日本郵政は解体すべきだ~①不正営業と無責任経営

1月31日、日本郵政、日本郵便、かんぽ生命の3社は監督官庁(金融庁と総務省)に業務改善計画を提出した。昨年末に業務停止及び業務改善命令を出され、1月末が改善計画書を提出する期限だったのである。

かんぽ保険商品の販売に際して日本郵便とかんぽ生命で不正営業が行われたことは、今や知らない者はない。しかし、昨年12月18日に特別調査委員会が出した調査報告書を読んでも、どんな不正がどれほどの規模で行われたのか、全体像は明らかにならない。先日、業務改善計画書が出された際に追加報告がなされたが、それも不正の全容解明と言うにはほど遠い。「トゥー・リトル、トゥー・レイト」が続いている。

確かに、3人の社長(長門正貢日本郵政社長、横山邦夫日本郵便社長、植平光彦かんぽ生命社長)と日本郵政のドンと言われた人物(鈴木康夫上級副社長)は辞職した。しかし、それも見ようによっては「逃げ得」と言える。

不祥事が起こるたびに繰り返し言われるのが「真相解明」「責任追及」「再発防止」という言葉。本来、最大の再発防止策は厳格な責任追及、すなわち責任者の処罰である。だが、責任を追及するには不正の真相解明が大前提となる。今回の不祥事では、上記が三位一体で曖昧なままに放置されている。

日本郵政グループは、郵便、貯金、保険を生業とするが、儲けの中心は金融業。金融業は信用を旨とする。それを失ったままに総括を終わらせるのであれば、日本郵政に金融業を続ける資格はもはやない。

本ブログでは、日本郵政グループの不正営業――日本郵政や日本郵政に忖度するメディアは「不適切」営業と呼ぶようだが、それに付き合うつもりはない――を私なりの視点で点検してみたい。

罷り通った不正、続く過小評価

日本郵政グループにおける不祥事の根本は単純だ。グループ各社で「顧客だまし」の不正営業が――おそらく長年にわたって――横行していたことである。

「かんぽ保険」及び(かんぽと委託契約を締結した)「日本郵便」では、高齢者など顧客に嘘の説明をしたり、顧客の支払い能力や年齢による制約を無視したりしながら、多額の保険商品が詐欺まがいの手法で販売されてきた。詳しくは郵政側が行った調査報告書(昨年12月18日)や業務改善計画書(今年1月31日)を参照してもらいたいが、これがまたわかりにくい。昨年12月27日付で金融庁が行政処分を下した際の「Ⅱ.処分の理由」を読む方が遥かに手っ取り早いだろう。もっと具体的に不正のイメージを掴みたければ、NHK西日本新聞の特集を見ることをお勧めする。

「かんぽ生命保険契約調査 特別調査委員会」の調査報告によれば、2014 年4月から2019年3月までの間に、法令又は社内規則に違反する疑いのある保険契約が1万2,836 件あった。そのうち、2019年12 月15 日現在で、法令違反と認められた事案(不祥事件)が48 件、社内規則違反と認められた事案 (不祥事故)は622 件にのぼった。こうした不正に関与した募集人――個人向け保険販売のほとんどは日本郵便(郵便局)の募集人に行われている――の数は、少なくとも5,797人に及んだ。(先月31日の発表では、不祥事件は 106 件、不祥事故は1,306 件に膨らんでいる。)

不正そのものを示すわけではないが、保険の新契約について顧客から苦情が寄せられた割合も、郵政の数字は他の民間保険会社と比べて異常に高い。民間4社は2017年で0.42%、2018年で0.32%なのに対し、郵政はそれぞれ2.15%と1.46%。郵政の保険営業では、顧客から苦情が来る比率が民間他社に比べて5.1~4.6倍も多い、ということだ。
この数字を見て、郵政は金融機関として「終わっている」と思うのは私だけだろうか。

しかし、郵政が行っている調査の本当の問題は、「これでは調査になっていない」ということである。こんないい加減な内容を恥ずかしげもなく調査と称して出してくるとは・・・。唖然とするほかない。

第一に、特別調査委員会は「氷山の一角」しか調査する気がない。同委員会が投網をかけたのは「顧客から苦情のあった契約」が中心だった。顧客が騙されたことに気づいていない契約は「不正の疑いがある」案件にならない。

昨夏になって郵政は過去5年分の全契約約3千万件の調査に取り組むと発表した。だが、約1,900 万人の顧客のうち、今年1月28日時点で回答があったのは約 100 万通にとどまる。お年寄りをはじめ、金融商品の説明など、よくわからない人も少なくない。また、おかしいと思っていても様々な事情から――例えば、家族に知られたくないとか、(特に田舎では)地域における郵便局の募集人との関係を慮ったりするとか――苦情を申し立てない人もいるだろう。

1月31日の記者会見で日本郵政の増田社長は全件調査に触れて改革姿勢をアピールしようとしていた。しかし、増田が述べたのは結局、「顧客の気付きを促す」取り組みでしかない。今後もあくまで顧客からの申し立てに基づいて調査を進めるつもりのようだ。

それだけではない。調査期間が過去5年間に限定されているのは何故なのか、についても納得できる説明はない。ゆうちょ銀行と日本郵便による投資信託の不正販売調査が中途半端なものに終わってしまった。郵政グループの調査は、どこまで行っても不正の実態を過小評価し続けるだろう。

第二に、郵貯側が不正の疑いがあるとした案件(=顧客から苦情が寄せられた案件)のうち、アウトと判定されたのは、募集人が「自認」したものだけだった。これまた、開いた口がふさがらない。募集人が不正を働いていたとして、不正を働いたかと聞かれて正直に「やりました」と認めるケースよりも、認めないケースの方が圧倒的に多いだろう、ということは容易に想像がつく。

警察や検察は自白がなくても他の証拠があれば逮捕・立件するし、裁判でも自白なしで有罪の判決が下ることは十分にあり得る。「自白しなければ無罪」という判定がまかり通るのは、もたれあいの蔓延した郵政一家の中だけである。

さすがに金融庁も切れたと見える。行政処分を下した際に「事故判定やその調査において、顧客に不利益が生じている場合であっても、契約者の署名を取得していることをもって顧客の意向に沿ったものと看做し、募集人が自認しない限りは事故とは認定せず、不適正な募集行為を行ったおそれのある募集人に対する適切な対応を行わず、コンプライアンス・顧客保護の意識を欠いた組織風土を助長した」と郵政側を厳しく批判している。

金融庁から行政処分を解いてもらうためには仕方ない、と考えたのだろう。郵政側も業務改善計画書には「自認に頼らない事実認定・事故判定の実施」という文言を入れてきた。だが、どこまで本気で取り組む気があるのか? これまでのゴマカシ体質を考えれば、俄かには信用できない。

現場の責任――どこまで処分されるか?

業務改善計画書によれば、郵政側はガバナンスの改善など、様々な不正の再発防止策を(金融庁などの指示をなぞる形で)講じることにしている。だが、この種の不祥事が起きた時に最も有効な再発防止策は、責任の所在を明らかにして厳格な処罰を行うことだ。それがなければ、どんなに模範解答的な文言を連ねても、「仏作って魂入れず」である。

業務改善計画では、保険募集人と(現場の)管理職の処分については、総論として以下のとおり言及されている。

① 募集人処分における「業務停止」及び「注意」の追加
募集人処分については、従前は「業務廃止」と「厳重注意」の二段階としておりましたが、一定期間募集を停止させる処分等を追加し、不適正募集の態様・程度に応じた処分を実施します。
② 管理者に対する処分
不適正募集を発生させた募集人の管理者については、部下社員の過怠の程度に応じた厳格な処分を日本郵便に対して要請します。

業務廃止と業務停止の違いを含め、抽象的でよくわからない、というのが正直なところだ。不正営業の主な舞台となった日本郵便は、「懲戒処分運用」という項目を設けてもう少し具体的に書いている。

(ア) 特定事案調査等の結果に基づく処分
特定事案調査の結果に基づき、非違の認められた社員及び管理者に対しては、厳格な処分を実施します。かんぽ生命と連携し、不適正募集を発生させた募集人や募集態様に課題がある募集人に対する研修カリキュラム等を策定し、募集再 開に向けた研修を実施します。
(イ) 管理者に対する処分
全ての金融関係管理者を「保険募集品質改善責任者」に指定し、その役割を明確化した上で、過怠があった場合に厳格な処分を実施します。

そもそも、不正の全容がはっきりしないままで適切な処分などできるのか、という疑問がある。
しかも、この前段には、募集人が自らの違反行為を申告したり、調査への十分な協力を行ったりした場合には、募集人に対する処分を本来よりも軽減又は免除する、といった司法取引まがいなことまでさらっと書いてある。それくらいしないと不正を発見できないという情けない話の裏返しなのであろう。だが、「免除」はありえない。「処分の厳格化」が聞いてあきれる。

民間の金融機関と異なり、郵政グループは政治や行政と密接につながっている組織だ。
旧特定郵便局長会は今も自民党の集票マシーンとして動き、2019年の参議院選挙では柘植芳文(前職は全国郵便局長会会長)、2016年の参議院選挙では徳茂雅之(前職は全国郵便局長会相談役)を自民党でトップ当選させた。
郵政グループの組合(JP労組)も難波奨二と小沢雅仁の二名を立憲民主党から参議院議員として国会に送り込んでいる。

日本郵政グループは経営幹部に旧郵政省の流れを汲む総務省OBを受け入れてきた。
昨年の配置は、日本郵政が鈴木康夫上級副社長(元総務次官)、かんぽ生命が千田哲也代表執行役副社長(旧郵政省出身)、ゆうちょ銀行が田中進副社長(旧郵政省出身)、日本郵便が衣川和秀(旧郵政省出身)と要所を抑えていた。
1月6日から始まった新体制も、日本郵政の新社長には増田寛也(旧建設省出身、元岩手県知事、元総務大臣)を迎え、日本郵便は衣川、かんぽ生命では千田がそれぞれ昇格して新社長に就いた。

日本郵政グループが政治にも行政にも政治力を働かせられることは、グループ内の人脈構成からも明らかだ。果たして身内に厳しい処分を科すことができるのだろうか?

ノルマが生んだ不正。それを放置した罪

それでも、募集人や現場の管理職に対し、最低限の責任追及と処分が行われることになろう。では、経営陣に対してはどうか? こちらは、逃げ切る可能性がかなりありそうだ。

金融庁は、日本郵政グループによる不正営業が行われた理由として、①過度な営業推進態勢、②コンプライアンス・顧客保護の意識を欠いた組織風土、③脆弱な募集管理態勢、④ガバナンスの機能不全、という四点を指摘している。ごく大雑把に言えば、①は「行き過ぎたノルマ営業の横行」ということであり、②から④は「広義のガバナンス欠如」に関係している。

ちなみに、金融庁の指摘は、法令順守やコンプライアンスの観点から不正営業の蔓延を問題視したものだ。しかし、日本郵政グループ経営陣の責任は、ビジネス面でも格段に重い。

いつからかも定かでないが、日本郵政グループでは目先の収益を追って不正営業が生まれた。悪事が大規模に行われれば、世間に漏れる。その結果、昨年7月にはかんぽ商品の販売を自粛(当初は8月末まで、その後年内一杯に延長)し、昨年末には3ヶ月間の業務停止処分まで食らった。収益上のマイナスは相当なものになろう。

何よりも、日本郵政グループは長年培ってきた世間の信用を失った。不祥事の発覚以来、株価も大きく下げている。
金融庁・総務省から処分を受けようが受けまいが、十分に大きな経営責任がある、と考えるのが普通の感覚というものだ。

過剰なノルマ営業について金融庁は、「営業目標として乗換契約を含めた新規契約を過度に重視した不適正な募集行為を助長するおそれがある指標を使用し続けた上に、経営環境の悪化により、営業実績が振るわないことが想定されるにもかかわらず、具体的な実現可能性や合理性を欠いた営業目標を日本郵便とともに設定してきた」と指弾している。

モーレツ営業で知られる住友銀行(現在は三井住友銀行)から日本郵便社長に転じた横山がノルマ営業を進めた、という指摘もあるようだ。
昔は郵便局員が国家公務員だった流れを汲む日本郵政グループの職員とモーレツなノルマ営業で知られた住友銀行員では、能力もモラルも違いすぎる。しかも、このところ低金利が続いて金融機関の収益環境は最悪、保険商品も売りにくい。
いくら高いノルマを課されても、現場で目標を達成できない事態が起きたとしても不思議はなかった。

いずれにせよ、無茶な目標が不正営業を生んだことは、一流銀行のバンカーだった横山にとって想定外のことだったに違いない。
私は、ノルマ営業が全否定されるべきだとは思わない。だが、それが不正を生んだところで横山たち経営陣は目標を見直すべきだったし、不正の根絶に向けて果断な対応を行うべきだった。
それをしなかった(できなかった)時点で横山のバンカーとしての倫理観は失われ、日本郵政のガバナンス崩壊に直結する責任を負い始めることになったのだと思う。

経営「無責任」の明確化

日本郵政で行われた不正営業の責任は、郵便局の募集人や(中間)管理職だけを処分すれば済む、という問題ではない。それは金融庁もよくわかっていると見える。行政処分を下した際、いの一番に「今回の処分を踏まえた経営責任の明確化」を求めた。

しかし、日本郵政側はその指摘を本当に深刻に受け止めているのだろうか? 1月31日付で提出された業務改善計画書(要旨)の末尾には、短く次のような記述がある。

今般の事態を招いた責任を明確化するため、日本郵政、日本郵便およびかんぽ生命の代表執行役社長等が辞任するとともに、役員の月額報酬の減額等を実施しました。

実にあっさりしている。「処分」という言葉も見当たらない。しかも、完了形だ。

今年1月5日に辞任したトップとは、日本郵政の長門(前職=シティバンク銀行会長)、かんぽ生命の植平(前職=東京海上ホールディングス執行役員)、日本郵便の横山(前職=三井住友銀行社長)の三名。さらに、「郵政のドン」とも言われた鈴木康夫日本郵政上級副社長(元総務省事務次官)も退いた。

彼ら4名の退任を以ってこの間の経営陣の責任を明確化する、というのはゴマカシ以外の何物でもない。グループ各社で役員を務めていた者の多くは留任し、昇格する者すらいる。

例えば、日本郵便の衣川新社長は日本郵政の専務執行役からスライド昇格を果たした。かんぽ生命の千田新社長が同社副社長から昇格したことは前述のとおり。日本郵便代表取締役副社長の米澤友宏上級副社長(金融庁出身)と執行役員副社長の大澤誠(元全国郵便局長会会長)は留任した。かんぽ生命代表執行役副社長の堀金正章(郵政省出身)も留任だ。全部は調べていないが、ざっとこんな具合である。

彼らが前体制の下で日本郵政グループの不正営業問題に関わっていなかった、なんてことはありえない。それでも出世しているんだから、「経営責任の明確化」ではなく、「経営責任をとらないことの明確化」だ。

役員の月額報酬を減額した、というのも意味がよくわからない。
報道によれば、2020年1月から6月までの半年間、代表執行役副社長や専務執行役(内部監査担当、コンプライアンス担当)の月額報酬の30%を減額し、常務執行役(経営企画担当)やその他の専務執行役、常務執行役なども5~20%減らす。かんぽ生命と日本郵便も副社長の月額報酬40%を削減するほか、その他の執行役も5~30%カットするという。

上記がすべてであれば、先般辞職した3社長や鈴木上級副社長はノー・ペナルティということになる。衣川や千田も同様だ。
これだけ大きな問題を起こしておいて、行政処分を受けるまで自らの役員報酬に手をつけてこなかったなんて、厚顔無恥にもほどがある。

経営陣が「知らなかった」は通らない

なぜ、こんなことがまかり通るのか? 経営陣を守るために使われているのが「だってボク、知らなかったんだもん」というロジックである。

辞職した長門正貢社長(日本郵政)は保険商品の不正販売を認識した時期について「郵政の取締役会で議論したのは(2019年)7月23日が初めてだ」と述べている。「(日本郵政の)取締役会に全く情報が上がってきていなかった」「現場から情報が上がってこないことには話が始まらない」とも不平を漏らした。

これだけ巨大な膿を伴う問題が長年にわたって起きていたのだ。長門たちが去年の夏まで問題をまったく認識していなかった、などというのは与太話にしか聞こえない。(万一真実なら、そんな無能な経営陣は全員クビだ。)

かんぽ商品の不正営業問題については、2018年4月24日にNHKの「クローズアップ現代+」が『郵便局が保険を“押し売り”!? 郵便局員たちの告白』という番組を放映し、大きな話題を呼んだ。

仮に郵政に鈍い経営者ばかりが集まっており、現場から悪い情報が上がってきていなかったのだとしても、遅くともこの時点では気づかなければならなかった。
2019年9月30日の会見でこの点を突かれ、長門は次のように答えている。

(2018年)4月24日の「クローズアップ現代(+)」、あれと、それから今年また2回目を放送されました。2回とも、昨日あらためて再び拝見させていただきました。おっしゃってる点は、今となってはまったくそのとおりだなと思っておりまして(略)。
今から見ればなんだったの、っていう議論はあると思いますけれども、(番組や意見募集のSNS広告が)やっぱり詐欺とか押し売りとか内部資料なんてとかっていうことで、これはちょっとひどいんじゃないか。みんなで議論して、みんなで思って、今から思うと少し不遜だったかもしれませんけれども、我々はこんなに募集品質問題、頑張ってきていて、ここまで成果があって、こんな成果が出てきて頑張っている最中なのに、僕らが悪のドクロ仮面のように、悪の権化かのようにワーッと言われるのはトゥーマッチじゃないか、という意見が出てきたので抗議しようというので抗議(した)。 

前半については失笑するしかない。
その一方で下線部の発言は、遅くとも2018年夏の時点で日本郵政が「募集品質問題」に取り組んでいたことを意味する。募集品質問題とは保険の不正営業問題を郵政内部でそう呼んでいたのであろう。
2019年7月まで経営幹部が不正営業の実態を認識していなかった、というのは嘘だと長門自身が告白しているわけだ。

郵政の経営陣は、この時点で既に不正営業問題を把握していた。だからこそ、番組を見て恐慌状態に陥ったと考えれば、納得がいく。結局、彼らはNHKの番組を奇貨として不正の是正に奔走するどころか、こともあろうにNHKに圧力をかけ、続編の制作と放送を止めさせようとしたのである。(この点については、本ブログで近いうちに取り上げるつもりだ。)

長門が「知らなかった」と言ったのには、自分たちの経営責任を免れるということ以外にも理由があった。
日本郵政グループは、2019年4月にかんぽ生命の株式を売り出している。その後、不正営業の問題が表面化してかんぽ生命の株価は大きく下落した。株式売却よりも前に不正営業のことを知っていて公表しなかった、ということになれば、長門たちは損失を被った株主から訴えられてしまう。

日本郵政の新経営陣は、辞任した4人の社長たちへの退職金支払いをどうするのだろうか?
また、昨年以前に受け取った報酬について役員たちに返還を求めることもしないのだろうか?
それを見れば、増田新社長がお飾りかどうかがわかる。
お咎めなしか、形ばかりの追加処分しか出てこなければ、日本郵政グループの腐りきった体質は今後も変わらない、ということだ。

