「GSOMIA破棄」凍結後、日米韓中の四辺形はどうなるか?――激動の予感がする

韓国がGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)を破棄すると通告していた前日の11月22日夕刻、韓国政府はGSOMIAの破棄を先送りすると発表した。

この顛末について、日本では「在寅政権の敗北」という受け止めが多い。
GSOMIA破棄騒動の顛末だけ見れば、私の印象も「文在寅政権が勝手に仕掛け、勝手にこけた」という感じだ。
しかし、一部メディアが伝えるようにこれが日本側にとっての「パーフェクト・ゲームだった」とまで言うのは自画自賛が過ぎよう。

今回の件で、日本政府の立場が韓国政府の立場よりも有利になった、というのは見当違いも甚だしい。

第一に、康京和(カン・ギョンファ)外相は「GSOMIAをいつでも終了させることができる」と述べており、今回の措置が永続的なものである保証はない。
韓国が将来GSOMIA破棄を再び決断するとしたら、米韓同盟関係の決定的な悪化を受け入れる、という覚悟をした場合に限られる。それでも、韓国側がこのカードをちらつかせることは今後も十分ありえる。

第二に、今回の件によって問題の焦点が安全保障問題から通商問題(日韓の輸出制限問題)や歴史問題(徴用工問題、従軍慰安婦問題)に移れば、日韓の勝負は必ずしも日本優位とはならない。米国も日本を一方的に支持することはなさそうだ。

第三に、今回の件で日韓関係と米韓関係が改善するわけではない。日米韓の協調は今後も綻びを見せ続ける。そこを北朝鮮や中国に突かれれば、「韓国に勝った、負けた」という次元ではなく、我が国にとってより深刻な状況が生まれかねない。

GSOMIA破棄のドタキャンをどう見るか?

2016年11月23日、日韓両政府は日韓GSOMIAに署名した。GSOMIAは毎年自動更新されるが、3か月前に事前通告すれば破棄する(更新しない)ことも可能である。
今年の8月22日、韓国政府はGSOMIAの破棄を通告してきた。

GSOMIA自体は、東アジアの安全保障環境が緊張する中、日米韓の安全保障協力を進めるために有益な仕組みだ。
日韓GSOMIAがなくなれば、例えば北朝鮮がミサイルを撃った時に日韓は機微な情報について米国を通じて交換しなければならない。GSOMIAがなくても、米国を介すればいいだけじゃないか、と思うかもしれない。だが、米国との間には時差があるから、どうしても情報の入手に遅れが生じる。ミサイル時代の有事において、この遅れは致命的なマイナスとなりかねない。
韓国が何と強弁しても、日韓GSOMIAがなくなれば、日本だけでなく、韓国も米国も実害を被るというのは事実である。

「日韓GSOMIAが破棄されていれば、『韓国が勝っていた』」という議論も、「日韓GSOMIAが事実上延長されたから、『日本が勝った』」という議論も、ピントが目一杯はずれている。
敢えて言えば、文在寅の面子がつぶれ、安倍晋三の面子が立った、というところか。だが、それすらもあまり意味のある議論ではない。(その理由は、このポストを読み終われば伝わるだろう。)

多くの人が指摘しているとおり、文の失敗は日韓GSOMIA破棄という安全保障上のテーマ、しかも米韓同盟に関わるテーマを対日交渉に持ち出したことにある。
9月3日付のポストを参考にして、この間の経緯を振り返ってみよう。

昨年10月、韓国大法院(最高裁)は徴用工裁判で新日鉄住金(今の日本製鉄)に賠償支払い金の支払いを命じた。その後、同社の在韓資産は差し押さえを受ける。
これに対し、今年7月になって日本は、フッ化水素など3品目の対韓輸出を包括許可から個別許可に改めたのに続き、簡略な輸出手続きを認める「ホワイト国」から韓国を除外する挙に出た。韓国もすぐさま日本をホワイト・リストからはずして対抗した。

ここで終わっていれば、「やられた分をやり返す」というレベルの話だった。だが、前述のように文政権はGSOMIA破棄というカードを切り、「やられた以上にやり返す」ことになる。前述のとおり、GSOMIA破棄は純粋に日韓二国間の問題ではなく、日米韓の問題である。結局、米国の猛反発を受けた韓国政府は、GSOMIAが失効するはずだった日の前日になって方針変更を余儀なくされる、という醜態をさらした。
冒頭で「文在寅政権が勝手に仕掛け、勝手にこけた」と述べたのはこのことを指している。

だが、今後の日韓の駆け引き、という文脈で見た時、GSOMIA破棄をキャンセルしたことで韓国側が決定的に不利な立場に追い込まれたとは言えない。
徴用工問題で韓国側は日本企業の在韓資産を差し押さえたまま。日本政府として有効な手を打てない状況は、今回のGSOMIA延長によっても何一つ変わらない。

韓国側からは、日韓の企業が資金を出し合って基金を作って原告側と和解する案や、それに両国政府も加わる案などが聞こえてくる。しかし、これは事実上、韓国の主張を認めるに等しいため、安倍も簡単には認められまい。かと言って、大法院(最高裁)の判決は確定しており、韓国側もなかったことにはできない。

日韓の貿易管理の問題も、今後両国政府が収拾に動くか否かは何とも言えない。今回のGSOMIA延長の裏で日韓両国が「落としどころ」に合意していればよいが、その後の両国の批判合戦を見る限り、とても話がついているとは思えない。

要するに、GSOMIA延長によって日韓の懸案は何一つ解決していない。徴用工問題や貿易管理問題で日本が有利になった、というわけでもない。

通商問題と歴史問題では米国の支持を当てにできない

韓国政府がGSOMIA破棄を(とりあえず)凍結したのは、米国からの圧力に抗しきれなくなったため、という見方が強い。おそらく、その通りであろう。

11月に入ってから、国防総省の高官たちが韓国を訪れたり、ポンペイオ国務長官が電話をかけたりするなど、米国政府はGSOMIAの維持を表立って求めた。
11月21日には米上院が決議435で韓国に対してGSOMIAを維持する――文言上は、GSOMIAの重要性を繰り返し強調したうえで、韓国に地域の安全保障上の協力を損なう事態に対処する――ことを強く求めた。

米国が韓国にGSOMIA破棄を考え直すよう圧力をかけたのは、韓国政府の行為が米国の外交安全保障上の利益を大きく損なうためだ。
北朝鮮や中国の動向をにらんだ時、米国を盟主とした日本、韓国との間で維持してきた(事実上の)三国同盟は維持しなければならない。ところが、日韓GSOMIAが破棄されれば、それに綻びが生じることになる。

韓国政府はGSOMIAの破棄を打ち出すことによって米国の逆鱗に触れた。それ故に、「米国・日本 対 韓国」という構図ができて韓国は追い込まれた。

だが今後、外交安全保障に直接かかわらない日韓の諸問題――具体的には通商(輸出管理)問題と歴史(徴用工、慰安婦)問題――については、米国が特に日本の肩を持ってくれることはなさそうだ。

韓国政府がGSOMIA破棄を凍結したのを受け、米国務省報道官は声明を出した。そこでは「歴史問題の永続的な解決を確実にするために誠実な議論を続けるよう(日韓両国政府に)促す」と述べられている。

先に触れた上院の決議も、「日韓両国政府に対し、信頼関係を再構築すること、二国間の摩擦の源を処理すること、重要な防衛・安全保障上の紐帯を他の二国間の課題から切り離すこと、朝鮮半島の非核化、市場に立脚した貿易・通商、インド太平洋の安定といった共有する利益について協調を追求することを促す」と謳っていた。

いずれも、呼びかけの対象は日韓両国であり、韓国だけに注文をつけているわけではない。

もちろん、文在寅政権が時折見せる反米的姿勢に対し、米国政府が不快感を抱いていることは想像にかたくない。だが、米国は今後、韓国だけではなく、日韓双方に圧力をかけてくる可能性が高い。

現時点では、GSOMIA破棄の効力を一時的に停止している、というのが韓国政府の立場。GSOMIA破棄を完全に取り下げるためには、ホワイト・リストからの除外など韓国を狙い撃ちにした貿易管理強化策を日本政府が取り消すべきだと主張している。

米国が最も重視する問題がGSOMIAの安定的な維持だとすれば、日本政府に貿易管理策を何らかの形で取り下げるよう求めてくる、というのもあり得る話だ。
先週、韓国政府がGSOMIA破棄を先送る決定を下したドタバタの中、米国が輸出管理問題で日本へ圧力をかけてくれるよう、韓国側が頼み込んでいたとしても私は驚かない。

歴史問題も同様だ。と言うよりも、GSOMIA破棄や輸出管理の問題を含め、日韓摩擦の根源に歴史問題があることは米国も十分承知している。
日米韓三国同盟の分断を招く事態を将来的にも防ぐためには、その火種である歴史問題を少なくとも改善しなければならない、と米国が考えても不思議ではない。

慰安婦問題については、米議会に対する韓国のロビイングの効果もあって、米国内で日本側の主張はあまり受け入れられていない。

私が知る限り、「徴用工判決を含めた韓国側の対応は国際法(日韓請求権協定)違反」という日本政府の主張も米政府は公式に支持していない。
9月9日付のポストでも書いたとおり、国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方の方が国際法解釈の主流になってきている。

米国は、歴史問題で日本と妥協するよう韓国に圧力をかけるだろう。
ただし、大法院(最高裁)の判決は確定している。いくら米国が強く求めたとしても、韓国側が一方的に譲歩して問題をチャラにすることはできない。当然、米国は日本にも圧力をかけるはずだ。

韓国側からは、日韓の企業が資金を出し合って基金を作って原告側と和解する案や、それに両国政府も加わる案などが聞こえてきている。米国が三国同盟の盟主面をしてこれに乗る可能性はゼロではない。

もちろん、こうした案は韓国の主張を事実上認めることにつながる。安倍も簡単には認められないだろう。それでも、米国が駐留経費負担の増額や自動車関税などに搦めて圧力をかけてくれば、日本政府は相当追い込まれることになる。

ただし、以上の考察は、米国政府がかつてのように「政府としての体」をなしており、日韓関係の改善のために「誠実な調停者」として汗をかこうとする場合の話である。

あのトランプ政権が、しかも1年後に大統領選挙を迎える状況にあって、希少な外交的資源とエネルギーを日韓関係に割くとは考えにくい。
その場合は、日韓関係は双方が意地を張り合って着地点を見出せないまま、時間が過ぎてもおかしくはない。GSOMIA破棄の話が再燃することも十分あり得るだろう。

残念ながらその可能性が最も大きい、と私は思う。

中国はどう出るか?

我々は徴用工問題やGSOMIAを日韓二国間の問題と捉えている。だが、日本と韓国以外の国々も日韓関係を別の意味で注視していることも忘れてはならない。

日韓のシニアな同盟国である米国のことは、改めて言うまでもなかろう。
日韓の隣国である中国、北朝鮮、ロシアもまた、日韓の動向が自国の外交戦略にどのような影響を与えるか、どのように利用できるか、という観点で注視しているはずだ。

ここでは東アジアにおける最大のキー・プレイヤーである中国に焦点を絞り、中国の目に映る日韓関係について想像を巡らせてみたい。

今の局面で中国が東アジア戦略を策定しようとする時、日韓関係に関連するどのような要素を考慮するか?

第一に、日韓関係の悪化が長期化するであろうこと。これについては既に述べたとおりである。

第二に、日韓はそれぞれ、米国との関係も緊張含みとなりそうなこと。
対米同盟の動揺は特に韓国についてより深刻なものとなるだろう。
だが、トランプ政権は日本に対しても在日米軍駐留経費の増額や自動車輸入関税の引き上げといった「ディール」を持ち出している。大統領選挙の年となる来年は日米交渉にも刺々しい空気が漂う可能性が高い。(10月3日付のポスト参照。)

第三に、トランプ政権はウクライナ疑惑などに手足をとられ、日米韓三国同盟のメンテナンスに対しては(今回、韓国にGSOMIA破棄を回避させたように)必要最小限のエネルギーしか費やさないであろうこと。

今、中国が最も頭を悩ませている外交問題は、米国に喧嘩を売られていることだ。これに経済成長の鈍化、香港問題などが加わり、中国の指導部は相当な危機感を持っているはず。このことは11月21日付のポストで述べたとおり。

そんな中国にとって、日米韓をめぐる上述の三つの要素は、格好の「つけ込みどころ」と映っているのではないか。

米中対立に苦慮する中、日米韓が一枚岩なら、米ソ冷戦よろしく、中国は外交的にも軍事的にも包囲されることになる。しかし、日米韓がバラバラなら、米国の力は弱まる。韓国や日本との関係が改善すれば、中国には(少なくともある程度は)「逃げ道」ができる。

ここで中国には、日本や韓国に対して北風(=圧力をかける)で行くか、太陽(=宥和的態度をとる)で行くか、という選択肢がある。

北風路線で来れば、日本政府は米国との同盟強化に走るだろうし、文在寅政権も米国離れのスピードを遅らせざるをえない。

逆に、中国が日韓に対して思い切った太陽路線に出れば、東アジアの外交的なバランスは一気に流動化する可能性もある。

トランプ政権が誕生して以降、中国は日本に対し関係改善の方向に舵を切った。
日中は戦略的にライバル関係にあるうえ、尖閣問題をはじめ、いくつもの懸案を抱えているため、蜜月になることはない。だが、野田政権による尖閣国有化から安倍政権前半までの刺々しい日中関係に比べれば、最近の日中関係は明らかに安定している。

日本にしてみれば、一息ついた形だ。他方で、日中関係の改善は中国にとっても実利がある。例えば、香港問題をめぐって米国が人権法案等で中国批判のボルテージを上げても、日本政府はダンマリを決め込んでいる。

朴槿恵大統領の下で接近ぶりが一時際立っていた中韓関係は、米国がTHAAD(高高度ミサイル迎撃システム)の韓国配備を求め、これに中国が猛反発することで摩擦が目立つようになる。

2016年7月、大統領に就任したばかりの文在寅は、北朝鮮による長距離弾頭ミサイル実験の過激化を受けてTHAADの配備に同意した。
中国は事実上の経済制裁を科して韓国に撤回を迫る。韓国を訪れる中国人旅行者の数は2016年の約8百万人から翌年には半減し、2018年も元に戻らなかった。(下記グラフ参照。)

(単位:人)

結局、2017年10月に韓国が「三つのノー(①米国のミサイル防衛に加わらない、②日米韓の安保協力を同盟関係にしない、③THAADの追加配備をしない)」を約束して中韓の緊張は収拾に向かった。

韓国経済の対中依存は桁違いに大きい。下記の二つのグラフは、1991年以降の中国、日本、米国と韓国の輸出及び輸入額の推移を示したもの。THAAD配備をめぐって2016年の数字は落ち込んでいるが、中国との貿易量は日米との貿易量を遥かに凌駕している。

(単位:百万ドル)

その後も韓国は中国に対して気を使わざるを得ない状況が続いている。だが、中国に対して韓国政府が快く思っているはずもない。相当に屈折した感情だと想像される。

一方で、韓国は安全保障面では米国に気を使わなければならない。今回、韓国がGSOMIAの放棄をドタキャンしたのも、米国の圧力に耐えかねたせいだ。
文在寅政権が「米国の圧力で面子をつぶされた」というしこった感情を抱いていても不思議ではない。

トランプ政権は韓国政府に対し、在韓米軍駐留経費の韓国負担額を来年は5倍にしろ、と要求している。これも、韓国側にとって理不尽極まりない話だ。(米国は日本にも同様の要求を突きつけており、安倍政権も困惑している。)

日本は今、韓国との関係こそ最悪だが、トランプの米国とは(表面的に)良好な関係にあり、前述のとおり日中関係も小康状態。一方で韓国は、日本、米国、中国とすべての国と関係が悪いか良くない。

この局面で中国が韓国に対して本格的に南風を吹かせれば、文在寅政権が中国になびく可能性は十分にある。
観光客にせよ、貿易・投資にせよ、政府がコントロールできるのも中国の強みだ。
経済的にも苦境にある韓国にとって、中国が微笑み外交を仕掛ければ、魅力は大きい。

中韓接近が具体化すれば、駐留米軍経費負担やINF配備をめぐる対米交渉での韓国政府の姿勢にも影響を与えることになるだろう。その結果、米韓関係が悪化すれば、在韓米軍の撤退(縮小)が現実のものとなる可能性も排除できない。

そこまで行けば、米韓同盟は空洞化し、中国外交の大勝利と言ってよい。もちろん、東アジアの安全保障環境も動転する。

2016年11月に日韓GSOMIAが締結された際、中国は「関係国が冷戦思考に固執して軍事情報の協力を強化することは朝鮮半島の対立を激化させる」と強く反発した。
その論で行けば、韓国が先週、GSOMIA破棄を延期したことに対して中国政府が批判するなり、不快感を示してもおかしくはないところだ。

しかし、今のところ中国からの公式な反応はない。中国の沈黙は、日米に対する配慮であると同時に、国内的に苦しい立場に追い込まれた韓国政府に対する配慮でもあるのだろう。

8月21日に北京で3年ぶりに開かれた日中韓外相会談では、王毅国務委員兼外相が日韓両国に「問題解決の方法」を見いだすよう促す場面もあったと言う。

将来、日本との間で歴史問題を抱えているはずの中国が日韓の歴史問題で「誠実な仲介者」を演じる意欲を示したら、どうか? その時、米国が日韓関係の悪化を放置していれば、日米韓中の国際関係は大きく変わりかねない。

おわりに

今回のGSOMIA破棄騒動について、日韓のゼロサム・ゲームと言う小さな視点からのみ眺めていると、日米中韓の四辺形で起こりつつある大変化は見えてこない。

韓国がGSOMIA破棄を延期したのを見て、「韓国に一泡吹かせた」と喜んでいる場合でも、もちろん、ない。

我々は、「もしかしたら今、東アジアの戦略環境における冷戦終結以来最大の岐路に立たされている」という自覚を持っておくべきだ。

11月21日付のポストで、私は日本外交が現在の中国の苦境に付け込んでビッグ・ディールを仕掛けるべきだと述べた。

こちらが先にやらなければ、向こうに先にやられる。

日本外交は今、主体性、構想力、行動力を試されている。

今こそ、中国とのディールに取り組むチャンスだ ~ EEZ画定のすすめ

最近、中国の勢いに翳りが見える。
日本人の本音としては、半ばホッとし、半ば「ざまあみろ」という感じだろう。

だが、日本政府までそれでいいのか?
外交の世界では、相手が弱みを見せれば、それにつけ込んで少しでも自分に有利な状況を作り出そう、と考えるのが常識のはず。私の目には、日本外交が千載一遇のチャンスを目の前にして無為に時を過ごしているように見える。

