「日ソ共同宣言を基礎として」という言葉が与える誤解

1月22日、安倍晋三総理がロシアを訪問してプーチン大統領と会談した。

今回の会談に関して言えば、首脳会談の前段として1月14日(現地時間)に行われた河野-ラブロフ外相会談でロシア側が極めてきびしい態度を見せていたため、メディアの間でいつものような期待感は盛り上がっていなかった。それでも首脳会談後、いくつかのメディアが「四島はむずかしくても、二島返還なら実現できる」という雰囲気を醸し出していたのを見た。二島返還に対して根拠のない期待が根強い理由は、昨年11月の日ロ首脳会談で「1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速する」ことが確認されたことが大きい。

日ソ共同宣言を基礎として、とはどういう意味なのか? ここで再確認しておくべきだろう。

二島返還への根強い楽観

北方領土問題に関して私の考えと見通しは、昨年10月23日に「プーチンの平和条約発言――もう、夢からさめよう」、同11月17日に「『二島返還』狂想曲を嗤う~日露首脳会談を受けて」、同11月20日に「ワイドショー化した領土交渉~北方領土をめぐる日露協議の非常識」という題で既に書いた。10月23日のポストが最も包括的に書いたつもりだが、今回の首脳会談を受けて特に修正・加筆すべき点はない。北方領土問題が決着する場合、ロシアが譲り渡し(日本側は「返還」と呼ぶ)に同意するのは、よくて1島(歯舞諸島)、最悪はゼロ(ただし、周辺海域での漁業権付与などとセット)であろう。問題は、我々がそれを受け入れるのか、その成果を得るためにどれだけの代償を払う覚悟があるのか、に尽きる。

近年、安倍がプーチンを下関に迎えて行われた日露首脳会談など、期待値を(勝手に)高めては裏切られることが繰り返されてきた。加えて、ロシア側要人の強硬発言やデモなどの動きも伝わってきている。それに伴い、北方領土交渉の行方に対する世論やマスコミの見方は、従来に比べれば随分、現実的になった。1月21日に発表された産経新聞とFNNの共同世論調査では、北方領土問題について「進展すると思わない」という回答が72.9%だったのに対し、「進展すると思う」は20.4%にすぎなかったと言う。

22日に行われた安倍―プーチンの首脳会談後も、多くの新聞の論調は交渉の先行きに概して悲観的な見方を示した。ただし、前週に行われた日露外相会談でラブロフ外相が半ば恫喝的な態度をとったのに対し、プーチンは安倍に対して冷静な対応を――少なくとも表向きは――見せた。安倍とプーチンの間に個人的な信頼関係があるため、と解釈するのはあまりに安倍へのお追従が過ぎる。ラブロフがヒールを演じることで領土問題でロシアが主導権を握る一方、プーチンは大人の対応を見せて安倍を平和条約締結交渉に引き留める、というのが先方の描いたシナリオだったのであろう。

とは言え、首脳会談後のマスコミの論調の中には、「二島返還であれば・・・」という楽観論というか、希望をつなぐ調子が散見されたことも事実である。以下はその例だ。

安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領が会談し、北方四島のうち歯舞・色丹の2島  引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言に基づく平和条約締結交渉を加速させる方針で一致した。同宣言を基礎に平和条約締結に向けた交渉を進める方向性は、昨年11月の首脳会談でも合意している。今回の会談でその方針を再確認したことは、今後の領土交渉が実質的に2島に絞って行われる可能性が高まったことを意味する。(1/24 京都新聞社説)

両国は昨年11月、歯舞群島、色丹島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言を交渉の基礎とすることで合意している。今後の交渉では、領土・領海の画定や、ロシアの施政権が及ぶ期間、北方領土に暮らすロシア住民の処遇など、多岐にわたる課題を解決しなければならない。(1/24 読売新聞社説)