日本郵政による「経営責任の明確化」を金融庁が今後どう判断するかも要注目である。(日本郵便とかんぽ生命に対して監督上の命令を出しているものの、郵政と腐れ縁の総務省には期待しても仕方がない。それでも、金融庁が突っ張れば、総務省だけがお茶を濁すというわけにはいくまい。)
金融庁は昨年末の行政処分ではそれなりにケジメを示した。しかし、郵政グループへの立ち入り検査に入ったのは昨年9月だ。「初動の鈍さ」を指摘されても仕方がない。

郵政グループに巣食う既得権益の塊――旧特定郵便局長、組合、旧郵政官僚など――は必死に生き残りを画策するはずだ。旧特定郵便局長会などは政治を動かして金融庁に圧力をかける可能性がある。かんぽ生命等の株式を追加売却して財源確保に充てたい財務省も弟分の金融庁に手を回し、軟着陸を求めるかもしれない。
だが一方で、この問題に毅然とした対応を貫けなければ、金融監督機関である金融庁は内外で信用と権威を失ってしまう。ここは金融庁の矜持に期待するしかない。

金融庁までもが日和ってしまうようなことがあれば、日本郵政グループ経営陣の責任を問うために残る方法は、株主代表訴訟くらいだ。
郵政の不正は、内部から正すには巨大すぎ、腐りすぎ、広がりすぎている。

日韓摩擦の泥仕合~ルーズ・ルーズ・ゲームは続く

徴用工判決が出た直後の昨年11月7日、「日韓関係、あと10年は駄目だろう」と本ブログで書いた。

案の定、その後の日韓関係は悪化した。今夏、日本政府がついに貿易面で韓国に圧力をかけたところ、韓国側は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を含め、予想を上回る反発を示す。

今や、日韓のメディアが日韓関係悪化のニュースを報じない日はない。ワイドショーで「ジーソミア」などという言葉が飛び交う始末。日韓関係は単に泥沼化したのみならず、泥仕合になりつつあるようだ。

問題は、この泥仕合の向こうで日韓双方が国力を確実に摩耗させていること、そして、この泥仕合に終わりが見えないことである。

泥仕合化

日韓関係は、単に悪化するだけでなく、泥仕合の様相を呈してきた。

1. 日本のトランプ流採用と韓国の過剰反応

韓国大法院の徴用工判決が出たのは昨年10月30日。その後、日本政府は仲裁委員会の開催を要請するなど、日韓請求権協定の枠組みで問題を解決する体裁をとった。ここまでは日本側の冷静さ――内心は激怒していたのであるが――が際立った。

しかし、去る7月18日に韓国政府が仲裁委設置を事実上拒否したのを待って、日本側もついに「実力行使」に出た。韓国向け半導体部品の輸出規制、輸出管理におけるホワイト・リストからの韓国除外という措置を矢継ぎ早に発表したのである。これに対し、韓国側も報復措置をとり、日韓の対立は一気にエスカレートした。日韓双方は、政府も国民もナショナリズムの虜になってしまった感がある。

日本側の対韓輸出管理厳格化は、安全保障上の措置と言ってはいても、実際には徴用工問題への対抗措置にほかならない。韓国に対して「ウンザリ感」を募らせている日本人の中には、爽快に感じた向きも少なくなかっただろう。これ、世界は「安倍がトランプ流に倣った」と見ている。トランプが中国に対し、知的財産権や軍事戦略上の目的を達成するため、関税引き上げや貿易制限を恣意的に発動しているのと同じことを安倍が韓国に対してやった、というわけだ。

韓国側が日本政府の措置に対応した報復措置(日本をホワイト・リストからはずすなど、対日輸出管理の厳格化)をとったのは、まあ仕方のないことであろう。だが、韓国の動きはそれにとどまらなかった。日本からの石炭灰輸入に際して放射能検査を義務付ける措置、日本産食品17品目やプラスティック廃棄物等に対する放射能検査の強化など、輸入面でも報復措置を打ち出し、民間では日本製品不買運動や日韓航空便の運休・減便などが広がった。極めつきは、安全保障協力分野にまで飛び火させ、GSOMIAの破棄を通告した。まだ足りないと思ったのか、8月25日には竹島でイージス艦まで投入した軍事訓練を行い、米国防総省でさえ「生産的でない」と顔をしかめた。8月31日には韓国与野党の国会議員が竹島に上陸する。この国にバランス感覚というものを期待してはいけない、と思うのは日本人ばかりではあるまい。

米中貿易戦争においても、対米関税の引き上げ等、中国は対抗措置をとっている。だが、私に言わせれば、中国の対応の裏側には、まだ理性がある。中国は、自らの対抗措置が最初に米国がとった措置を超えないよう配慮し、事態のエスカレートを少しでも防ごうと努めているように見えるからだ。(それでも、トランプが追加措置を発動するので結局、エスカレートは止まらない。)それに対し、韓国の反応は、ただ感情をぶつけているだけにしか見えない。

今後、安倍はトランプよろしく、韓国に対してさらなる打撃を加えるのか? 私は、少なくともこのタイミングでは、新たな措置をとる必要はないと思っている。こちらの意思は、すでに二発の輸出管理強化で示してある。GSOMIA破棄や竹島上陸に反応して日本が追加制裁措置をとっても、後述するように効果はない。であれば、世界から「日本も本当にトランプ流でいくつもりだ」と思われてもつまらない。情緒不安定な韓国と同一視されるのも不愉快な話だ。

2. 感情的な言葉の応酬

日韓双方の政治レベルでの言葉の応酬が、泥試合の様相を一層強めている。

韓国側はトップの文在寅大統領が感情に任せた――あるいは、国内的な「受け」を意識した――発言を繰り返している。「加害者の日本が盗っ人たけだけしく大声をあげている」「北朝鮮との経済協力で平和経済を実現し日本に追いつく」などという発言は、一国の指導者として品格も戦略もあったものではない。韓国の与党議員に至っては、日本のメディアをわざわざ集めたうえで、「4歳児みたいな行動」「笑止千万」などという表現を使って日本の行動を批判した。

日本側は、安倍総理や菅官房長官がまだ抑制的なトーンを貫いているのが救いである。しかし、河野太郎外務大臣はまだお若いのか、マスコミのカメラが回っているところで韓国大使の発言を遮り、「きわめて無礼」と発言した。外務大臣がすぐに激するようでは落第だ。竹島についても、あの丸山穂高が「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツィート。さらに、在日韓国大使館には銃弾と脅迫文が送られた。世界から見たら、韓国だけでなく日本も、「危なっかしい国」と映っているに違いない。

3. 主張は水掛け論

肝心の徴用工問題についても、日韓の主張のどちらが正しいのか、という点について冷静な議論は行われていない。

この間、日本政府の態度は一貫している。すなわち、両国間の賠償問題は1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に」解決済みである、ということ。したがって、韓国大法院の判決は「国際法違反の状態を作り出した」ものであり、断固として認められない、となる。

多くの日本人が聞けば、実に説得力のある議論に聞こえる。だが実は、国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法では主流。そこに人権問題が絡めば、日本政府の主張が国際社会で広く受け入れられるかは微妙なところである。安倍総理が国際法違反の中身にあまり立ち入らず、「韓国は国と国との約束を守ってほしい」と繰り返すのも、その辺が影響しているのではないか、と私などは勘ぐってしまう。いずれにせよ、多くの日本人は「韓国の国際法違反」という主張を信じて疑わない。

一方で、韓国側は当然、個人の請求権は日韓請求権協定によっても消滅していない、と論陣を張る。だが、韓国側にも弱みはある。2011年8月に韓国大法院が従軍慰安婦問題で韓国政府の無為を違憲とする判決を下すまで、韓国政府は日本政府に対して「賠償の問題は個人の分を含め、1965年の日韓基本条約と請求権協定で解決済みである」と40年以上にわたって認めてきた。その意味で、韓国政府の約束破りは明白だ。日本政府の方も業を煮やし、韓国政府が個人請求権については自ら責任を引き受けると述べていた「約束」を証拠として公開し始めている。ただし、韓国政府は過去の政府間合意について国内向けにはあまり語ろうとせず、「日本政府が悪い」の一点張りだ。

日本側は韓国の態度を「国際法違反」と決めつけ、韓国側も大法院判決の正当性を叫ぶだけ。両国の外務当局が協議に臨んでも、お互いに相手の説には耳を傾けることなく、自国の立場を一方的に繰り返すだけ。これを泥仕合と呼ばずして何と呼ぶのであろうか。

双方効果なし

泥仕合でも、我々が韓国側の行動を変えられるのであれば、まだ救いはある。韓国側の常軌を逸したような行動についても、それで日本に何らかの影響を与えられるのであれば、少しは理解できる部分もあるだろう。しかし、日韓双方のやっていることは、相手にほとんど影響を与えることはない。そもそも、経済制裁によってナショナリズムを押さえつけることは、よほど条件が整っていない限り、基本的には不可能だ。それが簡単にできるなら、北朝鮮はとっくに核開発をやめているし、米中貿易戦争もこんなに長期化していない。

〈日本→韓国〉

今回、日本政府が輸出管理規制を韓国に課した狙いは、言うまでもなく、徴用工判決をめぐって韓国に圧力をかけることにある。

安倍政権の中には、韓国政府が徴用工問題の政治的解決に取り組むよう、圧力をかけたいと考える強硬派もいるだろう。だがそれは、日本で言えば最高裁判決で有罪判決が出たあとに政府が介入して判決を無効にしようとするようなものだ。曲がりなりにも三権分立の韓国でそんなことは制度的にできない。無理にやれば、政権は倒れてしまう。したがって、日本が圧力をかけても、韓国政府が徴用工問題を考え直す、と期待するのは(残念ながら)見当はずれだ。

日本政府内には、韓国側に目に見える形で圧力をかけることによって、韓国側が差し押さえた在韓日本企業の資産を処分するなど、徴用工問題で次なる行動に出ることを牽制する意図があったと言われている。「日系企業の資産に手をつければ、さらなる制裁を実施するぞ」という無言の脅しをかけた形だ。だが、そうした効果を多少は期待できるとしても、それほど長続きするだろうか? 韓国の法制度に詳しいわけではないが、最高裁(大法院)判決が出た以上、いつまでも執行を止めておけるとは考えにくい。

では、日本政府の措置によって韓国の世論が軟化し、結果として徴用工問題で韓国側に何らかの変化が生まれることは期待できるだろうか? 日本では、文在寅大統領の対日姿勢に批判が高まっているという報道が目立つ。しかし、文の不支持率が5割を超えたのは、文が次期法相に据えようとする側近(チョ・グク元大統領府司法担当首席補佐官)のスキャンダルによるところが大きい。それに、文の支持率もまだ4割を超えており、まだまだ「追い込まれた」という状況ではない。

韓国の歴代政権は支持率が下がるほど、対日強硬姿勢をトーンアップさせてきた歴史を持つ。2012年8月に李明博大統領が竹島に上陸した時は、前月に実兄が収賄で逮捕され、支持率は2割を切っていた。大統領就任時は「未来志向」の日韓関係を追求した盧武鉉も、政権のレームダック化が進むにつれ、歴史問題等で対日姿勢を硬化させた。竹島(独島)が韓国領土であることを強調した特別談話を出して支持率を(一時的に)改善させたこともあった。文在寅についても、今後支持率が急低下したりすれば、ナショナリズム・カードを積極的に切ってくる可能性が大いにある。その時、日本側の追加制裁によって文を止めることは不可能だと思っておいた方がよい。

私自身は、輸出管理強化に踏み切った日本政府の意図は、上述のような駆け引きの側面よりも、日本側の韓国に対するイライラ感の表明という側面の方が強かったと考えている。日本国民の多くが今回の政府の措置を評価しているのも、そこに共感したからだろう。韓国という国には、「下手に出れば、どこまでもつけあがる」という傾向がある。戦後の日韓関係の中で「文句を言い続ければ、最後には日本が折れてくれる」という甘えの構造をすっかり身につけてしまった。ホワイト・リストはずしの最大の意義は、「もう黙っていませんから、そのつもりで」というメッセージを日本から韓国へ送ったことにある。

〈韓国→日本〉

日本による対韓輸出管理の厳格化という一手に対し、過剰ともいえる反応を示した韓国。しかし、韓国がどれだけ過激な行動をとっても、日本政府が一度下した決定を覆す効果は期待できない。

安倍政権は、対韓輸出管理厳格化を(建前は安全保障目的だが実際には)徴用工問題に対応するカードと位置づけている。日本国民も主要政党も同様の認識だ。したがって、韓国側が「GSOMIA等の措置を取り消してほしければ、韓国をホワイト・リストから除外した措置を撤回せよ」と言ってきても、まったく噛み合わない。

しかも、韓国側の措置は、国家のプライドを曲げなければならないほどの痛みを日本に感じさせるものではない。もちろん、日韓貿易に関わる企業や、韓国人観光客の減った旅館・食堂・土産物屋等の関係者にとって、多かれ少なかれ、経済的打撃があるのは事実だ。しかし、彼らが日本政府に対して譲歩を求めるような雰囲気は皆無と言ってよい。

日本側の報道には自国に都合のよいニュースを取り上げがちであると先に述べた。その傾向は韓国側の報道にも見てとれる。枝野幸男立憲民主党代表が河野外務大臣を批判したニュースも、朝鮮日報が早速、誇張気味に伝えていた。だが、枝野を含め、立憲民主党、国民民主党、野田前総理のグループなど旧民主党系の野党は、いずれも徴用工判決を批判し、安倍政権が発動した貿易管理強化を支持している。民主党政権(野田内閣)時代、GSOMIA締結で合意していたにもかかわらず、協定締結の1時間前になって韓国側にドタキャンされた、という前代未聞の事件が起きた。彼らが「親韓」というのは相当古い認識だ。

リベラル系のハンギョレ新聞になると、もっとすごい。例えば、「安倍政府は日本市民の良心的な声に耳を傾けるべき」という社説。現実の日本では、リベラルの多くを含め、圧倒的多数の日本人が韓国に対して嫌悪感(ウンザリ感)を抱いている。その根の深さが韓国側にはなかなか伝わらないのかもしれない。こうしたバイアスのかかった報道を通じて、韓国側が「超強硬な対応策の効果があった」などと勘違いしないよう願うばかりだ。

終わりの見えないルーズ・ルーズ・ゲーム

かくして、日韓双方の行為は、相手の言動を変えるという点では、効果がない。一方で、相手の反感を高めて事態をエスカレートさせるという、作用・反作用の効果は確実に発揮されている。また、後述するように致命的なものではないが、日韓の経済活動にマイナスの影響を与えていることも否定できない事実だ。

かつて日中間では、両国関係をウィン・ウィンの関係にする、ということが盛んに言われた。ウィン・ウィンとは、「両国が協力しあえば(協力しないよりも)お互いに得になる、だから協力しましょう」という意味である。これに対し、「一方が損する分、他方が得をする」というのがゼロサム・ゲーム。そこでは、協力ではなく対立が行動の基調となる。

今日の日韓関係を見ると、一方の損が他方の得になっている、というわけでもない。例えば、日本の対韓輸出管理厳格化。韓国側が事務的、時間的に困るのはもちろんだが、だからと言って日本側の儲けが増えるわけではない。日本側も、手間が増えたり顧客を失ったり、いいことは一つもない。韓国側の措置についても同様。日本製品のボイコットによって当該日本企業(例えばユニクロ)の売り上げは少し落ちるだろう。代わりに、韓国の消費者は比較的安価で高品質な製品を買えなくなる。GSOMIAの破棄に至っては、日韓双方の安全保障にとってマイナスとなり、笑っているのは北朝鮮や中国である。「ルーズ・ルーズ・ゲーム」以外のなにものでもない。

双方にとってマイナスばかりなのであれば、そんな緊張関係は早く終わらせるのが理性的な判断であろう。だが、その理性的判断ができなくなるのがナショナリズムのナショナリズムたる所以。ましてや、現時点で日韓両国の対抗措置の応酬が及ぼす影響は、日本だけでなく、韓国にとっても、たいしたものではない。

日本側の措置は、あくまでも「輸出手続きの厳格化」であり、「禁輸」ではない。最初は事務手続き面で時間がかかるにせよ、日韓の業者は早晩適応するだろう。韓国側はヒステリックに反応したが、対韓輸出が大きく落ち込むような事態は起きないと思われる。

韓国側のとった措置も、輸出に関しては基本的に同様のことが言える。輸入面の措置についても、韓国一国が一部産品について制限をかけたところで、日本側が耐えられない事態にはほど遠い。

GSOMIAが破棄されることの影響はどうか? 日本にとって(韓国にとっても)安全保障に関わる情報の精度が落ちることは避けられない。また、日韓の防衛協力全般がギクシャクしているという対外的メッセージを発したのも同然であった。ただし、北朝鮮や中国の脅威を考えた時、米韓双方にとって圧倒的に重要なのは米軍の情報。日本も韓国も、米国との同盟関係は維持できている。

とは言え、これが一昨年であれば、韓国もGSOMIAの破棄にはとても踏み切れなかったであろう。当時は、トランプと金正恩がチキン・ゲームを続け、米朝開戦の可能性が真面目に懸念されていた。今も北朝鮮が核・ミサイル開発を継続していることは誰の目にも明らかだ。しかし、トランプと金正恩が相互に自重する密約を結んでいる現在、北朝鮮が日本や韓国を攻撃してくる兆候はない。そうであれば、GSOMIAも、あった方が安全保障上はよいに決まっているが、なくても致命的に困る、というほどのことではない。

では、日韓が今後、米中貿易戦争並みの関税引き上げ競争などにエスカレートさせれば、結果は変わってくるのか? 日韓の場合、国力が今やそれほどかけ離れていないうえ、経済的相互依存の構造も割と対称的になってきた。日韓の間で経済的手段によってナショナリズムを屈服させることは、ますます困難になったと考えなければならない。

まず、日韓のGDPと両者の規模を時系列で比較してみよう。

〈日韓のGDP比較〉

1980 1990 2000 2010 2018
日本 1,044.88 2,451.67 3,418.87 4,484.79 5,594.45
韓国 83.512 323.605 776.442 1,473.30 2,136.32
韓国/日本 8% 13% 23% 33% 38%
単位:10億米ドル(購買力平価)。 2018年の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

韓国が日本を着実にキャッチアップしていることは一目瞭然。ただし、これだけでは、韓国経済は日本経済の半分にも満たない、という見方もできよう。だが、次の表で一人当たりのGDPについて日韓を比較してみると、韓国はもうほとんど日本に並んでいる。IMFの推計では、2023年には日本を抜くという衝撃の事態が現実になりそうだ。

〈一人当たりGDPの日韓比較〉

1980 1990 2000 2010 2018 2023
Japan 8,948 19,861 26,956 35,149 44,227 51,283
Korea 2,191 7,549 16,517 29,731 41,351 51,418
単位:米ドル(購買力平価ベース)。 2018年以降の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

貿易相互依存度についても、日本が圧倒的に有利というわけではない。確かに、韓国の貿易には、半導体をはじめ、日本から輸入した素材、部品、製作機械などを組み立てて輸出するという構造がある。しかし、日本が対韓経済措置を強化すれば、韓国の方が先に音を上げるだろうか? そうはならなそうだ。