日中間のパワー・バランスとその趨勢を考えた時、中国と少しでも有利なディールを行おうと思えば、米中関係がギクシャクしていることに加え、香港問題をはじめ中国政府が国内的にも揉め事を抱えている現在は絶好の機会である。

「ディール」という言葉をトランプの専売特許にしてはならない。

日中の国力格差

21世紀の日本にとって、最大の国家的脅威の一つが中国であることにあまり異論はないだろう。しかし、日中の国力の趨勢を比較してみたとき、見えてくる状況は日本にとって極めて不利だ。
ここでは経済、技術、軍事の面で代表的な指標をとりあげ、簡単な日中比較を行ってみよう。

まず、経済力の代表的指標であるGDP。
中国のGDPは米ドル換算(グラフ上段)で2010年に日本のGDPを抜き、以後もその差は開く一方である。購買力平価ベース(グラフ下段)で見れば、日中のGDP総額が逆転したのはもっと前になり、日中経済の格差は一層拡大する。

単位:十億米ドル
出典:International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, October 2019

経済に限った話ではないが、規模が大きいばかりで質が伴わなければ、評価は下がる。技術力の面で、日中の相対的力関係はどうなっているのか。

技術力の優劣を示す指標としての使われるものの一つが論文数だ。中でも注目されるものとして、Top10%補正論文数(ある分野で発表された論文のうち、他で引用された回数が上位10%に入る論文の数に補正を加え、時系列の比較ができるようにしたもの)を取りあげる。
下記は日中のTop10%補正論文数推移をグラフ化したものだ。

出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所、科学技術指標2018、調査資料-274、2018年8月

今や、中国が凄いのは規模だけ、と言ってすませることはできないことが一目瞭然だ。中国側の数字が驚異的なペースで伸びているだけでなく、日本側の数字が停滞気味であることも気になる。

次は軍事。下記のグラフは米ソ冷戦終了後の日中の軍事費を比較したものだ。

単位:百万米ドル/2017年。
出典:SIPRI Military Expenditure Database 

差は歴然としている。10年位前までは、量では中国が遥かに凌駕していても、質の面では海空戦力を中心に自衛隊の方が上回っているという評価ができた。
しかし、経済の急速かつ持続的な成長の結果、最近では、軍事技術の面でも中国がリードしている分野が多いと言われている。中距離ミサイルの命中精度、宇宙、サイバーなどでは、はっきり言って日本は太刀打ちできないのが現状である。

もちろん、指標を選べば、日中の較差がこれほどでなかったり、日本の方が優位だったりする絵を描くことも可能だ。しかし、そんな小細工に意味はない。代表的な指標が示すのは、中国の力が日本を逆転し、その差をますます広げている、という現実。
日本はこの客観状況の下で対中外交を展開しなければならない。

中国の苦境

同時に、最近の中国は決して順風満帆の状況にはない。代表的な「変調」を経済面と政治面から見てみよう。

1. 経済成長率の鈍化

鄧小平の改革開放が始まったのが1978年。以来、1989年の天安門事件を受けて数年間低成長に陥った――1989・90年の経済成長率は4%前後――ことはあるものの、中国経済は驚異的な成長を続けてきた。しかし、成長率は2007年の14.3%でピークアウト、2015年以降は7%割れが常態化している。
下記のグラフは1980年以降の中国の経済成長率を示したもの。中国の統計が信じるに足るか、という問題には目をつぶったとしても、最近の中国経済の「不調」ぶりは一目瞭然だ。

縦軸は%。
出典:International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, October 2019

中国の経済成長が頭打ちとなっている背景にあるのは、中国経済の成熟化、債務調整の継続、人口ピークアウト、格差の拡大といった構造問題。最近ではトランプ政権の仕掛ける経済・投資戦争が追い打ちをかけている。米中経済戦争を含め、すべてが一過性、周期性の要因ではない、というところが中国にとって頭の痛いところ。今年(2019年)に入ってからも中国の経済成長率は、1~3月=6.4%、4~6月=6.2%、7~9月=6.0%となっている。今後は5%台突入も避けられない、というのが大方の見方だ。

もちろん、中国の経済成長率は、低下したとは言え、日本経済の成長率よりも遥かに高い。(したがって、日中経済の格差は今後も拡大する。)2018年の+7.3%という数字(実質成長率)も、国際的に見れば十分すぎるほど高い。米国の+2.9%はもちろん、インドの+6.8%さえ凌駕している。

だが問題は、これ以上経済成長率が下がった時——その可能性は前述のとおり、非常に高い——、約14億人の中国人に対して共産党による一党独裁を正当化し続けることができるか否か。中国の指導部が怖れているのはそこだ。

2. 米中関係

中国共産党指導部は、過去も現在も経済建設を最優先の国家課題と位置づけ、その邪魔になるような「米国との衝突」は避ける、という外交戦略をとってきた。それは基本的には習近平指導部でも変わらない。
ところが、トランプという米国大統領の方が「中国との衝突」をディールの材料にする、という驚きの事態が生まれた。

確かに、トランプ政権の下、言葉の面でも行動の面でも、米国の対中政策は従来越えることのなかった一線を越えた。(本年5月12日付のポスト参照)
米中経済戦争と呼ばれる関税引き上げの応酬。Huaweiなど中国企業を先端技術分野から締め出すために出された米政府の指示。中国の南シナ海進出への警告。ペンス副大統領による台湾支援の明言等々・・・。
米ソ冷戦と同一視すべきではない(本年4月21日のポスト参照)にせよ、中国を警戒する米国の姿勢は明らかだ。

トランプ大統領が再選されなければ(再選されたとしても2025年以降は)、米国の対中政策が敵対でなくなるのなら、まだよい。
しかし、米国政府が中国に対して警戒感を強め、強硬策を打ち出し始めたのは、実はオバマ政権の後期からである。
民主党の大統領選候補の面々も、中国に対して宥和的な候補出ないことを示すことに汲々としている。エリザベス・ウォーレンやバーニー・サンダースに至ってはトランプ同様、米中貿易戦争も辞さない、という立場だ。

米中対立が激化すれば、屈服するのが中国の方だと決まっているわけではない。だが、米国と激しく対立することは、中国にとって決して望ましいことではない。
上述のとおり、経済面では、それでなくても鈍化している経済成長率の低下に拍車がかかる。軍事面でも中国側のキャッチ・アップは急だが、現時点ではまだまだ米国の方が有利、と言わざるを得ない。

3. 香港問題

習近平は鄧小平以降の中国の指導者の中では、最も短期間で自らの権力基盤を固めることに成功した指導者である。毛沢東を除けば、習ほど強く共産党を掌握した者はいないとさえ言われる。しかし、この夏あたりから習(と言うよりも共産党指導部)は政治基盤の思わぬ揺らぎを見せ始めた。今も収拾のめどが立っていない、香港の動乱のことだ。

1997年に香港が返還された際、中国は50年間にわたって香港の政治体制を変更しない(ただし、外交と国防を除く)と約束した。しかし、現実には中国共産党政権による政治介入が相次ぎ、「一国二制度」と香港の民主主義は徐々に侵食されてきた。

今年の7月1日、香港の犯罪容疑者を中国本土へ引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正案に反対するデモ隊と警察が衝突する。これまでもデモ隊と警察の衝突は繰り返されてきたが、今回はどうも様相が異なる。中国側(実際にはその代理人である行政長官)は逃亡犯条例の改正を取り下げたが、デモ隊側は要求項目を増やして妥協に応じない。それどころか、警察の弾圧によって死者が出たため、デモ隊側の怒りはますます増幅している。

中国政府は板挟みの状況にある。

デモを本当に強権的に弾圧すれば、国際的な非難を受けることは間違いない。1989年の天安門事件の際も中国は国際的に孤立して経済的にも外交的にも苦労した。
香港を弾圧した時、味方になるのはプーチンのロシアくらい。米国との貿易交渉は頓挫し、日本や欧州など、対中貿易戦争ではトランプ政権と距離を置く国々もある程度は米国の対中包囲網につき合う可能性が高い。経済成長が鈍化している今、国際経済と相互依存関係の進んだ中国経済が外的要因から更なる打撃を受ければ、共産党一党支配の正当性が揺らぐであろうことは既に述べたとおりだ。
平和的な台湾統一にも悪影響が出ることは避けられない。

では、デモ隊に妥協して自治の拡大を香港に認めればよいのか? それはそれで、中国本土における民主化要求を刺激し、共産党支配を動揺させる。ウイグルやチベットなど少数民族が自治や独立の要求を強めかねない。

そもそも、デモ隊を強権的に弾圧しようが、彼らの要求を呑んだ宥和的な態度をとろうが、デモに参加する人たちが中長期的に矛を収める保証はない。
今香港で起こっている騒動は、単に民主化や自治の問題を超え、住民のアイデンティティの問題となっているからだ。香港大学が行った調査によれば、香港に在住する人の15%だけが自分を「中国人」だと考えており、残りは自分を「香港人」と考えている。18~29歳に限れば、自分は中国人だと考えている者は3%しかいない。

香港のデモが中国共産党の喉元に突きつけている問題は、それほど根が深い。今回収まったとしても折にふれて指導部を悩ませ続けることだろう。

中国の苦境をチャンスと捉えよ

冒頭で見たとおり、今日の日中の国力を比較すれば、状況は明らかに中国有利と言わざるをえない。しかも、時間が経過するにつれて国力の較差は日本にとって一層不利なものとなる。中国の経済成長率が低下してきていると言っても、日本の経済成長率がいかんせん低すぎるためだ。生産性の面でも人口動態の面でも、日本経済の将来に対しては悲観的な見方の方が圧倒的に多い。

この大きな潮流を考慮した時、日本外交が中国と互角に渡り合おうと思えば、タイミングを見て相手の弱みに付け込む、という発想が不可欠となる。
つまり、中国側が(一時的)苦境に陥った局面を逃さず、日本にとってより良い条件でディールを切り結ぶ、ということだ。

国の状況が困難な時、その国が必ず宥和的になるとは限らない。むしろ、ナショナリズムを強める場合があるのも事実だ。
しかし、国の状況が困難な時に中国が大局的観点からビッグ・ディールを結んだ例は少なからず存在する。例えば、毛沢東と周恩来が踏み切った米中の国交正常化もその一つ。

中国が1990年代に周辺諸国との間で多くの国境問題を解決したのも、天安門事件後、中国指導部が国内的には共産党支配の動揺、対外的には西側諸国による経済制裁と国際的な孤立という深刻な危機に直面していたことが強く影響した。
国境の確定を通じて近隣諸国との関係を改善・強化し、人民解放軍を旧ソ連国境から引きはがして国内の治安維持に使えるようにしておくことは、共産党指導部にとって大きなメリットだったのである。

中ロ国境については、ロシアの方が中国よりもさらに苦境にあったため、中国よりもロシアの情報の方が大きいと言われる。一方、中央アジア方面での国境画定では、中国が諦めた面積の方が相手方よりも多いケースも少なくない。

先述の「三つの苦境」があるとは言え、今の中国が置かれた立ち位置は、天安門事件後に比べれば、まだ良い状況である。日本が対中ディールを追求しようと思えば、中国に全面譲歩を迫るというのは現実的でない。「ウィン・ウィン」を標榜しながら、いかに「引き分け」から「少し勝ち」に持ち込むか、という手腕が問われよう。

日中EEZをめぐる「ディール」

今、日本が中国との間で具体的にどのようなディールを追求すればよいのか?
少しばかり私案を述べてみたい。

日中間で軍事紛争が起きる可能性は低い、と私は思う。
それでも、万一あるとすれば、尖閣諸島と東シナ海ガス油田開発をめぐって(偶発的なものを含めて)日中間に何らかの衝突が起こり、それがエスカレートする場合が最も考えられる。

日本と中国は海を介して隣接している。日中が海で衝突する確率を下げるための「ディール」を結ぶことができれば、その意義はとてつもなく大きい。

尖閣諸島については、中国公船による領海及び接続水域の侵犯はあるものの、日本側が実効支配している。そこでの共同開発等となると(やってはならないというわけではないが)国内的に強い反発が予想される。その点、東シナ海のガス油田の方がディールに向けた障害はまだ少ないと考えられる。

東シナ海のガス油田開発をめぐる日中対立

東シナ海には天然ガスや石油の埋蔵が見込まれる海域があり、中国側が一方的に試掘等を行って日中が対立していることは周知の事実だ。

この問題を司る国際法は国際海洋法条約になるのだが、これが全然単純な話ではない。と言うのも、同条約は200カイリ(約370㎞)に及ぶ排他的経済水域(EEZ)を沿岸国に認める一方で、大陸棚における鉱物資源の採掘権を大陸側の国家に認めている。言わば、国際法自体にダブル・スタンダードが組み込まれているようなもの。
東シナ海の場合、日中の沿岸から200カイリとなると相互に重複が生じる。日本政府は当初、双方の中間線をベースに日中間のEEZを画定すべきだと主張していた。

しかし、中国はそれを逆手にとった。
日中間でEEZが画定されていないにもかかわらず、1990年代から中間線の中国側で天然ガスや石油の試掘を始めたのである。(大陸国家である中国は「大陸棚延長論」に基づいて採掘権を主張することも忘れていない。)
このうち、2003年に着工された春暁(日本名=白樺)は中間線からたった5㎞しか中国側に寄っておらず、天然ガスや石油の埋蔵地域が地下を通じて日中中間線の日本側にまで広がっている可能性が高い。これは見過ごせない、と我が国は激しく抗議した。

2008年5月に胡錦涛主席が来日し、この問題は一旦沈静化したかに見えた。胡が離日した直後の6月18日、日中両政府はガス油田問題で部分的な合意に達する。
そこでは、春暁(日本名=白樺)の開発に日本が参加すること、日中中間線をまたぐ一定海域(地図で見るとかなり限定されている)での日中がガス油田の共同開発を行うことが謳われた。

しかし、この合意は中国国内ではあまり評判がよくなかったようだ。その後、今日に至るまで2008年6月の合意内容は何一つ具体化していない。中国がこの海域で独自にガス油田開発を進める動きも相変わらず続いている。

東シナ海におけるディールの可能性

東シナ海のEEZをめぐって中国との間でディールを追求するとしたら、どのようなものが考えられるだろうか? 二つほど私案を示してみたい。

① 2008年6月合意の具体化

第一案は、2008年6月の合意を実現すること。
10年以上ストップしていたことを前に進められれば、日中関係の雰囲気が良くなることは間違いない。決して悪くないディールだ。ただし、注意すべき点も二つある。

まず、春暁(白樺)にせよ、指定海域の共同開発にせよ、現在のエネルギー情勢の下で採算がとれるのか、という切実な問いに対してはっきりした答が出ていない。ガスや油の質がどの程度のものなのか、日中中間線付近からパイプラインで中国側へ持っていく――素人考えだが、日本側へ運ぶ方が難易度は高そうである――コストを回収できるのかなど、課題は少なくないと思われる。

もう一つは、2008年6月の合意がカバーするのは、春暁と一部海域の将来的な共同開発に限定されることだ。別な言い方をすれば、この合意を履行したとしても、中国側は広大な海域で「勝手に」試掘等を行うことができる。と言うことは、将来、そこで日中間に不測の衝突が起きる可能性もまた、残ることになる。

② 日中EEZの画定

そこで検討すべきなのが第二案、すなわち日中EEZの画定だ。
もちろん、尖閣諸島の周辺は無理だから除外するしかない。
日中間で協議してもEEZを確定できないようなら、両国が同意して国際司法裁判所(ICJ)へ持ち込む、というのも一つの知恵だ。

2008年6月の合意と比べて係争海域を大幅に減らすことができるので、日中間で将来、紛争が起きる芽を包括的に摘むことができる――。それがこのディールの最大のメリットである。

ただし、EEZを画定しようと思えば、中国のみならず日本側も譲歩は覚悟せざるを得ない。はっきり言って、日中中間線での合意は無理だ。
日中と似たようなケースにおけるICJの判例を見ても、中間線を大陸棚の延伸方向に――つまり、中国のEEZを広げる形で沖縄の方向に――少しずらす形で境界線が引かれる可能性が高い。その結果、現在中国が試掘しているガス油田はすべて中国側に権利が認められることになるだろう。

私に言わせれば、東シナ海のガス油田を少なくとも日本側から商業ベースに乗る形で開発することは、まずできない。そんなものにこだわるよりも、名を捨ててEEZの画定を優先させ、将来日中間で紛争が起きにくいようにする方がずっと賢い。
どうしても、というのであれば、中国が東シナ海で行うガス油田開発については日本の一部出資に優先的配慮を行う、という覚書でも交わしたら十分だろう。

中国国内には、沖縄の間近まで大陸棚が延伸していると主張し、東シナ海におけるべらぼうに広大な海域で中国が独占的に鉱物資源を開発できる、という意見だってある。「中間線+α」(日本側から見れば「中間線-α」)で決着をつけることは、中国にとっても大きな妥協なのだ。

おわりに

今日で安倍総理の総理在任期間は憲政史上最長となった。
「長いだけだよ」と言われないためにも、安倍外交の総仕上げとして日中の画期的なディールに取り組んだらどうだろう?

