「GSOMIA破棄」凍結後、日米韓中の四辺形はどうなるか?――激動の予感がする

韓国がGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)を破棄すると通告していた前日の11月22日夕刻、韓国政府はGSOMIAの破棄を先送りすると発表した。

この顛末について、日本では「在寅政権の敗北」という受け止めが多い。
GSOMIA破棄騒動の顛末だけ見れば、私の印象も「文在寅政権が勝手に仕掛け、勝手にこけた」という感じだ。
しかし、一部メディアが伝えるようにこれが日本側にとっての「パーフェクト・ゲームだった」とまで言うのは自画自賛が過ぎよう。

今回の件で、日本政府の立場が韓国政府の立場よりも有利になった、というのは見当違いも甚だしい。

第一に、康京和(カン・ギョンファ)外相は「GSOMIAをいつでも終了させることができる」と述べており、今回の措置が永続的なものである保証はない。
韓国が将来GSOMIA破棄を再び決断するとしたら、米韓同盟関係の決定的な悪化を受け入れる、という覚悟をした場合に限られる。それでも、韓国側がこのカードをちらつかせることは今後も十分ありえる。

第二に、今回の件によって問題の焦点が安全保障問題から通商問題(日韓の輸出制限問題)や歴史問題(徴用工問題、従軍慰安婦問題)に移れば、日韓の勝負は必ずしも日本優位とはならない。米国も日本を一方的に支持することはなさそうだ。

第三に、今回の件で日韓関係と米韓関係が改善するわけではない。日米韓の協調は今後も綻びを見せ続ける。そこを北朝鮮や中国に突かれれば、「韓国に勝った、負けた」という次元ではなく、我が国にとってより深刻な状況が生まれかねない。

GSOMIA破棄のドタキャンをどう見るか?

2016年11月23日、日韓両政府は日韓GSOMIAに署名した。GSOMIAは毎年自動更新されるが、3か月前に事前通告すれば破棄する(更新しない)ことも可能である。
今年の8月22日、韓国政府はGSOMIAの破棄を通告してきた。

GSOMIA自体は、東アジアの安全保障環境が緊張する中、日米韓の安全保障協力を進めるために有益な仕組みだ。
日韓GSOMIAがなくなれば、例えば北朝鮮がミサイルを撃った時に日韓は機微な情報について米国を通じて交換しなければならない。GSOMIAがなくても、米国を介すればいいだけじゃないか、と思うかもしれない。だが、米国との間には時差があるから、どうしても情報の入手に遅れが生じる。ミサイル時代の有事において、この遅れは致命的なマイナスとなりかねない。
韓国が何と強弁しても、日韓GSOMIAがなくなれば、日本だけでなく、韓国も米国も実害を被るというのは事実である。

「日韓GSOMIAが破棄されていれば、『韓国が勝っていた』」という議論も、「日韓GSOMIAが事実上延長されたから、『日本が勝った』」という議論も、ピントが目一杯はずれている。
敢えて言えば、文在寅の面子がつぶれ、安倍晋三の面子が立った、というところか。だが、それすらもあまり意味のある議論ではない。(その理由は、このポストを読み終われば伝わるだろう。)

多くの人が指摘しているとおり、文の失敗は日韓GSOMIA破棄という安全保障上のテーマ、しかも米韓同盟に関わるテーマを対日交渉に持ち出したことにある。
9月3日付のポストを参考にして、この間の経緯を振り返ってみよう。

昨年10月、韓国大法院(最高裁)は徴用工裁判で新日鉄住金(今の日本製鉄)に賠償支払い金の支払いを命じた。その後、同社の在韓資産は差し押さえを受ける。
これに対し、今年7月になって日本は、フッ化水素など3品目の対韓輸出を包括許可から個別許可に改めたのに続き、簡略な輸出手続きを認める「ホワイト国」から韓国を除外する挙に出た。韓国もすぐさま日本をホワイト・リストからはずして対抗した。

ここで終わっていれば、「やられた分をやり返す」というレベルの話だった。だが、前述のように文政権はGSOMIA破棄というカードを切り、「やられた以上にやり返す」ことになる。前述のとおり、GSOMIA破棄は純粋に日韓二国間の問題ではなく、日米韓の問題である。結局、米国の猛反発を受けた韓国政府は、GSOMIAが失効するはずだった日の前日になって方針変更を余儀なくされる、という醜態をさらした。
冒頭で「文在寅政権が勝手に仕掛け、勝手にこけた」と述べたのはこのことを指している。

だが、今後の日韓の駆け引き、という文脈で見た時、GSOMIA破棄をキャンセルしたことで韓国側が決定的に不利な立場に追い込まれたとは言えない。
徴用工問題で韓国側は日本企業の在韓資産を差し押さえたまま。日本政府として有効な手を打てない状況は、今回のGSOMIA延長によっても何一つ変わらない。

韓国側からは、日韓の企業が資金を出し合って基金を作って原告側と和解する案や、それに両国政府も加わる案などが聞こえてくる。しかし、これは事実上、韓国の主張を認めるに等しいため、安倍も簡単には認められまい。かと言って、大法院(最高裁)の判決は確定しており、韓国側もなかったことにはできない。

日韓の貿易管理の問題も、今後両国政府が収拾に動くか否かは何とも言えない。今回のGSOMIA延長の裏で日韓両国が「落としどころ」に合意していればよいが、その後の両国の批判合戦を見る限り、とても話がついているとは思えない。

要するに、GSOMIA延長によって日韓の懸案は何一つ解決していない。徴用工問題や貿易管理問題で日本が有利になった、というわけでもない。

通商問題と歴史問題では米国の支持を当てにできない

韓国政府がGSOMIA破棄を(とりあえず)凍結したのは、米国からの圧力に抗しきれなくなったため、という見方が強い。おそらく、その通りであろう。

11月に入ってから、国防総省の高官たちが韓国を訪れたり、ポンペイオ国務長官が電話をかけたりするなど、米国政府はGSOMIAの維持を表立って求めた。
11月21日には米上院が決議435で韓国に対してGSOMIAを維持する――文言上は、GSOMIAの重要性を繰り返し強調したうえで、韓国に地域の安全保障上の協力を損なう事態に対処する――ことを強く求めた。

米国が韓国にGSOMIA破棄を考え直すよう圧力をかけたのは、韓国政府の行為が米国の外交安全保障上の利益を大きく損なうためだ。
北朝鮮や中国の動向をにらんだ時、米国を盟主とした日本、韓国との間で維持してきた(事実上の)三国同盟は維持しなければならない。ところが、日韓GSOMIAが破棄されれば、それに綻びが生じることになる。