IMFのデータをもとに計算すると、昨年(2018年)段階で日本にとって韓国との貿易(輸出入)は全体の5.6%を占めた。 これに対し、韓国の貿易の7.5%が日本と間で行われている。日本の方が低いが、その差は絶対的なものではない。

これが昔であれば、話は違ったであろう。例として1990年時点の数字を見てみる。日本の対韓貿易が全体に占める割合は5.6%で現在と変わらない。だが、韓国の対日貿易は全体の21.9%を占めていた。対米貿易が全体の16.9%だったから、日本の存在感がいかに大きかったかわかる。当時と較べた時、現時点で韓国経済にとって日本の持つ意味は明らかに低下した。今後、日本が経済的対抗措置を追加発動しても、韓国が屈服するとは考えにくい。

現状は、双方の発動している経済措置は比較的軽微なものであるため、それぞれ相手にとって致命的な打撃を与えることはなく、日韓両国ともに十分耐えられる。仮に今後、日韓が経済的措置をエスカレートさせたとしても、マイナスの影響がどちらか一方に極端に偏ることはないため、どちらかが先に屈服する、ということは期待できない。むしろ、こうした措置の応酬は日韓両国でナショナリズムを煽るため、双方がやせ我慢を続けることになる可能性が高い。

我々に言わせれば、売られた喧嘩。しかし、向こうは逆の受け止めだろう。いずれにせよ、ルーズ・ルーズ・ゲームをいつまでも続けなければならないとは、愚かな話だ。

参議院選挙が思い知らせた「選挙における政策論争の消滅」

7月21日(日)に参議院選挙が行われた。各党の議席数は報道されているとおりである。とても醒めた言い方になるが、れいわ新選組やNHKを国民から守る党が議席を獲得したことを含め、あまり驚きのない結果であった。

各党の勢いを見るため、今回の参院選と前回(2017年10月)の衆議院選で主要政党が獲得した得票率を並べてみよう。

〈主要政党の比例得票率〉 (単位%)

自民 公明 立憲 維新 希望 国民 共産 れ新
前回

衆院選

33.3 12.5 19.9 6.1 17.4 7.9
今回

参院選

35.4 13.1 15.8 9.8 7 9 4.6

絶対的な得票数は落ちていても、与党は得票率を増やしている。自民は35%で野党第一党の立憲に対してダブル・スコア以上の大差をつけた。自公の合計は48%超。半分を切っているという見方もできるが、やっぱり強い。

一方、立憲民主は2年前から得票率を落とし、党勢にブレーキがかかっていることを窺わせる。2年前の支持層の一部は山本太郎のれいわ新選組に流れたのかもしれない。だが、前回衆院選で自公や希望に行った票――総投票数の約63%に及ぶ――をこの2年間、ほとんど取り込めていないという現実の方が深刻だ。せめて2割近くを握っていないと、立憲が野党の核になることも、野党全体で与党に対抗することも望めない。

維新の会は小躍進した。この春に仕掛けた大阪府知事と大阪市長のスライド選挙という賭けが吉と出て、関西圏(及び首都圏)で久しぶりに風が吹いた、というところだ。

現状、野党に国民の支持が大きく集まる気配は見られない。政権交代はおろか、与野党がある程度伯仲して政権運営に緊張感をもたらすこともむずかしい――。それが偽らざる感想だ。

さて、今回の参議院選挙ほど、政策的争点のない選挙はなかった。だが私は、それを「野党がだらしないから」と簡単に言うべきではないと思う。国民に語るべき大きな政策を持たない点においては、与党も五十歩百歩だからである。素性の知れない人物の唱える「NHK放送のスクランブル化」というニッチな公約が一番目立った、という情けない事実がそのことを如実に示している。

このブログでは、国民の関心が高かった経済(景気)と社会保障の分野において、参議院選挙を通じて各党がどのような政策を公約したか、少し復習してみたい。

経済政策

今回の参議院選挙の最大の争点は、10月に予定されている消費税率引き上げの是非だという見方が事前には強かった。確かにテレビの討論番組などでは司会者がこの問題を提起してはいた。しかし、多くの有権者がそれによって投票行動を決したとは思えない。その理由はいくつかある。

一つは、現在の政治状況からくる諦観。今日、衆参では与党が圧倒的多数を占めている。選挙前の世論調査でも自民党の支持率が4割前後なのに対し、野党第一党の支持率は10%以下。自民党には公明党(創価学会)という選挙上最強の後ろ盾もついている。しかも、小選挙区の衆議院ならともかく、中選挙区的な要素の混じり、半数しか改選されない参議院選挙では、政権交代や衆参の捻じれが実現することはありえない。

もう一つは、国民の意見が分かれていること。世論調査では、国民の半数近くが消費税率引き上げに反対と答える一方、賛成という国民も常に4割近くいる。反対と答えた国民でさえ、少子高齢化が止まらない中、社会保障や教育・子育て政策に充てるため、消費税率引き上げが必要だと言われれば、「消費税が上がるのは嫌だけど、仕方がない」と思う者が少なくない。他所の国ではどうか知らないが、日本人には真面目な人間が多いのだ。

次に、経済政策として争点となり得たアベノミクスはどうだったか?

安倍の政権復帰から6年経った今、アベノミクスはメッキの剥がれが相当目立ってきている。安倍政権はこれまで、株価など良好な指標のみを宣伝し、民主党政権の致命的なまでのガバナンスの悪さを思い起こさせることでアベノミクスの優位性を喧伝してきた。だが、安倍政権下で日本経済の平均成長率は+1.15%にすぎない。IMFの予測によれば、今年の経済成長率は+0.9%、来年も+0.4%と今後も低水準が続く。「悪夢の民主党政権」の3年間、東日本大震災を経験したにもかかわらず、日本経済が平均して年率+1.87%で成長した。国民もさすがに「アベノミクスも言うほどの成功ではない」と気づき始めている。

ところが、野党の側はアベノミクスを批判するだけで、対案を示せない状態が何年も続いている。特に、野党第一党の立憲民主党に骨太な経済政策が見あたらないのはつらい。

もっとも、野党にも(与党にも)同情すべき部分はある。人口減少が続く日本で、経済政策の妙案がおいそれと見つかるわけはないのだ。立憲民主などは、経済音痴であることを認めて開き直ればよいのに、と思う。「経済運営は政権交代しても基本的に変えない。低金利政策と財政出動は基本的に継続する」と言っておけば、経済界や多くの労働者は安心する。旧民主党政権も東日本大震災を受けて財政出動は十分にしていた。日銀が超低金利政策に転じたのも野田政権末期のことだった。経済政策は自公を引き継ぐことにして、それ以外の政策で与党と差別化を図る、というのも選挙戦略としてはありえるんじゃないかね?

立憲以外にも少し目を向けてみようか。維新は相変わらず、お題目みたいに規制緩和と言うだけ。昭和末期から平成初期に流行った議論だが、ある程度の経済成長を実現するには線が細い。国民民主は今回、高速道路千円、家賃補助、児童手当増額など、積極財政政策に舵を切った。こども国債という名目で現代貨幣理論(MMT)に乗ったようにも見える。ただし、選挙戦を通じてこうした政策が注目されることはまったくなかった。この党は政策以前に党としての信頼性獲得が課題かな? 共産党の経済政策は、アンチ・ビジネスと低所得者偏重が過ぎるので論評しないでおこう。

年金政策

もう一つの大きなテーマになると思われた年金政策はどうだったか?

参院選の直前、金融庁の審議会が「老後、公的年金だけでは足りないから2000万円の貯蓄が必要」というレポートを出し、選挙への悪影響を恐れた政府が受け取りを拒否するという珍事件が起きた。政府は「年金は百年安心」と言ってきた(と思われてきた)ため、国民の政権不信が一気に高まった。ある野党の政治家は「神風が吹いた」と喜んだそうだ。

しかし、結果的に神風はそよ風程度のものだった。野党はここでも対案を出せなかった。例は良くないが、イギリスのブレグシットも、「EUはけしからん」だけなら国民投票にたどりつくことはなかった。「EU残留」と「EU離脱」という2つの選択肢が示されてはじめて、国論を二分する一大争点になった。年金も選択肢が複数なければ論争にならない。

確かに、年金というテーマに国民の関心は非常に高い。しかし、国民の大多数を喜ばせ、納得させられる解決策は存在しない。誰だって、支給開始年齢は今のまま、支給額が増えるのがいいに決まっている。そして誰だって、保険料負担や消費税が上がるのは嫌だ。この2つの矛盾を解決するには、高齢化の進展以上の速度で労働力人口が増え続けるか、給料が上がり続けるしかない。それができたのは高度成長期のみであり、今はもう不可能だ。

結局、各党の提示しうる年金政策は、年金制度をやめないかぎり、

    1. 年金支給年齢の引き上げや年金支給額を減らしながら、現行制度を続ける
    2. 年金支給額を維持・増加するため、保険料や消費税率を引き上げる

のいずれかとならざるをえない。(それ以外にも、財政赤字を増やしてでも少子化対策を打つとか、移民を大幅に増やすと言った選択肢も考えられるが、今回は深入りしない。)

自公は①を称して「100年安心」と言っている。決して、現行の年金支給水準が100年続く、という意味ではない。給付水準を下げれば制度が維持されるのは当たり前。だから、嘘とは言い切れない。だが、国民が誤解するに任せていたのは「ズルい」話だ。ちなみに、金融庁の報告書が「2000万円必要」と言ったのは、①を前提にしたギリギリの生活が嫌だったらお金を貯めておいた方がいいですよ、という意味とも読める。

一方、年金の支給額が不十分だ、という野党の主張を政策にしようと思えば、②の方向へ行かざるをえない。ところが野党は、10月の消費税率引き上げにすら反対している。国民の負担増を公約として打ち出すことなど論外だ。勢い、その年金政策は曖昧となり、選挙戦の最中も政府・与党の隠蔽体質を批判するにとどまった。(公平を期すために言うと、野党は低年金者対策の充実についてはこの選挙で具体策を示していた。しかし、わずかの金額であるうえ、正当に保険料を支払った大多数の国民には関係がない話であったため、争点になることがなかったのも当然である。)

野党の参院選公約を見ると、立憲民主は最低保障機能の強化を謳っている。低年金者の給付額を上げるのだろうが、低年金者とそうでない人の線をどこで引くのか、受給額をいくらにするのかといった具体的な制度設計は示されていない。そこの議論に入れば、必要な財源と消費税率の引き上げ幅が表に出るためであろう。しかし、「最低保障機能の強化」だけ言われても国民は政策とは受け止めない。

一方、維新が提案しているのは積み立て方式の導入だ。一見魅力的に聞こえるが、既に何十年も賦課方式でやってきているため、新方式への切り替えには膨大な財源が必要になる。維新もそこについては口を閉ざしたままである。

私は、野党が公約で細かく財源を示す必要は全然ないと思っている。しかし、こと年金に関しては、そういうわけにはいかない。野党が年金の充実を公約するのなら、負担増についても説明すべきだ。ブレグジットの国民投票の際、離脱派は「EUから離脱すれば拠出金がなくなり、英国の社会保障に毎週(←毎年ではない)500億円使えるようになる」という主張――もちろん嘘だ――を展開し、多くの人がそれを信じた。日本でそんなことはやめてもらいたい。

ここからは少し脱線する。

上述した2つの年金政策は年金制度の存続を前提にしたものである。だが将来的には、「老後は自助努力で支える。その代わり、保険料も支払わない」という考え方に立ち、年金制度の廃止を掲げる政党が現れても驚くべきではない。年金保険料を一定期間以上支払った世代にとって年金廃止は損な話になるため、多数派を占めることはさすがに無理だろう。しかし、若い世代にとって今の年金制度は年寄り世代を支えるためのアンフェアな「持ち出し」にほかならない。シングル・イッシュー・パーティとして若者にターゲットを絞れば、複数議席の獲得は十分可能だと思う。

その結果、将来の日本の年金制度改革が、負担増による給付増(または給付維持)という方向に進むのではなく、負担減と給付減――足りない部分は自助努力で補う前提である――という方向に向かう可能性も出てくるのではないか。自助を強調する考え方は自民党の理念とも親和性が高い。そんな状況になったら、野党はどうするんだろうか?

今後の展開~有志連合と補正予算

参議院選挙が終わり、来週には臨時国会が開かれる。だが、これは参議院議長を選ぶための短期間。その後、秋に開かれるであろう臨時国会では、どのような政策が議論されることになるのだろうか? 少しばかり予想してみよう。

まず、マスコミが騒ぐ憲法改正はどうか? 安倍総理が何をやりたいのか、正直言って私にはよくわからない。自民党は4項目の改憲案を決めているが、選挙戦の最中、憲法のどこをどう変える、ということを安倍が力説したという印象はない。安倍が言っていたのは、憲法を変えたい、ということだけだった。しかも、選挙が終わった途端、自民党の案にはこだわらない、と言い出す始末だ。結局、安倍がほしいのは「はじめて憲法を改正した総理大臣」という名誉なのであろう。

そのうえで言えば、国民投票法の改正で野党に譲歩したうえで、野党を分断して憲法改正の土俵に引きずり込む、というのが最も考えられる安倍の改憲戦術ではないか。ただし、安倍は憲法改正の前にトランプが要求しているペルシャ湾の有志連合について、対応を決めなければならない。その分、改憲のスケジュールは後ろに倒れるだろう。

では、ペルシャ湾の有志連合に日本政府はどう対応するのか? 米国が期待しているようなことを自衛隊にさせるためには、新法の制定のみならず、9条解釈の再変更が必要となりかねない。仮に現行法で対応しようとすれば、ペルシャ湾の事態を存立危機事態と認定しなければならない。だが、今の時代にオイル・ショックが再現するようなシナリオには無理がありすぎる。

日本のタンカーが沈められて日本が当事者になってしまえば別だが、ペルシャ湾を理由に新法を通すのはなかなか骨の折れる仕事になる。今の危機は、イラン核合意からの離脱をはじめ、トランプの側にも責任があることは事実だ。「日本はトランプのマッチ・ポンプに付き合って自衛隊を派遣するのか?」という批判が出てくることも避けられない。解散・総選挙を視野に入れた時も、具合がよろしくないだろう。

加えて、安倍晋三は本来的に親米主義者というよりもナショナリストである、という要素についても考える必要がある。(ここで詳しくは述べないが、私は安倍の親米は本心からくるものではないと思っている。)安倍が「米国に付き合ってペルシャ湾くんだりで自衛隊員の血を流してもよい」と考えるかどうか? はっきり見えてこない。

次に、経済政策はどうか? ポイントは3つある。

一つ目は、この夏、米国との貿易協議がどう決着するか。程々の線で妥協して双方が自賛できればよし。ひどい譲歩を呑まされれば、安倍の解散戦略に制約が強まる。呑まないで交渉が長引けば、トランプが何をツィートするかわからず、それはそれで安倍にとって爆弾になる。

二つ目は、日本の景気動向全般に対しては、米中貿易・技術戦争の行方がから目が離せない。ただし、これは安倍政権が当事者能力を発揮できる問題ではない。日本政府に米中の仲介役が務まるとも思えない。まさに見守るしかないだろう。

三つ目にして当面の経済政策で最大の課題となるのは、消費税率引き上げをいかに軟着陸させるか、ということ。消費税が上がれば、消費は冷え込む。その分、政府支出を増やして景気の落ち込みを防がなければならない。実はこれ、今年1月17日のポストでも書いたとおり、日本政府は既に昨年度の補正予算と今年度の予算で手当てしている。だが、消費税率が上がると言うのにまだ駆け込み需要も見られず、景気の先行きは視界不良だ。そこでもう一丁、財政出動した方がいい、という意見が強まる可能性が高い。そうなれば、補正予算という話になる。

ここで問題は、何を名目に追加財政出動するか、ということである。ポイント還元やプレミアム付商品券といった消費税対策は、期間延長では当面の消費喚起にはならない。かと言って、今からポイントを拡大するなど制度をいじれば、混乱が大きい。

定番の公共事業はどうか? これについても、昨年度から来年度までの3年間、防災・減災、国土強靭化のための緊急対策として7兆円の公共事業を既に組んでいる。これには不要不急のものまで計上しているので、ここから増やすと言っても限度がある。結局、中途半端な補正を打ってお茶を濁す、ということになりそうだ。

安倍が補正予算で大玉を考えるとしたら、教育の無償化や児童手当の増額といった野党が主張している政策に手を出す可能性もないではない。これらは一旦始めれば恒久的に支出が続く政策だ。本来、消費税引き上げ対策として補正を組んで一時的にやるべきものではない。だが、安倍が国民民主の「子ども国債」に食いついたらどうか? 財務省は反対するだろうが、同省は安倍政権内での影響力が低下しているうえ、自民党内にもMMT支持派は一定数いる。まったくあり得ない話ではないだろう。

玉木代表は憲法改正をめぐる安倍の「釣り球」にもアッという間に飛びついたらしい。安倍総理のやり方次第では、憲法改正と子ども国債は野党分断の絶好の玉になりそうだ。

令和の始まりに考える「米中冷戦」論 ⑤ ~ 米中対立の行方

4月17日に最初のポストを立てた時と比べても、米中関係は緊張の度を深めている。米中対立が国際政治経済に与える影響が当初想定していたよりも遥かに大きく、しかも長期化する公算が高い――。そう誰もが実感するようになっている。

米中対立の行方は今後、どうなるのか?