東シナ海における日中のディールは、安倍総理がプーチン大統領との間で進めようとした――まだしているのか?――北方領土交渉よりも実現可能性は遥かに高い。
日本の安全保障上の不確定要素を減らすという意味からも、国益に資するところが極めて大きい。

来春、習近平国家主席が国賓として来日する。これほど大きなチャンスはない。
日本政府は習の来日を単なるセレモニーに終わらせることなく、大きなディールの実現に向け、全力を傾けるべきだ。

来年は自動車と駐留米軍経費で日米ギクシャクか~貿易協定〈暫定〉合意の先に待つもの

9月25日、日米は貿易協定の締結に合意し、安倍総理とトランプ大統領がニューヨークで共同声明に署名した。報道ぶりはご大層なものだったが、「三文芝居を見させられているようだった」というのが私の感想である。

ミニ合意

今回の日米合意については、「日本政府はよくやった」という声もあれば、「トランプに押された」という批判もある。政治的には、安倍政権を支持する人は褒めるし、支持しない人はけなす。内容的には、トランプが突きつけた対米自動車輸出への関税引き上げを当面回避できたとみるか、TPPで合意していた自動車の関税引き下げを実現できなかったとみるかが評価の分かれ目となっている。

今回の合意を一言で言えば、日本が米国からの農畜産物をもっと買う(少なくとも、今買っている量を減らさない)ということに尽きる。その条件(関税)はTPP水準の範囲に収まっており、別に目新しいところはない。(正確に言えば、セーフガードを発動しない牛肉の輸入枠については新たに別枠をつくり、米国を特別扱いすることになった。)

今回の貿易協定についての米国側の報道ぶりは、「包括的な貿易協定の第一段階」という言い方で一致している。それはそうだろう。日本が最も恐れていた自動車に対する追加関税の発動は、先送りとなった。茂木外務大臣は追加関税を課さない旨、トランプが安倍に確認したと胸を張った。しかし、ライトハイザー通商代表は「現時点では」と釘を刺し、将来の追加関税に含みを残している。いずれにせよ、トランプの保証なんて詐欺師の保証みたいなもの。茂木の得意そうな顔は恥ずかしかった。

安倍とトランプのウィン・ウィン

共同記者会見の際に安倍は、今回の合意が日米双方にとって「ウィン・ウィン」だと述べた。図らずも、言い得て妙、である。

まずはトランプ。米中貿易交渉は長期化して先行き不透明になった。カナダ、メキシコとの間では新FTA(USMCA)を何とか締結したものの、民主党が多数を占める下院での批准に手間取り、いつ発効させられるかわからない。再選を狙うトランプとしては、支持基盤である米農家に現段階で何らかの実績を示したい。大統領権限で発効させられる日本(及びインド)との「ミニ」貿易協定を是が非でもまとめる必要があった。

一方の安倍。日米間の利害対立が表面化し、安倍が習近平のようにトランプの標的になれば、外交上手という評価は地に堕ち、安倍政権の求心力も急低下しかねない。10月からの消費税引き上げを控え、米中貿易戦争による悪影響に日米貿易摩擦が加われば、日本経済の先行きにますます暗雲が漂い、それこそ政権の命取りになりかねない。

目先の合意にすぎなかろうと、大した中身があろうがなかろうが、安倍とトランプにとって今回の日米合意がウィン・ウィンのディールだったことは間違いない。

日本の存在感低下

ミニと言われようと、先送りと批判されようと、日米の貿易協議がとりあえずまとまったことは事実だ。見通しのきかないまま、過激化の一途をたどる米中貿易戦争とはえらい違いである。しかし、前回のブログで述べたとおり、それは日米関係が良好だから、というわけではない。その背景にある最も大きな事実は、米国(と世界)にとって日本経済の存在感が大幅に低下したことだ。

今回の合意、「世界第一位と第三位の経済大国が結んだ貿易協定である」と言っても別に間違いではない。しかも、日本人は常に米国を中心に世界を見ているから、日米の貿易問題は一大事だと受け止める。だが、米国も同様の受け止めかと言うと、相当な温度差がある。

日米貿易摩擦が燃え盛った1980年代と今日では、米国の目に写る日本経済の大きさは、まったく異なっている。2018年、旧NAFTA締結国(カナダ、メキシコ)からの輸入が米国の総輸入に占める比率は26.2%だった。内訳はカナダからが12.5%、メキシコからが13.6%。単一の国ベースでは、中国からの輸入が21.2%で圧倒的に多い。一方、日本からの輸入は総輸入の5.6%。ASEAN全体の7.3%よりも小さい数字だった。

昔は違った。1989年に日本からの輸入が米国の輸入全体に占める比率は19.8%でトップ。ジャパン・アズ・ナンバーワンという言葉が流行し、やがては日本のGDPが米国のそれを凌駕すると多くの米国人が怖れていた。当時の米政府(レーガンから父ブッシュ政権)が日本に照準を定めたのも無理はなかった。

トランプが正面切って言うことはないだろうが、日本とのディールに本気で取り組むメリットは、それほど大きくないと考えるのが自然である。トランプは既にカナダ、メキシコと新協定(USMCA、ただし未批准)を締結したが、全体の2割以上を占める中国からの輸入をどうにかしないと、有権者への効果的なアピールにならない。

本丸=自動車と駐留米軍経費

先日合意が発表された——と言っても、まだ未署名だが——日米貿易協定により、日米関係は当座の小康状態を得ることになった。

しかし、日米貿易交渉の本丸は、今回先送りされた自動車分野だ。大統領イヤーの来年、トランプは日本のみならず、欧州や韓国も含め、米国が自動車を輸入する国々を叩きにくるはず。ロイターによれば、2017年の米国の自動車輸入は830万台で、メキシコが240万台、カナダが180万台、日本が170万台、韓国が93万台、ドイツが50万台となっている。トランプが本気なら、日本だけ特別扱い、ということにはならないだろう。

米中経済戦争ばかりが注目されているが、トランプのアメリカ・ファーストは同盟国にも、そして貿易以外の分野にも向けられている。特に、同盟国に対する防衛負担増はトランプにとって政治的に重要な公約だ。韓国は今年2月、今年度分の在韓米軍駐留経費負担を従来比8.2%増やすことに同意したが、トランプは来年以降も増額を求める構え。在日米軍駐留経費も聖域扱いされることはない。

ブルームバーグは今春、トランプ政権がドイツや日本などに対し、駐留経費全額プラス50%以上の支払いを求める方針だと伝えた。ボルトン大統領補佐官(安全保障担当、当時)に至っては、今年7月に来日した際、応対した日本側の担当者に「5倍増」を要求した、と朝日新聞が伝えている。

在日米軍駐留経費のうち、日本側が負担している比率は75%(2005年の米側試算)とも86%(2015年度の防衛省試算)とも言われる。実際にかかっている駐留経費以上を払え、というのだから、米側の要求は正気の沙汰とは思えない。だが、トランプにかかれば、狂気と正気の区別はなくなる。もちろん、交渉戦術として最初は大きな数字をふっかけておき、最終的には駐留経費の満額を同盟国に負担させれば上出来、と考えているのかもしれない。

いずれにせよ、我々にしてみれば、米軍駐留経費の満額を支払うなんぞ、冗談ではない。ナショナリスト・安倍晋三にとっても、駐留経費負担増額の受け入れは、沽券にかかわる問題のはずだ。

折悪く、現在の駐留経費負担協定の期限は2021年3月まで。次の5年分――期間は短縮される可能性もある——の交渉は、よりによって大統領選挙イヤーの来年、行わなければならない。

米中協議と大統領選がカギを握る

来年からかこの年末からか、日米交渉は上記2分野で本丸に入る。交渉のプロを自認するトランプのことだ、貿易交渉の枠組みの中で自動車とコメを絡めるといったチンケな戦術ではなく、自動車と在日米軍駐留経費をリンケージさせて日本政府を揺さぶる、くらいのことはいくらでもやってくるだろう。

今後の日米交渉はどうなるのか? 少し予想してみたい。

安倍総理にせよ、経産省、外務省、防衛相にせよ、米国との対立が表面化してでも守り切る、といった覚悟は持っていない。日本政府は米国に対して世界でも稀な腑抜けである。(一戦交える覚悟もなしに米国の虎の尾を踏んだ挙句、尻尾を巻いたのが鳩山由紀夫だった。)したがって日本政府の方は、従来のスタイルで何とか切り抜けたい、と思いながら交渉に臨むことになろう。

従来のスタイルとは、トランプの中で問題が大きくなる前に、トランプのご機嫌をとりながら小規模な譲歩を早めに見せ、日米交渉妥結が双方の政権にとってウィン・ウィンだと納得させる、というもの。問題は、来年という時期に、この2つのテーマで、それが通じるかだ。

可能性はゼロではない。古い数字だが、2004年に米国防総省が発表した数字では、米軍駐留経費のうち、日本の負担割合は74.5%と最大。韓国は40%、ドイツは32.6%にすぎなかった。日本はある意味、優等生だ。ある程度の負担増は仕方ないとしても、その伸び率は抑えられるはずだと日本側は期待しているかもしれない。

しかし、トランプを甘く見てはいけない。7月7日付のブログにも書いたが、トランプは6月29日にも「日米安保はアンフェア」と述べ、日本側を牽制した。駐留米軍経費をめぐる今後の交渉では、駐留経費交渉に日本の軍事的貢献や安保条約改定(日本による集団的自衛権行使の明記を含む)を絡めてくる可能性も十分あり得る。

私は、日米交渉の鍵を握るのは、今後の米中貿易交渉の行方と米大統領選の動向だと思っている。

今回、日米ミニ合意でトランプが手を打ったのは、来年の米大統領選で民主党候補に対して不利な予想が多い中、米中貿易交渉の先行きが見えないことが少なからず影響していた。これは既に述べた通り。

来年も米中貿易交渉がまとまらなければ、日本側は自動車や駐留経費の交渉で比較的小さな譲歩を示し、支持者向けに当座の成果を示したいトランプに高く売りつける余地が生じる。例えば、米国は鉄鋼・アルミニウムのように自動車輸入関税を広く引き上げるが、日本車については個別に適用除外されるケースを設けてもらう。あるいは、日本側の駐留経費負担は微増にとどめる一方、またぞろ米国からの大型武器購入を約束する、とか。

日本にとって最悪なのは、米中貿易交渉がとにもかくにもまとまり、それでも大統領選挙でトランプの苦戦が続く場合だろう。中国以外の標的として、日本たたきの優先順位が上がるかもしれない。焦るトランプがなりふり構わず日本に圧力をかけようとして、対日防衛コミットメントを揺るがすようなツイートを発信するようなことがあっても、私は驚かない。

今年は日韓関係の悪化が著しい年だった。来年は、今とても良いと言われている日米関係が外交上の焦点になる可能性がある。その影響は、日韓の比ではない。

 

それにつけても、日本外交は米国に対する「その場しのぎ」外交をいつまで続けるつもりなのだろうか? トランプが再選されても、別の大統領が生まれても、日米関係が劇的によくなることはもうない。永遠にその場しのぎ、というのは御免こうむりたい。

今日の日米関係は「良い」のか? 

中国は貿易戦争を仕掛けられ、EUは今月中にも報復関税を発動されることになった。メキシコやカナダはNAFTAの大幅改訂を飲まされた。それに比べれば、トランプの対日圧力はまだ「優しい」方だ、と感じている日本人は決して少なくあるまい。925日に日米が貿易協定の締結に合意したことを受け、「今日の日米関係はまあまあ良いんじゃないか」という思いを強くした人もいるだろう。

だが、ちょっと待ってほしい。日本が圧力を受けていないのならともかく、日本に対する圧力が他国に対するものほどきつくないことを理由に「日米関係は良好である」という結論に至るのは、まともな思考でははない。

「今日の日米関係は史上最強」説

政府・与党やメディアの多くは、現在の日米関係を「非常に良好」と表現する。今年5月にトランプが来日した際も、安倍は「親密な個人的信頼関係により、日米同盟のきずなは揺るぎようがない」と胸を張った。外務省のホームページに至っては、9月25日に行われた日米首脳会談で両首脳が「日米同盟が史上かつてなく強固であるとの認識を再確認」した、とまで書いてある。

米中の貿易戦争は今や投資の分野にまで拡大しつつあり、着地点が見えない。トランプはカナダ、メキシコ、欧州などの同盟国首脳をも口汚い言葉で罵り、従来考えられなかったような要求を突きつけては様々な二国間関係にストレスを生じさせている。

こうしたアメリカ・ファーストの姿勢は日本にも向けられている。今回の日米貿易協定もその反映だ。しかし、トランプの要求リストの本丸部分(自動車)について、日本は交渉の先送りを許された。安倍に向けられてきたトランプの言葉(ツイッターを含む)も、イスラエルを除く他国首脳に対するものと比べれば、明らかにゆるい。その意味では、今日の日米関係を良好と呼ぼうと思えば、呼べないことはない。

だが、今日の日米関係を良好と呼ぶのは、やっぱり何かしっくりこない。その理由をはっきりさせるため、21世紀に入ってからの日米関係を時系列でごく簡単に振り返ってみたい。

21世紀の日米関係を振り返る

〈小泉―ブッシュ時代〉

この時代の日米関係は、確かに良好だったと言える。

外交安全保障面では、9.11を受けて対テロ戦争の遂行を推進した米国に対して、小泉政権は自衛隊をインド洋(アフガン戦争)やサモア(イラク戦争)に派遣し、目に見える貢献を行った。自衛隊は前線に出て戦ったわけではないが、湾岸戦争で「トゥーリトル、トゥーレイト」「キャッシュ・ディスペンサー」と揶揄された日本とは大違いだった。

経済面でも、日本脅威論が喧伝され、1980年代のように日米貿易摩擦が燃え盛った時代はもう過去のものだった。バブル崩壊後の「失われた10年(←その後も続いた)」を経て日本経済の相対的地位が低下した一方、双子の赤字に苦しんでいた米国は、冷戦終結に伴う平和の配当とIT経済の急速な伸長によって経済大国としての自信を取り戻していたのである。

小泉とブッシュの個人的関係も良かった。二人のケミストリーが合っていたことはつとに有名である。小泉のカウンターパートがオバマやトランプであったなら、ここまで緊密な関係とはならなかったに違いない。ジャック・シラク(仏大統領)やゲアハルト・シュレーダー(独首相)はブッシュの単独行動主義をきびしく批判していた。ブッシュにとって、トニー・ブレア(英首相)と小泉純一郎は、単に気があるだけでなく、外交の世界における盟友でもあった。

〈政権交代前〉

小泉は2006年9月に首相を退任する。その後の3年間で首相を務めた安倍晋三(第一次)、福田康夫、麻生太郎の下でも、日米関係の基本は変わっていない。

ただし、2007年の参院選以降、「ねじれ国会」の状況によって日本政府は日米間の約束事を円滑に遂行することができなくなった。福田内閣はテロ特措法の更新に失敗し、インド洋で自衛隊が行っていた米軍艦船への給油活動は3か月以上中断した。ブッシュの方も政権2期目の後半では支持率が低迷し、レイムダック状態に陥った。

小泉以後の3人の日本の首相とブッシュの間に緊密な関係が生まれることもなかった。日本側の首相はほぼ一年おきに交代したうえ、ブッシュとの間でケミストリーが一致する性格の持ち主もいなかったためだ。

〈民主党政権時代〉

2009年1月に米国ではオバマ大統領が就任した。同年8月末に行われた総選挙の結果、日本では2012年12月まで民主党が政権を担うことになる。

民主党は選挙時のマニフェストで、地位協定の改定、普天間代替施設の再検討、駐留米軍経費の削減、東アジア共同体の創設などを訴えていた。こうした対米自立路線が日米同盟に緊張をもたらしたことは言うまでもない。特に、鳩山由紀夫総理が普天間代替基地の辺野古移設案を見直して「最低でも県外」を実現しようとしたことは、日米関係を一気に冷え込ませた。加えて、民主党政権の統治能力欠如が日本政府に対するオバマ政権の不信感を増幅した。

その後、菅直人、野田佳彦の両総理はマニフェストで掲げた対米政策を事実上、封印した。鳩山の躓きに懲りたことが直接の理由だが、2010年秋の尖閣船長事件やメドベージェフ露大統領による国後島訪問など、中国やロシアとの間で緊張が高まったことも彼らの背中を押した。しかし、民主党政権に対するオバマ政権の態度は最後まで醒めたままだった。

民主党政権の3人の首相とオバマ大統領の間に個人的信頼関係が築かれることもなかった。日本側にも問題があったのは事実だが、オバマ自身も外国首脳と個人的に親しくなるような性格ではなかった。

〈安倍―オバマ時代〉

2012年12月の総選挙で安倍・自民党が政権に返り咲く。

安倍は日米関係の立て直しを唱え、米側もそれを歓迎した。中国の軍事的台頭が顕在化する中、オバマ政権は(少なくとも公式には)アジアへのリバランス戦略を打ち出していたからだ。とは言え、「米国は世界の警察官ではない」と表明したオバマの米国は、国際秩序に積極的に関わるよりも内政を重視する傾向が顕著だった。また、安倍内閣の歴史認識や靖国参拝に対する態度はオバマ政権にとって不快かつ危険なものと映っていた。

経済面ではオバマ政権がイニシアチブをとったTPPに日本政府も乗り、共に自由貿易を推進しようとした。2018年3月にはTPP11協定の署名に漕ぎつけている。

安倍とオバマの個人的関係は緊密と呼べるものではなかった。オバマは実務的な人間だったし、右翼的志向を持つ安倍と基本的にはリベラルなオバマの相性が良いわけもなかった。

〈安倍―トランプ時代〉

2017年1月、ドナルド・トランプが米大統領に就任する。

トランプはアメリカ・ファーストを掲げ、中国のみならず、同盟国との間でも摩擦を起こすことを厭わない。現在までのところ、日本はトランプを持ち上げ、米国からの武器調達など早期にトランプの要求に応じることによって、トランプの標的となることから免れてきた。

ただし、トランプ政権は日本に対して在日米軍駐留経費の大幅増――ボルトン大統領補佐官(当時)は来日時に5倍増を吹っかけた――を要求している。北朝鮮に対しても、2018年春までは米朝間に軍事衝突を起こしかねないほど緊張を高めて日本側の懸念を高めていたが、今は北朝鮮が中距離以下のミサイル開発を進めるのを問題視しなくなり、別の意味で日本側を心配させている。客観的に見れば、安全保障面で日米同盟の平仄が合っているとはとても言えない。国際秩序に対するトランプ政権の軍事的なコミットメントも、(オバマがやらなかった)シリア空爆に踏み切った以外は概して消極的である。

トランプは経済面でも日米関係は緊張を持ち込んだ。トランプは就任するやTPPからの脱退を表明。二国間でより米国に有利な貿易協定を結ぼうと画策してきた。

安倍とトランプの個人的関係は、表向き良好ということになっている。だが、二人の間に盟友関係と呼ぶような強い紐帯があるのかは疑問だ。ただし、中国だけでなく多くの同盟国の首脳と仲が悪いトランプにとって、安倍は「仲間」を演出できる数少ない首脳の一人。安倍もトランプとの良好な関係をアピールすることによって米国の要求を値切ろうとしているように見える。二人はお互いに相手のことを「利用するのに都合のよい人物」と考えているのではないか。

 

こうして時系列で見ると、今日の日米関係が良好であるとはとても言えない。日米双方が――安倍もトランプも、両国の官僚たちも――同盟関係の綻びが表面化しないよう画策し、それが比較的うまくいっているだけの話だ。今日の日米関係を良好と呼ぶのに抵抗を感じるのは、当然のことであった。

日米関係はトランプ大統領の誕生によって変質したというわけでもない。米国が内向きになる兆候はオバマの時代から既に顕著だった。来年の大統領選挙でトランプが再選されなくても日米関係が元に戻ることはもうない、と思っておくべきだ。