韓国政府はGSOMIAの破棄を打ち出すことによって米国の逆鱗に触れた。それ故に、「米国・日本 対 韓国」という構図ができて韓国は追い込まれた。

だが今後、外交安全保障に直接かかわらない日韓の諸問題――具体的には通商(輸出管理)問題と歴史(徴用工、慰安婦)問題――については、米国が特に日本の肩を持ってくれることはなさそうだ。

韓国政府がGSOMIA破棄を凍結したのを受け、米国務省報道官は声明を出した。そこでは「歴史問題の永続的な解決を確実にするために誠実な議論を続けるよう(日韓両国政府に)促す」と述べられている。

先に触れた上院の決議も、「日韓両国政府に対し、信頼関係を再構築すること、二国間の摩擦の源を処理すること、重要な防衛・安全保障上の紐帯を他の二国間の課題から切り離すこと、朝鮮半島の非核化、市場に立脚した貿易・通商、インド太平洋の安定といった共有する利益について協調を追求することを促す」と謳っていた。

いずれも、呼びかけの対象は日韓両国であり、韓国だけに注文をつけているわけではない。

もちろん、文在寅政権が時折見せる反米的姿勢に対し、米国政府が不快感を抱いていることは想像にかたくない。だが、米国は今後、韓国だけではなく、日韓双方に圧力をかけてくる可能性が高い。

現時点では、GSOMIA破棄の効力を一時的に停止している、というのが韓国政府の立場。GSOMIA破棄を完全に取り下げるためには、ホワイト・リストからの除外など韓国を狙い撃ちにした貿易管理強化策を日本政府が取り消すべきだと主張している。

米国が最も重視する問題がGSOMIAの安定的な維持だとすれば、日本政府に貿易管理策を何らかの形で取り下げるよう求めてくる、というのもあり得る話だ。
先週、韓国政府がGSOMIA破棄を先送る決定を下したドタバタの中、米国が輸出管理問題で日本へ圧力をかけてくれるよう、韓国側が頼み込んでいたとしても私は驚かない。

歴史問題も同様だ。と言うよりも、GSOMIA破棄や輸出管理の問題を含め、日韓摩擦の根源に歴史問題があることは米国も十分承知している。
日米韓三国同盟の分断を招く事態を将来的にも防ぐためには、その火種である歴史問題を少なくとも改善しなければならない、と米国が考えても不思議ではない。

慰安婦問題については、米議会に対する韓国のロビイングの効果もあって、米国内で日本側の主張はあまり受け入れられていない。

私が知る限り、「徴用工判決を含めた韓国側の対応は国際法(日韓請求権協定)違反」という日本政府の主張も米政府は公式に支持していない。
9月9日付のポストでも書いたとおり、国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方の方が国際法解釈の主流になってきている。

米国は、歴史問題で日本と妥協するよう韓国に圧力をかけるだろう。
ただし、大法院(最高裁)の判決は確定している。いくら米国が強く求めたとしても、韓国側が一方的に譲歩して問題をチャラにすることはできない。当然、米国は日本にも圧力をかけるはずだ。

韓国側からは、日韓の企業が資金を出し合って基金を作って原告側と和解する案や、それに両国政府も加わる案などが聞こえてきている。米国が三国同盟の盟主面をしてこれに乗る可能性はゼロではない。

もちろん、こうした案は韓国の主張を事実上認めることにつながる。安倍も簡単には認められないだろう。それでも、米国が駐留経費負担の増額や自動車関税などに搦めて圧力をかけてくれば、日本政府は相当追い込まれることになる。

ただし、以上の考察は、米国政府がかつてのように「政府としての体」をなしており、日韓関係の改善のために「誠実な調停者」として汗をかこうとする場合の話である。

あのトランプ政権が、しかも1年後に大統領選挙を迎える状況にあって、希少な外交的資源とエネルギーを日韓関係に割くとは考えにくい。
その場合は、日韓関係は双方が意地を張り合って着地点を見出せないまま、時間が過ぎてもおかしくはない。GSOMIA破棄の話が再燃することも十分あり得るだろう。

残念ながらその可能性が最も大きい、と私は思う。

中国はどう出るか?

我々は徴用工問題やGSOMIAを日韓二国間の問題と捉えている。だが、日本と韓国以外の国々も日韓関係を別の意味で注視していることも忘れてはならない。

日韓のシニアな同盟国である米国のことは、改めて言うまでもなかろう。
日韓の隣国である中国、北朝鮮、ロシアもまた、日韓の動向が自国の外交戦略にどのような影響を与えるか、どのように利用できるか、という観点で注視しているはずだ。

ここでは東アジアにおける最大のキー・プレイヤーである中国に焦点を絞り、中国の目に映る日韓関係について想像を巡らせてみたい。

今の局面で中国が東アジア戦略を策定しようとする時、日韓関係に関連するどのような要素を考慮するか?

第一に、日韓関係の悪化が長期化するであろうこと。これについては既に述べたとおりである。

第二に、日韓はそれぞれ、米国との関係も緊張含みとなりそうなこと。
対米同盟の動揺は特に韓国についてより深刻なものとなるだろう。
だが、トランプ政権は日本に対しても在日米軍駐留経費の増額や自動車輸入関税の引き上げといった「ディール」を持ち出している。大統領選挙の年となる来年は日米交渉にも刺々しい空気が漂う可能性が高い。(10月3日付のポスト参照。)

第三に、トランプ政権はウクライナ疑惑などに手足をとられ、日米韓三国同盟のメンテナンスに対しては(今回、韓国にGSOMIA破棄を回避させたように)必要最小限のエネルギーしか費やさないであろうこと。

今、中国が最も頭を悩ませている外交問題は、米国に喧嘩を売られていることだ。これに経済成長の鈍化、香港問題などが加わり、中国の指導部は相当な危機感を持っているはず。このことは11月21日付のポストで述べたとおり。

そんな中国にとって、日米韓をめぐる上述の三つの要素は、格好の「つけ込みどころ」と映っているのではないか。

米中対立に苦慮する中、日米韓が一枚岩なら、米ソ冷戦よろしく、中国は外交的にも軍事的にも包囲されることになる。しかし、日米韓がバラバラなら、米国の力は弱まる。韓国や日本との関係が改善すれば、中国には(少なくともある程度は)「逃げ道」ができる。