巷では米国有利という見方が多いようだ。しかし、この勝負、それほど単純に決着するとは思えない。

米国優位の下馬評

今日の米中対立を「米中冷戦」と呼ぶかどうかは別にして、この抗争は米国が優位だという見方が現時点では多いように思う。確かに、それも無理からぬ話ではある。まず、米国有利と考えられる理由を整理してみよう。

    1. トランプの仕掛け

現在の米中の争いは、主にトランプ政権が仕掛けて表面化したものである。関税引き上げ、ファーウェイ排除、そして中国製ドローンに関する警告など、米国の攻勢は止まるところを知らない。逆に、トランプを無駄に刺激したくない中国の対応は受け身に終始している。

    1. 中国経済への悪影響 > 米国経済への悪影響

米国が仕掛ける貿易戦争のうち、関税引き上げについては中国も報復措置を取ることができるが、被るダメージは中国の方が大きい。具体的な試算の一例は第3回のポストで紹介したので今回は省略する。

    1. 技術標準

米国は自らが優位に立つ「技術標準」を利用して中国に喧嘩を仕掛け始めている。つい最近も、トランプ政権は米国企業に対して政府の許可なくファーウェイ(華為技術)と取引きすることを禁止した。これを受け、グーグルはファーウェイによる基本ソフト(アンドロイド)のアップデートを停止。マイクロソフトもファーウェイからの注文受付をやめると発表した。しかも、米国政府の禁輸措置は、一定比率以上の米国産品・ソフト・技術を使った製品にも及ぶ。ファーウェイにとっては深刻な事態だ。
GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)がすべて米国企業であることからもわかるように、米国(企業)は情報技術力の面で世界の先頭を走り、多くの技術標準を押さえている。これらとの取引ができなくなれば、関税引き上げの時と異なり、多くの場合、中国側は報復措置をとることができない。

4.ドル決済

世界中の銀行はFedwireと呼ばれる米連邦準備銀行の管理する決済システムを利用して貿易の資金決済を行っている。米国がある国の銀行をFedwireから排除すれば、当該銀行は経営危機に陥り、その国の貿易は極度に落ち込まざるをえない。かつては「抜かずの宝刀」的なところがあったが、戦争以外の手段で米国が持つ最も強力な制裁手段であることは間違いない。最近は北朝鮮、イラン、ロシア、トルコなど米国が安全保障上の理由で制裁を課す場合の手段として使われるケースが増えてきた。これが経済上の理由――形式的には安全保障上の理由が強調されるにしても――中国にとって大きな脅威となる。

    1. 同盟ネットワーク

米国には冷戦時代以来の同盟ネットワークがあり、貿易戦争に安全保障を搦めることができる。米政府は次世代移動通信規格5Gをめぐってファーウェイ製品を採用しないよう同盟国に圧力をかけている。日本も昨年、政府調達から同社やZTEの製品を事実上除外した。

    1. 核兵力

米中の国力を比較すると、軍事面、特に核兵力の点ではまだ米国が目に見える優位を保っている。この点は第2回のポストで説明した。

7. 色眼鏡(バイアス)

中国に対する嫌悪感が与えるバイアスの影響も指摘しておく。
内閣府が昨年10月に行った調査によれば、最近少し改善傾向にあるとは言え、中国に親しみを感じる日本人の割合は約21%。逆に親しみを感じない日本人の割合は76%を超える。一方、米国に親しみを感じる日本人は75%を超し、約22%の日本人が米国に親しみを感じないと答えている。我々の中に、中国を過小評価し、米国を過大評価する傾向が生まれても不思議ではない。
加えて、民主主義/資本主義国家である米国が勝利し、共産主義国家であったソ連が敗北した、という米ソ冷戦からの連想も「米国有利、中国不利」という先入観を植え付けやすい。

米国優位論の落とし穴~中国の耐性はソ連ほど低くない

以上、米中対立において米国の方が有利な立場にあると考えられる理由を列挙した。このうち、最初と最後の論点以外は、確かに米国優位論を裏付ける根拠と見做してよい。しかし、この米国優位論に落とし穴はないのか? クロスチェックしてみることも無駄ではあるまい。 

    1. 米国を代替する市場の存在

米ソ冷戦期のように貿易も基本的には東西ブロックに分かれていれば、米国が関税引き上げなどの貿易制限的な措置をとってきた場合、中国が米国の代替市場を広く他国に求めることはできない。あるいは、北朝鮮やイランのように国連制裁によって厳格な包囲網が広がるのであれば、やはり十分な代替市場を探すことは不可能である。だが現実には、中国はソ連でもなければ、北朝鮮やイランでもない。

グローバリゼーションが進展した今、中国経済は「世界の工場」「世界の市場」となり、各国との間で高い相互依存状況にある。米国が中国製品に対する関税を引き上げても、他国が追随しなければ、中国は他国に代替市場を求めることができる。もちろん、コスト面を含めた完全な代替は不可能だ。しかし、少なくとも米中貿易戦争が致命傷になることは防げる。
例えば、日本経済新聞によれば、米国の関税引き上げに対抗措置をとった結果、2018年8月から2019年3月の間に米国が中国から輸入した大豆の量は前年同期より9割減ったが、調達先をブラジルやロシアに切り替えて凌いだ。ただし、2018年の平均輸入価格は前年比4%上昇したと言う。
中国から米国への輸出減少分についても同様である。ファーウェイのように安全保障を理由にして取引禁止にされるのでなければ、関税が上がっても米国でまったく売れなくなるわけではない。米国以外の市場を開拓することにより、中国企業の損害を減らすことはある程度できよう。

ただし、ハイテク分野については、もう少し慎重な精査が必要である。
昨年来、トランプ政権は、安全保障協力に支障が出るとまで警告しながら、5G関連などでファーウェイと取引きしないよう同盟国などに要求してきた。豪州、ニュージーランドなど米国と盗聴網などを共有している国や日本政府はそれを事実上受け入れた。欧州では、今現在ファーウェイ製品を使っていることや価格面を考慮し、対応が分かれている。一方で、サウス・チャイナ・モーニング・ポスト――やや中国寄りの論調なので、その点は割り引いて読む必要がある――によれば、東南アジアや東欧などでは、タイやフィリピン、シンガポールなど米国と軍事的に協力関係にある国々を含め、ファーウェイを排除する動きは見られない。
ファーウェイの製品を使えば、情報を中国政府に抜かれたり、中国政府がファーウェイ製品を通してサイバー攻撃を仕掛けたりする可能性があるという米国の主張は、はっきり証明されたわけではない。また、米国の主張が正しければ、米企業の製品を使えば米国政府が同様のことをできるということでもある。
中国に対して大きな安全保障上の脅威を感じていない国や、脅威を感じたところで対抗措置をとれない国してみれば、米国の主張を鵜呑みにするよりも、コストと性能(及び中国政府による各種のキックバック)からファーウェイまたは別の中国企業の製品を選びたい、という考えも成り立つ。

ところで、トランプ政権は5月になってファーウェイを一種のブラックリストに載せ、同社との取引を事実上禁止する方針を打ち出した。しかも、他国企業であっても、米国製の部品やソフトを使っていれば、米国の方針を適用する。従来よりも段違いにきびしく、「ファーウェイ潰し」とも言える措置だ。
日本でも、ドコモ、KDDI、ソフトバンクはファーウェイ製スマホの販売を自粛すると発表した。ファーウェイの端末を買った消費者がグーグルのアンドロイド・ソフトを使えなくなるリスクを考えれば、三社にとってはやむを得ない判断である。同様なことは、日本以外の国にも当てはまる。となれば、ファーウェイは米国以外の市場でシェアを失うだけでなく、新たな市場を開拓することも当面、困難になるだろう。

2. 中国経済はソ連経済のように弱くない

米ソ冷戦は米国の勝利で終わった。最も基本的な理由の一つは、ソ連経済がレーガンの仕掛けた軍拡競争についていけなかったことである。共産主義経済の限界と言えた。だが、それはソ連圏が閉じた経済システムだったから。今日の中国は、政治システムこそ共産党一党独裁を堅持しているが、経済システムは大幅に資本主義を取り入れている。中国人が利益追求に貪欲な民族であることはつとに有名。

中国のGDPは世界経済の19.2%(IMF、PPPベース)を占め、米国経済の15%を既に凌駕している。米国経済の半分にもまるで届かなかったソ連経済とは大きな違いだ。中国経済は長らく二桁成長を続け、今でも6%台で――米中貿易戦争の影響で今年は6%を割り込むという予測もあるが――成長している。低下したとはいえ、世界経済全体の倍のペースである。

中国経済は規模ばかりが注目されがちで、従来は「安かろう、悪かろう」のイメージが強かった。だが最近は、質の面でも競争力をつけた企業が数多く生まれている。その代表格の一つが、今トランプ政権から袋叩きにあっているファーウェイだ。

2018年のスマホ全世界出荷台数のシェアでは、1位のサムソン(20.8%)、2位のアップル(14.9%)をファーウェイが14.7%で猛追。ちなみに、4位の小米科技(シャオミ=8.7%)、5位の欧珀(OPPO=8.1%)も中国企業である。
一方、2017年の世界のモバイルインフラにおけるシェアは、ファーウェイが28%となってトップを占めた。エリクソン(27%)、ノキア(23%)、少し離れてZTE(13%)が続く。
技術力の面でも、ファーウェイは、5Gで競合する他社を12~18ヶ月リードしている、と豪語している。事実、2018年の特許国際出願件数は5,405件で二年連続の首位だった。2位の三菱電機が2,812件だから、ぶっちぎりと言ってよい。中国企業としては、他にもZTE(2,080件)とBOE(1,813件)の二社がベスト10入り。米国からはインテル(2,499件)、クアルコム(2,404件)の二社が入った。なお、国別の特許出願件数では、米国が56,142件で首位を守った。しかし、中国も53,345件と肉薄。日本は49,702件で三位だった。

このような存在だからこそ、米国はファーウェイを先端情報技術分野における自らの覇権――それは経済覇権から軍事覇権にも大きな影響を与える――を脅かす存在と捉え、狙い撃ちともいえるやり方でファーウェイを叩いているのに違いない。

今月に入ってトランプ政権が決めた、安全保障を理由とするファーウェイとの取引停止――それを受け、グーグルがアンドロイド・ソフトを供給停止したほか、日本企業の間にもファーウェイとの取引停止を決断する動きが出ている――は前代未聞のきびしさ。ファーウェイの経営は屋台骨を揺るがされることが避けられない。

だが、ファーウェイも相応の実力を備えている。ただ叩かれ続けるとは限らない。トランプ政権のファーウェイ排除措置を受け、インテルやクアルコムなど米半導体メーカーはファーウェイへの部品供給を停止した。これに対し、ファーウェイは半導体の内製化(自前調達)を進める構えだ。中国政府も面子にかけて全力で支援し、国民も対米ナショナリズムに駆られて支持しよう。グーグルによるソフトウェア供給の停止に対しても、ファーウェイは今年秋にも自前ソフトを開発すると言っている。そう簡単ではないだろうが、もしもうまくいけば、アップルやグーグルなど米企業にとっては、トランプの措置によって自社OSの代替品の登場を促進される、という皮肉な結果になる。

3. 臥薪嘗胆(時間軸の違い)

米中の貿易戦争――もはや、経済戦争と言ってもよい――は、短期的には、明らかに米国が攻勢に出ており、中国は守勢に回ることを余儀なくされている。だが、この米中の勝負、この1~2年で決着がつくような性格のものとは限らない。仮にファーウェイがトランプ政権による怒涛の制裁措置によって再起不能に陥ったとしても、それで勝負が終わることはない。むしろ中国は、臥薪嘗胆、何年、いや何十年かかっても米国との経済戦争を勝ち抜こうと決意を新たにするのではないか。

第二次世界大戦に負けた後、日本人はすっかり長いもの(アメリカ)には巻かれた方がよい、という根性なしになってしまった。1980年代の日米貿易摩擦の時も、米国に対する反感よりも、何とか多めに見てほしい、というメンタリティの方が強かった。(以前の日本は決してそうではなかった。日清戦争後、ロシア、ドイツ、フランスから三国干渉を受けた日本は遼東半島を清国に返還した。しかし、臥薪嘗胆を合言葉に富国強兵に努め、日露戦争でロシアを、第一次世界大戦でドイツを、太平洋戦争でフランスを打ち破った。)

中国人は数千年にわたって強い大国意識と自我意識(中華思想)を持ち、今の日本人よりも遥かに強いナショナリズムを堅持している。長い時間をかけて抵抗し、最後には勝つ、という発想も毛沢東以来の伝統としてある。
1915年に日本から屈辱的な二一か条の要求を受け入れた時、中国国民は臥薪嘗胆を合言葉に抗日運動を展開した。1934年10月、国民党軍に追い込まれた毛沢東率いる紅軍は江西の根拠地を捨て、2年にわたって「長征」という名の撤退戦を余儀なくされた。その後、国共合作によって1945年に日本軍を駆逐し、1949年には蒋介石を台湾に追った。アヘン戦争(1840-1842年)によって失った香港を155年後に取り戻したことも、中国人が長期戦を厭わない民族であることを教えている。ファーウェイ潰しの方針表明に至り、トランプが仕掛けた貿易戦争は中国人が本来持つ闘争心に火をつけたのではないか。

米中経済戦争も、中国はトランプの任期――あと2年弱であれ、6年弱であれ――などにこだわることなく、米国の持つ技術標準を崩しにかかるのではないか。シリコンバレーにいる大勢の中国人を見ると、それもまったく荒唐無稽な話とは思えない。

中国の長期戦は、ドル決済という米国の切り札に対しても向けられる可能性がある。中国は既に「国際銀行間決済システム」(CIPS)というドルを介さない人民元の決済システムを開発し、普及を後押ししている。日経新聞によれば、米国の制裁対象国や一帯一路の周辺国のほか、日本を含め、今年4月現在で865行が参加していると言う。だが、世界の外貨準備に人民元が占める割合はまだ2%にも満たない。米ドルの約62%、ユーロの約20%、日本円の約5%と比べても大きく見劣りがする。今のままでは、「ドル決済からの独立」は遥か遠くにある目標にすぎない。
ところが最近、IT技術の深化に伴って、仮想通貨やネッティングなど、銀行を通さない貿易・資金決済が徐々に拡大してきている。私はこの分野に明るくないので詳しいことは言えないが、その展開次第では、ニューヨーク連銀を経由した取引を制限することで米国が世界中の国々に与えることのできる「脅し」は少なくとも相対化する可能性がある。

なお、蛇足として言えば、どんなに中国経済が膨張したとしても、今のリアルなマネーの世界で人民元が国際的な決済の基軸通貨になることは決してない、というのが私の意見だ。オバマ政権の後期以降、特にトランプ政権になってから、米国はドルが基軸通貨であることを利用して他国に制裁をかけることが増えており、そのことが最近、世界の外貨準備に占める米ドルの比率低下を促している。人民元が基軸通貨の地位を得れば、中国政府はトランプ政権以上にそれを利用し、他国に影響力を行使しようとすることは間違いない。そんな国の通貨を外貨準備として大量に保有したいと考える国は多くないはずだと思うのである。

4. 中国は国力を無駄に浪費しない

米ソ冷戦がソ連の敗北で終わった――少なくとも敗北を早めた――理由の一つに、ソ連が冷戦の後期も含めて(米国以外との)戦争に関わり続け、国力を浪費したことが挙げられる。

米国も朝鮮戦争やベトナム戦争で国力を消耗したことは言うまでもない。しかし、朝鮮戦争は3年で休戦に至り、ベトナム戦争も多大な犠牲を払った後、1973年に撤退した。その後、冷戦が終わるまでの間、米軍が大規模な軍事介入に直接携わることはなかった。
一方でソ連は、ハンガリー動乱(1956年)とプラハの春(1968年)の軍事介入こそ短期で済んだが、1969年のダマンスキー島事件(珍宝島事件)以降、中国との国境紛争は冷戦が終わるまで続いた。この間、ソ連は中国との長大な国境に軍隊をはりつけ続けなければならなかった。1979年に始めたアフガニスタン侵攻は、ソ連版のベトナム戦争と言われる。10年以上続いた戦争によってソ連は少なくとも1万4千人以上の兵士を失い、財政的にも社会的にも大きな負担を負った。
冷戦後、米ソ冷戦に勝利して唯一の超大国となった米国が今度はアフガニスタンとイラクに軍事介入し、長期間にわたって軍事的にも財政的にも国力を消耗することになった。その結果、米国が中国にキャッチアップされる期間は確実に短縮されたと言える。

このように、大国は強大な国力を持つ故に軍事紛争に首を突っ込み、国力を浪費することが往々にしてある。ところが中国は、少なくとも過去数十年、大規模な軍事紛争に直接従事することはなかったし、予見しうる将来も抜き差しならぬ軍事紛争に発展しそうな事案を周辺に抱えていない。もちろん、台湾が独立に動けば、大きな武力紛争になるだろうが、今のところ、その可能性は極めて低い。新疆ウイグル自治区などにおける武装蜂起――中国政府はテロと位置付ける――も、中央政府側の弾圧によって有効に抑え込まれている。
対外的には、インドとの間に国境紛争を抱えており、時に緊張が高まることはある。しかし、中印双方は事態をエスカレートさせないことで暗黙に合意しているようだ。南シナ海では、複数の国が領有を主張している係争地域に軍事進出――埋め立てと軍事基地の建設――を急ピッチで進めている中国。ただし、中国との間で軍事力に差がありすぎるため、係争相手国(ベトナム、フィリピン、インドネシア等)が実力行使に及ぶことはまずない。米軍も「航行の自由」作戦は繰り広げているが、あくまで中国に対する牽制にとどまり、武力に訴えて原状復帰させようとまではしていない。
東シナ海(尖閣諸島)についても、海警などによる領海侵犯は繰り返すものの、武力侵攻の意図までは見受けられない。
いずれにせよ、米中対立が二大ブロックの対立に発展しない限り、中国は米国以外の国々を取り込もうとするか、少なくとも完全に米国の陣営に走らせたくないと考える可能性が高い。したがって、国境に関わる潜在的な紛争案件について過度に緊張を煽ることは控えるものと思われる。
最後に、中国が近年、PKOに積極的に人民解放軍を参加させていることについても一言。これは所詮、PKOであり、いざとなったら、派遣期間の途中であっても引き揚げさせればよい。

今日の中国指導部は、自らが大規模な軍事紛争(戦争)に巻き込まれ、それによって中国の国力が浪費されることを明白に厭っている。つまり、冷戦期のソ連のように自滅してくれる可能性は低いと思われる。
中国が冷戦期のソ連によるアフガン侵攻のような轍は踏むことなく、ひたすら低姿勢で米国の攻勢をやり過ごす一方、経済戦争に負けないための投資を静かに(しかし、大規模に)行い続ければ、中長期的には中国にもチャンスは出てくるだろう。いわんや、米国が中東方面(特に対イラン)で余計な軍事介入に及ぶようなことがあれば、中国指導部はほくそ笑むに違いない。

5. 保護主義が米国経済を弱らせる可能性

保護主義は長い目で見るとその国の経済を弱くする――。米国は従来、そう主張してきた。競争にさらされれば、企業は生産性を上げるべく努力し、それができない企業は競争に敗れる形で退場する。その結果、生産性の高い企業が生き残るか、当該分野の製品は輸入品に代替されることで経済的には最適性が実現する。まさに資本主義と自由貿易の論理である。
もちろん、実際には経済学の教科書のようにはいかない。米国政府も多かれ少なかれ、自国産業を保護してきた。だが、トランプ政権が「公正な貿易」という名目で行っている保護貿易は、これまでとは一線を画する規模を持ち、範囲も広範である。

保護主義は保護された産業の生産性の改善を中長期的に妨げ、国全体として見れば産業のコストを引き上げることになる。日本経済新聞によれば、2018年に米国が輸入した鉄鋼の量は前年に比べて12%減少し、国内鉄鋼メーカーの出荷量は5%増加、国内工場の稼働率も4.8ポイント上昇して81.4%を超えたと言う。だが、それは決して、米鉄鋼メーカーの生産性や技術力が上がったおかげではない。将来的にはまた輸入品に押される日が来るだろう。一方で、米国の自動車メーカー全体では、同年に鉄鋼コストの負担が56億ドル(約6200億円)増加した。

トランプによって保護される産業は、国際競争力が劣っているにもかかわらず、トランプ再選のために必要な支持基盤だからという理由で政府によって守られる。しかし、弱い産業を守り、本来退場すべき企業を生きながらえさせる政策は、その国の経済の競争力を弱め、最終的にはその国の成長力そのものを失わせる。それは日本が過去数十年やってきた産業政策であり、その結果が今日の日本経済の体たらくだ。

