給料をあげられない会社は潰れた方がいい

先日、朝のNHKニュースを見ていたら、アナウンサーが「企業の後継者不足が深刻化していますが、いよいよ、地方の中小企業でも経営者を外国に求める動きが出てきました」と述べて特集が始まった。ある企業経営者の弁によれば、日本国内で後継者を求めて募集をかけたところ、面接に来た応募者は有給(休暇)の数や待遇面ばかり気にかけ、本気で経営に意欲を持つ人材は集まらなかったという。そこで、ベトナムまで出かけて幹部候補の採用面接会に参加した、というストーリーであった。

ふーん、と思って見ていたが、この経営者の言葉に日本の国力が衰退していく根源的な理由を垣間見た思いがした。職を選ぶのに給与水準、休暇、福利厚生のことを聞いて何が悪いと言うのか? 給料をあげない、あげられない。だから日本人を雇えない。人手不足の最大の責任はそんな企業の側にこそある。私はそう思う。

人手不足対策を外国人労働者に頼る論理の根幹にあるのは「低賃金の維持」

先般、外国人労働者受け入れという名目で事実上の移民解禁に踏み切った日本。それを正当化する最大の理由は人手不足であった。ロジックはこうだ。先進国である日本で働く労働者の給与水準は高く、労働条件にうるさくなった。肉体労働系の仕事など、女性、高齢者、若者が敬遠する職種も少なくない。一方、ベトナムなど外国人の労働者は、安い給料、少ない休暇でも文句なく働き、危険な仕事に就くことも厭わない――。しかし、そのロジックには少なくとも二つの嘘が混ざっている。

第一は、外国人は労働条件に無頓着、という都合のよい話。日本人労働者の平均月給が30万円台前半なのに対し、ベトナム人の月給は平均で3万円程度。ベトナム人にとって、日本企業に就職すればベトナムで働くよりも10倍以上の収入になる。日本企業で働きたいと思うベトナム人は給与面で満足し、高給によって向上心を掻き立てられている、と見るのが正しい。

第二は、日本人の賃金水準は高い、という事実誤認。日本は今、人手不足と言われる。2018年の平均有効求人倍率は1.61倍となり、45年ぶりの高水準、完全失業率は2.4%と36年ぶりの低さだと言う。安倍総理もアベノミクスの成果だと自慢している。だが本来、労働力の需給がひっ迫すれば給与水準は上がるはず。現実はそうなっていない。

3Kと言われる分野における人手不足についても、やれミスマッチだ、非正規・女性・高齢者の増加だの、いろいろな説明が行われている。だが、ここでも低賃金と劣悪な労働条件が人手不足の最大の要因であろう。そこそこ豊かな日本社会では、十分な見返りが得られない仕事に就くくらいなら、多少生活水準を落ちることになっても働かない方がよい、という発想で家にこもる女性や若者が少なくないと思われる。一方で経営サイドの方にも労働条件を引き上げて人手不足を解消しようという発想はない。安い給料、少ない休暇でも文句なく働いてくれる外国人労働者の増加に活路を見い出そうとしている。

日本企業の人手不足対策は、結局のところ、給料を上げない、労働条件を改善しない、ということが大前提になっているのだ。

日本人の給与水準は低い~下を見て較べるな、上を見て較べろ!

諸悪の根源は、給与を含めた日本人の労働条件の低さにある。日本人の給与水準が高い、というのは、発展途上国など日本よりも「下」を見て較べた時の話だ。先進国の中で見た時、日本人の賃金は低い。以下にそれを見ていこう。なお、下記のグラフ等はいずれもOECD統計から作成したものである。

まず、2000年以降の日本人の平均年収の推移は次のグラフのとおりである。(最近、勤労統計問題とやらが発覚した。ここで使われている数字もおそらく多少はお化粧されているに違いない。でもまあ、それは誤差の範囲みたいなものであり、趨勢を見る分には無視してよい。構わず議論を進めていこう。)2000年につけたピークを越えられないまま、4百万円台の前半をうろちょろしているのが日本の現実だ。

これを先進国同士で比べてみるとどうか? 次のグラフはOECDに加盟する10ヶ国の2000年以降の給与水準を米ドル換算(購買力平価ベース)でグラフに重ねてみたものだ。日本は赤線である。

日本人の平均年収は、「二十年一日」と言う言葉を使いたくなるほど伸び悩み、ドル換算でも2017年の数字は2000年より低い。この惨状に付き合ってくれている(もっとひどい)のは、イタリアくらいのものだ。2000年時点で日本よりも低かった英国とフランスは日本を追い越し、遥か下にいた韓国も急速に追い上げてきている。2000年時点で日本よりも上にいた国々との間でも、その差は広がる一方。日米比較に至っては、2000年に米国の78%だった日本人の平均実質年収は2017年には67%まで低下した。米国の場合、一部の超高給取りが全体の数字を押し上げている面はあるものの、それを理由に日本人の低水準を慰めるのも惨めな話である。

最後に示すのは、政策誘導可能な最低賃金の比較。

日本の最低賃金は着実に上がってはいる。最低賃金の引き上げは民主党政権が力を入れた政策だったが、安倍政権はそれをパクって看板政策の一つにした。アベノミクスの成果を作らなければならない、という側面もあるだろう。ただし、日本の最低賃金の伸び率は特に高いわけではない。最低賃金の伸びがめざましいのは韓国だ。この勢いが続けば、日本の最低賃金が韓国のそれに抜かれるのも時間の問題であろう。

以上を見れば、結論ははっきりしている。日本人の賃金水準は、途上国などと比べれば間違いなく高いが、先進国間で比較すれば、決してそうではない。むしろ、見劣りがする。休暇取得など、ほかの労働条件を含めれば、もっとみすぼらしく感じられる。

なぜ、日本人の給料は上がらないのか?