ここで中国には、日本や韓国に対して北風(=圧力をかける)で行くか、太陽(=宥和的態度をとる)で行くか、という選択肢がある。

北風路線で来れば、日本政府は米国との同盟強化に走るだろうし、文在寅政権も米国離れのスピードを遅らせざるをえない。

逆に、中国が日韓に対して思い切った太陽路線に出れば、東アジアの外交的なバランスは一気に流動化する可能性もある。

トランプ政権が誕生して以降、中国は日本に対し関係改善の方向に舵を切った。
日中は戦略的にライバル関係にあるうえ、尖閣問題をはじめ、いくつもの懸案を抱えているため、蜜月になることはない。だが、野田政権による尖閣国有化から安倍政権前半までの刺々しい日中関係に比べれば、最近の日中関係は明らかに安定している。

日本にしてみれば、一息ついた形だ。他方で、日中関係の改善は中国にとっても実利がある。例えば、香港問題をめぐって米国が人権法案等で中国批判のボルテージを上げても、日本政府はダンマリを決め込んでいる。

朴槿恵大統領の下で接近ぶりが一時際立っていた中韓関係は、米国がTHAAD(高高度ミサイル迎撃システム)の韓国配備を求め、これに中国が猛反発することで摩擦が目立つようになる。

2016年7月、大統領に就任したばかりの文在寅は、北朝鮮による長距離弾頭ミサイル実験の過激化を受けてTHAADの配備に同意した。
中国は事実上の経済制裁を科して韓国に撤回を迫る。韓国を訪れる中国人旅行者の数は2016年の約8百万人から翌年には半減し、2018年も元に戻らなかった。(下記グラフ参照。)

(単位:人)

結局、2017年10月に韓国が「三つのノー(①米国のミサイル防衛に加わらない、②日米韓の安保協力を同盟関係にしない、③THAADの追加配備をしない)」を約束して中韓の緊張は収拾に向かった。

韓国経済の対中依存は桁違いに大きい。下記の二つのグラフは、1991年以降の中国、日本、米国と韓国の輸出及び輸入額の推移を示したもの。THAAD配備をめぐって2016年の数字は落ち込んでいるが、中国との貿易量は日米との貿易量を遥かに凌駕している。

(単位:百万ドル)

その後も韓国は中国に対して気を使わざるを得ない状況が続いている。だが、中国に対して韓国政府が快く思っているはずもない。相当に屈折した感情だと想像される。

一方で、韓国は安全保障面では米国に気を使わなければならない。今回、韓国がGSOMIAの放棄をドタキャンしたのも、米国の圧力に耐えかねたせいだ。
文在寅政権が「米国の圧力で面子をつぶされた」というしこった感情を抱いていても不思議ではない。

トランプ政権は韓国政府に対し、在韓米軍駐留経費の韓国負担額を来年は5倍にしろ、と要求している。これも、韓国側にとって理不尽極まりない話だ。(米国は日本にも同様の要求を突きつけており、安倍政権も困惑している。)

日本は今、韓国との関係こそ最悪だが、トランプの米国とは(表面的に)良好な関係にあり、前述のとおり日中関係も小康状態。一方で韓国は、日本、米国、中国とすべての国と関係が悪いか良くない。

この局面で中国が韓国に対して本格的に南風を吹かせれば、文在寅政権が中国になびく可能性は十分にある。
観光客にせよ、貿易・投資にせよ、政府がコントロールできるのも中国の強みだ。
経済的にも苦境にある韓国にとって、中国が微笑み外交を仕掛ければ、魅力は大きい。

中韓接近が具体化すれば、駐留米軍経費負担やINF配備をめぐる対米交渉での韓国政府の姿勢にも影響を与えることになるだろう。その結果、米韓関係が悪化すれば、在韓米軍の撤退(縮小)が現実のものとなる可能性も排除できない。

そこまで行けば、米韓同盟は空洞化し、中国外交の大勝利と言ってよい。もちろん、東アジアの安全保障環境も動転する。

2016年11月に日韓GSOMIAが締結された際、中国は「関係国が冷戦思考に固執して軍事情報の協力を強化することは朝鮮半島の対立を激化させる」と強く反発した。
その論で行けば、韓国が先週、GSOMIA破棄を延期したことに対して中国政府が批判するなり、不快感を示してもおかしくはないところだ。

しかし、今のところ中国からの公式な反応はない。中国の沈黙は、日米に対する配慮であると同時に、国内的に苦しい立場に追い込まれた韓国政府に対する配慮でもあるのだろう。

8月21日に北京で3年ぶりに開かれた日中韓外相会談では、王毅国務委員兼外相が日韓両国に「問題解決の方法」を見いだすよう促す場面もあったと言う。

将来、日本との間で歴史問題を抱えているはずの中国が日韓の歴史問題で「誠実な仲介者」を演じる意欲を示したら、どうか? その時、米国が日韓関係の悪化を放置していれば、日米韓中の国際関係は大きく変わりかねない。

おわりに

今回のGSOMIA破棄騒動について、日韓のゼロサム・ゲームと言う小さな視点からのみ眺めていると、日米中韓の四辺形で起こりつつある大変化は見えてこない。

韓国がGSOMIA破棄を延期したのを見て、「韓国に一泡吹かせた」と喜んでいる場合でも、もちろん、ない。

我々は、「もしかしたら今、東アジアの戦略環境における冷戦終結以来最大の岐路に立たされている」という自覚を持っておくべきだ。

11月21日付のポストで、私は日本外交が現在の中国の苦境に付け込んでビッグ・ディールを仕掛けるべきだと述べた。

こちらが先にやらなければ、向こうに先にやられる。

日本外交は今、主体性、構想力、行動力を試されている。

徴用工問題は仲裁委員会で政治決着を図るのが上策

9月3日9月8日の2回にわたり、徴用工問題をめぐる日韓関係について議論してきた。
日韓関係のもつれた糸をほぐそうとしても、日韓関係の現状は双方があまりに憎みあいすぎている。日韓が緊張緩和に向けた話し合いを今すぐに始めることは、なかなか期待できない。

それでも将来、日韓関係を改善しようと思えば、慰安婦問題と徴用工問題に何らかのケリをつけることが必要になる。特に、徴用工問題はどうしても避けて通れない。

形式から見た時、徴用工問題を決着させるには、①日韓二国間交渉による合意、②国際法廷での裁判、③日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の裁定、という三つの方法がある。いずれも針の穴に糸を通すようなむずかしい話だ。しかし、最も現実的かつ意味のある解決となるのは、仲裁委員会を使うやり方であろう。

二国間交渉は解決につながらない

慰安婦に関しては、2011年に韓国大法院が韓国政府の無作為を咎める判決を下した。その後、2015年に安倍と朴槿恵の間で妥協が成立したが、文在寅によって一方的に反故にされたという経緯もある。
したがって、韓国政府が今後日本に再交渉を求めてきても、日本政府には「無視する」という選択肢がある。日韓関係に棘は残るが、慰安婦問題で在韓日本企業に賠償させることはできない。日本側が無理に動かなくても、目立った実害は出ない。