こうした論調が根強くあるのは、一つには安倍総理が四島返還を諦め、二島返還で手を打とうと考えており、総理周辺から「二島ならいける」という楽観論が漏れてくることが影響しているのだろう。マスコミが根拠のない希望的観測を信じているのか、政権の足を引っ張らないようにしているのか、それはわからない。

だが何よりも、昨年11月14日に行われた首脳会談で「1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速する」ことで安倍とプーチンが合意し、今回の首脳会談でもそのことが再確認されたことに引っ張られている面が大きい。上記の新聞社はいずれもそのことを引用したうえで、二島返還が既成事実であるかごとき論調を展開している。

日ソ共同宣言は以下のように規定している。

ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。

ここで「引き渡す」という言葉が使われているのは、先日もラブロフが強調したように、ソ連(ロシア)が北方領土は自国領土であるという立場に立つからだ。日本側はこれを以って二島返還が約束されたと解釈している。マスコミも「『歯舞・色丹の2島引き渡しを明記した』1956年の日ソ共同宣言」と書くので、常識的な受け止めとしては、二島返還の合意が交渉のスタートポイントになる、とついつい思ってしまいがちだ。

「日ソ共同宣言を基礎に」と言うけれど・・・

そもそも、昨年11月の日露首脳会談の合意と称される文言は、日露間で文書として確認されたものではない。外務省のホームページを見ると、「テタテ(二人だけの)会談の結果として、『1956年宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる。そのことをプーチン大統領と合意した。』ことが発表されました」とある。これだけだ。

日本側は、1956年の日ソ共同宣言を基礎とする、という言い方をロシア側に認めさせたことで、鬼の首を取ったように喜んだ。共同宣言を基礎とすることの意味を「ロシアが色丹、歯舞の返還を保証した(少なくとも、重く受け止めざるをえなくなった)」と解釈しているからにほかならない。

しかし、1956年の共同宣言で領土問題に触れたくだりはほんの数行にすぎない。単に「1956年宣言を基礎として」というだけであれば、ロシア側は「1956年宣言を基礎にすると言ったが、色丹・歯舞の引き渡しに関する記述を念頭に置いていたわけではない」と主張することも十分に可能だ。日本側が期待するようにプーチンが色丹、歯舞の返還(引き渡し)にコミットしたのであれば、「1956年にソ連邦が歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意したことを基礎として平和交渉を加速させる」とか、「1956年宣言を基礎として領土交渉を加速させる」とでも発表すればよかったはずである。

「基礎とする」ということ意味も、日露の間では受け止め方が違っている。日本側は先に述べたとおり、最低限でも色丹・歯舞の引き渡しは確保される、と思って(願って)いる。だがロシア側は、1956年の共同宣言以降、様々な環境や条件が変わったため、色丹・歯舞の引き渡しという当時の約束については、それを割り引く方向で交渉するのが当たり前である、という認識だろう。何しろ、北方領土はその全域をロシアが完全に実効支配しており、日本人居住者もいない。島を取り戻すために日本が戦争に訴える心配もまったくない。悔しい話だが、北方領土に関してはプーチンもラブロフも悠然と構えている、というのが本当のところだ。

「1956年宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」というこのフレーズ。ロシア側にとっての肝は、「1956年宣言を基礎として」の部分ではなく、「平和条約交渉を加速させる」という部分にある、と見るのが正しい。次にその意味を見ていこう。

ラブロフの注文

1月14日に行われた日露外相会談の後、ラブロフ外相は記者会見で日本批判を繰り広げた。交渉術の部分もあるし、ラブロフの性格もあるから、これをすべて額面通りに受けとめる必要はない。だが、ラブロフの日本批判を裏側から読めば、平和条約締結の交渉――領土問題の交渉ではない――を通じてロシアが日本に求めてくることがとても率直に語られた会見でもあった。ラブロフ節には耳を覆いたくなるようなところもあるが、それを我慢してロシア側の要求を整理しておくのも無駄ではあるまい。

