1月4日、安倍総理の年頭会見をテレビで見るともなく見た。安倍は「頂いた消費税を全て国民の皆様にお返しするレベルの十二分の対策」を講じると力をこめていた。私の奥方は「そんなことするくらいなら、消費税、上げなきゃいいじゃない?」と突っ込んだ。それが普通の反応というものだろう。
対策を打たなければ上げられない消費税ねぇ・・・。新年早々、虚しさを覚えた。今回はそれについて書く。
10月には消費税が10%になる
今年の10月から消費税が10%に上がることになっている。ただし、永田町には「安倍総理はまた延期するんじゃないか?」と半ば本気で疑う空気がある。
2012年8月に民主党(野田政権)、自民党、公明党が賛成して成立した法律どおりであれば、消費税は2015年10月に10%へ引き上げられていたはず。しかし、2014年11月になって安倍総理は引き上げ時期を2017年4月まで延期した。2016年6月には2019年10月まで再延期。2014年は衆議院の解散・総選挙、2016年は参議院選挙とセットの延期表明だった。今年も夏には参議院選挙がある。衆議院の解散も理論上はいつでもできる。議員心理としては、増税延期と選挙のセットを警戒するのもわからないではない。
とは言え、10月まであと9ヶ月しかない。レジ対策やポイント還元制度などを含む政府予算案も提出済みだ。予算が成立した後、春以降に「また延期する」となれば、経済界の対応は大混乱する。税収等の見通しや幼児教育無償化、災害に対応した公共事業等の実施にも甚大な影響が出る。いくら安倍でも、さすがにそれは許されまい。「今月後半の通常国会冒頭解散」も含め、無理筋だ。リーマン・ショック級の経済危機が来れば別だが、株が2万円を切ったくらいでは予定通り10月には消費税を上げざるをえない――。そう読むのが冷静な見方と言うべきである。
消費税「対策」の数々
消費税率10%への引き上げに伴う景気への悪影響を本気で心配してのことか、はたまた参議院選挙対策なのかは知らないが、昨年あたりから消費税引き上げ対策なるものの議論が政府・与党内でかまびすしくなった。昨年末には、「消費税率引き上げに伴う対応」なるものが経済財政諮問会議で決まる。その中には、最初に耳にしたとき、冗談かと思った施策も含まれていた。くどくど説明するつもりはないが、簡単にまとめるとざっと以下のような構図となる。
まず、消費税率の引き上げによる国民の負担増(=経済へのネガティブな影響と考えてよい)は、軽減税率分等を除くと5.2兆円。
これに対し、消費税の増収分によって国民――全員が等しく直接的な恩恵を受けるわけではないが――が被る利益は、幼児教育の無償化や低年金者対策、介護人材の処遇改善等で約3.2兆円。後は基本的には「社会保障の安定化」という名目で基本的には借金返しに使われるのが本来の姿だ。経済や財政にとっても中長期的には決して悪い話ではない。しかし、目先の話としては、差し引き年2兆円程度、景気にマイナスの影響を与える。足踏みを続ける日本経済の現状を考えると、自然体でこの悪影響を飲み込むことはむずかしい。
そこで、政府が支出を増やすことで当面の穴を埋めよう、というのが今回の消費税引き上げ対策だ。その規模や、合計2.3兆円。消費税率引き上げによって増加する国民の受益分3.2兆円と合わせると5.5兆円となり、国民負担の増加分5.2兆円を超える。安倍が「頂いた消費税をすべて(どころかそれ以上を)国民に返す」と述べる所以である。
政府が国民のため、日本経済のために使ってくれると言う、ありがたい2.3兆円の中身は以下のようなものだ。
〇ポイント還元=2,798億円。2019年10月から2020年6月までの間、中小小売業者等で買い物をしてキャッシュレス決済すれば、2%または5%のポイントを還元するもの。5%なら、消費税引き上げ分(2%)を凌駕する実質値引きとなる。政府主催のポイント還元大バーゲンセール、と言ったところ。