徴用工の方は、在韓日本企業に賠償責任を認めた韓国大法院の判決で出ており、このままでは実害が出る。今後、訴えられる在韓日本企業の数が増える可能性もある。
日本としては、この問題にケリがつかない限り、手打ちはできない。

1965年の請求権協定によって韓国国内の賠償については韓国政府が責任を持つと合意したのだから、韓国政府は約束を守れーー。これが日本政府の主張だ。
だが、韓国にも三権分立の建前がある。判決が出る前ならまだやりようがあったかもしれない。大法院の判決が確定した後、政府がそれを覆すというのは、文在寅政権でなくても無茶な話ではある。

それでも何らかの政治決着が図られるとすれば、日本政府や関係企業も一部資金負担して基金をつくり、日韓両国政府が共同して賠償に当たる、というような枠組みが考えられる。

とは言え、韓国政府が日本企業の負担を一部でも分担するということになれば、韓国世論は激高し、政権は崩壊しかねない。ましてや、文たちは反日の虜と言っても過言ではない。日本との表立った妥協など、考えたくもないだろう。

仮に日韓の間に妥協が成立し、日本国民の税金を一部でも使うことになれば、「日韓請求権協定で決着済み」という従来の日本政府の主張と矛盾する。国内(特に右寄りの人々)の説得が紛糾することは容易に想像がつく。

「両国政府が交渉を通じて妥協案に合意する」というスキームには、もう一つ大きな問題がある。苦労して合意しても、将来、韓国側にちゃぶ台返しを食らう可能性が――決して低くない可能性が――あることだ。
慰安婦問題も、村山談話とアジア女性基金、2015年の日韓合意など、何度も政府間で決着したと思ったにもかかわらず、蒸し返されてきたのが現実。徴用工問題についても、韓国政府は長年「日韓請求権協定で決着済み」と同意していたはずだが、手のひらを返した。

日本国民の間では、「韓国と何かに合意しても無意味。どうせまた、裏切られる」という絶望的なウンザリ感が共有されている。これは、政治家、官僚、国民のすべてのレベルで、右だろうと左だろうと、安倍政権を支持していようと支持していまいと、あてはまる。現時点で日本側に、韓国政府と交渉しようというエネルギーは湧きそうもない。

結論として、日韓二国間協議による解決は、無理かつ無意味ということになる。

国際司法裁判所という劇薬

当事者同士で有効な結論に達することができない場合、国内であれば次の選択肢は「出るところへ出る」こと。国際社会でその役割を担うのは、国際司法裁判所(ICJ)である。

国際法廷に委ねれば、いかなる判決が出ようと、日韓両国はそれに従うと期待してよい。(韓国については一抹の不安がないわけではないが、国際社会が韓国を支持しないことは明白だ。)
国際司法裁判所という第三者によって「譲歩させられる」という形をとるため、日韓両国政府国内的に言い訳をしやすい、というメリットもある。

国際司法裁判所は、1920年に国際連盟が創設した常設国際司法裁判所を前身とし、国連憲章(第14章第92~96条)に基づいて1945年に設置された国連傘下の常設の司法機関。裁判所はオランダのハーグに置かれ、国連総会と安全保障理事会の投票によって選ばれた15人の判事によって構成される。判事の経歴は、外務省の法律顧問、国際法の教授、大使や裁判官の経験者などが多い。同一の国から二人以上の判事が選ばれることは禁止されている。

ただし、徴用工問題を国際司法裁判所で裁くことについては、二点、押さえておかなければならないことがある。

1.  合意付託できるか

一つは、日本が望むだけでは、裁判が始まらないことだ。国内の裁判であれば、一方が他方を訴えれば、基本的には裁判が始まる。しかし、国際司法裁判はそうではない。制度的な詳しい説明は省略するが、徴用工問題を国際司法裁判所で争うためには、日韓が本件を国際司法裁判所へ付託することに合意し、その旨を記した特別合意書をハーグ法廷へ提出することが必要になる。

日本政府は戦後、領土問題を解決するために国際司法裁判所を利用しようとしたことが何度かある。韓国に対しては1954年、1962年、2012年の三回にわたって竹島の領有権問題を国際司法裁判所へ共同付託(合意付託)するよう提案した。ソ連に対しても、1972年に北方領土に関する共同付託を申し入れたことがある。しかし、いずれも韓国とソ連が拒否したため、国際法廷は開かれなかった。

昨年、徴用工問題で大法院判決が下ったことを受け、日本政府は国際司法裁判所への提訴(単独付託)も検討していると言われる。

相手国の同意がなくても、係争当事国の片方がハーグ法廷に訴え出ること自体はできる。その後、訴えられた方が自発的に付託に応じれば、裁判は始まる。ただし、そのようなケースは極めて稀だ。

特に、韓国は面子を重んじる国。単独付託され、後からそれに応じることは、まず考えられない。日本が単独提訴しても、「憂さ晴らし」にしかならない。韓国に下記の仲裁委員会設置を呑ませるためのカードの一つと位置付け、軽はずみなことはしないことだ。

国際司法裁判所で徴用工問題を実際に審理させたいのなら、事前に韓国と話し合って「合意付託」に持ち込むしかない。そのハードルは非常に高いが、モデル・ケースは存在する。

シンガポールの東方、マレーシアの南東方向の海上に三つの岩礁がある。その一つ、ペドラ・ブランカ島(マレーシア名はバトゥプテ島)は19世紀に英国が灯台を建て、その後はシンガポールが管理してきた。しかし、1979年にマレーシアがこれら三つの岩礁の領有権を主張し始め、その帰属問題は両国間で争いの種となった。
長年の交渉の末、両国はこの問題の解決を国際司法裁判所に委ねるという特別協定に調印し、2005年にハーグ法廷へ提訴した。2008年に国際司法裁判所の出した判決は、ペドラ・ブランカ島についてはシンガポール、その南方の岩礁についてはマレーシアの主権を認める一方、最南端の岩礁については周囲の海域を領海とする国(シンガポール、マレーシアに加え、インドネシアも絡む可能性がある)の領有という表現で先送りにした。シンガポール政府とマレーシア政府はそれぞれ、不満を述べつつも判決を受け入れた。

とは言え、韓国政府が徴用工問題で合意付託に応じるということは、大法院(最高裁)で勝訴が確定しているのに、わざわざ判決が覆るリスクを冒すということを意味する。それだけでも、韓国世論から売国的だと非難されかねない。ハードルが高いことに変わりはない。