では、なぜ、日本人の給料は安いのか? 上がらないのか? 私は学者ではないので経済学的な説明はできない。しかし、常識を働かせて物事を単純に考えれば、本質に迫れる。

簡単な話だ。日本企業の多くは、十分な賃上げを行うだけの体力が不足しているのである。もっと言えば、日本には人を集めるだけの労働条件を提供すれば潰れてしまう、ゾンビ企業が多すぎる。ゾンビ企業の低賃金を基準にして自社の労働条件を比較的低水準に抑えていることができるため、ゾンビでない企業もこの構造から間接的な「メリット」を享受している。

隠れゾンビ企業を生み、生き長らえさせている要因は様々にあり、根が深い。突き詰めれば、他の先進国では我慢の限界を超える過当競争を薄利多売で耐え抜くメンタリティ、下請け(系列)制度など、日本的システムと言われるものにいきつくのだろうか。労働組合も組合と癒着しており、春闘なんかは出来レースにすぎない。

ちょっと脱線するが、日本ほどストライキが少ない国もめずらしい。海外の先進国もそうなのかと思っていたが、ドイツでは昨年12月、組合が7.5%の賃上げを求めてストを打ち、朝の時間帯に4時間、全土で鉄道が止まった。本来、ストは労働者が要求を実現するための正当な手段だが、高度成長期が終わった頃から「一般国民に迷惑がかかる身勝手な行為」という受け止めが広がった。共産党系の組合が政治闘争を持ち込んだことで国民にそっぽを向かれた面もある。だが、連合をはじめ、日本の労働運動が御用組合化して経営サイドとの間に緊張感のかけらもなくなったことが最大の理由であろう。

アベノミクスも隠れゾンビ企業の延命に手を貸している。異次元の金融緩和と大規模な財政出動はいわば経済のカンフル剤だ。カンフル剤の大盤振る舞いが6年以上続けば、体力はボロボロでも延命する企業が増えるのは当然のこと。一方で、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略は遅々として進まず、最大の成果は加計学園の獣医学部創設というブラック・ジョークさながらの有り様。成長戦略の本筋は規制緩和だが、それは弱者に退場を促す効果を持つ。本来なら、ゾンビ企業は一掃される方向にベクトルが働くはずだ。しかし、弱者は政治に頼る、という政治学のセオリーどおりのことが起きた結果、安倍政権の規制緩和は骨抜きもいいところだ。

悪い(弱い)のはゾンビ企業だけではない。日本生産性本部によれば、日本の時間当たり労働生産性は主要先進7カ国中最下位、という悲惨な状況が今も続いている。 経団連加盟のご立派な大企業を含め、生産性の低い会社が多すぎる。生産性が高く、儲かる企業でなければ、先進国の上の方の労働条件を提供することなど、夢のまた夢だ。

翻って日本の政治を見回してみると、与野党あげて弱者保護、隠れゾンビ企業の温存に血眼となっている。最低賃金なんか、そのいい例だ。今や、与野党こぞって最低賃金をあげろと言っている。だがこの政策、企業サイド、特に中小企業からは評判が悪い。「最低賃金をこれ以上あげられたら、経営が立ち行かない」と政治に泣きつく。その結果、最低賃金の引き上げ幅は抑えられ、中小企業対策の充実(補助金の引き上げとか)という名のゾンビ延命策がセットで打たれることになる。

賃上げできない企業は退場せよ

日本人労働者を安く働かせることしかできない社会は、結局、低賃金の外国人労働者に依存するしかなくなり、不安定化する。もっと情けないことには、低賃金で働かせられると思っていた外国人もやがて他の先進国の労働条件の良さに目が向き、日本企業での就職をスルーしたり、踏み台にしたりするようになる。特に、幹部になるような外国人は、最初こそ安い給料や休みの少なさを厭わず黙々と働くかもしれないが、やがては労働条件の改善を求めて経営者をつきあげるようになる。彼らは多くの日本人従業員のように従順とは限らない。会社を存続させたいと思って(今は素直な)外国人労働者の受け入れを求めている経営者たち。結局、労働条件の改善か、廃業かの二者択一に頭を悩ます日を少し先延ばししただけのことにすぎないのである。

はっきり言う。給料をあげたら倒産する、という会社はつぶした方がよい。政策誘導できる最低賃金ももっと急カーブであげるべきだ。中小企業対策とセットにする必要はない。隠れゾンビ企業を一掃する覚悟で臨まないと、日本はいつまでたっても低賃金社会のままだ。もちろん、日本経済全体の生産性を高め、日本企業に「儲ける力」をつけさせないと、日本中に倒産と失業の嵐が吹くだけの話となる。だが、企業に生産性向上を促す政策に短期的な痛みが伴うことは避けられない。今の世の中、その蛮勇を厭わない政治指導者は出てくるのだろうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です