〇プレミアム付商品券=1,723億円。2019年10月から2020年3月までの間、低所得・子育て世帯向けに2.5万円の商品券を2万円で販売する。要するに政府が5千円恵んでやるから使いなさい、というものだ。1999年に子育て世代や高齢の低所得者へ一人当たり2万円(総額6,194億円)を配り、効果のないバラマキと批判された地域振興券を思い出す。いずれも公明党のアイディアなのだから、それも当然か。
〇すまい給付金の拡充=785億円。低所得の住宅購入者に対し、10~50万円程度を2021年12月まで延長して支給する。
〇次世代住宅ポイント制度=1300億円。省エネ性、耐震性、バリアフリー性能等を満たす住宅購入について、2020年3月までに契約すればポイント(新築で30万円分)がつく。
〇住宅ローン控除の期間を3年延長。消費税増税分(2%)を3年間にわたって2/3%ずつ税額控除することを認める。
〇自動車所得時・保有時の税負担軽減等。
ここまでは個人消費の落ち込みをにらんだ消費テコ入れ策と言ってよい。だが、最後に次の大物が控えている。
〇防災・減災、国土強靭化のための緊急対策=2019年度分で1兆3,475億円。何のことはない、2018年度から20年度までの3年間、総額7兆円(事業規模)の公共事業をやる、という話だ。最近の災害の頻発を考えれば、本当にやるべきものは消費税引き上げに関係なく取り組まれてしかるべき。しかし、中身をみると災害対策に便乗した不急のものも少なくなさそう。金に色はついていないから、消費税を財源にして公共事業の大盤振る舞いを正当化した、と言われても仕方がない。
こうして並べてみただけで消費税引き上げ対策の趣味の悪さや悪乗りぶりには辟易する。だが、一連の対策にはもっと根深い問題がある。
対策をやめられるのか?
消費税引き上げ対策と称する施策の数々。その根底には、今後1~2年程度の間にアベノミクスの第2の矢、つまり大規模な財政出動――大部分は公共事業で残りは個人消費刺激策だ――によって日本経済を自律的な回復軌道に乗せ、2021年度までには消費税引き上げが与えるマイナスの影響(2兆円強/年)を吸収できるようにする、という考え方がある。
しかし、6年間もアベノミクス(=超金融緩和と大規模財政出動)を続けた結果、低速巡航速度を維持するのがやっとこさというのが日本経済の実力だ。不況ではないが、潜在成長率は0.8%に満たない。安倍政権のピーク(2014年4Q~2015年1Q)ですら、日本経済の潜在成長率は0.91%だった。バブルの頃の4%程度には遠く及ばず、その4分の1に届くことさえ高望み、という有り様である。今回、消費税引き上げ対策という名の新たな財政出動を打てば、消費税2%引き上げの与えるマイナスの影響を吸収しながら日本経済が十分な成長を続けられる、と想定することは限りなく非現実的だ。
対策のうち、個人消費を刺激するものは来年3月か6月に終わる。防災関連の公共事業も再来年の3月には終わる。消費税の引き上げから半年強たてば景気に約5千億円のマイナス効果が出はじめ、1年半たてば2兆円弱のマイナス効果が顕在化する、ということにほかならない。来年後半以降、オリンピック(2020年7~8月)後の景気後退と消費税引き上げ対策終了がダブルで効いてくる可能性が大きいと思っておくべきであろう。(米中貿易摩擦の激化等の影響はまた別の要素としてある。)
その先に何が来るのか? 来年か再来年、政府はまたぞろ大規模な経済対策を打つ羽目に陥り、その後も同じことを繰り返す、というのが最もありそうなシナリオだ。経済対策と称して財政出動がいつまでも続けば、いくら消費税率の引き上げによって社会保障の安定化(=借金返済)を進めても、日本の財政全体で見れば穴の開いたバケツ状態が続くことになる。
消費税を上げても増収分がブラックホールのように消費税対策に消えていく。しかも、対策の中身は悪趣味なものばかり。かと思えば、野党は「社会保障は充実させろ、消費税は上げるな」と矛盾だらけのことしか言わない。それくらいなら、消費税を上げないかわりに社会保障の充実や安定化を当面は我慢する、という政策の方がまだ筋が通っているんじゃないか。経済の身の丈に合わない社会保障制度をつくったところで、そんなものは所詮、長続きするわけがないのである。