2.  勝てないかもしれない

徴用工問題を国際司法裁判所で解決する場合、もう一つの注意点は、日本が勝てるか否か、見通せないことだ。

日本政府の主張は、1965年に締結した日韓請求権協定で解決済み、というもの。無償(3億ドル)・有償(2億ドル)援助等を行い、韓国の個人分については韓国政府が責任を持つ約束だったのに、反故にされたと韓国政府を批判している。
国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法解釈の主流だ。韓国の個人分の補償については韓国政府が責任を持ち、日本政府はその分を含めて韓国に援助を行ったという主張が、どの程度通るのか。韓国側が人権問題を絡めてお得意のロビイングを仕掛けることを含め、日本に不利な判決が出る要素は、少なからずある。

2014年3月、オーストラリアとニュージーランドが南極海における日本の調査捕鯨を国際法違反だと提訴した裁判について、国際司法裁判所は「このままの形で捕鯨の許可を与えることはできない」という判決を下した。判決を受け、日本は南極海での調査捕鯨を中止せした。判決が出るまで、外務省は「絶対に勝てる」と楽観していたと言う。

国際司法裁判所ではないが、韓国が原発事故後、福島県などからの水産物輸入を禁止している問題について、今年4月、世界貿易機関(WTO)の上級委員会(第2審)は、韓国に是正を求めた小委員会(第1審)の判断を取り消す裁決を下した。この時も、外務省や農水省は「勝てる」と思っていたらしい。

負けるかもしれない、というリスクがあるのは、韓国にもあてはまる。
しかも、現状の大法院判決は韓国に有利なものだ。日本側は国際司法裁判所で負けても、「ダメ元」と言えなくもない。だが、韓国政府の場合は、国際司法裁判所で負ければ、文字通り洒落にならない。

国際司法裁判の場合、政治的な配慮よりも、法解釈の議論に基づいて判決が下される。その結果、負けた方にとっては、極めてきびしい結果になる可能性がある。
例えば、元徴用工への賠償責任は韓国政府にある、という判決が下れば、(日本側にとっては当然の判決であっても)韓国の政治は大混乱に陥るだろう。逆に、日本政府は元徴用工への賠償責任を幅広く負うべし、という判決であれば、賠償金額や対象となる人数は膨れ上がりかねない。

日韓双方の政治指導者がこうした不透明性を呑み込み、文字通り政治生命をかけて取り組むことができるのか? 両国の政治や世論はついてこられるのか?
そう考えると、国際司法裁判所における解決、というオプションも現実味は薄いか。

落としどころは仲裁委員会

日韓請求権協定には、両国の間に意見の相違が生じたときの紛争解決手段について、第3条に定めがある。
すなわち、日韓の間でまずは協議を通じて解決をめざす。それが駄目な場合は、日韓各1名と日韓が同意する日韓以外の1名(または日韓が同意する第三国の指名する1名)からなる仲裁委員会を設置し、案件を付託する。両国は仲裁委員会の決定に服さなければならない。

昨年、徴用工判決が出たあと、日本政府は韓国に外交協議を申し入れ、さらに仲裁委員会の設置を求めた。しかし、韓国政府が事実上拒否したため、設置は叶わなかった。

だが、仲裁委員会による解決には無視できないメリットがある。一度断られたからと言って諦めるのはもったいない。仲裁委員会による解決のメリットは二つ。

一つは、条約(国際協定)に基づくものであり、第三国(第三者)も関与する仕組みであるため、結論が出れば、韓国も決定に従わなければならないこと。ちゃぶ台返しはまずないと思ってよい。(ただし、仲裁委員会の設置まで行っても、結論が出ないケースはあり得る。)

二つめは、仲裁委員会とは言ってもベースにあるのは二国間協議であるため、日本または韓国が国内的にどうしても受け入れられないような決定には至らないこと。つまり、国際司法裁判所の判決よりも、日韓の間で一種の「引き分け」を実現させられる可能性が高い。

両国間に最低限の信頼関係もないまま、仲裁の「着地点」について下打ち合わせもしないまま、出たところ勝負のように仲裁委員会の設置を提案しても、韓国が受けるはずはない。水面下で日韓が妥協できる大体のラインを双方がイメージできてはじめて、仲裁委員会設置の可能性が出てくる。

私が抱く仲裁案のイメージは、先に二国間交渉の項で述べたようなものだ。日本の完勝は韓国が受け入れるはずがなく、韓国の完勝は日本が受け入れられない。そうであれば、着地できる範囲は誰が考えてもあまり広くない。

冷え切った日韓の間を取り持つよう、第三国――仲裁委員会が設置されれば、仲裁委員を出すことになる可能性が高い――に依頼することも重要になる。いや、もしかしたら、これが成否の鍵を握るかもしれない。

第三国として誰もが最初に思い浮かべるのは、日韓双方の同盟国である米国だろう。私もそれを否定するものではない。
ただし、今の「トランプのアメリカ」がよいかどうかは慎重に考えた方がよい。トランプが「善意の第三者」として振舞うかどうかに確証が持てないためだ。安倍とトランプの関係を韓国がどう見るか、ということもある。
もう一つ。米国に仲介役を頼めば、「米国というお目付け役のもとで日韓が協議させられている」という構図になってしまう。別な意味でこれは嫌だな。

中国に仲介役を頼む、というウルトラCも頭の体操としては面白い。だが、中国は韓国と同じく徴用工問題を抱える国だ。日本の国内世論が中国を仲介役として受け入れることに抵抗感を持つであろうことも障害になる。賢明ではあるまい。

とは言え、米国は「日米韓」、中国は「日中韓」という日韓を含んだトライラテラルな枠組みを持っている。日本との新ディール協議に入るよう、米国と中国から韓国へ働きかけてもらうことはとても意味がある。

ここは「近隣でない小国」という線で、過去に国際紛争の仲介役として実績を持つ国にあたってみてはどうか? いずれにせよ、日本外交の日頃の「交際力」が試される。外務省にはこういう時にいい仕事をしてもらいたいものだ。

 

安倍政権と文在寅政権の相互憎悪を考えれば、少なくともいずれかの国で指導者が交代しない限り、日韓が仲裁委員会の設置を含め、何らかの妥協策に合意できる可能性はないかもしれない。(理屈の上では、別な見方もできないわけではない。日韓が何らかの妥協案に到達した場合、それぞれの政府が国内世論を納得させる上では、「右寄りで政権基盤の磐石である安倍」と「左寄りで支持率の比較的高い文」の組み合わせは理想的なものである。)

国力の接近した日韓がナショナリズムを制御し、歴史問題を克服することは、生半可なことではできない。日韓の指導者は、冷静に自国の国益とは何かを理解し、文字通り政治生命をかけてこの難問に取り組むべきだ。さもなければ、日韓のルーズ・ルーズ・ゲームはいつまでも続く。