中国経済が規模で米国経済をやがて抜く――購買力平価ベースでは既に抜いているが――ことは誰もがわかっていること。だが、米経済がトランプの保護主義で守られる一方、その裏返しで危機感を抱いた中国企業が国ぐるみで米国との競争に明け暮れるとしたら? 生産性や技術力の面でも中国経済が米国経済を抜く日がやって来ても、不思議ではない。

6. 軍事面で中国とロシアが手を握る可能性

中国軍が軍事力の面でも米軍を急速にキャッチアップしてきていること、それでも米国の軍事力は中国の軍事力をまだ凌駕していることについては、4月21日付のポスト(グラフ②とグラフ③)で述べたとおりである。この分野においても中国が米国との差をどんどん詰めていくことは間違いない。ただし、通常兵力の面でも中国が米国に完全に追いつくのはもう少し先の話だし、核兵力の格差は大きすぎるくらいある。

しかし、中国がロシアと軍事面で手を組めば、特に核兵力面での対米ギャップは一気に解消する。その意義や可能性については5月18日付のポストで述べたのでここでは繰り返さない。
1970年代初頭の米中国交正常化というコペルニクス的な外交革命は、ニクソンやキッシンジャーだけでなく、毛沢東もほぼ同時に着想を得ていたもの。今回、米国には中国を抑え込むためにロシアと組む、という選択肢はない。中国のみが、米国に対抗するためにロシアと組む、という戦略的な選択肢を持っている。

 

誤解してもらっては困るが、私は今回のポストで、米中対立は中国が有利である、と主張するつもりはない。ただ、この対立がトランプの任期中に片が付くような性格のものではなく、総力戦・持久戦になる、と言っているだけだ。

ついでに言うと、長期戦なら中国に分がある、と言うわけでもない。
中国の場合、今は国力を押し上げている人口の多さが、そう遠くない将来、国力の足を引っ張るようになる可能性が高い。国民の所得がある程度進むのと、日本のように少子高齢化が進むタイミングが重なり、社会保障を維持するのが相当大変になることはまず間違いない。中国にとっては、人口動態による負荷の増大が目立つ前に米国と痛み分けに持ち込めるかどうか、が大きなポイントになるだろう。

先月来、5回にわたって米中対立を分析した。とりあえず今回で一区切りつける。
だが、このむずかしい時代に日本の舵取りはいかにあるべきなのか?
考えるべきことはまだまだ多い。

令和の始まりに考える「米中冷戦」論 ③ ~ 米中対立の性格を吟味する

最初にお断りを一言。本ブログでは、前回前々回と「平成の終わりに考える『米中冷戦』論」というタイトルで米中関係を論じている。先月中に一区切りつけることができるだろう、と思って書き始めたのだが、甘かった。諸般の理由で時間が十分とれなかったことに加え、やはりテーマが大きいため、予想以上に筆に進まなかったのだ。その結果、前二回を引きついだ今回のポストは、「令和の始まりに考える~」とタイトルを変更している。不格好な話だが、ご寛恕願いたい。

第1回のポストでは米ソ冷戦後の米中関係の推移を振り返り、第2回は米ソ冷戦と今日の米中関係を比較することによって米中関係の特徴を記述した。以上を踏まえ、今回は米中関係の性格をさらに深掘りしてみたい。

緩い対立~熱戦はない

米中関係が緊張の度を増していることは否定できない事実である。だが、それは冷戦期の米ソ関係のような「一触即発」の緊張とは異なる。

1. 米中「熱戦」はない

第一に、米中が軍事的な戦争に至る可能性は、無視してよい。米中開戦が必至、という見方もあるようだが、少なくとも現段階では、それは扇動の類いにすぎない。

冷戦期の米ソは、まさに一触即発の状況にあり、世界中の人々が人類全体を何度も滅ぼす核戦争の恐怖に怯えた。しかし、両超大国の持つ核戦力が対等(パリティ)の状態になって相互核抑止が成立したため、米ソ間で戦争(=熱戦)が起こることはなかった。結果的に「長い平和(Long Peace)」が実現したのである。

翻って米中間の核戦力を見ると、前回見たとおり、米国が中国を圧倒している。米中間には軍事的な意味での相互核抑止は成立していない。だが、米中関係の緊張にもかかわらず、両国間で核戦争が起きるとは考えられていない。核戦力で圧倒的に劣る中国が米国を核で先制攻撃できないことは当然であろう。他方で、優位に立つはずの米国にとっても中国を核攻撃することはリスクが大きすぎる。米国が中国の核戦力を破壊し尽くす前に、中国も米本土に核ミサイルを数発以上射ち込むくらいのことは十分に可能だからである。自国が攻撃された場合は別だが、すべての先進国は、大勢の自国民の命を失うとわかっていて戦争を起こす、ということができない時代になっている。米国とて例外ではない。

中国は負けることがわかっているから核のボタンを最初に押すことができない。米国は勝つとわかっていても予想される中国の反撃によって受ける被害に耐えられないため、核のボタンを最初に押さない。つまり、今日の米中間には、相互核抑止とは別種の相互抑止が成立しているのだ。したがって、米中間で(少なくとも本格的な)戦争が起こるとはことも考えられない。

2. 相手を打倒しようと思っていない

米中が相手に対して感じる脅威のレベルが比較的低いことも、米中が軍事的に戦わないことのもう一つの理由である。

冷戦期の米ソは、それぞれ「民主主義・資本主義」、「共産主義」という異なるイデオロギーを奉じ、それを世界に広げると同時に自らの勢力圏を拡大しようとして相争った。政治イデオロギーに関して言えば、「民主主義」対「共産主義」の対立構図は米中間に今も見られる。しかし、自らの政治イデオロギーを「輸出」しようとか、相手の体制を転覆しようとかいう意図は、双方とも持っていない。その意味で、米ソ冷戦下で厳然と存在したようなイデオロギー対立は、今の米中間には存在しない。当然、米中間の対立は米ソ間の対立よりも「緩い」ものとなる。

なお、経済については、計画経済(国家統制)を残したまま資本主義を取り入れる中国に対し、資本主義の総本山とも言える米国は(特にトランプ政権になってから)重商主義に傾き、こちらも国家の介入色を強めている。米中「貿易戦争」の核心にあるのは、経済イデオロギーの対立ではない。「利益」をめぐる対立だ。

3. ペンス演説

昨年11月4日、マイク・ペンス米副大統領はワシントンにある保守系シンクタンクで政権の対中政策について講演した。中国への敵意をむき出しにした内容だったため、一部では第二の「鉄のカーテン」演説と呼ぶ者もいる。

私はペンス演説に二通りの感想を持った。一つは、副大統領という地位にある者がここまで露骨な表現で中国を罵ったことに対し、ニクソン=キッシンジャー以来の米中接近という大きな流れが転換点を迎えた、というもの。もう一つは、米中対立はやはり米ソ対立とは違うな、という思い。キリスト教福音派らしい宗教的熱狂を帯びた表現を多用しているものの、ペンスの挙げた中国の「罪状」を煎じ詰めれば、「中国が米国を追い上げ、米国の派遣に挑戦している」ということ、つまりは「国力の接近」だ。根本にイデオロギー対立があった米ソ冷戦とはそこが大きく違う。だから、米中対立は米ソ冷戦に比べ、「緩い」のである。

そのうえで言うと、私がペンス演説の中で最も注目したのは、中国が米国世論に対して様々な形で工作を仕掛け、米国民の政権選択をも左右しようとしていると警戒感を露わにしたこと。ロシアがトランプ大統領誕生(=ヒラリー大統領阻止)のために露骨な選挙介入を行ったことには触れないまま、中国が反トランプの工作を行っていると非難するのはご都合主義だと失笑せざるをえない。

しかし、ネットを通じたものであれ、その他諸々の工作によるものであれ、外国が自国にとって都合の悪い政治家を落選させたり、逆に都合のよい政治家を当選させたりするようなことがあれば、それは一種の「間接侵略」である。(私に言わせれば、2016年米大統領選におけるロシアの介入は間接侵略以外の何ものでもない。)真珠湾攻撃や9.11同時多発テロが示すとおり、自国が侵略(攻撃)された時の米国は、徹底的に戦う。2016年大統領選挙時のロシアばりに露骨な形で中国が米国世論への介入を行えば、米中の対立を「緩い」と言い続けられる保証はなくなるだろう。

恒常的な対立

軍事的な直接衝突は起こらないかわりに、米中間では経済的な対立が既に顕在化している。経済や技術面での米中の直接衝突は、今後も終わることなく、ダイレクトな形で続いていく。

1. 貿易摩擦(貿易戦争)

経済摩擦は武力衝突のようなハードな対立ではない。その分、経済における米中「戦争」は恒常的に発生しうる。

米ソ冷戦の時は、武力衝突も貿易戦争もなかった。米ソ間、あるいは東西ブロック間の貿易量は極めて少なかったから、冷戦期にはそもそも米ソの貿易戦争など起きようがなかった。(冷戦期を通じて米国が何度か対ソ穀物輸出を制限したことはある。しかし、影響は限定的で「貿易戦争」と形容すべきものではなかった。)

これに対し、米中間には経済的に深い相互依存関係が存在する。その気になれば、双方がいつでも経済制裁に打って出ることはできる。

ちなみに、経済的な制裁措置には、「買わない」制裁と「売らない」制裁がある。今、トランプが中国に仕掛けている関税引き上げは、「買わない」制裁の一種だ。モノが溢れている状況にあっては「輸出を止める」と脅すよりも「輸入を制限する」と脅す方が有効なことが多い。一方で、2010年の尖閣漁船事件の際に中国がとったレアメタル禁輸は「売らない」制裁の例である。希少な原材料だからこそ、輸出禁止が圧力になると考えられたのである。

これまで長い間、米国を含む各国の政府は貿易をプラスサム(ウィン・ウィン)ゲームと捉えてきた。関税引き上げなどの貿易制限的な措置をとった場合、自国産業にも悪影響が出ることが避けられない。北朝鮮やイランなどに対する戦略的目的を持つものを別にすれば、貿易赤字があるからという理由で大規模な貿易戦争に打って出ることは控える――。1980年代の日米自動車摩擦の時を含め、それが従来の常識だった。

しかし、ドナルド・トランプは違った。トランプは貿易をゼロサム・ゲームと捉え、貿易制限をいとも簡単に発動する。米産業全体では「返り血」を浴びるはずだが、それよりもディール感覚での駆け引きを優先しているように見える。

トランプ政権がこれまで中国に対して仕掛けた関税引き上げは以下のとおり。2018年3月に鉄鋼・アルミニウムの関税を引き上げたのを皮切りに、同年7月にはロボットや工作機械など340億ドル分、8月には半導体や化学品など160億ドル分、9月には家電や家具など2000億ドル分を対象に関税を15%引き上げて25%にする、と発表した。(実施時期にはズレがあり、2000億ドル分の引き上げは今年5月。)さらに、去る5月10日には残りの全輸入品(iPhoneを含む)についても追加関税をかける準備を始めた。これら一連の関税引き上げに対し、中国が毎回、米国からの輸入に対して関税を引き上げるなど、報復措置を講じたことは言うまでもない。

「貿易戦争」を始めたのがトランプであるなら、今後トランプ大統領が任期を終えれば、事態は沈静化するのだろうか? そうはなるまい。

政治的なタブーは一度破られると、タブーでなくなるもの。伝統的に自由貿易の牙城であったはずの共和党は今やこぞってトランプ支持に傾いた。トランプと競う民主党は元々保護主義に親和性が高い。民主党の大統領候補がトランプ流に対抗して自由貿易を打ち出す雰囲気はない。

米中間で過激化する一方の貿易摩擦を鎮静化させる要素があるとすれば、貿易戦争の悪影響が金融市場や景気動向に急激に作用し、トランプの政権運営の足を引っ張るような事態が起きることであろう。後述するように昨年10月から年末にかけてはそうした動きがまさに見られた。

2. 技術覇権戦争

トランプ政権が中国に仕掛けている経済戦争は、単に貿易や関税と言った分野にとどまらない。私は、米中が今後、技術覇権をめぐって繰り広げる抗争こそ、「戦争」という名によりふさわしい、と思っている。

為替レートを購買力平価で計算すれば、超大国である米国はGDPに代表される経済力で中国に既に抜かれ、実勢レートでも抜かれるのは時間の問題。米中の経済ボリュームが逆転すれば、軍事力の面でも米国が中国にキャッチアップされるのは時間の問題である。

そこで米国が重視するのが、技術力で対中優位を堅持することになる。これからの経済覇権は、AIに象徴される情報技術の基準を誰が先に押さえるか、に大きく左右される。軍事面でも、湾岸戦争以降、アフガン戦争やイラク戦争で世界に衝撃を与えた米国の精密誘導兵器は軍事力と情報力の結合にほかならない。この分野においても、中国やロシアのキャッチアップは急だ。5Gを含めた次世代の技術標準で中国――正確には、米国以外のあらゆる国――に先を越されれば、超大国・米国の経済覇権と軍事覇権は本当に危うくなる。この点については、不動産王あがりのトランプよりも、米国の戦略立案者たちの方が危機感は強い。論より証拠、この1年あまりの動きを振り返ってみれば、米国がなりふり構わず、技術開発の面で中国を封じ込めにかかっていることは明らかだ。

2018年4月、米国政府はZTE(中興通訊)に対し、対イラン制裁違反を名目に7年間の米国内販売禁止を命じた。2018年後半になると、米政府が同盟国に対し、HUAWEI(華為技術)の通信機器を使わないよう要請した。同年12月には、HUAWEI創業者の娘(副会長)の孟晩舟が米政府の要請に基づいてカナダで逮捕される。今年5月には、ポンペオ国務長官が英国に対して5G移動通信システムにHUAWEI製品を使用しないよう求めた。もちろん、米国政府が英国以外にも同様の要求をしているであろうことは容易に想像できる。

米国は本気だ。しかし、中国も後に引くことはできない。技術覇権をめぐる米中間の熾烈な抗争は今後も続く、と見ておくほかない。

 米中経済摩擦のコスト(経済的な影響)

米ソ冷戦とは異なり、米中対立の基本構造は、米国と中国の2国間のものだ。しかし、両国の経済摩擦の影響は世界中に及ぶ。米中関係の議論からは少し離れるが、トランプの自国中心主義(アメリカ・ファースト)の矛先は中国だけに向いているわけではない、ということについてもここで触れておく。

1. 国際経済、金融市場への影響

米国による関税引き上げとそれに対する中国の報復合戦が続けば、当然ながら米中の経済や日本を含めた世界経済にマイナスの影響が出ることは避けられない。

問題がそれにとどまれば、ある意味で米中の自業自得。だが、米中は世界第1位と第2位の経済大国であり、両者のGDPを合計すれば世界全体の4割弱を占める。グローバリゼーションが進展した今日、米国や中国と経済相互依存状態にない国は事実上存在しない。米中経済の減速が日本を含めた世界経済の足をも引っ張ることは当然だ。

OECDの見立てでは、5月10日に米国が実施に移した2000億ドル分の追加関税引き上げにより、米国のGDPは約0.4%、中国のGDPは0.6%程度押し下げられるとともに、世界全体のGDPも0.2%ほど低下する。米中が双方からの輸入品全体に追加関税をかけるシナリオでは、最終的なGDPの押し下げ幅は米国=1.1%、中国=1.3%、世界=0.8%に拡大する。

米中の貿易戦争、技術戦争は実体経済に悪影響を及ぼす以上に金融市場を大きく揺さぶる。好調な米企業業績などを反映して米国株式市場は2018年10月に史上最高値を更新していたが、米長期金利の上昇に加え、トランプ政権による対中関税の追加引き上げ方針表明や孟晩舟逮捕などが重なり、年末にかけて株価は大きく下落した。10月3日に26,823ドル(終値)をつけたニューヨーク・ダウは、12月24日に21,792ドルにまで下落。日経平均も10月2日に24,270円だったのが、12月25日には19,155円まで下がった。

株価急落を受けたトランプ政権は中国と協議して合意に至る意思を示し、FRBも利上げ観測を醒ましたため、今年に入って米国株は回復に向かった。それでも先週、米政府が2000億ドル分の対中輸入に対する関税を15%引き上げると発表するや、米国や世界の株価は一斉に下落した。米中貿易・技術戦争がエスカレートして金融市場がさらに動揺すれば、実体経済の被る悪影響が増幅されることは言うまでもない。

2. アメリカ・ファースト

米中冷戦のイメージが強すぎると見過ごされてしまいがちだが、トランプ政権が仕掛ける貿易戦争の標的は中国だけではない。

米ソ冷戦たけなわの頃には、米国にとって不倶戴天の敵であるソ連と対決することが最優先課題だった。米国が西側同盟諸国に対して貿易戦争を大々的に仕掛けることなど、論外であった。(日米繊維摩擦など、限定的な経済摩擦はあった。)

だが今日、トランプにとって大事なものは、外交でも政治でもビジネスでも「勝ち負け」だ。中国に貿易戦争を仕掛けているのも、貿易赤字(=負け)を減らすことが米国の国益だと信じているため。要するに、トランプの貿易戦争の原動力は、アメリカ・ファーストという名の自国中心主義なのである。そう考えれば、トランプの矛先が向かうのは中国だけ、ということにならないのは自明の理だろう。

実際、鉄鋼・アルミの追加関税は中国だけでなく、EU、カナダ、メキシコ、日本なども対象となった。(日本製品は鉄鋼で申請分の4割、アルミで8割が適用除外された模様。なお、中国製アルミも申請分の25%は適用除外されている。)

米国政府はカナダ、メキシコにNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を要求し、2018年11月にUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)を締結。メキシコからは自動車貿易における原産地規則強化や賃金条項の導入、カナダからは乳製品市場へのアクセスや知財保護期間などを獲得した。また、2018年9月には米韓FTAを改訂し、米国によるトラック関税撤廃を20年延期した。日本とはTAGという名の日米FTAの締結に向け、現在交渉中だ。

「アメリカ・ファースト」の最大の焦点となる、自動車関税の引き上げ――1980年代の日米自動車摩擦の時でも具体的な政治課題にはならなかった――に至っては、中国など眼中にはない。その狙いが米自動車産業の保護にあることは言うまでもない。WTOのエコノミストは、米国が外国車の輸入を制限すれば、米中間の貿易摩擦よりも世界経済への影響が大きいと指摘している。

米国が同盟国に対して要求を突き付けているのは、貿易や経済だけに限った話ではない。2018年7月、トランプはNATO首脳会談で他の加盟国に対して、防衛費をすぐさまGDPの2%まで増額し、NATO加盟国が2024年までに達成すべき防衛費の対GDP比率も4%に引き上げるよう求めた。日本は米国からの兵器購入を増額することで当面の矛先をかわしている。だが、現在1%未満にすぎない防衛予算の対GDP比を増やせという要求がいつ来てもおかしくない状況にある。

冷戦期は、ソ連に対抗するために西側ブロックの結束を重視し、盟主であり、超大国である米国が防衛責任の大半を負っていた。米ソ冷戦期以来の「慣行」は、経済分野のみならず、軍事の分野でも当たり前のものではなくなりつつある。

現代貨幣理論(MMT)が日本に逆輸入される日

現代貨幣理論(Modern Monetary Theory, MMT)というものがアメリカで流行しているそうだ。

経済学の徒でない私には、現段階でMMTなるものに確定的な評価をくだす自信がない。しかし、MMTなるものが無視するには大きすぎる政治的なインパクトを持つであろうことは十分に予測できる。本ポストでは、アメリカにおけるMMTの流行が、近い将来、日本の経済・財政政策に影響を与える可能性について考えてみたい。

MMTが日本の経済政策にもたらすものは、チャンスなのか、リスクなのか?