徴用工問題は仲裁委員会で政治決着を図るのが上策

9月3日9月8日の2回にわたり、徴用工問題をめぐる日韓関係について議論してきた。
日韓関係のもつれた糸をほぐそうとしても、日韓関係の現状は双方があまりに憎みあいすぎている。日韓が緊張緩和に向けた話し合いを今すぐに始めることは、なかなか期待できない。

それでも将来、日韓関係を改善しようと思えば、慰安婦問題と徴用工問題に何らかのケリをつけることが必要になる。特に、徴用工問題はどうしても避けて通れない。

形式から見た時、徴用工問題を決着させるには、①日韓二国間交渉による合意、②国際法廷での裁判、③日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の裁定、という三つの方法がある。いずれも針の穴に糸を通すようなむずかしい話だ。しかし、最も現実的かつ意味のある解決となるのは、仲裁委員会を使うやり方であろう。

二国間交渉は解決につながらない

慰安婦に関しては、2011年に韓国大法院が韓国政府の無作為を咎める判決を下した。その後、2015年に安倍と朴槿恵の間で妥協が成立したが、文在寅によって一方的に反故にされたという経緯もある。
したがって、韓国政府が今後日本に再交渉を求めてきても、日本政府には「無視する」という選択肢がある。日韓関係に棘は残るが、慰安婦問題で在韓日本企業に賠償させることはできない。日本側が無理に動かなくても、目立った実害は出ない。

徴用工の方は、在韓日本企業に賠償責任を認めた韓国大法院の判決で出ており、このままでは実害が出る。今後、訴えられる在韓日本企業の数が増える可能性もある。
日本としては、この問題にケリがつかない限り、手打ちはできない。

1965年の請求権協定によって韓国国内の賠償については韓国政府が責任を持つと合意したのだから、韓国政府は約束を守れーー。これが日本政府の主張だ。
だが、韓国にも三権分立の建前がある。判決が出る前ならまだやりようがあったかもしれない。大法院の判決が確定した後、政府がそれを覆すというのは、文在寅政権でなくても無茶な話ではある。

それでも何らかの政治決着が図られるとすれば、日本政府や関係企業も一部資金負担して基金をつくり、日韓両国政府が共同して賠償に当たる、というような枠組みが考えられる。

とは言え、韓国政府が日本企業の負担を一部でも分担するということになれば、韓国世論は激高し、政権は崩壊しかねない。ましてや、文たちは反日の虜と言っても過言ではない。日本との表立った妥協など、考えたくもないだろう。

仮に日韓の間に妥協が成立し、日本国民の税金を一部でも使うことになれば、「日韓請求権協定で決着済み」という従来の日本政府の主張と矛盾する。国内(特に右寄りの人々)の説得が紛糾することは容易に想像がつく。

「両国政府が交渉を通じて妥協案に合意する」というスキームには、もう一つ大きな問題がある。苦労して合意しても、将来、韓国側にちゃぶ台返しを食らう可能性が――決して低くない可能性が――あることだ。
慰安婦問題も、村山談話とアジア女性基金、2015年の日韓合意など、何度も政府間で決着したと思ったにもかかわらず、蒸し返されてきたのが現実。徴用工問題についても、韓国政府は長年「日韓請求権協定で決着済み」と同意していたはずだが、手のひらを返した。

日本国民の間では、「韓国と何かに合意しても無意味。どうせまた、裏切られる」という絶望的なウンザリ感が共有されている。これは、政治家、官僚、国民のすべてのレベルで、右だろうと左だろうと、安倍政権を支持していようと支持していまいと、あてはまる。現時点で日本側に、韓国政府と交渉しようというエネルギーは湧きそうもない。

結論として、日韓二国間協議による解決は、無理かつ無意味ということになる。

国際司法裁判所という劇薬

当事者同士で有効な結論に達することができない場合、国内であれば次の選択肢は「出るところへ出る」こと。国際社会でその役割を担うのは、国際司法裁判所(ICJ)である。

国際法廷に委ねれば、いかなる判決が出ようと、日韓両国はそれに従うと期待してよい。(韓国については一抹の不安がないわけではないが、国際社会が韓国を支持しないことは明白だ。)
国際司法裁判所という第三者によって「譲歩させられる」という形をとるため、日韓両国政府国内的に言い訳をしやすい、というメリットもある。

国際司法裁判所は、1920年に国際連盟が創設した常設国際司法裁判所を前身とし、国連憲章(第14章第92~96条)に基づいて1945年に設置された国連傘下の常設の司法機関。裁判所はオランダのハーグに置かれ、国連総会と安全保障理事会の投票によって選ばれた15人の判事によって構成される。判事の経歴は、外務省の法律顧問、国際法の教授、大使や裁判官の経験者などが多い。同一の国から二人以上の判事が選ばれることは禁止されている。

ただし、徴用工問題を国際司法裁判所で裁くことについては、二点、押さえておかなければならないことがある。

1.  合意付託できるか

一つは、日本が望むだけでは、裁判が始まらないことだ。国内の裁判であれば、一方が他方を訴えれば、基本的には裁判が始まる。しかし、国際司法裁判はそうではない。制度的な詳しい説明は省略するが、徴用工問題を国際司法裁判所で争うためには、日韓が本件を国際司法裁判所へ付託することに合意し、その旨を記した特別合意書をハーグ法廷へ提出することが必要になる。

日本政府は戦後、領土問題を解決するために国際司法裁判所を利用しようとしたことが何度かある。韓国に対しては1954年、1962年、2012年の三回にわたって竹島の領有権問題を国際司法裁判所へ共同付託(合意付託)するよう提案した。ソ連に対しても、1972年に北方領土に関する共同付託を申し入れたことがある。しかし、いずれも韓国とソ連が拒否したため、国際法廷は開かれなかった。

昨年、徴用工問題で大法院判決が下ったことを受け、日本政府は国際司法裁判所への提訴(単独付託)も検討していると言われる。

相手国の同意がなくても、係争当事国の片方がハーグ法廷に訴え出ること自体はできる。その後、訴えられた方が自発的に付託に応じれば、裁判は始まる。ただし、そのようなケースは極めて稀だ。

特に、韓国は面子を重んじる国。単独付託され、後からそれに応じることは、まず考えられない。日本が単独提訴しても、「憂さ晴らし」にしかならない。韓国に下記の仲裁委員会設置を呑ませるためのカードの一つと位置付け、軽はずみなことはしないことだ。

国際司法裁判所で徴用工問題を実際に審理させたいのなら、事前に韓国と話し合って「合意付託」に持ち込むしかない。そのハードルは非常に高いが、モデル・ケースは存在する。

シンガポールの東方、マレーシアの南東方向の海上に三つの岩礁がある。その一つ、ペドラ・ブランカ島(マレーシア名はバトゥプテ島)は19世紀に英国が灯台を建て、その後はシンガポールが管理してきた。しかし、1979年にマレーシアがこれら三つの岩礁の領有権を主張し始め、その帰属問題は両国間で争いの種となった。
長年の交渉の末、両国はこの問題の解決を国際司法裁判所に委ねるという特別協定に調印し、2005年にハーグ法廷へ提訴した。2008年に国際司法裁判所の出した判決は、ペドラ・ブランカ島についてはシンガポール、その南方の岩礁についてはマレーシアの主権を認める一方、最南端の岩礁については周囲の海域を領海とする国(シンガポール、マレーシアに加え、インドネシアも絡む可能性がある)の領有という表現で先送りにした。シンガポール政府とマレーシア政府はそれぞれ、不満を述べつつも判決を受け入れた。

とは言え、韓国政府が徴用工問題で合意付託に応じるということは、大法院(最高裁)で勝訴が確定しているのに、わざわざ判決が覆るリスクを冒すということを意味する。それだけでも、韓国世論から売国的だと非難されかねない。ハードルが高いことに変わりはない。

2.  勝てないかもしれない

徴用工問題を国際司法裁判所で解決する場合、もう一つの注意点は、日本が勝てるか否か、見通せないことだ。

日本政府の主張は、1965年に締結した日韓請求権協定で解決済み、というもの。無償(3億ドル)・有償(2億ドル)援助等を行い、韓国の個人分については韓国政府が責任を持つ約束だったのに、反故にされたと韓国政府を批判している。
国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法解釈の主流だ。韓国の個人分の補償については韓国政府が責任を持ち、日本政府はその分を含めて韓国に援助を行ったという主張が、どの程度通るのか。韓国側が人権問題を絡めてお得意のロビイングを仕掛けることを含め、日本に不利な判決が出る要素は、少なからずある。

2014年3月、オーストラリアとニュージーランドが南極海における日本の調査捕鯨を国際法違反だと提訴した裁判について、国際司法裁判所は「このままの形で捕鯨の許可を与えることはできない」という判決を下した。判決を受け、日本は南極海での調査捕鯨を中止せした。判決が出るまで、外務省は「絶対に勝てる」と楽観していたと言う。

国際司法裁判所ではないが、韓国が原発事故後、福島県などからの水産物輸入を禁止している問題について、今年4月、世界貿易機関(WTO)の上級委員会(第2審)は、韓国に是正を求めた小委員会(第1審)の判断を取り消す裁決を下した。この時も、外務省や農水省は「勝てる」と思っていたらしい。

負けるかもしれない、というリスクがあるのは、韓国にもあてはまる。
しかも、現状の大法院判決は韓国に有利なものだ。日本側は国際司法裁判所で負けても、「ダメ元」と言えなくもない。だが、韓国政府の場合は、国際司法裁判所で負ければ、文字通り洒落にならない。

国際司法裁判の場合、政治的な配慮よりも、法解釈の議論に基づいて判決が下される。その結果、負けた方にとっては、極めてきびしい結果になる可能性がある。
例えば、元徴用工への賠償責任は韓国政府にある、という判決が下れば、(日本側にとっては当然の判決であっても)韓国の政治は大混乱に陥るだろう。逆に、日本政府は元徴用工への賠償責任を幅広く負うべし、という判決であれば、賠償金額や対象となる人数は膨れ上がりかねない。

日韓双方の政治指導者がこうした不透明性を呑み込み、文字通り政治生命をかけて取り組むことができるのか? 両国の政治や世論はついてこられるのか?
そう考えると、国際司法裁判所における解決、というオプションも現実味は薄いか。

落としどころは仲裁委員会

日韓請求権協定には、両国の間に意見の相違が生じたときの紛争解決手段について、第3条に定めがある。
すなわち、日韓の間でまずは協議を通じて解決をめざす。それが駄目な場合は、日韓各1名と日韓が同意する日韓以外の1名(または日韓が同意する第三国の指名する1名)からなる仲裁委員会を設置し、案件を付託する。両国は仲裁委員会の決定に服さなければならない。

昨年、徴用工判決が出たあと、日本政府は韓国に外交協議を申し入れ、さらに仲裁委員会の設置を求めた。しかし、韓国政府が事実上拒否したため、設置は叶わなかった。

だが、仲裁委員会による解決には無視できないメリットがある。一度断られたからと言って諦めるのはもったいない。仲裁委員会による解決のメリットは二つ。

一つは、条約(国際協定)に基づくものであり、第三国(第三者)も関与する仕組みであるため、結論が出れば、韓国も決定に従わなければならないこと。ちゃぶ台返しはまずないと思ってよい。(ただし、仲裁委員会の設置まで行っても、結論が出ないケースはあり得る。)

二つめは、仲裁委員会とは言ってもベースにあるのは二国間協議であるため、日本または韓国が国内的にどうしても受け入れられないような決定には至らないこと。つまり、国際司法裁判所の判決よりも、日韓の間で一種の「引き分け」を実現させられる可能性が高い。

両国間に最低限の信頼関係もないまま、仲裁の「着地点」について下打ち合わせもしないまま、出たところ勝負のように仲裁委員会の設置を提案しても、韓国が受けるはずはない。水面下で日韓が妥協できる大体のラインを双方がイメージできてはじめて、仲裁委員会設置の可能性が出てくる。

私が抱く仲裁案のイメージは、先に二国間交渉の項で述べたようなものだ。日本の完勝は韓国が受け入れるはずがなく、韓国の完勝は日本が受け入れられない。そうであれば、着地できる範囲は誰が考えてもあまり広くない。

冷え切った日韓の間を取り持つよう、第三国――仲裁委員会が設置されれば、仲裁委員を出すことになる可能性が高い――に依頼することも重要になる。いや、もしかしたら、これが成否の鍵を握るかもしれない。

第三国として誰もが最初に思い浮かべるのは、日韓双方の同盟国である米国だろう。私もそれを否定するものではない。
ただし、今の「トランプのアメリカ」がよいかどうかは慎重に考えた方がよい。トランプが「善意の第三者」として振舞うかどうかに確証が持てないためだ。安倍とトランプの関係を韓国がどう見るか、ということもある。
もう一つ。米国に仲介役を頼めば、「米国というお目付け役のもとで日韓が協議させられている」という構図になってしまう。別な意味でこれは嫌だな。

中国に仲介役を頼む、というウルトラCも頭の体操としては面白い。だが、中国は韓国と同じく徴用工問題を抱える国だ。日本の国内世論が中国を仲介役として受け入れることに抵抗感を持つであろうことも障害になる。賢明ではあるまい。

とは言え、米国は「日米韓」、中国は「日中韓」という日韓を含んだトライラテラルな枠組みを持っている。日本との新ディール協議に入るよう、米国と中国から韓国へ働きかけてもらうことはとても意味がある。

ここは「近隣でない小国」という線で、過去に国際紛争の仲介役として実績を持つ国にあたってみてはどうか? いずれにせよ、日本外交の日頃の「交際力」が試される。外務省にはこういう時にいい仕事をしてもらいたいものだ。

 

安倍政権と文在寅政権の相互憎悪を考えれば、少なくともいずれかの国で指導者が交代しない限り、日韓が仲裁委員会の設置を含め、何らかの妥協策に合意できる可能性はないかもしれない。(理屈の上では、別な見方もできないわけではない。日韓が何らかの妥協案に到達した場合、それぞれの政府が国内世論を納得させる上では、「右寄りで政権基盤の磐石である安倍」と「左寄りで支持率の比較的高い文」の組み合わせは理想的なものである。)

国力の接近した日韓がナショナリズムを制御し、歴史問題を克服することは、生半可なことではできない。日韓の指導者は、冷静に自国の国益とは何かを理解し、文字通り政治生命をかけてこの難問に取り組むべきだ。さもなければ、日韓のルーズ・ルーズ・ゲームはいつまでも続く。

対韓圧力はやがて手詰まりに陥る可能性大――気がつけば「戦略的無視」から逸脱していた日本政府

前回の記事で、徴用工問題に端を発した日韓関係の悪化は、双方にとって損しかないものの、その損が致命的でないために「ナショナリズムの罠」から抜け出せず、いつまでも続きそうである、と述べた。

今の日本人の感覚は、「日韓関係なんか悪くても何も困らない。つき合っても不愉快になるだけだから無視すればいい」というのが最大公約数だろう。私も正直言って、韓国に関与することに疲れてしまった。しばらく放っておけばいい、という気分だ。

その後、ソウルやプサンでは教育機関や公共施設で「戦犯企業」の製品を買わないよう努力義務を課す条例を可決するなど、韓国側は情緒的対応をやめる気配を見せない。だが前回も述べた通り、彼らが何をやろうと、日本の措置を撤回しなければならないほどの圧力をこちらが感じることはない。韓国の行為は、我々の「ウンザリ感」を一層募らせ、「日本は絶対に降りるべきでない」という気持ちを募らせるだけだ。

しかし、冷静になってみると、この関係はどこかで着地点を見つけ、終わらせなければならない。今後の展開を考えたとき、この勝負、時間が経つにつれて日本は手詰まりになるのではないか、と思えてきたからだ。それはどういうことか? あまり言いたくはないが、書いておかねばならない。

この先の展開を読む

7月4日、日本政府は半導体製造に使われる3品目の韓国向け輸出を個別許可制に移行。7月のフッ化水素の対韓輸出は前月比で8割減少した。
8月28日には軍事転用の恐れが低い製品の輸出について審査不要のホワイト・リスト(グループA)から韓国をはずす政令も施行された。
こうした動きに対し、韓国側は日本政府のとった措置に直接対応する範囲を超えて対日報復措置をエスカレートさせ、GSOMIAの破棄まで通告してきた。

先日、李洛淵(イ・ナギョン)首相が韓国国会で「(対韓輸出規制強化など)日本の不当な措置が元に戻れば、わが政府もGSOMIAを再検討することが望ましい」と答弁した。訪韓した河村建夫元官房長官(日韓議員連盟幹事長)に対しても、李は同様の発言を繰り返している。事実上、「日本が韓国をホワイト・リストに戻せば、韓国はGSOMIAの破棄(11月から発効)を取り消してもよい」という観測気球なのだろう。

しかし、日本側の輸出管理厳格化は、安全保障上の理由という建前はさておき、韓国政府に徴用工問題への取り組みを促すことが目的だ。日本政府にとって、李の提案は「まったく次元の異なる問題(菅官房長官)」を意図的に混同させようとしたものでしかない。安倍も「徴用工問題の解決が最優先だ」と不快感を示し、乗るつもりはなさそうである。

ここまでは、日本ペースとまでは言わないが、韓国側の報復措置にもかかわらず、日本が韓国に対して攻勢に立っているように見える。だが、この先は果たしてどうなるのか?