日韓摩擦の泥仕合~ルーズ・ルーズ・ゲームは続く

徴用工判決が出た直後の昨年11月7日、「日韓関係、あと10年は駄目だろう」と本ブログで書いた。

案の定、その後の日韓関係は悪化した。今夏、日本政府がついに貿易面で韓国に圧力をかけたところ、韓国側は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を含め、予想を上回る反発を示す。

今や、日韓のメディアが日韓関係悪化のニュースを報じない日はない。ワイドショーで「ジーソミア」などという言葉が飛び交う始末。日韓関係は単に泥沼化したのみならず、泥仕合になりつつあるようだ。

問題は、この泥仕合の向こうで日韓双方が国力を確実に摩耗させていること、そして、この泥仕合に終わりが見えないことである。

泥仕合化

日韓関係は、単に悪化するだけでなく、泥仕合の様相を呈してきた。

1. 日本のトランプ流採用と韓国の過剰反応

韓国大法院の徴用工判決が出たのは昨年10月30日。その後、日本政府は仲裁委員会の開催を要請するなど、日韓請求権協定の枠組みで問題を解決する体裁をとった。ここまでは日本側の冷静さ――内心は激怒していたのであるが――が際立った。

しかし、去る7月18日に韓国政府が仲裁委設置を事実上拒否したのを待って、日本側もついに「実力行使」に出た。韓国向け半導体部品の輸出規制、輸出管理におけるホワイト・リストからの韓国除外という措置を矢継ぎ早に発表したのである。これに対し、韓国側も報復措置をとり、日韓の対立は一気にエスカレートした。日韓双方は、政府も国民もナショナリズムの虜になってしまった感がある。

日本側の対韓輸出管理厳格化は、安全保障上の措置と言ってはいても、実際には徴用工問題への対抗措置にほかならない。韓国に対して「ウンザリ感」を募らせている日本人の中には、爽快に感じた向きも少なくなかっただろう。これ、世界は「安倍がトランプ流に倣った」と見ている。トランプが中国に対し、知的財産権や軍事戦略上の目的を達成するため、関税引き上げや貿易制限を恣意的に発動しているのと同じことを安倍が韓国に対してやった、というわけだ。

韓国側が日本政府の措置に対応した報復措置(日本をホワイト・リストからはずすなど、対日輸出管理の厳格化)をとったのは、まあ仕方のないことであろう。だが、韓国の動きはそれにとどまらなかった。日本からの石炭灰輸入に際して放射能検査を義務付ける措置、日本産食品17品目やプラスティック廃棄物等に対する放射能検査の強化など、輸入面でも報復措置を打ち出し、民間では日本製品不買運動や日韓航空便の運休・減便などが広がった。極めつきは、安全保障協力分野にまで飛び火させ、GSOMIAの破棄を通告した。まだ足りないと思ったのか、8月25日には竹島でイージス艦まで投入した軍事訓練を行い、米国防総省でさえ「生産的でない」と顔をしかめた。8月31日には韓国与野党の国会議員が竹島に上陸する。この国にバランス感覚というものを期待してはいけない、と思うのは日本人ばかりではあるまい。

米中貿易戦争においても、対米関税の引き上げ等、中国は対抗措置をとっている。だが、私に言わせれば、中国の対応の裏側には、まだ理性がある。中国は、自らの対抗措置が最初に米国がとった措置を超えないよう配慮し、事態のエスカレートを少しでも防ごうと努めているように見えるからだ。(それでも、トランプが追加措置を発動するので結局、エスカレートは止まらない。)それに対し、韓国の反応は、ただ感情をぶつけているだけにしか見えない。

今後、安倍はトランプよろしく、韓国に対してさらなる打撃を加えるのか? 私は、少なくともこのタイミングでは、新たな措置をとる必要はないと思っている。こちらの意思は、すでに二発の輸出管理強化で示してある。GSOMIA破棄や竹島上陸に反応して日本が追加制裁措置をとっても、後述するように効果はない。であれば、世界から「日本も本当にトランプ流でいくつもりだ」と思われてもつまらない。情緒不安定な韓国と同一視されるのも不愉快な話だ。

2. 感情的な言葉の応酬

日韓双方の政治レベルでの言葉の応酬が、泥試合の様相を一層強めている。

韓国側はトップの文在寅大統領が感情に任せた――あるいは、国内的な「受け」を意識した――発言を繰り返している。「加害者の日本が盗っ人たけだけしく大声をあげている」「北朝鮮との経済協力で平和経済を実現し日本に追いつく」などという発言は、一国の指導者として品格も戦略もあったものではない。韓国の与党議員に至っては、日本のメディアをわざわざ集めたうえで、「4歳児みたいな行動」「笑止千万」などという表現を使って日本の行動を批判した。

日本側は、安倍総理や菅官房長官がまだ抑制的なトーンを貫いているのが救いである。しかし、河野太郎外務大臣はまだお若いのか、マスコミのカメラが回っているところで韓国大使の発言を遮り、「きわめて無礼」と発言した。外務大臣がすぐに激するようでは落第だ。竹島についても、あの丸山穂高が「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツィート。さらに、在日韓国大使館には銃弾と脅迫文が送られた。世界から見たら、韓国だけでなく日本も、「危なっかしい国」と映っているに違いない。

3. 主張は水掛け論

肝心の徴用工問題についても、日韓の主張のどちらが正しいのか、という点について冷静な議論は行われていない。

この間、日本政府の態度は一貫している。すなわち、両国間の賠償問題は1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に」解決済みである、ということ。したがって、韓国大法院の判決は「国際法違反の状態を作り出した」ものであり、断固として認められない、となる。

多くの日本人が聞けば、実に説得力のある議論に聞こえる。だが実は、国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法では主流。そこに人権問題が絡めば、日本政府の主張が国際社会で広く受け入れられるかは微妙なところである。安倍総理が国際法違反の中身にあまり立ち入らず、「韓国は国と国との約束を守ってほしい」と繰り返すのも、その辺が影響しているのではないか、と私などは勘ぐってしまう。いずれにせよ、多くの日本人は「韓国の国際法違反」という主張を信じて疑わない。

