを両国のテレビ番組が面白おかしく囃し立てている。

9月12日   プーチン大統領=前提条件なしでの平和条約締結を提案。
11月15日 安倍総理=日ソ共同宣言を基礎に領土交渉を加速することでプーチン大統領と合意した、と発表。
11月15日 プーチン大統領=日ソ共同宣言は二島の主権には言及していない、と主張。
11月16日 菅官房長官=(色丹・歯舞の)二島が返還されれば、日本の主権も確認される、と反論。
11月19日 ペスコフ ロシア大統領報道官=(色丹・歯舞の)二島が自動的に引き渡されるものではない、と発言。

こうしたやり取りを見る限り、日露双方が交渉を巧みに管理すべく意思合わせを行っている様子は窺えない。これでは駄目だ。うまくいくわけがない。

10月23日11月17日のポストで、ロシア側のメリット・デメリットなどを考慮すれば、二島返還を含め、北方領土交渉は日本にとって非常にきびしいものになると指摘した。だが、交渉のあり方からしても、待っているのは失敗だけだと予感せざるを得ない。

領土問題を解決するならば秘密交渉が常識~中露国境交渉の教訓

領土問題を交渉によって成功裏に解決するためには、少なくとも交渉の峠を越えるまでの間は事を秘密裏に運ぶことが鉄則だ。

1991年、中国とソ連は珍宝島(ダマンスキー島)を含む国境交渉で合意に達した。中国の領土問題を研究したテイラー・フレーヴェルは、この交渉がうまくいった理由の一つとして、交渉が妥結するまでの間、秘密が保たれ、両国政府とも国内に存在する反対グループへの根回しを静かに行えたことがある、と指摘している。
もちろん、当時の中国とソ連は今日に比べてはるかに閉鎖的な社会だったし、権威主義的な政治体制下にあった。それでも、秘密外交でなければ、国内の説得は困難だったのである。

交渉事には大なり小なり、ギブ・アンド・テークがつきもの。領土問題も例外ではない。交渉が粗方まとまった後であれば、譲る部分と得る部分をセットにして国民や関係団体に示すことが可能だ。その結果、政治指導者が議会、関係団体や国民を説得できる可能性は増大する。
ところが、途中経過が表に出ると、どうしても自国が妥協するポイントだけに焦点が当たってしまう。すぐさま、愛国主義に燃えるグループや利害関係を持つ団体(地元や漁業関係者など)が騒ぎ出し、メディアやネットを通して政府批判が燃え上がる。野党や政府与党内の反主流派(指導者の政敵など)などから、指導者の足を引っ張る動きが出てきても不思議ではない。

しかも、どちらかの国(A国)で情報が漏れれば、そのことは瞬く間に相手方(B国)にも伝わる。B国の世論はA国が得る部分、すなわちB国政府が譲ろうとしている部分に反発する可能性が高い。勢い、B国は交渉の席でA国に厳しく当たらなければならなくなる。そのことが表沙汰になれば、今度はA国の中で反発が高まる。
この作用・反作用の結果、ギブ・アンド・テークは困難となり、領土交渉が暗礁に乗り上げてしまうのである。

秘密交渉が困難な時代ではあるが・・・

情報化の進んだ今日、領土交渉に限らず、外交交渉を秘密裏に行うことは極めて困難になっている。マスコミの取材合戦は往々にして過熱し、取材される側もブリーフと称してマスコミに何かと解説してやる政治家・官僚が増えた。国内的に根回しを受けた者も皆が皆、口が堅いとは限らない。かくして、交渉の途中経過は(フェイクも含めて)外に漏れ、テレビやネットで瞬く間に拡散しがちである。

「外交の民主化」を求める声があるのも確かだ。なるほど、「国家にとって死活的に重要な領土問題に関する交渉である以上、政府は途中経過を国民に説明すべきである」という主張は理屈の上ではまったく正しい。だが、透明性を高めれば高めるほど、領土問題を交渉によって解決できる余地は失われる。このあたりの事情は、会社の合併交渉に相通じる。株主の立場からは、経過を説明せよと要求するのは当然のことだが、それが中途半端な形で表に出れば合併交渉そのものが頓挫し、株主の利益も失われることが往々にしてある。