今後も韓国政府が徴用工問題で何の手も打たなければ、日本側は意地でも輸出管理の厳格化を元に戻さない。
すると、韓国側は報復措置として既に発表済みの対日貿易制限措置を実行に移す。韓国の輸出管理上、日本をホワイト・リストからはずすことも今月中には始まるだろう。11月になれば、GSOMIAも完全に破棄される。

両国にとって、経済的にも、安全保障の観点からも、マイナスの影響が出ることは間違いない。だが、前回述べた通り、両国が蒙るマイナスは「致命的」というレベルにまでは達しない。

日本が7月以降に打ち出した輸出管理厳格化措置に対し、韓国は常軌を逸した反応を示した。そのことによって、我々は日本のとった措置が韓国にとって与えるダメージを実態以上に大きなものと受け止めてしまったようだ。

前回も述べたとおり、日本の輸出管理厳格化は手続き面の規制強化であって禁輸ではない。先月あたりから、輸出申請に対する個別許可も降り始めている模様だ。ホワイト・リストからの韓国除外についても同様のことが起きる。したがって、時間の経過とともに対韓輸出は、完全に元には戻らないまでも「正常化」していくことが予想される。

さらに、サムソン電子など韓国の半導体メーカーは、フッ化水素の韓国産化に取り組むなど対策に着手した。日本の制裁は長い目で見れば、日本の素材メーカーにとって不利なことになりかねない。

日本政府が韓国に課した経済措置は、安倍がトランプ流を模倣したものだ。しかし、スケールの点で両者の違いはあまりに大きい。
トランプは、中国からの輸入に対し、広範かつ大幅に関税を引き上げている。ファーウェイについては、米政府機関による調達、米企業による部品供給を禁止した。ファーウェイに対する規制の網は、米国企業のみならず、日本を含む同盟国の一部や多数の外国企業にも及ぶ。

しばらく時間がたてば、韓国は日本の輸出管理厳格化によってあまり痛みを感じなくなるだろう。
ではその時、徴用工問題はどうなっているか? 韓国政府が徴用工問題で日本に何らかの配慮を示しているとは考えられない。
つまり、徴用工問題は改善しないまま、日本側のとった対韓措置に韓国側が慣れる、という事態を迎える可能性が高いということだ。

手詰まりの予感

徴用工問題は、日韓の外交問題という側面もあるが、基本的には韓国司法の土俵の上にある、と言わざるをえない。
大法院(韓国最高裁)の判決は既に下り、日本製鉄(旧新日鉄住金)の資産は差し押さえられている。別の在韓日系企業を標的にして新たな訴訟を起こされれば、同様の判決が出るはずだから、賠償させられる企業が続出しかねない。
我々がそれを不当だと思っても、こちらに強制的に阻止する手立てはない。(戦前なら、「朝鮮出兵」を含む軍事的な手段で圧力をかけることも可能だった。しかし、今の時代にそんなことをすれば、日本は侵略国とみなされる。)

結局、日本が韓国に対して圧力をかけ続けようと思えば、経済面(関税引き上げ、政府調達からの韓国企業締め出し、金融制裁等)で新たな対抗措置を導入するしかない。だが、韓国相手に安全保障を理由にした規制を課すには自ら限度がある。無理にやれば、WTOで負ける。
また、日本の措置は(米国がやっているように)他国の政府や企業を巻き込んだものにはならない。韓国への打撃も限定的なものにとどまる。

一般論としても、ナショナリズム(歴史問題)が絡む問題を経済圧力によって解決することは非常にむずかしい。日本が圧力を強化すれば、韓国が徴用工判決の差し押さえ資産の現金化に踏み切るなど、徴用工カードを切ってくる可能性も考えられる。

少し脱線するが、安倍にとことんやるつもりがあるのなら、徴用工問題で訴えられる日系企業に韓国撤退を要請するくらいの覚悟を持たなければならない。トランプは中国に進出している米国企業に対し、撤退を要請している。
韓国側に戦犯と名指しされた日系企業は、いわゆる賠償金を支払ってでも韓国にとどまった方がよい、と考えているのか否か? 私はその本音を知らないので、これ以上のコメントは控える。

輸出管理規制の強化によって徴用工問題の本質的な解決をはかるという日本政府の計略。一見よさそうに見えたが、ここまでくると手詰まりに陥る可能性が高い。

安倍政権の最近の対韓政策は「戦略的無視」と言われてきた。だが皮肉にも、今夏発表した対韓輸出管理の厳格化は、この「戦略的無視」を逸脱した行動であった。
韓国側の過剰反応に対し、さらなる圧力で応じても先は見えない。日本としては当面、「戦略的無視」に戻るのが得策であろう。

韓国という国は、本当に面倒くさい国だ。しかし、韓国というクセのある隣国との確執にこだわり続けることも愚かな話。好きになれない国であっても、我が国の国益を極大化するうえで利用してこそ、日本の方が大人ということではないのか。

戦略的無視という言葉には、魅力的な響きがある。しかし、それをいつまでも続けることはできない。時間はかかっても、我慢に我慢を重ねてでも、日韓関係の改善に取り組むべきだ――。私はそう思う。

次の記事では、日韓関係改善の方策(=徴用工問題の解決策)について私の試論を述べてみたい。

日韓摩擦の泥仕合~ルーズ・ルーズ・ゲームは続く

徴用工判決が出た直後の昨年11月7日、「日韓関係、あと10年は駄目だろう」と本ブログで書いた。

案の定、その後の日韓関係は悪化した。今夏、日本政府がついに貿易面で韓国に圧力をかけたところ、韓国側は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を含め、予想を上回る反発を示す。

今や、日韓のメディアが日韓関係悪化のニュースを報じない日はない。ワイドショーで「ジーソミア」などという言葉が飛び交う始末。日韓関係は単に泥沼化したのみならず、泥仕合になりつつあるようだ。

問題は、この泥仕合の向こうで日韓双方が国力を確実に摩耗させていること、そして、この泥仕合に終わりが見えないことである。

泥仕合化

日韓関係は、単に悪化するだけでなく、泥仕合の様相を呈してきた。

1. 日本のトランプ流採用と韓国の過剰反応

韓国大法院の徴用工判決が出たのは昨年10月30日。その後、日本政府は仲裁委員会の開催を要請するなど、日韓請求権協定の枠組みで問題を解決する体裁をとった。ここまでは日本側の冷静さ――内心は激怒していたのであるが――が際立った。

しかし、去る7月18日に韓国政府が仲裁委設置を事実上拒否したのを待って、日本側もついに「実力行使」に出た。韓国向け半導体部品の輸出規制、輸出管理におけるホワイト・リストからの韓国除外という措置を矢継ぎ早に発表したのである。これに対し、韓国側も報復措置をとり、日韓の対立は一気にエスカレートした。日韓双方は、政府も国民もナショナリズムの虜になってしまった感がある。

日本側の対韓輸出管理厳格化は、安全保障上の措置と言ってはいても、実際には徴用工問題への対抗措置にほかならない。韓国に対して「ウンザリ感」を募らせている日本人の中には、爽快に感じた向きも少なくなかっただろう。これ、世界は「安倍がトランプ流に倣った」と見ている。トランプが中国に対し、知的財産権や軍事戦略上の目的を達成するため、関税引き上げや貿易制限を恣意的に発動しているのと同じことを安倍が韓国に対してやった、というわけだ。

韓国側が日本政府の措置に対応した報復措置(日本をホワイト・リストからはずすなど、対日輸出管理の厳格化)をとったのは、まあ仕方のないことであろう。だが、韓国の動きはそれにとどまらなかった。日本からの石炭灰輸入に際して放射能検査を義務付ける措置、日本産食品17品目やプラスティック廃棄物等に対する放射能検査の強化など、輸入面でも報復措置を打ち出し、民間では日本製品不買運動や日韓航空便の運休・減便などが広がった。極めつきは、安全保障協力分野にまで飛び火させ、GSOMIAの破棄を通告した。まだ足りないと思ったのか、8月25日には竹島でイージス艦まで投入した軍事訓練を行い、米国防総省でさえ「生産的でない」と顔をしかめた。8月31日には韓国与野党の国会議員が竹島に上陸する。この国にバランス感覚というものを期待してはいけない、と思うのは日本人ばかりではあるまい。

米中貿易戦争においても、対米関税の引き上げ等、中国は対抗措置をとっている。だが、私に言わせれば、中国の対応の裏側には、まだ理性がある。中国は、自らの対抗措置が最初に米国がとった措置を超えないよう配慮し、事態のエスカレートを少しでも防ごうと努めているように見えるからだ。(それでも、トランプが追加措置を発動するので結局、エスカレートは止まらない。)それに対し、韓国の反応は、ただ感情をぶつけているだけにしか見えない。

今後、安倍はトランプよろしく、韓国に対してさらなる打撃を加えるのか? 私は、少なくともこのタイミングでは、新たな措置をとる必要はないと思っている。こちらの意思は、すでに二発の輸出管理強化で示してある。GSOMIA破棄や竹島上陸に反応して日本が追加制裁措置をとっても、後述するように効果はない。であれば、世界から「日本も本当にトランプ流でいくつもりだ」と思われてもつまらない。情緒不安定な韓国と同一視されるのも不愉快な話だ。

2. 感情的な言葉の応酬

日韓双方の政治レベルでの言葉の応酬が、泥試合の様相を一層強めている。

韓国側はトップの文在寅大統領が感情に任せた――あるいは、国内的な「受け」を意識した――発言を繰り返している。「加害者の日本が盗っ人たけだけしく大声をあげている」「北朝鮮との経済協力で平和経済を実現し日本に追いつく」などという発言は、一国の指導者として品格も戦略もあったものではない。韓国の与党議員に至っては、日本のメディアをわざわざ集めたうえで、「4歳児みたいな行動」「笑止千万」などという表現を使って日本の行動を批判した。

日本側は、安倍総理や菅官房長官がまだ抑制的なトーンを貫いているのが救いである。しかし、河野太郎外務大臣はまだお若いのか、マスコミのカメラが回っているところで韓国大使の発言を遮り、「きわめて無礼」と発言した。外務大臣がすぐに激するようでは落第だ。竹島についても、あの丸山穂高が「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツィート。さらに、在日韓国大使館には銃弾と脅迫文が送られた。世界から見たら、韓国だけでなく日本も、「危なっかしい国」と映っているに違いない。

3. 主張は水掛け論

肝心の徴用工問題についても、日韓の主張のどちらが正しいのか、という点について冷静な議論は行われていない。

この間、日本政府の態度は一貫している。すなわち、両国間の賠償問題は1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に」解決済みである、ということ。したがって、韓国大法院の判決は「国際法違反の状態を作り出した」ものであり、断固として認められない、となる。

多くの日本人が聞けば、実に説得力のある議論に聞こえる。だが実は、国家間で戦時の賠償問題が片付いても、個人による旧敵国への賠償請求権は残る、という考え方が国際法では主流。そこに人権問題が絡めば、日本政府の主張が国際社会で広く受け入れられるかは微妙なところである。安倍総理が国際法違反の中身にあまり立ち入らず、「韓国は国と国との約束を守ってほしい」と繰り返すのも、その辺が影響しているのではないか、と私などは勘ぐってしまう。いずれにせよ、多くの日本人は「韓国の国際法違反」という主張を信じて疑わない。

一方で、韓国側は当然、個人の請求権は日韓請求権協定によっても消滅していない、と論陣を張る。だが、韓国側にも弱みはある。2011年8月に韓国大法院が従軍慰安婦問題で韓国政府の無為を違憲とする判決を下すまで、韓国政府は日本政府に対して「賠償の問題は個人の分を含め、1965年の日韓基本条約と請求権協定で解決済みである」と40年以上にわたって認めてきた。その意味で、韓国政府の約束破りは明白だ。日本政府の方も業を煮やし、韓国政府が個人請求権については自ら責任を引き受けると述べていた「約束」を証拠として公開し始めている。ただし、韓国政府は過去の政府間合意について国内向けにはあまり語ろうとせず、「日本政府が悪い」の一点張りだ。

日本側は韓国の態度を「国際法違反」と決めつけ、韓国側も大法院判決の正当性を叫ぶだけ。両国の外務当局が協議に臨んでも、お互いに相手の説には耳を傾けることなく、自国の立場を一方的に繰り返すだけ。これを泥仕合と呼ばずして何と呼ぶのであろうか。

双方効果なし

泥仕合でも、我々が韓国側の行動を変えられるのであれば、まだ救いはある。韓国側の常軌を逸したような行動についても、それで日本に何らかの影響を与えられるのであれば、少しは理解できる部分もあるだろう。しかし、日韓双方のやっていることは、相手にほとんど影響を与えることはない。そもそも、経済制裁によってナショナリズムを押さえつけることは、よほど条件が整っていない限り、基本的には不可能だ。それが簡単にできるなら、北朝鮮はとっくに核開発をやめているし、米中貿易戦争もこんなに長期化していない。

〈日本→韓国〉

今回、日本政府が輸出管理規制を韓国に課した狙いは、言うまでもなく、徴用工判決をめぐって韓国に圧力をかけることにある。

安倍政権の中には、韓国政府が徴用工問題の政治的解決に取り組むよう、圧力をかけたいと考える強硬派もいるだろう。だがそれは、日本で言えば最高裁判決で有罪判決が出たあとに政府が介入して判決を無効にしようとするようなものだ。曲がりなりにも三権分立の韓国でそんなことは制度的にできない。無理にやれば、政権は倒れてしまう。したがって、日本が圧力をかけても、韓国政府が徴用工問題を考え直す、と期待するのは(残念ながら)見当はずれだ。

日本政府内には、韓国側に目に見える形で圧力をかけることによって、韓国側が差し押さえた在韓日本企業の資産を処分するなど、徴用工問題で次なる行動に出ることを牽制する意図があったと言われている。「日系企業の資産に手をつければ、さらなる制裁を実施するぞ」という無言の脅しをかけた形だ。だが、そうした効果を多少は期待できるとしても、それほど長続きするだろうか? 韓国の法制度に詳しいわけではないが、最高裁(大法院)判決が出た以上、いつまでも執行を止めておけるとは考えにくい。

では、日本政府の措置によって韓国の世論が軟化し、結果として徴用工問題で韓国側に何らかの変化が生まれることは期待できるだろうか? 日本では、文在寅大統領の対日姿勢に批判が高まっているという報道が目立つ。しかし、文の不支持率が5割を超えたのは、文が次期法相に据えようとする側近(チョ・グク元大統領府司法担当首席補佐官)のスキャンダルによるところが大きい。それに、文の支持率もまだ4割を超えており、まだまだ「追い込まれた」という状況ではない。

韓国の歴代政権は支持率が下がるほど、対日強硬姿勢をトーンアップさせてきた歴史を持つ。2012年8月に李明博大統領が竹島に上陸した時は、前月に実兄が収賄で逮捕され、支持率は2割を切っていた。大統領就任時は「未来志向」の日韓関係を追求した盧武鉉も、政権のレームダック化が進むにつれ、歴史問題等で対日姿勢を硬化させた。竹島(独島)が韓国領土であることを強調した特別談話を出して支持率を(一時的に)改善させたこともあった。文在寅についても、今後支持率が急低下したりすれば、ナショナリズム・カードを積極的に切ってくる可能性が大いにある。その時、日本側の追加制裁によって文を止めることは不可能だと思っておいた方がよい。

私自身は、輸出管理強化に踏み切った日本政府の意図は、上述のような駆け引きの側面よりも、日本側の韓国に対するイライラ感の表明という側面の方が強かったと考えている。日本国民の多くが今回の政府の措置を評価しているのも、そこに共感したからだろう。韓国という国には、「下手に出れば、どこまでもつけあがる」という傾向がある。戦後の日韓関係の中で「文句を言い続ければ、最後には日本が折れてくれる」という甘えの構造をすっかり身につけてしまった。ホワイト・リストはずしの最大の意義は、「もう黙っていませんから、そのつもりで」というメッセージを日本から韓国へ送ったことにある。

〈韓国→日本〉

日本による対韓輸出管理の厳格化という一手に対し、過剰ともいえる反応を示した韓国。しかし、韓国がどれだけ過激な行動をとっても、日本政府が一度下した決定を覆す効果は期待できない。

安倍政権は、対韓輸出管理厳格化を(建前は安全保障目的だが実際には)徴用工問題に対応するカードと位置づけている。日本国民も主要政党も同様の認識だ。したがって、韓国側が「GSOMIA等の措置を取り消してほしければ、韓国をホワイト・リストから除外した措置を撤回せよ」と言ってきても、まったく噛み合わない。

しかも、韓国側の措置は、国家のプライドを曲げなければならないほどの痛みを日本に感じさせるものではない。もちろん、日韓貿易に関わる企業や、韓国人観光客の減った旅館・食堂・土産物屋等の関係者にとって、多かれ少なかれ、経済的打撃があるのは事実だ。しかし、彼らが日本政府に対して譲歩を求めるような雰囲気は皆無と言ってよい。

日本側の報道には自国に都合のよいニュースを取り上げがちであると先に述べた。その傾向は韓国側の報道にも見てとれる。枝野幸男立憲民主党代表が河野外務大臣を批判したニュースも、朝鮮日報が早速、誇張気味に伝えていた。だが、枝野を含め、立憲民主党、国民民主党、野田前総理のグループなど旧民主党系の野党は、いずれも徴用工判決を批判し、安倍政権が発動した貿易管理強化を支持している。民主党政権(野田内閣)時代、GSOMIA締結で合意していたにもかかわらず、協定締結の1時間前になって韓国側にドタキャンされた、という前代未聞の事件が起きた。彼らが「親韓」というのは相当古い認識だ。

リベラル系のハンギョレ新聞になると、もっとすごい。例えば、「安倍政府は日本市民の良心的な声に耳を傾けるべき」という社説。現実の日本では、リベラルの多くを含め、圧倒的多数の日本人が韓国に対して嫌悪感(ウンザリ感)を抱いている。その根の深さが韓国側にはなかなか伝わらないのかもしれない。こうしたバイアスのかかった報道を通じて、韓国側が「超強硬な対応策の効果があった」などと勘違いしないよう願うばかりだ。

終わりの見えないルーズ・ルーズ・ゲーム

かくして、日韓双方の行為は、相手の言動を変えるという点では、効果がない。一方で、相手の反感を高めて事態をエスカレートさせるという、作用・反作用の効果は確実に発揮されている。また、後述するように致命的なものではないが、日韓の経済活動にマイナスの影響を与えていることも否定できない事実だ。

かつて日中間では、両国関係をウィン・ウィンの関係にする、ということが盛んに言われた。ウィン・ウィンとは、「両国が協力しあえば(協力しないよりも)お互いに得になる、だから協力しましょう」という意味である。これに対し、「一方が損する分、他方が得をする」というのがゼロサム・ゲーム。そこでは、協力ではなく対立が行動の基調となる。

今日の日韓関係を見ると、一方の損が他方の得になっている、というわけでもない。例えば、日本の対韓輸出管理厳格化。韓国側が事務的、時間的に困るのはもちろんだが、だからと言って日本側の儲けが増えるわけではない。日本側も、手間が増えたり顧客を失ったり、いいことは一つもない。韓国側の措置についても同様。日本製品のボイコットによって当該日本企業(例えばユニクロ)の売り上げは少し落ちるだろう。代わりに、韓国の消費者は比較的安価で高品質な製品を買えなくなる。GSOMIAの破棄に至っては、日韓双方の安全保障にとってマイナスとなり、笑っているのは北朝鮮や中国である。「ルーズ・ルーズ・ゲーム」以外のなにものでもない。

双方にとってマイナスばかりなのであれば、そんな緊張関係は早く終わらせるのが理性的な判断であろう。だが、その理性的判断ができなくなるのがナショナリズムのナショナリズムたる所以。ましてや、現時点で日韓両国の対抗措置の応酬が及ぼす影響は、日本だけでなく、韓国にとっても、たいしたものではない。

日本側の措置は、あくまでも「輸出手続きの厳格化」であり、「禁輸」ではない。最初は事務手続き面で時間がかかるにせよ、日韓の業者は早晩適応するだろう。韓国側はヒステリックに反応したが、対韓輸出が大きく落ち込むような事態は起きないと思われる。