一方で、韓国側は当然、個人の請求権は日韓請求権協定によっても消滅していない、と論陣を張る。だが、韓国側にも弱みはある。2011年8月に韓国大法院が従軍慰安婦問題で韓国政府の無為を違憲とする判決を下すまで、韓国政府は日本政府に対して「賠償の問題は個人の分を含め、1965年の日韓基本条約と請求権協定で解決済みである」と40年以上にわたって認めてきた。その意味で、韓国政府の約束破りは明白だ。日本政府の方も業を煮やし、韓国政府が個人請求権については自ら責任を引き受けると述べていた「約束」を証拠として公開し始めている。ただし、韓国政府は過去の政府間合意について国内向けにはあまり語ろうとせず、「日本政府が悪い」の一点張りだ。

日本側は韓国の態度を「国際法違反」と決めつけ、韓国側も大法院判決の正当性を叫ぶだけ。両国の外務当局が協議に臨んでも、お互いに相手の説には耳を傾けることなく、自国の立場を一方的に繰り返すだけ。これを泥仕合と呼ばずして何と呼ぶのであろうか。

双方効果なし

泥仕合でも、我々が韓国側の行動を変えられるのであれば、まだ救いはある。韓国側の常軌を逸したような行動についても、それで日本に何らかの影響を与えられるのであれば、少しは理解できる部分もあるだろう。しかし、日韓双方のやっていることは、相手にほとんど影響を与えることはない。そもそも、経済制裁によってナショナリズムを押さえつけることは、よほど条件が整っていない限り、基本的には不可能だ。それが簡単にできるなら、北朝鮮はとっくに核開発をやめているし、米中貿易戦争もこんなに長期化していない。

〈日本→韓国〉

今回、日本政府が輸出管理規制を韓国に課した狙いは、言うまでもなく、徴用工判決をめぐって韓国に圧力をかけることにある。

安倍政権の中には、韓国政府が徴用工問題の政治的解決に取り組むよう、圧力をかけたいと考える強硬派もいるだろう。だがそれは、日本で言えば最高裁判決で有罪判決が出たあとに政府が介入して判決を無効にしようとするようなものだ。曲がりなりにも三権分立の韓国でそんなことは制度的にできない。無理にやれば、政権は倒れてしまう。したがって、日本が圧力をかけても、韓国政府が徴用工問題を考え直す、と期待するのは(残念ながら)見当はずれだ。

日本政府内には、韓国側に目に見える形で圧力をかけることによって、韓国側が差し押さえた在韓日本企業の資産を処分するなど、徴用工問題で次なる行動に出ることを牽制する意図があったと言われている。「日系企業の資産に手をつければ、さらなる制裁を実施するぞ」という無言の脅しをかけた形だ。だが、そうした効果を多少は期待できるとしても、それほど長続きするだろうか? 韓国の法制度に詳しいわけではないが、最高裁(大法院)判決が出た以上、いつまでも執行を止めておけるとは考えにくい。

では、日本政府の措置によって韓国の世論が軟化し、結果として徴用工問題で韓国側に何らかの変化が生まれることは期待できるだろうか? 日本では、文在寅大統領の対日姿勢に批判が高まっているという報道が目立つ。しかし、文の不支持率が5割を超えたのは、文が次期法相に据えようとする側近(チョ・グク元大統領府司法担当首席補佐官)のスキャンダルによるところが大きい。それに、文の支持率もまだ4割を超えており、まだまだ「追い込まれた」という状況ではない。

韓国の歴代政権は支持率が下がるほど、対日強硬姿勢をトーンアップさせてきた歴史を持つ。2012年8月に李明博大統領が竹島に上陸した時は、前月に実兄が収賄で逮捕され、支持率は2割を切っていた。大統領就任時は「未来志向」の日韓関係を追求した盧武鉉も、政権のレームダック化が進むにつれ、歴史問題等で対日姿勢を硬化させた。竹島(独島)が韓国領土であることを強調した特別談話を出して支持率を(一時的に)改善させたこともあった。文在寅についても、今後支持率が急低下したりすれば、ナショナリズム・カードを積極的に切ってくる可能性が大いにある。その時、日本側の追加制裁によって文を止めることは不可能だと思っておいた方がよい。

私自身は、輸出管理強化に踏み切った日本政府の意図は、上述のような駆け引きの側面よりも、日本側の韓国に対するイライラ感の表明という側面の方が強かったと考えている。日本国民の多くが今回の政府の措置を評価しているのも、そこに共感したからだろう。韓国という国には、「下手に出れば、どこまでもつけあがる」という傾向がある。戦後の日韓関係の中で「文句を言い続ければ、最後には日本が折れてくれる」という甘えの構造をすっかり身につけてしまった。ホワイト・リストはずしの最大の意義は、「もう黙っていませんから、そのつもりで」というメッセージを日本から韓国へ送ったことにある。

〈韓国→日本〉

日本による対韓輸出管理の厳格化という一手に対し、過剰ともいえる反応を示した韓国。しかし、韓国がどれだけ過激な行動をとっても、日本政府が一度下した決定を覆す効果は期待できない。

安倍政権は、対韓輸出管理厳格化を(建前は安全保障目的だが実際には)徴用工問題に対応するカードと位置づけている。日本国民も主要政党も同様の認識だ。したがって、韓国側が「GSOMIA等の措置を取り消してほしければ、韓国をホワイト・リストから除外した措置を撤回せよ」と言ってきても、まったく噛み合わない。

しかも、韓国側の措置は、国家のプライドを曲げなければならないほどの痛みを日本に感じさせるものではない。もちろん、日韓貿易に関わる企業や、韓国人観光客の減った旅館・食堂・土産物屋等の関係者にとって、多かれ少なかれ、経済的打撃があるのは事実だ。しかし、彼らが日本政府に対して譲歩を求めるような雰囲気は皆無と言ってよい。

日本側の報道には自国に都合のよいニュースを取り上げがちであると先に述べた。その傾向は韓国側の報道にも見てとれる。枝野幸男立憲民主党代表が河野外務大臣を批判したニュースも、朝鮮日報が早速、誇張気味に伝えていた。だが、枝野を含め、立憲民主党、国民民主党、野田前総理のグループなど旧民主党系の野党は、いずれも徴用工判決を批判し、安倍政権が発動した貿易管理強化を支持している。民主党政権(野田内閣)時代、GSOMIA締結で合意していたにもかかわらず、協定締結の1時間前になって韓国側にドタキャンされた、という前代未聞の事件が起きた。彼らが「親韓」というのは相当古い認識だ。

リベラル系のハンギョレ新聞になると、もっとすごい。例えば、「安倍政府は日本市民の良心的な声に耳を傾けるべき」という社説。現実の日本では、リベラルの多くを含め、圧倒的多数の日本人が韓国に対して嫌悪感(ウンザリ感)を抱いている。その根の深さが韓国側にはなかなか伝わらないのかもしれない。こうしたバイアスのかかった報道を通じて、韓国側が「超強硬な対応策の効果があった」などと勘違いしないよう願うばかりだ。