現代社会は、日本もロシアも秘密外交が困難な時代になっている。しかし、だからと言って、外交交渉の途中経過を秘密にすることが今日まったく不可能というわけでもない。例えば、2014年11月、日中首脳会談が3年間も途絶えていた状況を打開するため、日中両国は4項目の合意文書を発表したが、これなどは途中経過があまり漏れなかった。領土交渉をまとめる気が本当にあるなら、「外交の民主化」という建前も封印するのが当然だ。

逆に言えば、今のように両国の指導者や外交当局が好き勝手なことを言い合っている間は、北方領土交渉が着地することはないと考えてよい。本当に何かが動く時は、その前に日本とロシアが不気味に沈黙を保つ時期があるはずだ。

領土交渉を人気取りに使えば、悲惨な結果が待っている

FNNの世論調査によれば、日露首脳会談を「評価する」と答えた人が64.9%だったのに対して、「評価しない」は27.3%に過ぎなかったと言う。内心諦めていた二島返還に向けて交渉が動き出した、という漠然とした期待が日本国民の中に生じたのであろう。

北方領土交渉の進展にかけらも幻想を抱いていない私にとって、上記の世論調査結果は驚きだった。だが同時に、なるほどね、とも思った。国内的な人気取りが目的なら、交渉の入り口で日露双方が自国民向けに都合のよいことを言い合うのは、安倍にとってもプーチンにとっても決して悪い話ではない。
安倍にとっては、日本国民の間で二島返還に対する期待が高まれば、安倍政権が外交的に頑張っている、という評価につながる。プーチンにとっては、日本が勝手に盛り上がっているのに冷や水を浴びせ、「毅然たる国家指導者」を演出できる。

北方領土問題で前向きなニュースが出たとたん、永田町からは「来年夏は北方領土交渉の成果を掲げて衆参同日選挙だ」などという声が聞こえてきた。一昨年の夏、安倍がプーチンを下関に招くと言った時も、北方領土で劇的な進展が見られ、安倍が解散を打つ、という見方がまことしやかに語られた。日本の政局ではなぜか、北方領土と選挙を結びつけたがる人が後を絶たない。
だが現実には、外交的な成果を利用して選挙をやるには、よほどの偶然と幸運に恵まれていなければならない。(もっと言えば、外交で成果を出しても、経済など内政が芳しくなければ、選挙に勝てるとは限らない。ブッシュ(父)大統領は冷戦に勝利したにもかかわらず、米経済の低迷を批判されて再選を逃した。)

仮に日露交渉が進展するとすれば、良くて二島返還、より現実的には二島返還マイナス・アルファという答になる。(まったく進展しない可能性も十分にある。)四島返還を求める人たちや、現段階で二島返還が実現すると期待値を高めてしまった人たちが、それを評価するとは限らない。かと言って、日本側が二島プラス・アルファの着地にこだわれば、ロシア側から色よい返事は望めない。安倍自身が高めた日本国民の期待は失望に変わってしまいかねない。

逆にプーチンの方は、安倍に付き合って、ロシア国内で批判されるような線で決着する必要性を微塵も感じていないだろう。何せ、ロシアは四島を完全に実効支配しているのだから、来夏までに合意できなくても不都合は何もない。一島でも二島でも譲り渡してもよい、と思える十分なメリットを日本側が示してきたときにのみ、交渉を具体的に前進させればよい。さもなければ、可能な限り領土部分の答は出さず、平和条約の締結のみをかすめ取ることができたら最高、と考えているに違いない。

このように醒めた目で見ると、日露交渉の構図は日本側に不利、ロシア側に有利なものになっている。それは必ずしも安倍のせいではなく、ロシアが四島のすべてを実効支配している、という「立場の違い」によるところが大きい。

オープンに交渉する不利と、立場の違いからくる不利。加えて、安倍が来夏の参議院選挙までに何らかの成果を出そうと焦れば、最悪の結果が待っているだろう。

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