韓国側のとった措置も、輸出に関しては基本的に同様のことが言える。輸入面の措置についても、韓国一国が一部産品について制限をかけたところで、日本側が耐えられない事態にはほど遠い。

GSOMIAが破棄されることの影響はどうか? 日本にとって(韓国にとっても)安全保障に関わる情報の精度が落ちることは避けられない。また、日韓の防衛協力全般がギクシャクしているという対外的メッセージを発したのも同然であった。ただし、北朝鮮や中国の脅威を考えた時、米韓双方にとって圧倒的に重要なのは米軍の情報。日本も韓国も、米国との同盟関係は維持できている。

とは言え、これが一昨年であれば、韓国もGSOMIAの破棄にはとても踏み切れなかったであろう。当時は、トランプと金正恩がチキン・ゲームを続け、米朝開戦の可能性が真面目に懸念されていた。今も北朝鮮が核・ミサイル開発を継続していることは誰の目にも明らかだ。しかし、トランプと金正恩が相互に自重する密約を結んでいる現在、北朝鮮が日本や韓国を攻撃してくる兆候はない。そうであれば、GSOMIAも、あった方が安全保障上はよいに決まっているが、なくても致命的に困る、というほどのことではない。

では、日韓が今後、米中貿易戦争並みの関税引き上げ競争などにエスカレートさせれば、結果は変わってくるのか? 日韓の場合、国力が今やそれほどかけ離れていないうえ、経済的相互依存の構造も割と対称的になってきた。日韓の間で経済的手段によってナショナリズムを屈服させることは、ますます困難になったと考えなければならない。

まず、日韓のGDPと両者の規模を時系列で比較してみよう。

〈日韓のGDP比較〉

1980 1990 2000 2010 2018
日本 1,044.88 2,451.67 3,418.87 4,484.79 5,594.45
韓国 83.512 323.605 776.442 1,473.30 2,136.32
韓国/日本 8% 13% 23% 33% 38%
単位:10億米ドル(購買力平価)。 2018年の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

韓国が日本を着実にキャッチアップしていることは一目瞭然。ただし、これだけでは、韓国経済は日本経済の半分にも満たない、という見方もできよう。だが、次の表で一人当たりのGDPについて日韓を比較してみると、韓国はもうほとんど日本に並んでいる。IMFの推計では、2023年には日本を抜くという衝撃の事態が現実になりそうだ。

〈一人当たりGDPの日韓比較〉

1980 1990 2000 2010 2018 2023
Japan 8,948 19,861 26,956 35,149 44,227 51,283
Korea 2,191 7,549 16,517 29,731 41,351 51,418
単位:米ドル(購買力平価ベース)。 2018年以降の数字はIMFによる推計値。
(International Monetary Fund, World Economic Outlook Database, April 2019)

貿易相互依存度についても、日本が圧倒的に有利というわけではない。確かに、韓国の貿易には、半導体をはじめ、日本から輸入した素材、部品、製作機械などを組み立てて輸出するという構造がある。しかし、日本が対韓経済措置を強化すれば、韓国の方が先に音を上げるだろうか? そうはならなそうだ。

IMFのデータをもとに計算すると、昨年(2018年)段階で日本にとって韓国との貿易(輸出入)は全体の5.6%を占めた。 これに対し、韓国の貿易の7.5%が日本と間で行われている。日本の方が低いが、その差は絶対的なものではない。

これが昔であれば、話は違ったであろう。例として1990年時点の数字を見てみる。日本の対韓貿易が全体に占める割合は5.6%で現在と変わらない。だが、韓国の対日貿易は全体の21.9%を占めていた。対米貿易が全体の16.9%だったから、日本の存在感がいかに大きかったかわかる。当時と較べた時、現時点で韓国経済にとって日本の持つ意味は明らかに低下した。今後、日本が経済的対抗措置を追加発動しても、韓国が屈服するとは考えにくい。

現状は、双方の発動している経済措置は比較的軽微なものであるため、それぞれ相手にとって致命的な打撃を与えることはなく、日韓両国ともに十分耐えられる。仮に今後、日韓が経済的措置をエスカレートさせたとしても、マイナスの影響がどちらか一方に極端に偏ることはないため、どちらかが先に屈服する、ということは期待できない。むしろ、こうした措置の応酬は日韓両国でナショナリズムを煽るため、双方がやせ我慢を続けることになる可能性が高い。

我々に言わせれば、売られた喧嘩。しかし、向こうは逆の受け止めだろう。いずれにせよ、ルーズ・ルーズ・ゲームをいつまでも続けなければならないとは、愚かな話だ。

トランプに「日米安保はフェアでない」と言われてダンマリか・・・

先月29日、G20で来日したドナルド・トランプ大統領の記者会見が大阪で開かれた。そこでトランプは、日米安保条約が不公平だと批判し、日米安保条約を改訂する必要があると述べた。その4日前、6月25日には、トランプが側近に対して日米安保破棄の可能性について漏らしていたというリーク報道があった。翌26日には、米フォックス・ビジネス・ネットワークとの電話インタビューでトランプが日米安保条約の片務性についてあからさまに不満を述べていた。現職の米大統領が日本に来る前後のタイミングで日米安保を批判したため、トランプ発言は大きな注目を浴びた。

しかし、日本の敷居をまたいだうえで「お前たちはフェアでない」と言われたのに、この国の政治からもメディアからも、目立った憤りの声は聞こえてこない。ああ、情けなや。

トランプの発言は、シンプルなメッセージでストレートに響く。同時に、それは短い中にもフェイクを交えていることが多い。日米安保に関する今回の一連の発言も例外ではない。しかし、聞こえてくるのは、やれ「トランプの真意は何か?」「今後、トランプは日本に何を要求してくるのか?」「日米同盟を維持するため、日本は米国を守るべきではないか?」という議論――しかも、とても中途半端な議論――ばかり。まさに、日本中が「トランプ劇場」にはまっていると言ってよい。

このポストではトランプ発言に潜むフェイクを指摘し、ついでに「少しはトランプに反論してみろよ」とお上品で頭でっかちなこの国の政治家さんたちに(無駄と知りつつ)注文をつけてみる。

日米安保に関するトランプ発言

トランプは何と言ったのか? 6月29日の大阪会見におけるトランプの発言は、以下のとおり。(英語を参照して、多少補足した。)

Q:大阪での安倍晋三首相との会談後、日米安保条約の破棄についてまだ考えていますか? また、首相はそれについて何を語りましたか?

トランプ大統領:いいえ、日米安保の破棄は全く考えていない。(日米安保条約は)不公平な合意である、と私は言っているだけだ。過去6カ月間、そのことについて安倍首相に話してきた。私が語ったのは「仮に誰かが日本を攻撃すれば、米国は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」ということだ。我々は四つに組んで戦い、日本のための戦闘にコミットする。誰かが米国を攻撃しても、日本はそうする必要がない。これは不公平(unfair)だ。(日米安保条約の締結によって)我々が行ったディール(取引)はこのようなものだ。(中略)だが、私は安倍首相に対して、我々はそれを変えなければならない、と話した。なぜなら、誰も米国を攻撃することのないよう望むが、仮にそのようなことが起これば――その逆になる可能性の方がずっと大きいが――、誰かが米国を攻撃することが万一あれば、(逆のケースで)米国が日本を助けるのであれば、日本は我々を助けるべきだからだ。安倍首相はそのことを分かっている。米国を助けることについて、彼には何の問題もないだろう。

トランプは、日米安保条約を破棄する考えこそ、明確に否定した。しかし、現職の米国大統領が日米安保条約を「不公平(フェアでない)」と呼び、改訂すべきだと公の場で――しかも日本で――明言したことの意味は大きい。

1960年に改訂された日米安保条約はこう記す。

第 5条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(以下略)

第 6条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)

日本に対する武力攻撃があれば、米国は日本を守る(=第五条)。日本に米国を防衛する義務はないが、その代わりに米国は基地を日本の領土の置き、事実上自由に使ってよい(=第六条)。日米両国は過去半世紀以上にわたってこの考え方を共有し、「日米の責任分担はバランスがとれている」という見解を相互に確認してきた。今回、トランプはそれを真っ向から否定し、日米安保を「アンフェア」と呼んだのだった。

トランプが開けた「パンドラの箱」

政治の決めごとの中には、穏健で回りくどい説明が専門家や官僚たちの間で賢明とされる一方、一般人の感覚からすれば「どこかおかしい」と思われることが往々にしてある。そんな時、パンドラの箱ではないが、名のある指導者が一たびそれを「おかしい」と公言すれば、「そうだ、やっぱりおかしい」と思う人の数が一気に増えたりする。

米国の対北朝鮮政策もそうした例の一つだ。米朝が軍事衝突すれば、北朝鮮軍の射程に入っているソウル市民や在韓米軍に甚大な被害が予想される。そのため、米国が北朝鮮にかける圧力には限度があるというのが、長年にわたって米政府の考え方だった。ところがトランプ政権は、クリントン、ブッシュ、オバマのそうした北朝鮮政策をきびしく批判し、軍事的選択肢も排除しないとして「最大限の圧力」を北朝鮮にかける方向に舵を切った。今や、米議会は民主党も共和党も、金正恩と安易な妥協をせず、トランプが安易に圧力を緩めないよう圧力をかける側にまわっている。

「米国は日本を守るのに日本は米国を守らない」というトランプの主張は、様々な事情を省略すれば、米国人にとって直感的に否定しにくい。今回、現職の大統領が公の席で「日米安保は(米国にとって)アンフェア」だと言ってしまった以上、今後は「日米安保はアンフェア」だと思う米国人が確実に増えるだろう。そうなれば、将来、民主党の大統領を含め、トランプ以外の人が大統領になっても、トランプ以前のように「日米安保は不平等ではない」という見解をとるかどうかは疑問だ。

トランプ発言のフェイク~米国は本当に中国と戦うのか?

トランプは日米安保のどこがアンフェアだと言うのか? ここでおさらいしておこう。

アンフェアという意味についてなら、大阪での発言よりもその前に行われたフォックスとの電話インタビューの方が詳しい。

6月26日のインタビューでトランプは、「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦う。我々は命と財産をかけて戦い、彼ら(日本人)を守る」と強調した。続けて、「しかし、我々(米国)が攻撃されても、日本は我々を助ける必要はない。彼らは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ていられる」と述べた。

実際に聞いてみると、当該電話インタビューの中心テーマは米中貿易摩擦であり、日本に関する発言はインタビューの中盤で飛び出したものだ。しかも、トランプはすぐに批判の矛先を欧州に移し、ドイツをこき下ろしている。私の印象では、トランプは最初から日米安保を批判するつもりだったというよりも、司会者に訊かれて咄嗟に発言したように思える。とは言え、同じ趣旨のことをトランプは大阪でも話しており、トランプの日米安保観がこういうものであることは間違いない。

フォックスのインタビューでは「日本が攻撃されれば、米国は第三次世界大戦を戦う」と言い、大阪の会見では「仮に誰かが日本を攻撃すれば、我々は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」と語ったトランプ。だが、ここに既にフェイクが潜んでいる。

第三次世界大戦を戦う、という以上、トランプは暗黙の裡に「日本が中国に攻撃されれば、米国は中国と戦う」と言っていることになる。本当にそうなのか?

中国が万一、在日米軍基地を攻撃するようなことがあれば、それは米国に対する攻撃以外のなにものでもない。この場合、米国にとって中国と戦う以外の選択肢はない。中国が米国の同盟国である日本の大都市圏を攻撃しても、米国は中国が日本の次に(在日米軍基地を含む)米国を攻撃すると考える可能性が高い。この場合も、米国は中国と戦わざるをえないだろう。これで終わりなら、トランプの発言にフェイクはないことになる。

問題は、実際に日本が中国から攻撃されるとすれば、そのような「ハード・ケース」が現実のものになる可能性はまず想定できないということ。中国による日本攻撃があるとすれば――それですら確率的には決して高くないが――、最もあり得るのは局所的な戦闘である。

例えば、尖閣諸島周辺や東シナ海のガス油田付近で日中が衝突するケース。事態がエスカレートし、中国が本土の都市部にミサイルを撃ち込んできたりすれば別だが、自衛隊と人民解放軍の戦闘が東シナ海上にとどまれば、米軍が表に出てくることは期待薄だ。

日米安保条約をもう一度よく読んでみよう。第5条に書かれているのは、日本が他国から武力攻撃された時、米国は「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」ということだけだ。NATOの場合は、加盟国が「国際連合憲章第五十一条の規定によって認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助する」と取り決めている。それに比べると日米安保の相互防衛条項は随分レベルが低い。

結局、日米安保条約で定められた「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」ために米国がとる具体的な行動は、日本に対する攻撃が起きた際の様々な状況、被攻撃対象の重要性、米軍が軍事介入した時に予想される損害の程度等々を米国政府が総合的に解釈したうえで決まる、ということだ。

常識的には、尖閣諸島のような絶海の無人島のために「米国兵士の生命を失ってもよい」と考える米国大統領はまずいない。日中が尖閣周辺で衝突した場合、米国が一番避けたいのは戦闘がエスカレートし、在日米軍が巻き込まれて中国と戦わなければならなくなることだ。米国は日中双方に強く自制を求め、場合によっては戦闘を拡大しないよう日本に圧力をかけてくる可能性すらある。調停役を買って出ることはあっても、トランプが言うように第三次世界大戦を覚悟して最初から全力で戦闘に加わるとは到底考えられない。

尖閣有事で米軍が自衛隊と一緒に中国軍と戦ってくれる可能性は低い、というのが日米安保条約をめぐる現実。トランプが言ったようにはならない。つまり、トランプ発言はほぼフェイクと言うべきだ。

日本政府はトランプ発言を「見て見ぬふり」

トランプ発言に対する日本側の反応は、正論ではあるが陳腐なものだった。

6月27日の記者会見で菅官房長官は、先ほど紹介した、日米政府間でこれまで了解してきた日米安保条約に関する見解を繰り返した。

日米同盟というのはですね、この安保条約で第5条においてはわが国への武力攻撃に対して日米が共同で対処する。ここは定めています。そして、第6条において、米国に対してわが国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するために、わが国の施設、区域の使用、これを認めている。5条、6条でですね、このようなことをしっかりとうたっています。

日米両国の義務、そういう意味において、同一ではなくてですね、全体として見れば、日米双方の義務のバランス、ここはとられているというふうに思っていますので、片務的ということは当たらない。片務的ではなくて、お互いにバランスをとれている、そういう条約であると思ってます。

安全保障の専門家が採点すれば、合格点をつけるに違いない模範解答である。しかし、トランプは論理性や官僚的な積み上げよりも直感とディール感覚で物事を判断する人間だ。こんな「屁理屈」に動かされることはない。現に、安倍は過去半年間、トランプを説得することができなかった。

私が何よりも驚いたのは、トランプに大阪という場所でこれまでの日米間の取り決めを否定する発言をされたにもかかわらず、日本政府が何事もなかったような反応に終始していることである。プライドも何もあったものではない。

トランプ政権の誕生後、安倍政権はトランプを刺激せず、トランプの要求があれば早い段階でそれを一部受け入れることによってトランプの「標的」にならないよう努めてきた。これまではその戦略が功を奏し、北朝鮮、中国、イランだけでなく、ドイツなど欧州諸国やメキシコ、カナダといった同盟国が次々とトランプの標的になる中、日本はその陰に隠れて比較的「うまく」立ちまわってきた。(トランプ政権によって最も優遇されている国がイスラエルであることは言うまでもない。)

今回も日本政府はトランプ発言を問題視せず、今後も米国に多少の譲歩を繰り返すことで「やりすごそう」と思っているのかもしれない。しかし、今回トランプが突きつけた日米安保の双務性に対する疑問は、誤魔化すには根本的すぎる。

日米安保に関するトランプの一連の発言があった後、駐日米国大使のウィリアム・ハガティはトランプ発言について「米国ほど軍事支出をしない(日本など)多くの同盟国へのいら立ちを表明した」と解説し、在日米軍駐留経費負担の増額や日本の防衛予算増額が必要になると示唆した。

日本の米軍駐留経費負担割合は約75%で同盟国中最も高いが、現在の協定は2021年3月に期限を迎えるため、再選されなくてもトランプ政権が交渉相手となる。しかし、トランプ政権は少なくとも内部的には、同盟国に対して米軍駐留経費総額の1.5倍以上を支払うよう求める「コスト・プラス50」方式を検討している模様だ。

トランプは日本やドイツなどの同盟国が安全保障面で米国にただ乗りしていると批判してきた。日本に対し、米国を防衛するための集団的自衛権の行使を求めるだけでなく、日本の防衛予算を大幅に増やすよう要求してきても何の不思議もない。日本が防衛予算を増やすということは、米製兵器をもっと買わせることを意味する。大統領再選に向けたアピールにもなって一石二鳥となろう。(トランプはこれまでも日本による大量のF-35購入を誉めそやしている。)

今後、トランプは日米安保の改訂を求めてくるのか? 日本に防衛予算や米軍駐留経費の増額を要求するのか? はたまた安保を材料に貿易協議での譲歩を迫るのか? いずれにしても、今のままトランプのペースが続けば、日本はいいように引っかき回され、ディールでも圧倒されることになるだろう。

トランプとやり合う気概を持った政治家も皆無

政府だけが反応が鈍いわけではない。与野党問わず、日本の政治家たちはトランプ発言に対し、おしなべて沈黙している。

私の知る限り、トランプにはっきり噛みついたのは共産党の志位和夫委員長だけだ。志位は「本当にやめるというなら結構だ。私たちは日米安保条約は廃棄するという立場だ。一向に痛痒を感じない」と啖呵を切ったらしい。だが、日本国民の大多数が共産党の主張する日米安保廃棄に共感するはずもない。トランプにとって志位さんの発言は、それこそ痛くも痒くもない。

他の与野党幹部に至っては、ダンマリか、菅官房長官と同じ小賢しい解説を繰り返すだけ。他国の政治家に自分の国(大阪)であんなことを言われ、まともに反論する政治家が出てこないなんて、ひどい話だ。

せめて、こんなツイートをする政治家はいないものか?

トランプさん、あなたの言うように防衛面のみで双務的な内容に日米安保条約を改訂し、そのうえで日本に米軍基地を置き続けたいと言うのであれば、我々はあなた方に地代を要求させてもらいますからね。

上記では長すぎるようなら、こんなのはどうだ?