MMTとは何か?

残念ながら、MMTの詳細な解説となると私には荷が重い。ここではMMTの簡単な紹介にとどめるが、ご容赦いただきたい。

政府はどんなに支出を増やしても、お金がなくなったり破産したりすることはない――。このシンプルな考え方がMMTの共通項である。そこから、3月15日付の日経新聞はMMTの主張を「自国通貨建てで政府が借金し物価が安定している限り、財政赤字は問題ない。政府の借金は将来国民に増税して返せばよい。無理に財政赤字を減らし均衡させることにこそ問題がある」とまとめている。厳密に言えば異論もあるかもしれないが、MMTの持つ政治的な意味を考えるうえでは、この程度の理解でも大きな不都合はないだろう。

米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長から、ポール・クルーグマンやラリー・サマーズなどの経済学の大御所たちまで、メイン・ストリームの人たちはMMTを痛烈に批判している。

伝統的な経済学の理論では、財政赤字の膨張を問題視する考え方が強い。20世紀後半の欧米先進国の経験も財政赤字を罪悪視し、「財政健全化こそ正義」という風潮を裏打ちするものだった。

1970年代のイギリスは経済成長の低下を受けて財政赤字が増加、1976年には財政破綻した。その後、サッチャーによる民営化、金融引き締め、財政支出削減等を経て1998年、ブレアの時代に財政黒字に転じた。

ベトナム戦争後の米国も経済の停滞に苦しみ、1980年代には財政赤字と経常赤字の併存(双子の赤字)が問題視された。レーガン政権下では国防予算の増加や大規模減税によって財政赤字が膨らみ、1992年にピークに達する。その後、クリントン政権下で米経済は復活し、1998年には財政黒字を実現した。

ワイマール時代の天文学的インフレを経験し、ヒトラーの台頭を許したドイツもインフレに対して強いアレルギーを持ち、財政規律を人一倍重視する。

要するに、伝統的な経済・財政学者や金融政策の実務に携わってきた人たちの目には、MMTの先に「放漫財政→ハイパー・インフレ→財政破綻」が見えるのだ。今はMMTの広告塔な役割を果たしているステファニー・ケルトン(ニューヨーク州立大学教授)も、長い間異端視されてきたと言う。

しかし、私に言わせれば、伝統的な経済学とMMTの違いは、いわゆる近代経済学とマルクス経済学の違いのような根本的なものではない。

例えば、伝統的な経済学者や金融政策の実務者たちも、経済低迷期における政府の介入(財政出動)が必要であることは明確に認めている。ただし、彼らは財政出動が「大きくなりすぎる」ことを警戒し、財政出動や財政赤字はできるだけ小さくとどめ、できるだけ早く解消した方がよい、と考える。

対するMMTは、財政赤字を恐れるあまり、経済低迷期において財政出動が「小さくなりすぎる」ことにむしろ懸念を抱く。リーマン・ショック後の不況期に各国政府は財政出動や低金利(マイナス金利を含む)政策を展開したが、MMTの信奉者は、その規模や期間が中途半端だったから今日も世界経済は立ち直っていない、と批判するのだ。

ちなみに、MMTも財政赤字を野放図に膨れ上がらせたまま、放置していいとは考えない。十分に大きく、十分に長く財政出動すれば、景気が上向いて税収も増える、というのがMMTの理想像。しかし、財政赤字の増加ペースが物価上昇率を超えたり、完全雇用が実現したりすれば、財政赤字にブレーキをかけなければいけない。ただし、その場合でも政府には増税という最終手段があるから、問題はない、とあくまで楽観的である。

政治から見たMMT

圧倒的な少数派にとどまり、その教義が実行される可能性がほとんどなければ、正統派は異端を本気で批判しない。伝統的な経済学者や金融政策の実務者たちがMMTを声高に批判し始めたのは、近年、アメリカ政治の一部、特に民主党左派にMMTと組む動きが見られるためである。

代表格が前述のケルトンだ。前回の大統領予備選でヒラリー・クリントンと最後まで民主党候補の座を争ったバーニー・サンダースの経済顧問を務めた。もしもサンダース大統領が誕生していれば、ケルトンが経済政策の司令塔となり、MMT流の経済・財政政策が採用されていた可能性があったということだ。

民主党の左派の政治家で最近売り出し中なのが、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス。プエルトルコ移民を母に持ち、昨年11月に28歳で史上最年少の下院議員となった。彼女も財政赤字の拡大を容認するMMTに秋波を送っている。オカシオ=コルテスは、政策面ではグリーン・ニューディールを主張し、10年以内にエネルギーを100%再生可能由来のものにするほか、4兆6千億ドル(約500兆円!)のインフラ投資を行うのだとか。財源として炭素税や高所得者への増税を訴えるが、それだけでは足りない。MMTに関心を寄せるのも自然な流れと言える。

サンダースを含め、民主党の左派は政府が保険料を徴収して医療費の全額を払う単一支払者制度(single payer health care)の導入を主張している。必要な財源は年間、150兆円とも300兆円以上とも言われる。彼らの間でもMMTへの「期待」は大きい。

だが、財政赤字に寛容なのは民主党左派ばかりではない。実際のところ、「共和党=小さな政府」というのは財政の観点では既に死語となっている。

トランプ政権の下、10年間で1.5兆ドル(約160兆円)の減税、国防費やインフラ投資の増額などが行われた結果、連邦政府の債務残高は22兆ドル(約2400兆円)を突破して過去最高となった。トランプが政治的にMMT支持を口にするかどうかを別にすれば、トランプが財政赤字に無頓着な大統領であることは明らかだ。

トランプの説明によれば、今は財政赤字が積み増されても、将来経済成長によって税収が増えるから問題は起きない。まるでMMTの論者の話を聞いているようだ。もちろん、トランプは将来増税に訴えなければならない可能性など、おくびにも出さない。トランプは学者ではないから理論を証明する必要はない。仮に将来増税するとしても、その時の大統領が自分でなければ別に構わない、と言ったところだろう。

日本への影響

面白いことに、MMTの論者たちはその理論が正しい「証拠」として日本のアベノミクスを挙げることが多い。

日本政府の債務残高の対GDP比は2009年から200%に乗り、2018年度は236%程度。しかも、安倍内閣(正確には野田政権末期)以降、日銀による国債買い入れを含めた「異次元の金融緩和」を続けている。にもかかわらず、インフレは起きていない。黒田日銀が目標としていた2%のインフレ目標など夢のまた夢だ。

同様に、欧州の量的金融緩和やマイナス金利も、伝統的な経済理論が指摘したような問題を顕在化させていない。であれば、米政府の債務残高の対GDP比が2011年から100%台に乗り、今も上昇傾向にあるからと言っても、どうってことはない(=財政赤字はもっと増やせる)ということになる。

大規模な金融緩和と財政出動のセットであるアベノミクスの下でインフレが起きない(起きてくれない)理由はきちんと解明されていない。人口減少のトラップによるという説などいくつもの説明が試みられてはいるものの、決定版はない。だから、MMTのように「そもそも、財政赤字を拡張しても問題は起きない」という説が受け入れられる素地があるのだ。

いずれにせよ、アベノミクスはMMTが流行する前に登場している。その意味では、日本の経済政策であるアベノミクスがMMTに影響を与えていることはあっても、その逆はない――。これまでは、そう思ってよかった。しかし、将来もそうであり続ける保証はない。

アメリカの例を見るまでもなく、MMTは政治との親和性が高い。それはそうだろう。政治は有権者の歓心を買いたいからバラマキに走りがち。だが、高度成長が終わった先進国では財源が制約になる。MMTはその縛りから政治を解き放つ。

まずは米国同様、民主党崩れのリベラル陣営がMMTを援用する可能性がある。旧民主党やその末裔政党はリベラルのくせに財政健全化にこだわりを見せる不思議な政党だ。思えば民主党政権は、財源にこだわる一方で既存の事業をやめる決断もできなかったため、マニフェスト公約である子ども手当の実現や高速道路の無料化を断念、嘘つきと批判された。(東日本大震災があったことは考慮すべきだが、それがなくても主要な選挙公約を実現できていなかったことは間違いない。)下野後の民主党及びその後継政党は、財源の呪縛ゆえに新たな目玉政策――憲法改正とかでなければ、大概はカネがかかるものだ――を提案することができないままの状況で今日に至っている。

立憲民主党や国民民主党は社会保障や教育、子育てで大きな政府を志向しているが、財源がネックになっている。そのくせ、消費税の引き上げには反対しているから、八方ふさがりだ。MMTを採用すれば、景気対策を含め、国民に様々な夢を売ることができるようになる。国民民主党代表の玉木雄一郎はコドモノミクスと称して「第三子を生めば一千万配り、財源は『子ども国債』を発行する」と言っていた。いつMMTになびいても不思議ではないだろう。しかも、一昨年の分裂騒動以来、野田佳彦や岡田克也といった財政健全化派の影響力は無残に落ちた。立憲民主や国民民主の政治家に少し目端の利く連中がいれば、MMTに注目しないはずはない、と思う。

一方で、元来がバラマキ政党の自民党も、上げ潮派に限らず、MMTに魅力を感じるはずである。

と言うのも、アベノミクスは「第二の矢」として財政出動を放ち、確かに財政拡張的な政策ではあるが、財務省がまだ頑張ってきた結果、一定の節度を保っているからである。2019年度の公債発行額は32.7兆円と2012年度に比べて14.8兆円も少ない。税収が同期間で18.6兆円も増えたからこそできる業だが、リフレ派からすれば、もっと公債発行すればいいのに・・・、ということになる。

今年10月に消費税が上がり、来年夏には東京オリンピックも閉幕。消費税引き上げ対策も大半はその頃までに終わる。自民党政権が続いても、今後の日本経済は良くて横ばい、悪ければ減速の可能性が高い。加えて、米国からは駐留米軍経費の負担や防衛費を増額しろという圧力が高まるかもしれない。近年の災害多発を考えれば、土木事業も一概には否定できない。

安倍政権がこれまで圧倒的に強かったのは、政権交代で日本経済がよくなったという半ば真実プラス半ば錯覚のおかげ。国民が夢から醒めたら、盤石に見える自民党政権もあっという間に危うくなる。安倍だろうとその後継首相であろうと、より強力な財政投入の誘惑にかられるであろうことは疑いがない。それを正当化するのに、MMTは絶好の理論だ。かつて安倍が浜田宏一エール大学名誉教授の名前を出してアベノミクスを権威付けしようとしていたのを思い出す。

 

MMTを実践(=実験)するのは、アメリカなのか、日本なのか? はたまた別の国なのか?

MMTが正しければ、答が何であろうが問題はない・・・はずである。財政赤字を積み増しても、経済が上向いて税収が増えればハッピーエンドとなる。だが、財政赤字を積み増しても経済が上向かない時には、「MMTが言うような形で実験を継続できるか否か?」という別の問題が出てくる。MMTが想定する安全弁は、政府による増税である。しかし、現実の政治は増税を求められた瞬間にMMTとの親和性を断ち切るかもしれない。

他方で、MMTが間違っていれば、伝統的な経済学者や金融実務者が主張するようにハイパー・インフレが起きて経済は破綻することに(おそらく)なる。

いずれにしても、MMTの採用は相当にリスクの高い実験となる。常識的に考えれば、実験を行う最初の国にはなりたくない。だが、「失われた10年」が20年になり、30年になりそうな日本には、その素地がありそうに思える。我々はMMTの誘惑に耐えられるだろうか?

 

24時間営業は「錦の御旗」なのか?――セブンイレブンへの疑問

セブンイレブン本部とフランチャイズ加盟店オーナーが深夜営業をめぐって激しく対立し、ニュースになっている。セブンイレブンのフランチャイズ契約は加盟店による24時間営業を明記していると言う。ところが、東大阪市にある加盟店のオーナーは人手不足や過酷な労働条件を理由に深夜営業を(本部の了解なく)とりやめた。これに対し、セブンイレブン本部は契約の解除や1700万円にのぼる違約金の請求をちらつかせ、対立が激化している――。報道によれば、これが「事件」の大筋のようだ。

当初、この「事件」について正確な情報を持たない私がしたり顔でコメントすることは控えるべきだと思っていた。だが、2月20日にセブンイレブン・ジャパンのホームページに掲載された「弊社加盟店の営業時間短縮に関する報道について」という、木で鼻を括ったような声明文を読んで気が変わった。東大阪の「事件」でどちらかの肩を持つつもりは今もない。だが、この「事件」は両者の争いを超えて日本のコンビニ業界のビジネス・モデル、ひいては企業の社会貢献のあり方について根源的な問いかけを突きつけているように思えてきた。この予感が正しければ、私なりの考えを述べることも無意味ではないだろう。

セブンイレブンの声明文

セブンイレブン本社の声明は、「弊社加盟店における営業時間短縮の報道におきましてお騒がせしており誠に申し訳ございません」で始まる。この手のお詫び文の定型だとは言え、わかっていないなあ、というのが最初の感想。今回の件でセブンイレブンに対して不快感を抱いた一般人は、東大阪の件が表に出なければよかった、などとは全然思っていない。むしろ、逆だ。この件が表沙汰になり、騒ぎになったことを一番苦々しく思っているのは、セブン本部の面々じやないのか。あなたたちからこんなことを言われても、苦笑するしかないですよ。

次に「へっ?」と思ったのは、セブンイレブンが声明の中で、コンビニエンスストアの果たす「社会インフラとしての役割」を強調し、24時間営業を継続する決意を明らかにしていること。行間から「正義は我にあり」というセブンの鼻息の荒さ、加盟店を見下した「上から目線」が露骨に伝わってくる。

それはさておくとして、こんなに簡単に24時間営業の継続を打ち出してよかったのか? 今回の件を受け、セブンイレブン本部内では現在及び将来の24時間営業のあり方について徹底的な議論は行われたのだろうか? 大企業によくあることだが、官僚体質に陥った組織が惰性で24時間営業の継続を打ち出したように見えて仕方がない。

セブンイレブン本部側の対応~4つの選択肢

今回の「事件」が報じられたとき、大別して次のような決着が考えられるだろうと素人なりに考えた。

    1. 加盟店側がフランチャイズ契約に規定された24時間営業の義務に違反したことを理由にセブン本部がフランチャイズ契約を解除し、加盟店に対して違約金を請求する。加盟店側が泣き寝入りすれば、それで終わり。加盟店が争うことを選べば、違約金が減額される等の条件で和解に至る可能性もある。
    2. セブン本部は応援要員の派遣など相当な援助を行い、加盟店はそれを受け入れて24時間営業を再開する。
    3. セブン本部はこの加盟店に対し、特例的に24時間営業の義務をはずす。加盟店は本部から受け取る手数料等の減額等、ペナルティを受ける一方で深夜営業を免除される。
    4. セブン本部は、全加盟店とのフランチャイズ契約を見直し、24時間営業の義務付けについて柔軟性を持った対応ができるようにする。

「事件」が表沙汰になっていなければ、セブン本部は選択肢①を選んでいた可能性が最も高い。しかし、「事件」が世間の注目を大きく浴びた時から、セブン本部は、裁判に勝とうが負けようが、ブランド・イメージの毀損など、加盟店との関係で発生するのとは別種の損失を気にしなければならなくなった。その結果、セブン本部が選択肢①をすぐに選ぶ可能性は低下したと思われる。

セブン本社がHP上に掲載した声明を読む限り、セブン側は選択肢②の線で着地させたい意向のように見える。だが、仮に加盟店側が選択肢②に同意して当座の解決が図られたとしても、それが持続可能なのか、という問題は残る。夜間の人手不足は簡単には解消しないため、加盟店側にしてみれば、綱渡り状態が続く。セブン本部の側も、本部からの人員派遣を永久に続けられるわけではなかろう。何よりも、他の加盟店から同様の声が出てくれば、そのすべてに本部が応援を出すことはできないはずだ。

セブン本部にとっては、選択肢③にも同様の問題がある。東大阪の加盟店だけ特別扱い、という取り決めを仮に結んだとしても、ここまで騒ぎになった以上、それを秘密にしておくことは到底できない。他の加盟店からも同様の要求が噴出することは火を見るよりも明らかだ。東大阪のように表沙汰になれば要求が通るのか、と加盟店のオーナーたちが思えば、「炎上」が頻発することも十分にありえる。そうなればセブンイレブンのさらなるイメージダウンは避けられない。

では、選択肢④はどうなのか? 加盟店側の中には、「24時間営業をやめられるのなら、売上や利益が減っても構わない」と考えるオーナーが少なくないようである。だが、この選択肢を選べば、セブン本部の受け取るロイヤリティは減り、減収減益要因になる。24時間営業というセブンイレブンの金看板も形骸化しかねない。セブンイレブン側から見れば、悪夢のような選択肢に映っていても不思議ではない。

当事者の一方であるセブンイレブンの組織内部からは、利益を重視する企業の論理はもちろん、社内的な上下関係を含めた様々なしがらみがあるため、事態を客観的に捉えることはむずかしいと思う。だが、部外者の目で外から俯瞰してみれば、流れはもうはっきりしている。

目先の利益や「24時間営業=社会インフラ」という企業理念にこだわり、選択肢①に打って出れば、件の加盟店オーナーに勝って(満額かどうかはともかく)違約金を勝ち取ることは可能かもしれない。だがその結果、消費者の心はセブンイレブンから離れ、結局は衰退への最短コースとなるだろう。選択肢②、選択肢③は所詮、一時しのぎにすぎない。好むと好まざるとにかかわらず、セブン本部は選択肢④の方向に進まざるをえなくなると思う。

24時間営業を残したければ、24時間営業を捨てる発想が必要

24時間営業は消費者にとって確かに便利だ。他業態の店で買うより高くてもコンビニで買い物をする人が多いのも頷ける。防犯を含め、コンビニが24時間営業を通して地域社会で貴重な社会的役割を果たしていることにも、素直に感謝したい。コンビニが掲げる24時間営業は、単なるビジネス・モデルを超え、「民間企業による社会インフラの提供」というソーシャル・モデルとしても広く日本社会で受け入れられている。

しかし、便益の裏には必ずコストがある。コストが受容可能でなければ、事業は持続できない。便利だから、というだけで議論すれば、JRも私鉄も地下鉄も24時間、田舎であっても車両を走らせ続けた方がよい、ということになる。もちろん、コストを考えれば、これが釣合いのとれない暴論であることは言うまでもない。

これに対し、「コンビニの場合は24時間営業しても(24時間営業した方が)儲かるので、コストは受容可能と考えられるのではないか?」という議論もありえる。事実、従来はそう考えられてきたのだと思う。でも、時代の推移とともにコンビニを取り巻く環境は大きく変わり、その議論は成り立ちにくくなっている。