まず、ラブロフは、四島の主権がロシアにあることを含め、第二次世界大戦の結果をすべて日本側が認めることを要求する。四島を「北方領土」と呼ぶことも容認できない、と。これは日本の立場とまったく相容れない。これが「日本がいったん北方四島をロシア領と認めれば、ロシアは島を返す(譲り渡す)」という意味であれば、面子を捨ててもよい、という考え方も出てこよう。もちろん、ロシアはそんなに甘くない。

ラブロフは次に、経済や投資分野、文化面での日露関係強化を求める。日本側は領土問題の進展なしに金だけを「先食い」されないよう、漸進的に進める考えだが、ロシアはそれが気に食わない。投資とサービス分野における関税優遇、原子力エネルギーの平和利用や宇宙分野における協力拡大、社会保障分野やビザなし制度など、野心的な要求をつきつけてきている。

北方領土に対するロシアの主権を認め、湯水のごとく経済協力を行えば、北方領土は――4島か2島か、それ以下かはともかく――返ってくるのか? ニェット(ノー)だ。

三番目の要求として、ラブロフは外交や国際分野における両国の協力を求める。抽象的にはもっともな話に聞こえるかもしれない。だが、国連におけるロシアの提案に日本が原則賛同することなど、実質的にはロシアの陣営に入れ、と迫っているのにも等しい物言いだった。

日米同盟にも楔を打ち込む意図がありありだ。ロシア(ソ連)は、1960年の日米安保条約改定によって日本はソ連(及び中国)を対象とする日米軍事同盟の結成に同意した、と評価してきた。それを踏まえてラブロフは次にように述べた。

日米安保を更新したのは1960年。その後、日本側は1956年宣言の履行から遠ざかりました。私たちは今、1956年宣言に立ち帰るわけですから、軍事同盟における状況が今とは根本的に違っていることを考慮しなければなりません。アメリカは世界的なミサイル防衛システムを日本にも展開しており、それが軍拡につながっています。アメリカは・・・ロシアや中国の安全保障上の危険を生み出しています。

この発言からも、「日ソ共同宣言を基礎とする」ことの意味をロシア側が「色丹・歯舞の引き渡し」に限定して捉えるつもりのないことは十分に窺える。いずれにせよ、ロシアが米国と対立を強める中、プーチンたちが日米離間の意図を持っていることは明白だ。「北方領土が返還されても米軍基地を置かない」と約束すれば(あるいは米国にそう約束してもらえば)、ロシアは安心して北方領土を返してくれる、という程度の話では済みそうもない。

平和条約交渉を通じて日本を揺さぶり、日本側から経済協力をとりつけ、自らに有利な国際政治環境をつくりだすこと――。それがプーチンの狙いだ。もちろん、外交である以上、ロシアは満額回答でなくてもどこかで妥協するはずではあるが、ロシアは今後、あの手この手を使って日本から譲歩を引き出そうとしてくるだろう。

交渉の行方、潜むリスク

このように、平和条約交渉と言っても、日本とロシアでは目的が大きく異なる。ロシアが二島返還にも消極的である以上、日本側もロシアによる「食い逃げ」を警戒すれば、交渉は難航し、着地しないはずである。しかし、気を付けなければならないのは、交渉を続けるうちに安倍総理や外務省の交渉当事者たちが日露平和条約の締結を自己目的化してしまうことだ。

日本国の指導者にとって、あるいは日本の外交官にとって、「北方領土問題の解決と日露平和条約の締結」、「拉致問題の解決と日朝国交正常化」は、戦後日本の残された最後の大仕事だ。この感覚は外の者にはなかなか理解できないのだが、この二つのテーマに関わる者たちは、熱病にかかったように「我が手による実現」を希求する。ましてや、安倍は日本の憲政史上、最強の権力者の一人とまでみなされるに至った。自らのレガシーとして日露平和条約の締結に並々ならぬ執念を燃やしていることは疑いない。そこに危険が潜んでいる。

元工作員であるプーチンの標的は安倍その人だ。二人が25回も会っているということは、それだけ心理戦を仕掛けられてきたという意味でもある。

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