終わりの見えないルーズ・ルーズ・ゲーム

かくして、日韓双方の行為は、相手の言動を変えるという点では、効果がない。一方で、相手の反感を高めて事態をエスカレートさせるという、作用・反作用の効果は確実に発揮されている。また、後述するように致命的なものではないが、日韓の経済活動にマイナスの影響を与えていることも否定できない事実だ。

かつて日中間では、両国関係をウィン・ウィンの関係にする、ということが盛んに言われた。ウィン・ウィンとは、「両国が協力しあえば(協力しないよりも)お互いに得になる、だから協力しましょう」という意味である。これに対し、「一方が損する分、他方が得をする」というのがゼロサム・ゲーム。そこでは、協力ではなく対立が行動の基調となる。

今日の日韓関係を見ると、一方の損が他方の得になっている、というわけでもない。例えば、日本の対韓輸出管理厳格化。韓国側が事務的、時間的に困るのはもちろんだが、だからと言って日本側の儲けが増えるわけではない。日本側も、手間が増えたり顧客を失ったり、いいことは一つもない。韓国側の措置についても同様。日本製品のボイコットによって当該日本企業(例えばユニクロ)の売り上げは少し落ちるだろう。代わりに、韓国の消費者は比較的安価で高品質な製品を買えなくなる。GSOMIAの破棄に至っては、日韓双方の安全保障にとってマイナスとなり、笑っているのは北朝鮮や中国である。「ルーズ・ルーズ・ゲーム」以外のなにものでもない。

双方にとってマイナスばかりなのであれば、そんな緊張関係は早く終わらせるのが理性的な判断であろう。だが、その理性的判断ができなくなるのがナショナリズムのナショナリズムたる所以。ましてや、現時点で日韓両国の対抗措置の応酬が及ぼす影響は、日本だけでなく、韓国にとっても、たいしたものではない。

日本側の措置は、あくまでも「輸出手続きの厳格化」であり、「禁輸」ではない。最初は事務手続き面で時間がかかるにせよ、日韓の業者は早晩適応するだろう。韓国側はヒステリックに反応したが、対韓輸出が大きく落ち込むような事態は起きないと思われる。

韓国側のとった措置も、輸出に関しては基本的に同様のことが言える。輸入面の措置についても、韓国一国が一部産品について制限をかけたところで、日本側が耐えられない事態にはほど遠い。

GSOMIAが破棄されることの影響はどうか? 日本にとって(韓国にとっても)安全保障に関わる情報の精度が落ちることは避けられない。また、日韓の防衛協力全般がギクシャクしているという対外的メッセージを発したのも同然であった。ただし、北朝鮮や中国の脅威を考えた時、米韓双方にとって圧倒的に重要なのは米軍の情報。日本も韓国も、米国との同盟関係は維持できている。

とは言え、これが一昨年であれば、韓国もGSOMIAの破棄にはとても踏み切れなかったであろう。当時は、トランプと金正恩がチキン・ゲームを続け、米朝開戦の可能性が真面目に懸念されていた。今も北朝鮮が核・ミサイル開発を継続していることは誰の目にも明らかだ。しかし、トランプと金正恩が相互に自重する密約を結んでいる現在、北朝鮮が日本や韓国を攻撃してくる兆候はない。そうであれば、GSOMIAも、あった方が安全保障上はよいに決まっているが、なくても致命的に困る、というほどのことではない。

では、日韓が今後、米中貿易戦争並みの関税引き上げ競争などにエスカレートさせれば、結果は変わってくるのか? 日韓の場合、国力が今やそれほどかけ離れていないうえ、経済的相互依存の構造も割と対称的になってきた。日韓の間で経済的手段によってナショナリズムを屈服させることは、ますます困難になったと考えなければならない。

まず、日韓のGDPと両者の規模を時系列で比較してみよう。

〈日韓のGDP比較〉

1980 1990 2000 2010 2018
日本 1,044.88 2,451.67 3,418.87 4,484.79 5,594.45
韓国 83.512 323.605 776.442 1,473.30 2,136.32
韓国/日本 8% 13% 23% 33% 38%
単位:10億米ドル(購買力平価)。 2018年の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

韓国が日本を着実にキャッチアップしていることは一目瞭然。ただし、これだけでは、韓国経済は日本経済の半分にも満たない、という見方もできよう。だが、次の表で一人当たりのGDPについて日韓を比較してみると、韓国はもうほとんど日本に並んでいる。IMFの推計では、2023年には日本を抜くという衝撃の事態が現実になりそうだ。

〈一人当たりGDPの日韓比較〉

1980 1990 2000 2010 2018 2023
Japan 8,948 19,861 26,956 35,149 44,227 51,283
Korea 2,191 7,549 16,517 29,731 41,351 51,418
単位:米ドル(購買力平価ベース)。 2018年以降の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

貿易相互依存度についても、日本が圧倒的に有利というわけではない。確かに、韓国の貿易には、半導体をはじめ、日本から輸入した素材、部品、製作機械などを組み立てて輸出するという構造がある。しかし、日本が対韓経済措置を強化すれば、韓国の方が先に音を上げるだろうか? そうはならなそうだ。

IMFのデータをもとに計算すると、昨年(2018年)段階で日本にとって韓国との貿易(輸出入)は全体の5.6%を占めた。 これに対し、韓国の貿易の7.5%が日本と間で行われている。日本の方が低いが、その差は絶対的なものではない。

これが昔であれば、話は違ったであろう。例として1990年時点の数字を見てみる。日本の対韓貿易が全体に占める割合は5.6%で現在と変わらない。だが、韓国の対日貿易は全体の21.9%を占めていた。対米貿易が全体の16.9%だったから、日本の存在感がいかに大きかったかわかる。当時と較べた時、現時点で韓国経済にとって日本の持つ意味は明らかに低下した。今後、日本が経済的対抗措置を追加発動しても、韓国が屈服するとは考えにくい。

現状は、双方の発動している経済措置は比較的軽微なものであるため、それぞれ相手にとって致命的な打撃を与えることはなく、日韓両国ともに十分耐えられる。仮に今後、日韓が経済的措置をエスカレートさせたとしても、マイナスの影響がどちらか一方に極端に偏ることはないため、どちらかが先に屈服する、ということは期待できない。むしろ、こうした措置の応酬は日韓両国でナショナリズムを煽るため、双方がやせ我慢を続けることになる可能性が高い。

我々に言わせれば、売られた喧嘩。しかし、向こうは逆の受け止めだろう。いずれにせよ、ルーズ・ルーズ・ゲームをいつまでも続けなければならないとは、愚かな話だ。