セブンイレブンが24時間営業の第1号店を出したのは1975年のことだ。当時、日本の人口は増え続けると誰もが思っていた。「働くことは美徳」「モーレツ社員」という言葉が幅をきかせ、時間外残業も当たり前だった。今日、日本全国には5万7千店を超えるコンビニがひしめき合っている。少子高齢化と人口減少が進み、世は人手不足の時代となった。その深刻さは、移民嫌いの自民党・安倍政権が外国人労働者という名前で実質移民の受け入れを決めたほど。働き方改革とやらのおかげで、長時間労働はタブー視されている。

こうした状況のもと、深夜営業を維持するための人手を確保できなくなっているのは、東大阪のあの加盟店だけではない。24時間営業を行うために必要なコストが受容限度を超えた、と考える加盟店は確実に増加したし、今後も増加する一方であろう。

セブンイレブン本部の方は、フランチャイズ契約のおかげで現場の人手不足に直接悩まされることはない。人手というコストを加盟店に全部押し付ける、というビジネス・モデルは、実によくできた「儲けの方程式」だ。しかし、その方程式は、加盟店側が24時間営業のコストを黙って吸収してくれてはじめて機能する。コスト負担に耐えられず、叫び声をあげる加盟店が増えれば、世の中の批判の目は、加盟店オーナーの奴隷的な労働に依存して24時間営業を続けようとするセブン本部に向かうこととなろう。

セブンイレブンは24時間営業を全面的に放棄すべきだ、と言うつもりはまったくない。だが、原則すべての加盟店に24時間営業を義務付けたまま、2万店を超える店舗網を維持・拡大しようとしても、もう限界に近づいている。

店舗数が2万もあれば、加盟店の体力は当然、それぞれに異なっている。人件費をしっかり払って人手を集め、立地条件も良く十分に儲かっている強い店もあれば、それができない弱い店もある。そこでセブンは次のような選択を迫られることになるだろう。

24時間営業を従来通り、絶対的な善として推進したいのであれば、今後もフランチャイズ契約の中で24時間営業を義務付ける一方、加盟店の数は縮小を覚悟する。あるいは、加盟店の拡大路線を維持する一方、本部に収めるロイヤリティに格差をつけるなどの条件をつけ、24時間営業するかしないかの選択権を加盟店に与える。(※ 昨日のニュースによれば、コンビニ加盟店ユニオンがセブンイレブンに対し、営業時間の短縮などについて団体交渉に応じるよう求めたという。)

いずれにせよ、セブン本部の儲けは減る。しかし、24時間営業を見直すことによってコンビニというビジネスがより持続可能になる、と考えれば、見直しはセブンの経営にとって悪いこととばかりは言いきれない。

 

 

街が眠ることのない都会はもちろん、過疎化の進む田舎でも、コンビニの24時間営業はとても便利だ。最初にコンビニの24時間営業が最寄りの駅の近くにできたとき、「ありがたい」と思うと同時に、「よくできるもんだなぁ」と感心したもの。それがいつしか、「コンビニが24時間営業するのは当たり前」という感覚になってしまった。

今後、コンビニの24時間営業が見直されることになれば、我々は今よりも不便を感じるようになる。だが、加盟店オーナーに理不尽かつ持続不可能な労働条件を強いることで得られる限界的な便利さなど、捨てればよい。そう割り切れなければ、我々も今のセブンイレブン本部と同じ穴の狢、ということだ。

 

民主党政権の悪夢とは何だったのか?

2月10日に自民党大会が開催された。挨拶に立った安倍晋三総理は、2006年の第一次安倍政権時に参議院選で負けたことに触れ、「わが党の敗北で政治は安定を失い、悪夢のような民主党政権が誕生した。あの時代に戻すわけにはいかない」と強調した。これに対して枝野幸男(菅内閣の官房長官)、岡田克也(鳩山内閣の外相、野田内閣の副総理)、原口一博(鳩山内閣の総務相)などが反発したのをマスコミが面白おかしく報道している。

安倍が民主党政権の悪口を言うのは、政権運営に行き詰まった時か、解散を含めて選挙を意識している時だ。今回がどちらなのか、私は知らないし、興味もない。いずれにせよ、前政権の悪口を言い、「それよりは今の方がマシだな」と思わせることによって自らの求心力を高めようとする安倍の根性は実に情けない。だが、安倍のさもしい手法がこれまで何度も功を奏してきたこともまた、情けない事実である。

奇しくも今年は民主党鳩山政権の誕生から10年が経つ、節目の年。驕れる安倍と民主党残党の面々の泥仕合はどうでもいいが、安倍が口にした「民主党政権の悪夢」とは何だったのか、真正面から総括してみるべきである。戦後はじめての選挙を通じた本格的政権交代の挫折を理解することは今後の日本政治の未来を考えるうえで必ず役に立つ。

安倍晋三は民主党政権の3年3ヶ月の失敗を踏み台にして政権に返り咲き、すべてではないにせよ、相当程度は「民主党政権よりもマシ」という理由のおかげで稀に見る長期政権を担うことになった。民主党政権の悪夢について考えることは、安倍内閣の性格を考えるためのヒントにもなるだろう。

ただし、民主党政権のすべてを総括しようと思えば、本が一冊書けるくらいの量になる。今回は私の頭にさっと浮かんだことだけにとどめさせてもらいたい。

 

【経済】

今回、安倍は主に経済の文脈で民主党政権の負のイメージを強調した。しかし、最も代表的な経済指標である実質GDPを見る限り、民主党政権時代がどうしようもない暗黒時代だったと断じるのはどうにも無理がある。(もちろん、経済の評価は指標によってマチマチである。民主党政権時代の経済がバラ色だったと言うつもりは毛頭ない。)

<日本の経済成長率(実質GDP伸び率、2006年~2018年)>

06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18
1.4% 1.7% -1.1% -5.4% 4.2% -0.1% 1.5% 2.0% 0.4% 1.2% 0.6% 1.9% 0.7%

上記の表は、第一次安倍政権(2006年9月-2007年9月)以降の日本の実質GDP成長率を並べたものだ。

民主党政権は2009年9月に発足し、2012年12月に終焉を迎えた。2010年はリーマン・ショック後のリバウンドもあって経済成長率は期間で最高の伸び。2011年はマイナス成長だが、東日本大震災があったことを考えればこれは仕方がない。2012年もプラスだから実質GDPという指標を通してみると民主党政権時代は悪夢というほどではない。

どうしても悪夢と呼びたいのなら、安倍はリーマン・ショック後の麻生政権(2008年9月-2009年9月)を名指しすべきだ。世間がもてはやすアベノミクスにしても、第二次安倍政権になってからの実質経済成長率は1%未満が3年ある。見方によっては「民主党以下」と言えなくもない。

安倍が民主党政権時代と比べて最もよくなったと自慢する数字の一つが有効求人倍率。確かに、2018年の1.61倍という数字は史上最高であり、民主党政権時代(2009年の0.45倍、2010年の0.56倍、2011年の0.68倍、2012年の0.82倍)を遥かに凌駕する。ただし、2009年の数字は大部分、麻生政権の責に帰せられるべきもの。2011年以降の数字は東日本大震災の影響も当然考慮しなければならない。

もっと遡れば、小渕恵三内閣や森喜朗内閣の頃、日本の有効求人倍率は0.49倍、0.56倍という低い数字だった。安倍に公平を期すつもりがあるなら、自民党政権にも暗黒時代があったと認めなければならない。そもそも、有効求人倍率という統計そのものがハローワークを通じたものに限定されており、近年は高めに出る構造になっているのだが・・・。

民主党政権時代と安倍時代、経済の面で最も違っているのは、国民や経営者の「気分」であろう。「アベノミクス」「異次元の金融緩和」など、安倍は経済を拡大するイメージの言葉を繰り返し使う。有効求人倍率という信憑性の疑わしい数字を振りかざして鬼の首でも獲ったかのごとく振舞えるのも安倍の才能と言える。一方、民主党政権時代は、東日本大震災があったのみならず、消費税引き上げ、財政健全化(事業仕分けによる財源探し)、公務員人件費引き下げなど、経済縮小・アンチビジネス的なイメージがつきまとった。国民は経済指標以上に重苦しい気分に浸っていたと思う。そこにつけいる隙があり、安倍は見事にそれを突いた。政治屋としてしたたかであることは認めざるをえない。

 

【外交安全保障】

民主党政権時代の悪夢と言えば、誰もが最初に思い浮かべるのが鳩山内閣における普天間代替施設問題の迷走だろう。これを「愚かな鳩山の失敗」と位置付けるのは問題の矮小化につながる。困難な政治課題に取り組む上で必要となる戦略的思考、閣内・党内・連立内におけるガバナンス、官僚を使う能力など、政権運営に持っていなければならないものを民主党政権は最後まで持つことがなかった。(野田を評価する人に時々出くわすのは、私に言わせれば、前任者の二人があまりにひどかったからだ。)

ここでは業績評価として民主党政権の外交安全保障を振り返り、安倍政権と対比してみる。

① 対米関係

普天間代替施設をめぐる鳩山内閣の対応を受け、民主党政権の発足直後から日米関係は悪化した。そもそも、民主党マニフェストの対米政策には、米地位協定の改定、普天間基地の辺野古移設見直し(「最低でも県外」)、駐留米軍経費の削減、という米国が嫌う項目が目白押しだった。米国の警戒感がなくなることは最後までなかった。民主党政権時代は、中国の「平和的」とは言えない台頭や北朝鮮の執拗な挑発がはっきりと認識されるようになった時代でもあった。そのような状況下で日米同盟に揺らぎが生じたことに対し、国民の多く、特に保守層は不安感を募らせた。

一方、安倍政権下での日米関係は(表面的には)元の鞘に収まった。オバマ政権は「戦後レジームの解体」を唱える安倍政権の右翼的体質を懸念しつつ、安定した親米政権の誕生を歓迎した。(ただし、安倍の実像はナショナリストであり、決して親米家ではない。)トランプ大統領が誕生すると、安倍はトランプの歓心を買うことに腐心してきた。その効果かどうかはわからないが、日本はこれまでトランプ流の主たる標的となることは免れている。だが、トランプ自身の考えは「日米同盟・ファースト」ではなく、あくまで「アメリカ・ファースト」だ。日本が米国にすり寄れば米国が日本の便宜を図ってくれる、という時代に戻ることはもうない。

② 対中関係

2010年9月、菅内閣の時に起きた尖閣漁船事件で中国は民主党政権を敵視するに至った。2010年には中国のGDPが日本のそれを抜いたが、この頃から中国の外交姿勢がもはや「平和的台頭」と呼べない、という警戒感が日本でも急速に高まった。2012年9月、野田内閣が尖閣諸島を国有化すると、再び日中関係は緊張した。野田が国有化を決断したのは、石原都知事(当時)による尖閣購入が日中間に不測の事態を引き起こすことを懸念したためであった。しかし、中国はそうは受け取らなかった。

安倍政権下における日中関係は民主党政権下における日中関係よりもさらに悪化した。中国側は安倍の歴史認識を問題視し、安倍も中国に対する敵愾心を露わにしている。今や、日中関係を友好の時代に戻そうとは両国とも思っていない。ただし、日中双方ともに緊張が一線を越えることには慎重な様子だ。トランプ政権が誕生して米中関係が緊張すると、中国は日本との間で余計な摩擦が起きるのを避けたがるようになった。今日の日中関係は低位で安定した状態と言うこともできる。

③ 対韓関係

鳩山・菅内閣の時代、日韓関係は(良くもなかったが)決して悪くなかった。野田内閣の時代、李明博大統領は慰安婦問題を蒸し返すようになる。2012年8月に李が竹島上陸を強行すると、日韓関係は決定的に冷え込んだ。

歴史問題で極めて強硬な安倍内閣の下、日韓関係は基本的には悪化の一途をたどった。決着したはずの慰安婦合意も韓国から反故にされてしまう。最近は徴用工問題等で日韓が非難を応酬するようになり、日韓関係は戦後最悪と言っても過言でない状態にある。

④ ナショナリズムの充足

政権獲得前、小沢一郎や鳩山は対米自立論を説いていた。国民の中には、その素朴なナショナリズムに期待した者も少なくなかった。しかし、鳩山は普天間移設問題で躓き、最終的にはオバマに膝をついて許しを請う形となり、期待は失望と屈辱に変わった。問題の過程で日米関係は悪化した。日米関係の安定を願う伝統的な保守層の期待はここでも裏切られた。鳩山の失敗を目の当たりにし、菅と野田は対米自立を主張するのを止めた。一方で、菅政権による尖閣漁船事件への対処は国民の目に弱腰と映った。2010年11月にロシアのメドベージェフ大統領が国後島を訪問したことも政権に対する国民の怒りを招く。野田内閣でも李明博の竹島上陸や天皇批判などを受け、国民は民主党政権への不満を募らせた。

安倍内閣になってからも、中国、韓国の問題行動は一向に収まらず、むしろ激越になった部分も少なくない。ロシアも北方領土の軍事化を進めるなど、日本が「コケにされる」事態は民主党政権時代以上に起きている。しかし、安倍はタカ派のイメージがあるせいか、特に中韓に対しては「弱腰」とみなされることがほとんどない。米国に対しても安倍政権はご機嫌取りに精を出す姿勢が目立つ。最近、安倍総理がノーベル平和賞にトランプを推薦したというブラック・ジョークのようなことも明らかになった。だが、国民はそれを屈辱的と見做して大きな不満を抱くより、民主党政権時代に顕在化した日米同盟の動揺よりはマシ、と受け止めているように見える。

⑤ 安全保障構想

民主党政権下では菅内閣の2010年12月、防衛大綱を見直して「機動的防衛力」構想を策定した。米ソ冷戦期に策定された「基盤的防衛力」構想は、我が国が一定の防衛力を保有することによって力の空白を作らず、ソ連を抑止するという考え方に基づいていた。これに対し、武器の「保有」から「運用」重視への転換、「南西重視」などの新機軸を打ち出したのが「機動的防衛力」構想である。安全保障筋の玄人の間では概して評価が高い。

安倍内閣の下でも、2013年と2018年の二度、防衛大綱が見直された。2013年は「統合機動防衛力」構想を打ち出したが、前回の見直しからわずか3年しか経っておらず、安倍が民主党政権時代の大綱や用語を使うことを嫌ったため、というのが実態である。昨年末に打ち出した「多次元統合防衛力」も、宇宙やサイバーを従来よりも強調しているが基本線は2010年の大綱(22大綱)を踏襲している。安倍政権が発足すると、尖閣情勢を睨んだ巡視船や潜水艦の増強、武器輸出三原則の見直しなどが進んだ。ただし、これらに着手したのは民主党政権であるという事実は忘れ去られている。

⑥ 外交案件の対処における「しくじり」

民主党政権下では外交安全保障に関する事件が相次いで起き、政治的な焦点課題――平たく言えば「揉め事」――に発展した。典型例は言うまでもなく、民主党政権が発足した直後に起きた普天間問題だ。一国の総理大臣が普天間飛行場の移設先を沖縄県外に見つけると断言したものの、半年後には辺野古移設に回帰。鳩山は国民の支持を失って辞任を余儀なくされた。

菅内閣も発足直後、中国漁船による領海侵犯と海保に対する公務執行妨害に見舞われた。中国人船長を逮捕して拘留を重ねたが、中国側の予想以上の反発にひるみ、突然、船長を釈放して国民から総スカンを食った。

外交案件ではないが、東日本大地震に伴う福島原子力事故のハンドリングも民主党政権の失敗と認識している国民が少なくない。私に言わせれば、福島原発は文字通り「未曾有」の大事故であり、誰が政権にあっても無難に対処することなど不可能だったと思う。

いずれにせよ、民主党政権には重大な事件・事故に対応する能力がない、と国民に信じさせるのに十分な出来事が繰り返し起きた。政権のイメージは、政策の方向性以前の問題として、統治能力に大きく左右される。それが最も如実に表れるのは外交的な事件のハンドリングにおいてだ。一事が万事、という諺があるが、民主党政権は最初の一年間に起きた大事件で続けざまに大失敗した。運がなかった面もあるにせよ、統治能力に致命的な問題があったことは否定できない。

一方、安倍政権には外交安全保障に関わる案件で民主党政権の失敗に比肩すべき事例が見当たらない。辺野古については、沖縄県民の反対を押し切って工事を進めるという意味で(良い悪いの評価は別に)目に見える結果を出している。国論を二分した安保法制も(滅茶苦茶な憲法解釈ではあっても)なんとか成立に漕ぎつけた。

 

【政治とカネ(スキャンダル)】

民主党は自民党政権下の腐敗を批判し、自らはクリーンな政党で売っていた。ところが、民主党政権が誕生する頃から、党の顔とも言える人たちが「政治とカネ」で批判を浴びる事態を招く。

小沢一郎は資金管理団体による土地取引をめぐって元秘書が逮捕・起訴され、政権交代の直前に党代表を辞した。政権発足後も党幹事長の裁判は続いた。

鳩山の「子ども手当」問題もひどかった。母親から総額11億円以上の資金援助を受けながら、政治資金収支報告書に記載せず、現職の総理が脱税を認めざるをえなくなるというスキャンダルだった。

菅直人(発覚当時は総理)と前原誠司(同じく外相)の二人は、在日韓国人からの違法献金問題を追及された。前原は外務大臣をあっさり辞めた。(この人はいつも潔い=もろい。)

安倍と自民党が政権に復帰した後も、政治とカネを含め、不祥事には事欠かない。安倍自身も森友・加計問題で何年も追求を受けてきた。しかし、決定的にクロという物証は得られず、致命傷とはなっていない。では、政治とカネの問題で民主党政権時代を悪夢と呼ぶ資格が安倍政権にあるのか? それは無理というものだ。

 

【内閣と党のガバナンス】

国民の政権与党に対する不信――。この点では安倍政権の圧勝、民主党政権の自爆と言ってよい。

初めての政権交代、ということもあったのだろうが、鳩山内閣と菅内閣ではこれでもかと言わんばかりに大物が入閣した。しかも、彼らの多くは内閣総理大臣の発言に公式の場で異を唱えることが少なくなかった。野田内閣で大物の入閣は減ったが、尖閣国有化の際には外務副大臣の山口壮(今は自民党にいる!)が官邸や外務大臣の方針に盾ついて中国に行ったりした。

そして極めつけは、大量の離党だ。菅・仙谷・野田らの主流派と小沢グループの対立は激化する一方で、2011年末には9名の国会議員が離党。消費税法案の採決では鳩山・小沢ら57名が反対するなど72名の造反者を出した。続いて小沢を筆頭に37名の議員が離党(除籍処分)した。その後も松野順久など、離党は野田内閣が終焉するまで収まらなかった。

安倍政権は「安倍一強」と言われる。大物と言われる閣僚は副総理・財務大臣の麻生太郎と官房長官の菅義偉くらいのもの。安倍に批判的な発言をすればすぐに飛ばされる。安倍に反抗しようとしたのは石破茂くらいだが、ものの見事に封じ込められた。小泉進次郎の自民党批判も安倍の逆鱗に触れない範囲でしかない。

党内民主主義の観点からどうか、という意見はあるだろうが、民主党政権時代の内輪もめと分裂に比べればずっとマシ、というのは国民の偽らざる感想であろう。民主党政権時代の国民そっちのけの党内抗争は、それくらいひどかった。