トランプさん、あなたが 5条の改訂を求めるのなら、我々は 6条の改訂を求める。

言っていることは、従来の政府のスタンスの延長だが、トランプが反応するカネの話と結びつけているのが味噌である。

日本の有力な政治家がこんな発信をすれば、トランプや米国サイドは「米軍基地がなくなって困るのは日本だろう? 俺たちは出ていっても構わないんだぜ」とすごんでくるだろう。その時、怯まないで米国との議論に立ち向かえれば、日本の安全保障政策は一皮むけると思う。しかし、そんな度胸と知性を持った政治家が見当たらないのは実に淋しい。

そう言えば今は参議院選挙の期間だった。トランプが6月29日にあんなことを言ったのに、党首討論等で日米安保のあり方や日本外交が論争にならないなんて、この国の政治はもう呼吸すらしていないのではないか。

反米ではないが米国と渡り合う気概を持ち、軍事力の有用性をしっかり認識したリベラルがこの国に登場することを期待してはならないだろうか――? 今回は脱線したまま、この辺で終わりにする。

日本人は意外にトランプがお好き?

少し前の話になるが、5月25日から28日まで、新天皇が迎える最初の国賓としてドナルド・トランプ大統領が日本を訪れた。それからほぼ一週間後、トランプは国賓待遇でエリザベス女王に招かれ、訪英している。

日本と英国でトランプを迎えた両国民の態度は随分違って見えた。少なからぬ英国人はトランプの訪問を歓迎しなかった。ロンドンでは数千人規模でトランプに抗議するデモが行われ、ガーディアン紙は「トランプはデマゴーグ(扇動家)であり、歓迎しない」と突き放した。

一方、日本でのトランプは、天皇陛下との会見や日米首脳会談といった「真面目な」政治日程だけでなく、ゴルフ、大相撲観戦、炉端焼きなどの「軽い」イベントによってテレビや新聞などを完全にジャックした。(傍らには選挙目当てでトランプに寄り添う安倍晋三が微笑んでいた。)メディアも野党も、安倍の「過剰接待」を批判することはあっても、トランプその人を非難する素振りは見せなかった。日本人がトランプを見る目も、概して温かかった――少なくとも、厳しくはなかった――ように思われた。

昨春行われた米国ピュー・リサーチの調査によれば、国際政治面でトランプ大統領を信頼できると答えた日本人の比率(30%)と英国人のそれ(28%)の間に大差はなかった。一つ考えられるのは、日本人が過去一年間でトランプに対して好意を持ち(トランプに対する反感を和らげ)はじめたということ。上記調査の2017年と2018年の数字を比べれば、その萌芽を読み取れないこともない。

<米国大統領が国際政治面で正しいことをしている、と思う人の比率>

2016年(オバマ) 2017年(トランプ) 2018年(トランプ)
日本 78% 24% 30%
英国 79% 22% 28%
ドイツ 86% 11% 10%
フランス 84% 14% 9%
カナダ 83% 22% 25%
韓国  88%(2015年) 17% 44%

各国とも数字はオバマ政権末期から急落している。だが、ドイツやフランスではトランプ大統領の就任2年目となる2018年にもさらに低下しているのに対し、日本ではやや持ち直している。なお、韓国の数字がトランプ2年目で跳ね上がっているのは、米朝首脳会談によって米朝関係が最悪期を脱したことの影響と思われる。

本稿では、日本人がトランプに抱く「好意」の理由について考える。(特に明記しない限り、米国や米国大統領に対する諸外国の評価に関する数字はピュー・リサーチの調査を、米国内での大統領支持率についてはギャラップ社の調査を使用した。)

反国際協調の不人気と政権持続可能性

米国大統領に対する日本人の信頼は、当該大統領が国際主義に背を向ける場合に明らかに低下するほか、当該大統領の国内的な権力基盤が失われた際にも低下する傾向が見てとれる。

例えば、単独行動主義(ユニラテラリズム)を掲げたブッシュ・ジュニア。2011年の同時多発テロ後、ブッシュの支持率は9割近くまで急騰した。しかし、二期目に入いると支持率が5割を超えることは基本的になく、政権末期には3割前後まで下がってレイムダック(死に体)化した。「ブッシュ大統領は国際政治で正しいことをしている」と答えた日本人の比率も、2006年は32%、2007年は35%と低水準で、支持率が3割を切った2008年には25%にまで下がった。(2004年以前の数字は不明。)

バラク・オバマ大統領は――客観的にみると、国際的な責任に背を向けた国内重視の姿勢が目立ったのだが――、単独行動主義を標榜したブッシュの後任であり、イラクからの米軍撤退を進めたということを以って、日本では国際協調を重視した大統領とみなされた。その結果、就任1年目と3年目には日本人の8割以上が「オバマ大統領は国際政治で正しいことをしている」と答えた。就任当初6割を超えていたオバマの支持率は、2年目に入ったころから5割を切って低迷するようになる。オバマ大統領を評価する日本人の比率も、2014年には60%まで低下した。

トランプはどうか? 「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプの政策や行動スタイルは、国際協調主義とは対極にあると言ってもよい。大統領支持率も、2017年1月の就任時で45%。いわゆる「ハネムーン」期間のご祝儀もなく、その後、同年夏から年末にかけ、支持率は35%近辺まで下落した。しかも、この頃は「ロシア疑惑で弾劾されれば、任期途中で辞めざるを得なくなる」という見方も少なくなかった。2017年に「トランプ大統領は国際政治で正しいことをしている」と考える日本人の割合は24%しかなく、オバマ政権末期の78%から急落したばかりか、ブッシュ政権末期の数字さえ下回る。

ところがその後、トランプは意外なしぶとさを見せる。米国内での支持率は底割れすることなく、2018年の春頃から徐々に上がった。ロシア疑惑の一応の終結や経済の拡大などを背景にして、今年4月段階では46%と就任以来の最高を記録した。(と言っても50%に届かない低水準ではあるが・・・。)先月末に行われたCNNの調査でも、トランプが再選されると思う人の割合は54%、負けると思う人は41%だった。

「日本は特別」という意識~日本叩きは比較的温い

トランプ大統領は就任以来、イスラエルを除く世界中の国々と摩擦や対立を引き起こしてきた。そして、自国に厳しい態度をとる国やその指導者に対して当該国民が好意を抱かないことは当然である。ピュー・リサーチの調査では、移民問題やNAFTAでトランプから目の敵にされているメキシコでは、「米国大統領が国際政治面で正しいことをしている」と答えた比率は2017年で5%、2018年も6%にすぎない。2015年(オバマ大統領)の49%から大幅に下落した。トランプからNAFTAや関税問題でやり玉にあげられたカナダでも、2018年における上述の数字は25%となり、2016年(83%)から58%も下がった。逆に、トランプが唯一肩を持つイスラエル国民の69%は、2018年段階で「トランプは国際政治面で正しいことをしている」と高く評価した。オバマ政権がイスラエルに冷淡な態度をとった2015年には、この数字は49%まで低下していた。

日本はどうか? もちろん、2018年3月に発動された鉄鋼・アルミ追加関税は日本企業にも適用されたし、現在、日米間で物品貿易協定(TAG)交渉が行われていることは周知の事実である。しかし、これまでのところ、日本はトランプのあからさまな「標的」となっていない。同盟国の中では、前述のメキシコやカナダはもちろん、欧州諸国に比べても日本への圧力は少ない方だ。

日本がトランプから「大喧嘩を仕掛けられる」ことを免れる一方で、トランプは日本人が嫌いな国に対してそれこそ「大喧嘩を仕掛ける」ようになった。具体的には、北朝鮮と中国である。

「敵の敵は味方」に通じる感覚~日本人が嫌いな国を叩くトランプ

〈北朝鮮〉
北朝鮮は日本人が最も嫌っている国、と言ってよいだ。諸外国に対する日本人の意識を問う調査としては、内閣府の「国際問題に関する世論調査」が有名である。だが、同調査には北朝鮮について敢えて好感度を問う設問がない。少し探してみたら、今年1月21日に日本経済新聞が発表した世論調査で北朝鮮に対する友好意識を尋ねていた。その結果は、「好き」「どちらかといえば好き」という回答が0%。「どちらかといえば嫌い」が12%、「嫌い」が71%であった。

その北朝鮮に対し、トランプ政権は「最大限の圧力」を標榜し、軍事的先制攻撃を排除しない姿勢を示す一方で中国などを巻き込む形で経済制裁を極限まで強化した。北朝鮮も核・中長距離ミサイルの実験を繰り返したため、2017年末から2018年初めにかけては米朝軍事衝突が起きても不思議ではないと思われるほど緊張が高まる。しかし、その後急転直下、2018年6月にシンガポールでトランプと金正恩が会談。そのあたりから、北朝鮮は核実験と中長距離ミサイルの発射を控えることになった。米国の方は北朝鮮攻撃も辞さない姿勢を見せなくなった一方、金正恩が求める経済制裁の緩和には応じていない。(ただし、中国や韓国、ロシアなどの制裁破りについては、ある程度多めに見ているような印象である。)

多くの日本人の目には、トランプは日本人が脅威と感じる北朝鮮から核実験やミサイル発射のモラトリアムを引き出す一方で、日本人が大嫌いな北朝鮮に対して今も経済制裁を緩めず圧力をかけ続けているように見える。しかも、昨年春以降、それまであった戦争前夜のような重々しい雰囲気は遠のいている。誤解を恐れずに言えば、現在の米朝関係は多くの日本人にとって「ほど良い」緊張にある。

どの程度本気かはわからない――おそらく、日本政府に貸しを作るくらいのつもりなのだろう――が、トランプは拉致問題への言及も忘れることがない。その面でも、多くの日本人の目には、バッド・ガイではなく、グッド・ガイに映っている。

〈中国〉
日本にいると、中国は危険な存在という見方が支配的だ。しかし、ほかの国でも中国が日本同様に嫌われているわけでは必ずしもない。下記のピュー・リサーチによる調査が示すとおり、欧米市民の対中観はおおまかに言って二分されている。

中国に対する好感度
(上段は2018年春、カッコ内は2010年の数字。ただし、カナダのカッコ内は2009年の数字)

とても好き やや好き やや嫌い とても嫌い
日本 2% 15% 48% 30%
(2%) (24%) (49%) (20%)
米国 5% 33% 32% 15%
(10%) (39%) (24%) (12%)
カナダ 6% 38% 32% 13%
(8%) (45%) (27%) (11%)
英国 10% 39% 24% 11%
(8%) (38%) (26%) (9%)
ドイツ 3% 36% 46% 8%
(2%) (28%) (46%) (15%)
フランス 4% 37% 36% 18%
(6%) (35%) (35%) (24%)
韓国 2% 36% 50% 10%
(1%) (37%) (46%) (10%)

この表を見れば、中国嫌いという点において日本は世界でもトップクラス、ということがわかる。

その中国に対し、トランプは就任2年目の昨年あたりから照準を定めるようになった。2018年3月の鉄鋼・アルミ関税引き上げに始まり、今年5月まで4次にわたる対中関税引き上げ措置、昨年4月のZTEに対する米国内販売禁止、ファーウェイに対する露骨な圧力(カナダにおける2018年末のファーウェイ創業者の娘の逮捕、今年5月の米企業に対するファーウェイとの取引禁止命令など)が具体的な事例だ。詳細については今年4月から5月にかけて5回に分けて書いた米中新冷戦論(特に、5月12日付及び5月26日付)をご覧いただきたい。

米中貿易戦争が世界経済、ひいては日本経済に対して悪影響を与えることは言うまでもない。本来なら、トランプ主導の米中経済対立は日本にとって「迷惑」なものであるはずである。しかし、今のところ、その悪影響がなかなか顕在化してこない。米国の株式市場も(一時的に下げることはあっても)基本的には堅調さを保っている。日本経済も、決して良くはないものの、消費税対策の大規模財政出動が下支えしていることもあり、少なくともこれまでのところ、底割れする気配は見せていない。

多くの日本人にとって、トランプは自分たちが嫌いな中国に対して喧嘩を売り、中国を守勢に回らせているように見えているはず。しかも、米中経済対立の余波で日本経済が大打撃を受けるような事態には至っていない。日本人としては、安心してトランプを「日本に代わって中国を懲らしめる水戸黄門」に重ね合わせることができる。

これから

では、日本人のトランプ大統領に対する評価はこれからどう変わっていくのか?

まず、トランプが今後、日本に矛先を向ける可能性について。トランプが選挙戦で追い込まれ、対中政策などで成果が出ない状態が続けば、貿易や武器調達、防衛費増などで日本に過激な要求を突き付けてくる可能性は皆無ではない。しかし、安倍政権は米国の要求を早めの段階で聞き入れ、日米対立がトランプによって「劇場化」されるのを防いできた。安倍がトランプと闘うと決意しない限り、日本人がトランプに大きな反感を抱くきっかけはできにくい。

トランプがアメリカ・ファースト、すなわち自国の国益(より正確にはトランプにとっての国益)の追求を最優先する姿勢を変えれば、米国大統領に国際協調路線を期待する日本人のトランプ支持は大きく跳ね上がることになる。だが、もちろん、トランプがアメリカ・ファーストを捨てることはない。

一方で、米中の覇権争いが長期化することは必至だ。トランプ政権内には中国の台頭を抑えつけなければ米国の覇権が失われるという危機感を持った政策担当者が多い。トランプ自身も再選のために貿易面で中国と闘う姿を見せ続けようとするに違いない。もちろん、トランプには再選に向けて「成果」を出したと主張したい気持ちもあるだろう。その意味では、米中貿易戦争について近い将来、何らかの手打ちが行われても不思議ではない。しかし、米中蜜月を演じ続けることは、トランプの再選戦略上も、常に緊張と予測不能性を作り出して自らを主役の座に置き続けなければ気が済まない、というトランプ自身のディール・スタイルからも、あり得ない話。米中摩擦は、小康状態を挟むことはあっても長期的に続くと思っておくべきである。

米朝関係にも同じことが言える。トランプ政権が制裁を大幅に解除するのは、北朝鮮が核と中長距離ミサイルの開発をやめた時のみ。だが、それは北朝鮮にとって武装解除に応じることを意味している。金正恩が受け入れることはないだろう。かと言って、北朝鮮が核実験や中長距離ミサイルの発射といったトランプ政権のレッドラインを超えることも考えにくい。米朝関係も当面、現状維持が最もありそうなシナリオだ。

トランプは近い将来、日本人の嫌いな北朝鮮と中国との間で緊張状態を保ち続ける可能性が最も高い。そうだとすれば、日本人のトランプに対する評価は一定程度下支えされることとなろう。

日本におけるトランプ人気を左右する要因のうち、最も変動するのはトランプ再選の見通しかもしれない。4月末時点で46%まで上昇したトランプ大統領の支持率は、5月末時点では40%にまで低下した。党派色のないクイニピアック大学(コネチカット州)が6月11日に発表した世論調査の結果も、2020年の米大統領選挙でトランプ大統領は6人の民主党候補にリードを許している、というものであった。中でも、ジョー・バイデン前副大統領との差は13ポイントもあり、ミシガン、ペンシルバニア、テキサスなどの重要州でもトランプが後塵を拝していたと言う。トランプ陣営が行った別の調査でも、17州で壊滅的な数字が出たと伝えられている。

今後、トランプの支持率が下がって再選の見通しがきつくなるようなことがあれば、日本人がトランプに注ぐ目は厳しくなりそうである。長いものに巻かれるのも日本人によくある話なら、溺れる犬(政治家)を叩くのも日本人の特徴だからだ。

何が起こるか、見てみよう――。トランプ流に言えばこうなる。

令和の始まりに考える「米中冷戦」論 ⑤ ~ 米中対立の行方

4月17日に最初のポストを立てた時と比べても、米中関係は緊張の度を深めている。米中対立が国際政治経済に与える影響が当初想定していたよりも遥かに大きく、しかも長期化する公算が高い――。そう誰もが実感するようになっている。

米中対立の行方は今後、どうなるのか?

巷では米国有利という見方が多いようだ。しかし、この勝負、それほど単純に決着するとは思えない。

米国優位の下馬評

今日の米中対立を「米中冷戦」と呼ぶかどうかは別にして、この抗争は米国が優位だという見方が現時点では多いように思う。確かに、それも無理からぬ話ではある。まず、米国有利と考えられる理由を整理してみよう。

    1. トランプの仕掛け

現在の米中の争いは、主にトランプ政権が仕掛けて表面化したものである。関税引き上げ、ファーウェイ排除、そして中国製ドローンに関する警告など、米国の攻勢は止まるところを知らない。逆に、トランプを無駄に刺激したくない中国の対応は受け身に終始している。

    1. 中国経済への悪影響 > 米国経済への悪影響

米国が仕掛ける貿易戦争のうち、関税引き上げについては中国も報復措置を取ることができるが、被るダメージは中国の方が大きい。具体的な試算の一例は第3回のポストで紹介したので今回は省略する。

    1. 技術標準

米国は自らが優位に立つ「技術標準」を利用して中国に喧嘩を仕掛け始めている。つい最近も、トランプ政権は米国企業に対して政府の許可なくファーウェイ(華為技術)と取引きすることを禁止した。これを受け、グーグルはファーウェイによる基本ソフト(アンドロイド)のアップデートを停止。マイクロソフトもファーウェイからの注文受付をやめると発表した。しかも、米国政府の禁輸措置は、一定比率以上の米国産品・ソフト・技術を使った製品にも及ぶ。ファーウェイにとっては深刻な事態だ。
GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)がすべて米国企業であることからもわかるように、米国(企業)は情報技術力の面で世界の先頭を走り、多くの技術標準を押さえている。これらとの取引ができなくなれば、関税引き上げの時と異なり、多くの場合、中国側は報復措置をとることができない。

4.ドル決済

世界中の銀行はFedwireと呼ばれる米連邦準備銀行の管理する決済システムを利用して貿易の資金決済を行っている。米国がある国の銀行をFedwireから排除すれば、当該銀行は経営危機に陥り、その国の貿易は極度に落ち込まざるをえない。かつては「抜かずの宝刀」的なところがあったが、戦争以外の手段で米国が持つ最も強力な制裁手段であることは間違いない。最近は北朝鮮、イラン、ロシア、トルコなど米国が安全保障上の理由で制裁を課す場合の手段として使われるケースが増えてきた。これが経済上の理由――形式的には安全保障上の理由が強調されるにしても――中国にとって大きな脅威となる。

    1. 同盟ネットワーク

米国には冷戦時代以来の同盟ネットワークがあり、貿易戦争に安全保障を搦めることができる。米政府は次世代移動通信規格5Gをめぐってファーウェイ製品を採用しないよう同盟国に圧力をかけている。日本も昨年、政府調達から同社やZTEの製品を事実上除外した。