 

もうこれくらいにしようか。民主党政権時代の悪い思い出をちょっと振り返ってみるつもりが、結構な分量になってしまった。

安倍は「悪夢のような民主党政権」と呼んだ。では、「安倍政権はどれだけ立派なのか?」と冷静に振り返ると、安倍政権もそんなに大した政権ではない。しかし、政治とはある面、国民の心をどう支配するかのゲームだ。今回も自らの発言がメディアで大々的に取り上げられる一方で、民主党政権の末裔たちの反論は「負け犬の遠吠え」にしか聞こえない。安倍が「してやったり」とほくそ笑んでいるのが目に浮かぶ。

給料をあげられない会社は潰れた方がいい

先日、朝のNHKニュースを見ていたら、アナウンサーが「企業の後継者不足が深刻化していますが、いよいよ、地方の中小企業でも経営者を外国に求める動きが出てきました」と述べて特集が始まった。ある企業経営者の弁によれば、日本国内で後継者を求めて募集をかけたところ、面接に来た応募者は有給(休暇)の数や待遇面ばかり気にかけ、本気で経営に意欲を持つ人材は集まらなかったという。そこで、ベトナムまで出かけて幹部候補の採用面接会に参加した、というストーリーであった。

ふーん、と思って見ていたが、この経営者の言葉に日本の国力が衰退していく根源的な理由を垣間見た思いがした。職を選ぶのに給与水準、休暇、福利厚生のことを聞いて何が悪いと言うのか? 給料をあげない、あげられない。だから日本人を雇えない。人手不足の最大の責任はそんな企業の側にこそある。私はそう思う。

人手不足対策を外国人労働者に頼る論理の根幹にあるのは「低賃金の維持」

先般、外国人労働者受け入れという名目で事実上の移民解禁に踏み切った日本。それを正当化する最大の理由は人手不足であった。ロジックはこうだ。先進国である日本で働く労働者の給与水準は高く、労働条件にうるさくなった。肉体労働系の仕事など、女性、高齢者、若者が敬遠する職種も少なくない。一方、ベトナムなど外国人の労働者は、安い給料、少ない休暇でも文句なく働き、危険な仕事に就くことも厭わない――。しかし、そのロジックには少なくとも二つの嘘が混ざっている。

第一は、外国人は労働条件に無頓着、という都合のよい話。日本人労働者の平均月給が30万円台前半なのに対し、ベトナム人の月給は平均で3万円程度。ベトナム人にとって、日本企業に就職すればベトナムで働くよりも10倍以上の収入になる。日本企業で働きたいと思うベトナム人は給与面で満足し、高給によって向上心を掻き立てられている、と見るのが正しい。

第二は、日本人の賃金水準は高い、という事実誤認。日本は今、人手不足と言われる。2018年の平均有効求人倍率は1.61倍となり、45年ぶりの高水準、完全失業率は2.4%と36年ぶりの低さだと言う。安倍総理もアベノミクスの成果だと自慢している。だが本来、労働力の需給がひっ迫すれば給与水準は上がるはず。現実はそうなっていない。

3Kと言われる分野における人手不足についても、やれミスマッチだ、非正規・女性・高齢者の増加だの、いろいろな説明が行われている。だが、ここでも低賃金と劣悪な労働条件が人手不足の最大の要因であろう。そこそこ豊かな日本社会では、十分な見返りが得られない仕事に就くくらいなら、多少生活水準を落ちることになっても働かない方がよい、という発想で家にこもる女性や若者が少なくないと思われる。一方で経営サイドの方にも労働条件を引き上げて人手不足を解消しようという発想はない。安い給料、少ない休暇でも文句なく働いてくれる外国人労働者の増加に活路を見い出そうとしている。

日本企業の人手不足対策は、結局のところ、給料を上げない、労働条件を改善しない、ということが大前提になっているのだ。

日本人の給与水準は低い~下を見て較べるな、上を見て較べろ!

諸悪の根源は、給与を含めた日本人の労働条件の低さにある。日本人の給与水準が高い、というのは、発展途上国など日本よりも「下」を見て較べた時の話だ。先進国の中で見た時、日本人の賃金は低い。以下にそれを見ていこう。なお、下記のグラフ等はいずれもOECD統計から作成したものである。

まず、2000年以降の日本人の平均年収の推移は次のグラフのとおりである。(最近、勤労統計問題とやらが発覚した。ここで使われている数字もおそらく多少はお化粧されているに違いない。でもまあ、それは誤差の範囲みたいなものであり、趨勢を見る分には無視してよい。構わず議論を進めていこう。)2000年につけたピークを越えられないまま、4百万円台の前半をうろちょろしているのが日本の現実だ。

これを先進国同士で比べてみるとどうか? 次のグラフはOECDに加盟する10ヶ国の2000年以降の給与水準を米ドル換算(購買力平価ベース)でグラフに重ねてみたものだ。日本は赤線である。

日本人の平均年収は、「二十年一日」と言う言葉を使いたくなるほど伸び悩み、ドル換算でも2017年の数字は2000年より低い。この惨状に付き合ってくれている(もっとひどい)のは、イタリアくらいのものだ。2000年時点で日本よりも低かった英国とフランスは日本を追い越し、遥か下にいた韓国も急速に追い上げてきている。2000年時点で日本よりも上にいた国々との間でも、その差は広がる一方。日米比較に至っては、2000年に米国の78%だった日本人の平均実質年収は2017年には67%まで低下した。米国の場合、一部の超高給取りが全体の数字を押し上げている面はあるものの、それを理由に日本人の低水準を慰めるのも惨めな話である。

最後に示すのは、政策誘導可能な最低賃金の比較。

日本の最低賃金は着実に上がってはいる。最低賃金の引き上げは民主党政権が力を入れた政策だったが、安倍政権はそれをパクって看板政策の一つにした。アベノミクスの成果を作らなければならない、という側面もあるだろう。ただし、日本の最低賃金の伸び率は特に高いわけではない。最低賃金の伸びがめざましいのは韓国だ。この勢いが続けば、日本の最低賃金が韓国のそれに抜かれるのも時間の問題であろう。

以上を見れば、結論ははっきりしている。日本人の賃金水準は、途上国などと比べれば間違いなく高いが、先進国間で比較すれば、決してそうではない。むしろ、見劣りがする。休暇取得など、ほかの労働条件を含めれば、もっとみすぼらしく感じられる。

なぜ、日本人の給料は上がらないのか?

では、なぜ、日本人の給料は安いのか? 上がらないのか? 私は学者ではないので経済学的な説明はできない。しかし、常識を働かせて物事を単純に考えれば、本質に迫れる。

簡単な話だ。日本企業の多くは、十分な賃上げを行うだけの体力が不足しているのである。もっと言えば、日本には人を集めるだけの労働条件を提供すれば潰れてしまう、ゾンビ企業が多すぎる。ゾンビ企業の低賃金を基準にして自社の労働条件を比較的低水準に抑えていることができるため、ゾンビでない企業もこの構造から間接的な「メリット」を享受している。

隠れゾンビ企業を生み、生き長らえさせている要因は様々にあり、根が深い。突き詰めれば、他の先進国では我慢の限界を超える過当競争を薄利多売で耐え抜くメンタリティ、下請け(系列)制度など、日本的システムと言われるものにいきつくのだろうか。労働組合も組合と癒着しており、春闘なんかは出来レースにすぎない。

ちょっと脱線するが、日本ほどストライキが少ない国もめずらしい。海外の先進国もそうなのかと思っていたが、ドイツでは昨年12月、組合が7.5%の賃上げを求めてストを打ち、朝の時間帯に4時間、全土で鉄道が止まった。本来、ストは労働者が要求を実現するための正当な手段だが、高度成長期が終わった頃から「一般国民に迷惑がかかる身勝手な行為」という受け止めが広がった。共産党系の組合が政治闘争を持ち込んだことで国民にそっぽを向かれた面もある。だが、連合をはじめ、日本の労働運動が御用組合化して経営サイドとの間に緊張感のかけらもなくなったことが最大の理由であろう。

アベノミクスも隠れゾンビ企業の延命に手を貸している。異次元の金融緩和と大規模な財政出動はいわば経済のカンフル剤だ。カンフル剤の大盤振る舞いが6年以上続けば、体力はボロボロでも延命する企業が増えるのは当然のこと。一方で、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略は遅々として進まず、最大の成果は加計学園の獣医学部創設というブラック・ジョークさながらの有り様。成長戦略の本筋は規制緩和だが、それは弱者に退場を促す効果を持つ。本来なら、ゾンビ企業は一掃される方向にベクトルが働くはずだ。しかし、弱者は政治に頼る、という政治学のセオリーどおりのことが起きた結果、安倍政権の規制緩和は骨抜きもいいところだ。

悪い(弱い)のはゾンビ企業だけではない。日本生産性本部によれば、日本の時間当たり労働生産性は主要先進7カ国中最下位、という悲惨な状況が今も続いている。 経団連加盟のご立派な大企業を含め、生産性の低い会社が多すぎる。生産性が高く、儲かる企業でなければ、先進国の上の方の労働条件を提供することなど、夢のまた夢だ。

翻って日本の政治を見回してみると、与野党あげて弱者保護、隠れゾンビ企業の温存に血眼となっている。最低賃金なんか、そのいい例だ。今や、与野党こぞって最低賃金をあげろと言っている。だがこの政策、企業サイド、特に中小企業からは評判が悪い。「最低賃金をこれ以上あげられたら、経営が立ち行かない」と政治に泣きつく。その結果、最低賃金の引き上げ幅は抑えられ、中小企業対策の充実(補助金の引き上げとか)という名のゾンビ延命策がセットで打たれることになる。

賃上げできない企業は退場せよ

日本人労働者を安く働かせることしかできない社会は、結局、低賃金の外国人労働者に依存するしかなくなり、不安定化する。もっと情けないことには、低賃金で働かせられると思っていた外国人もやがて他の先進国の労働条件の良さに目が向き、日本企業での就職をスルーしたり、踏み台にしたりするようになる。特に、幹部になるような外国人は、最初こそ安い給料や休みの少なさを厭わず黙々と働くかもしれないが、やがては労働条件の改善を求めて経営者をつきあげるようになる。彼らは多くの日本人従業員のように従順とは限らない。会社を存続させたいと思って(今は素直な)外国人労働者の受け入れを求めている経営者たち。結局、労働条件の改善か、廃業かの二者択一に頭を悩ます日を少し先延ばししただけのことにすぎないのである。

はっきり言う。給料をあげたら倒産する、という会社はつぶした方がよい。政策誘導できる最低賃金ももっと急カーブであげるべきだ。中小企業対策とセットにする必要はない。隠れゾンビ企業を一掃する覚悟で臨まないと、日本はいつまでたっても低賃金社会のままだ。もちろん、日本経済全体の生産性を高め、日本企業に「儲ける力」をつけさせないと、日本中に倒産と失業の嵐が吹くだけの話となる。だが、企業に生産性向上を促す政策に短期的な痛みが伴うことは避けられない。今の世の中、その蛮勇を厭わない政治指導者は出てくるのだろうか?

消費税引き上げ対策の虚しさ~終わりはあるのか?

1月4日、安倍総理の年頭会見をテレビで見るともなく見た。安倍は「頂いた消費税を全て国民の皆様にお返しするレベルの十二分の対策」を講じると力をこめていた。私の奥方は「そんなことするくらいなら、消費税、上げなきゃいいじゃない?」と突っ込んだ。それが普通の反応というものだろう。

対策を打たなければ上げられない消費税ねぇ・・・。新年早々、虚しさを覚えた。今回はそれについて書く。

10月には消費税が10%になる

今年の10月から消費税が10%に上がることになっている。ただし、永田町には「安倍総理はまた延期するんじゃないか?」と半ば本気で疑う空気がある。

2012年8月に民主党(野田政権)、自民党、公明党が賛成して成立した法律どおりであれば、消費税は2015年10月に10%へ引き上げられていたはず。しかし、2014年11月になって安倍総理は引き上げ時期を2017年4月まで延期した。2016年6月には2019年10月まで再延期。2014年は衆議院の解散・総選挙、2016年は参議院選挙とセットの延期表明だった。今年も夏には参議院選挙がある。衆議院の解散も理論上はいつでもできる。議員心理としては、増税延期と選挙のセットを警戒するのもわからないではない。

とは言え、10月まであと9ヶ月しかない。レジ対策やポイント還元制度などを含む政府予算案も提出済みだ。予算が成立した後、春以降に「また延期する」となれば、経済界の対応は大混乱する。税収等の見通しや幼児教育無償化、災害に対応した公共事業等の実施にも甚大な影響が出る。いくら安倍でも、さすがにそれは許されまい。「今月後半の通常国会冒頭解散」も含め、無理筋だ。リーマン・ショック級の経済危機が来れば別だが、株が2万円を切ったくらいでは予定通り10月には消費税を上げざるをえない――。そう読むのが冷静な見方と言うべきである。

消費税「対策」の数々

消費税率10%への引き上げに伴う景気への悪影響を本気で心配してのことか、はたまた参議院選挙対策なのかは知らないが、昨年あたりから消費税引き上げ対策なるものの議論が政府・与党内でかまびすしくなった。昨年末には、「消費税率引き上げに伴う対応」なるものが経済財政諮問会議で決まる。その中には、最初に耳にしたとき、冗談かと思った施策も含まれていた。くどくど説明するつもりはないが、簡単にまとめるとざっと以下のような構図となる。

まず、消費税率の引き上げによる国民の負担増(=経済へのネガティブな影響と考えてよい)は、軽減税率分等を除くと5.2兆円。

これに対し、消費税の増収分によって国民――全員が等しく直接的な恩恵を受けるわけではないが――が被る利益は、幼児教育の無償化や低年金者対策、介護人材の処遇改善等で約3.2兆円。後は基本的には「社会保障の安定化」という名目で基本的には借金返しに使われるのが本来の姿だ。経済や財政にとっても中長期的には決して悪い話ではない。しかし、目先の話としては、差し引き年2兆円程度、景気にマイナスの影響を与える。足踏みを続ける日本経済の現状を考えると、自然体でこの悪影響を飲み込むことはむずかしい。

そこで、政府が支出を増やすことで当面の穴を埋めよう、というのが今回の消費税引き上げ対策だ。その規模や、合計2.3兆円。消費税率引き上げによって増加する国民の受益分3.2兆円と合わせると5.5兆円となり、国民負担の増加分5.2兆円を超える。安倍が「頂いた消費税をすべて(どころかそれ以上を)国民に返す」と述べる所以である。

政府が国民のため、日本経済のために使ってくれると言う、ありがたい2.3兆円の中身は以下のようなものだ。

〇ポイント還元=2,798億円。2019年10月から2020年6月までの間、中小小売業者等で買い物をしてキャッシュレス決済すれば、2%または5%のポイントを還元するもの。5%なら、消費税引き上げ分(2%)を凌駕する実質値引きとなる。政府主催のポイント還元大バーゲンセール、と言ったところ。

〇プレミアム付商品券=1,723億円。2019年10月から2020年3月までの間、低所得・子育て世帯向けに2.5万円の商品券を2万円で販売する。要するに政府が5千円恵んでやるから使いなさい、というものだ。1999年に子育て世代や高齢の低所得者へ一人当たり2万円(総額6,194億円)を配り、効果のないバラマキと批判された地域振興券を思い出す。いずれも公明党のアイディアなのだから、それも当然か。

〇すまい給付金の拡充=785億円。低所得の住宅購入者に対し、10~50万円程度を2021年12月まで延長して支給する。

〇次世代住宅ポイント制度=1300億円。省エネ性、耐震性、バリアフリー性能等を満たす住宅購入について、2020年3月までに契約すればポイント(新築で30万円分)がつく。

〇住宅ローン控除の期間を3年延長。消費税増税分(2%)を3年間にわたって2/3%ずつ税額控除することを認める。

〇自動車所得時・保有時の税負担軽減等。

ここまでは個人消費の落ち込みをにらんだ消費テコ入れ策と言ってよい。だが、最後に次の大物が控えている。

〇防災・減災、国土強靭化のための緊急対策=2019年度分で1兆3,475億円。何のことはない、2018年度から20年度までの3年間、総額7兆円(事業規模)の公共事業をやる、という話だ。最近の災害の頻発を考えれば、本当にやるべきものは消費税引き上げに関係なく取り組まれてしかるべき。しかし、中身をみると災害対策に便乗した不急のものも少なくなさそう。金に色はついていないから、消費税を財源にして公共事業の大盤振る舞いを正当化した、と言われても仕方がない。

こうして並べてみただけで消費税引き上げ対策の趣味の悪さや悪乗りぶりには辟易する。だが、一連の対策にはもっと根深い問題がある。

対策をやめられるのか?

消費税引き上げ対策と称する施策の数々。その根底には、今後1~2年程度の間にアベノミクスの第2の矢、つまり大規模な財政出動――大部分は公共事業で残りは個人消費刺激策だ――によって日本経済を自律的な回復軌道に乗せ、2021年度までには消費税引き上げが与えるマイナスの影響(2兆円強/年)を吸収できるようにする、という考え方がある。

しかし、6年間もアベノミクス(=超金融緩和と大規模財政出動)を続けた結果、低速巡航速度を維持するのがやっとこさというのが日本経済の実力だ。不況ではないが、潜在成長率は0.8%に満たない。安倍政権のピーク(2014年4Q~2015年1Q)ですら、日本経済の潜在成長率は0.91%だった。バブルの頃の4%程度には遠く及ばず、その4分の1に届くことさえ高望み、という有り様である。今回、消費税引き上げ対策という名の新たな財政出動を打てば、消費税2%引き上げの与えるマイナスの影響を吸収しながら日本経済が十分な成長を続けられる、と想定することは限りなく非現実的だ。

対策のうち、個人消費を刺激するものは来年3月か6月に終わる。防災関連の公共事業も再来年の3月には終わる。消費税の引き上げから半年強たてば景気に約5千億円のマイナス効果が出はじめ、1年半たてば2兆円弱のマイナス効果が顕在化する、ということにほかならない。来年後半以降、オリンピック(2020年7~8月)後の景気後退と消費税引き上げ対策終了がダブルで効いてくる可能性が大きいと思っておくべきであろう。(米中貿易摩擦の激化等の影響はまた別の要素としてある。)

その先に何が来るのか? 来年か再来年、政府はまたぞろ大規模な経済対策を打つ羽目に陥り、その後も同じことを繰り返す、というのが最もありそうなシナリオだ。経済対策と称して財政出動がいつまでも続けば、いくら消費税率の引き上げによって社会保障の安定化(=借金返済)を進めても、日本の財政全体で見れば穴の開いたバケツ状態が続くことになる。

 

消費税を上げても増収分がブラックホールのように消費税対策に消えていく。しかも、対策の中身は悪趣味なものばかり。かと思えば、野党は「社会保障は充実させろ、消費税は上げるな」と矛盾だらけのことしか言わない。それくらいなら、消費税を上げないかわりに社会保障の充実や安定化を当面は我慢する、という政策の方がまだ筋が通っているんじゃないか。経済の身の丈に合わない社会保障制度をつくったところで、そんなものは所詮、長続きするわけがないのである。