    1. 核兵力

米中の国力を比較すると、軍事面、特に核兵力の点ではまだ米国が目に見える優位を保っている。この点は第2回のポストで説明した。

7. 色眼鏡(バイアス)

中国に対する嫌悪感が与えるバイアスの影響も指摘しておく。
内閣府が昨年10月に行った調査によれば、最近少し改善傾向にあるとは言え、中国に親しみを感じる日本人の割合は約21%。逆に親しみを感じない日本人の割合は76%を超える。一方、米国に親しみを感じる日本人は75%を超し、約22%の日本人が米国に親しみを感じないと答えている。我々の中に、中国を過小評価し、米国を過大評価する傾向が生まれても不思議ではない。
加えて、民主主義/資本主義国家である米国が勝利し、共産主義国家であったソ連が敗北した、という米ソ冷戦からの連想も「米国有利、中国不利」という先入観を植え付けやすい。

米国優位論の落とし穴~中国の耐性はソ連ほど低くない

以上、米中対立において米国の方が有利な立場にあると考えられる理由を列挙した。このうち、最初と最後の論点以外は、確かに米国優位論を裏付ける根拠と見做してよい。しかし、この米国優位論に落とし穴はないのか? クロスチェックしてみることも無駄ではあるまい。 

    1. 米国を代替する市場の存在

米ソ冷戦期のように貿易も基本的には東西ブロックに分かれていれば、米国が関税引き上げなどの貿易制限的な措置をとってきた場合、中国が米国の代替市場を広く他国に求めることはできない。あるいは、北朝鮮やイランのように国連制裁によって厳格な包囲網が広がるのであれば、やはり十分な代替市場を探すことは不可能である。だが現実には、中国はソ連でもなければ、北朝鮮やイランでもない。

グローバリゼーションが進展した今、中国経済は「世界の工場」「世界の市場」となり、各国との間で高い相互依存状況にある。米国が中国製品に対する関税を引き上げても、他国が追随しなければ、中国は他国に代替市場を求めることができる。もちろん、コスト面を含めた完全な代替は不可能だ。しかし、少なくとも米中貿易戦争が致命傷になることは防げる。
例えば、日本経済新聞によれば、米国の関税引き上げに対抗措置をとった結果、2018年8月から2019年3月の間に米国が中国から輸入した大豆の量は前年同期より9割減ったが、調達先をブラジルやロシアに切り替えて凌いだ。ただし、2018年の平均輸入価格は前年比4%上昇したと言う。
中国から米国への輸出減少分についても同様である。ファーウェイのように安全保障を理由にして取引禁止にされるのでなければ、関税が上がっても米国でまったく売れなくなるわけではない。米国以外の市場を開拓することにより、中国企業の損害を減らすことはある程度できよう。

ただし、ハイテク分野については、もう少し慎重な精査が必要である。
昨年来、トランプ政権は、安全保障協力に支障が出るとまで警告しながら、5G関連などでファーウェイと取引きしないよう同盟国などに要求してきた。豪州、ニュージーランドなど米国と盗聴網などを共有している国や日本政府はそれを事実上受け入れた。欧州では、今現在ファーウェイ製品を使っていることや価格面を考慮し、対応が分かれている。一方で、サウス・チャイナ・モーニング・ポスト――やや中国寄りの論調なので、その点は割り引いて読む必要がある――によれば、東南アジアや東欧などでは、タイやフィリピン、シンガポールなど米国と軍事的に協力関係にある国々を含め、ファーウェイを排除する動きは見られない。
ファーウェイの製品を使えば、情報を中国政府に抜かれたり、中国政府がファーウェイ製品を通してサイバー攻撃を仕掛けたりする可能性があるという米国の主張は、はっきり証明されたわけではない。また、米国の主張が正しければ、米企業の製品を使えば米国政府が同様のことをできるということでもある。
中国に対して大きな安全保障上の脅威を感じていない国や、脅威を感じたところで対抗措置をとれない国してみれば、米国の主張を鵜呑みにするよりも、コストと性能(及び中国政府による各種のキックバック)からファーウェイまたは別の中国企業の製品を選びたい、という考えも成り立つ。

ところで、トランプ政権は5月になってファーウェイを一種のブラックリストに載せ、同社との取引を事実上禁止する方針を打ち出した。しかも、他国企業であっても、米国製の部品やソフトを使っていれば、米国の方針を適用する。従来よりも段違いにきびしく、「ファーウェイ潰し」とも言える措置だ。
日本でも、ドコモ、KDDI、ソフトバンクはファーウェイ製スマホの販売を自粛すると発表した。ファーウェイの端末を買った消費者がグーグルのアンドロイド・ソフトを使えなくなるリスクを考えれば、三社にとってはやむを得ない判断である。同様なことは、日本以外の国にも当てはまる。となれば、ファーウェイは米国以外の市場でシェアを失うだけでなく、新たな市場を開拓することも当面、困難になるだろう。

2. 中国経済はソ連経済のように弱くない

米ソ冷戦は米国の勝利で終わった。最も基本的な理由の一つは、ソ連経済がレーガンの仕掛けた軍拡競争についていけなかったことである。共産主義経済の限界と言えた。だが、それはソ連圏が閉じた経済システムだったから。今日の中国は、政治システムこそ共産党一党独裁を堅持しているが、経済システムは大幅に資本主義を取り入れている。中国人が利益追求に貪欲な民族であることはつとに有名。

中国のGDPは世界経済の19.2%(IMF、PPPベース)を占め、米国経済の15%を既に凌駕している。米国経済の半分にもまるで届かなかったソ連経済とは大きな違いだ。中国経済は長らく二桁成長を続け、今でも6%台で――米中貿易戦争の影響で今年は6%を割り込むという予測もあるが――成長している。低下したとはいえ、世界経済全体の倍のペースである。

中国経済は規模ばかりが注目されがちで、従来は「安かろう、悪かろう」のイメージが強かった。だが最近は、質の面でも競争力をつけた企業が数多く生まれている。その代表格の一つが、今トランプ政権から袋叩きにあっているファーウェイだ。

2018年のスマホ全世界出荷台数のシェアでは、1位のサムソン(20.8%)、2位のアップル(14.9%)をファーウェイが14.7%で猛追。ちなみに、4位の小米科技(シャオミ=8.7%)、5位の欧珀(OPPO=8.1%)も中国企業である。
一方、2017年の世界のモバイルインフラにおけるシェアは、ファーウェイが28%となってトップを占めた。エリクソン(27%)、ノキア(23%)、少し離れてZTE(13%)が続く。
技術力の面でも、ファーウェイは、5Gで競合する他社を12~18ヶ月リードしている、と豪語している。事実、2018年の特許国際出願件数は5,405件で二年連続の首位だった。2位の三菱電機が2,812件だから、ぶっちぎりと言ってよい。中国企業としては、他にもZTE(2,080件)とBOE(1,813件)の二社がベスト10入り。米国からはインテル(2,499件)、クアルコム(2,404件)の二社が入った。なお、国別の特許出願件数では、米国が56,142件で首位を守った。しかし、中国も53,345件と肉薄。日本は49,702件で三位だった。

このような存在だからこそ、米国はファーウェイを先端情報技術分野における自らの覇権――それは経済覇権から軍事覇権にも大きな影響を与える――を脅かす存在と捉え、狙い撃ちともいえるやり方でファーウェイを叩いているのに違いない。

今月に入ってトランプ政権が決めた、安全保障を理由とするファーウェイとの取引停止――それを受け、グーグルがアンドロイド・ソフトを供給停止したほか、日本企業の間にもファーウェイとの取引停止を決断する動きが出ている――は前代未聞のきびしさ。ファーウェイの経営は屋台骨を揺るがされることが避けられない。

だが、ファーウェイも相応の実力を備えている。ただ叩かれ続けるとは限らない。トランプ政権のファーウェイ排除措置を受け、インテルやクアルコムなど米半導体メーカーはファーウェイへの部品供給を停止した。これに対し、ファーウェイは半導体の内製化(自前調達)を進める構えだ。中国政府も面子にかけて全力で支援し、国民も対米ナショナリズムに駆られて支持しよう。グーグルによるソフトウェア供給の停止に対しても、ファーウェイは今年秋にも自前ソフトを開発すると言っている。そう簡単ではないだろうが、もしもうまくいけば、アップルやグーグルなど米企業にとっては、トランプの措置によって自社OSの代替品の登場を促進される、という皮肉な結果になる。

3. 臥薪嘗胆(時間軸の違い)

米中の貿易戦争――もはや、経済戦争と言ってもよい――は、短期的には、明らかに米国が攻勢に出ており、中国は守勢に回ることを余儀なくされている。だが、この米中の勝負、この1~2年で決着がつくような性格のものとは限らない。仮にファーウェイがトランプ政権による怒涛の制裁措置によって再起不能に陥ったとしても、それで勝負が終わることはない。むしろ中国は、臥薪嘗胆、何年、いや何十年かかっても米国との経済戦争を勝ち抜こうと決意を新たにするのではないか。

第二次世界大戦に負けた後、日本人はすっかり長いもの(アメリカ)には巻かれた方がよい、という根性なしになってしまった。1980年代の日米貿易摩擦の時も、米国に対する反感よりも、何とか多めに見てほしい、というメンタリティの方が強かった。(以前の日本は決してそうではなかった。日清戦争後、ロシア、ドイツ、フランスから三国干渉を受けた日本は遼東半島を清国に返還した。しかし、臥薪嘗胆を合言葉に富国強兵に努め、日露戦争でロシアを、第一次世界大戦でドイツを、太平洋戦争でフランスを打ち破った。)

中国人は数千年にわたって強い大国意識と自我意識(中華思想)を持ち、今の日本人よりも遥かに強いナショナリズムを堅持している。長い時間をかけて抵抗し、最後には勝つ、という発想も毛沢東以来の伝統としてある。
1915年に日本から屈辱的な二一か条の要求を受け入れた時、中国国民は臥薪嘗胆を合言葉に抗日運動を展開した。1934年10月、国民党軍に追い込まれた毛沢東率いる紅軍は江西の根拠地を捨て、2年にわたって「長征」という名の撤退戦を余儀なくされた。その後、国共合作によって1945年に日本軍を駆逐し、1949年には蒋介石を台湾に追った。アヘン戦争(1840-1842年)によって失った香港を155年後に取り戻したことも、中国人が長期戦を厭わない民族であることを教えている。ファーウェイ潰しの方針表明に至り、トランプが仕掛けた貿易戦争は中国人が本来持つ闘争心に火をつけたのではないか。

米中経済戦争も、中国はトランプの任期――あと2年弱であれ、6年弱であれ――などにこだわることなく、米国の持つ技術標準を崩しにかかるのではないか。シリコンバレーにいる大勢の中国人を見ると、それもまったく荒唐無稽な話とは思えない。

中国の長期戦は、ドル決済という米国の切り札に対しても向けられる可能性がある。中国は既に「国際銀行間決済システム」(CIPS)というドルを介さない人民元の決済システムを開発し、普及を後押ししている。日経新聞によれば、米国の制裁対象国や一帯一路の周辺国のほか、日本を含め、今年4月現在で865行が参加していると言う。だが、世界の外貨準備に人民元が占める割合はまだ2%にも満たない。米ドルの約62%、ユーロの約20%、日本円の約5%と比べても大きく見劣りがする。今のままでは、「ドル決済からの独立」は遥か遠くにある目標にすぎない。
ところが最近、IT技術の深化に伴って、仮想通貨やネッティングなど、銀行を通さない貿易・資金決済が徐々に拡大してきている。私はこの分野に明るくないので詳しいことは言えないが、その展開次第では、ニューヨーク連銀を経由した取引を制限することで米国が世界中の国々に与えることのできる「脅し」は少なくとも相対化する可能性がある。

なお、蛇足として言えば、どんなに中国経済が膨張したとしても、今のリアルなマネーの世界で人民元が国際的な決済の基軸通貨になることは決してない、というのが私の意見だ。オバマ政権の後期以降、特にトランプ政権になってから、米国はドルが基軸通貨であることを利用して他国に制裁をかけることが増えており、そのことが最近、世界の外貨準備に占める米ドルの比率低下を促している。人民元が基軸通貨の地位を得れば、中国政府はトランプ政権以上にそれを利用し、他国に影響力を行使しようとすることは間違いない。そんな国の通貨を外貨準備として大量に保有したいと考える国は多くないはずだと思うのである。

4. 中国は国力を無駄に浪費しない

米ソ冷戦がソ連の敗北で終わった――少なくとも敗北を早めた――理由の一つに、ソ連が冷戦の後期も含めて(米国以外との)戦争に関わり続け、国力を浪費したことが挙げられる。

米国も朝鮮戦争やベトナム戦争で国力を消耗したことは言うまでもない。しかし、朝鮮戦争は3年で休戦に至り、ベトナム戦争も多大な犠牲を払った後、1973年に撤退した。その後、冷戦が終わるまでの間、米軍が大規模な軍事介入に直接携わることはなかった。
一方でソ連は、ハンガリー動乱(1956年)とプラハの春(1968年)の軍事介入こそ短期で済んだが、1969年のダマンスキー島事件(珍宝島事件)以降、中国との国境紛争は冷戦が終わるまで続いた。この間、ソ連は中国との長大な国境に軍隊をはりつけ続けなければならなかった。1979年に始めたアフガニスタン侵攻は、ソ連版のベトナム戦争と言われる。10年以上続いた戦争によってソ連は少なくとも1万4千人以上の兵士を失い、財政的にも社会的にも大きな負担を負った。
冷戦後、米ソ冷戦に勝利して唯一の超大国となった米国が今度はアフガニスタンとイラクに軍事介入し、長期間にわたって軍事的にも財政的にも国力を消耗することになった。その結果、米国が中国にキャッチアップされる期間は確実に短縮されたと言える。

このように、大国は強大な国力を持つ故に軍事紛争に首を突っ込み、国力を浪費することが往々にしてある。ところが中国は、少なくとも過去数十年、大規模な軍事紛争に直接従事することはなかったし、予見しうる将来も抜き差しならぬ軍事紛争に発展しそうな事案を周辺に抱えていない。もちろん、台湾が独立に動けば、大きな武力紛争になるだろうが、今のところ、その可能性は極めて低い。新疆ウイグル自治区などにおける武装蜂起――中国政府はテロと位置付ける――も、中央政府側の弾圧によって有効に抑え込まれている。
対外的には、インドとの間に国境紛争を抱えており、時に緊張が高まることはある。しかし、中印双方は事態をエスカレートさせないことで暗黙に合意しているようだ。南シナ海では、複数の国が領有を主張している係争地域に軍事進出――埋め立てと軍事基地の建設――を急ピッチで進めている中国。ただし、中国との間で軍事力に差がありすぎるため、係争相手国(ベトナム、フィリピン、インドネシア等)が実力行使に及ぶことはまずない。米軍も「航行の自由」作戦は繰り広げているが、あくまで中国に対する牽制にとどまり、武力に訴えて原状復帰させようとまではしていない。
東シナ海(尖閣諸島)についても、海警などによる領海侵犯は繰り返すものの、武力侵攻の意図までは見受けられない。
いずれにせよ、米中対立が二大ブロックの対立に発展しない限り、中国は米国以外の国々を取り込もうとするか、少なくとも完全に米国の陣営に走らせたくないと考える可能性が高い。したがって、国境に関わる潜在的な紛争案件について過度に緊張を煽ることは控えるものと思われる。
最後に、中国が近年、PKOに積極的に人民解放軍を参加させていることについても一言。これは所詮、PKOであり、いざとなったら、派遣期間の途中であっても引き揚げさせればよい。

今日の中国指導部は、自らが大規模な軍事紛争(戦争)に巻き込まれ、それによって中国の国力が浪費されることを明白に厭っている。つまり、冷戦期のソ連のように自滅してくれる可能性は低いと思われる。
中国が冷戦期のソ連によるアフガン侵攻のような轍は踏むことなく、ひたすら低姿勢で米国の攻勢をやり過ごす一方、経済戦争に負けないための投資を静かに(しかし、大規模に)行い続ければ、中長期的には中国にもチャンスは出てくるだろう。いわんや、米国が中東方面(特に対イラン)で余計な軍事介入に及ぶようなことがあれば、中国指導部はほくそ笑むに違いない。

5. 保護主義が米国経済を弱らせる可能性

保護主義は長い目で見るとその国の経済を弱くする――。米国は従来、そう主張してきた。競争にさらされれば、企業は生産性を上げるべく努力し、それができない企業は競争に敗れる形で退場する。その結果、生産性の高い企業が生き残るか、当該分野の製品は輸入品に代替されることで経済的には最適性が実現する。まさに資本主義と自由貿易の論理である。
もちろん、実際には経済学の教科書のようにはいかない。米国政府も多かれ少なかれ、自国産業を保護してきた。だが、トランプ政権が「公正な貿易」という名目で行っている保護貿易は、これまでとは一線を画する規模を持ち、範囲も広範である。

保護主義は保護された産業の生産性の改善を中長期的に妨げ、国全体として見れば産業のコストを引き上げることになる。日本経済新聞によれば、2018年に米国が輸入した鉄鋼の量は前年に比べて12%減少し、国内鉄鋼メーカーの出荷量は5%増加、国内工場の稼働率も4.8ポイント上昇して81.4%を超えたと言う。だが、それは決して、米鉄鋼メーカーの生産性や技術力が上がったおかげではない。将来的にはまた輸入品に押される日が来るだろう。一方で、米国の自動車メーカー全体では、同年に鉄鋼コストの負担が56億ドル(約6200億円)増加した。

トランプによって保護される産業は、国際競争力が劣っているにもかかわらず、トランプ再選のために必要な支持基盤だからという理由で政府によって守られる。しかし、弱い産業を守り、本来退場すべき企業を生きながらえさせる政策は、その国の経済の競争力を弱め、最終的にはその国の成長力そのものを失わせる。それは日本が過去数十年やってきた産業政策であり、その結果が今日の日本経済の体たらくだ。

中国経済が規模で米国経済をやがて抜く――購買力平価ベースでは既に抜いているが――ことは誰もがわかっていること。だが、米経済がトランプの保護主義で守られる一方、その裏返しで危機感を抱いた中国企業が国ぐるみで米国との競争に明け暮れるとしたら? 生産性や技術力の面でも中国経済が米国経済を抜く日がやって来ても、不思議ではない。

6. 軍事面で中国とロシアが手を握る可能性

中国軍が軍事力の面でも米軍を急速にキャッチアップしてきていること、それでも米国の軍事力は中国の軍事力をまだ凌駕していることについては、4月21日付のポスト(グラフ②とグラフ③)で述べたとおりである。この分野においても中国が米国との差をどんどん詰めていくことは間違いない。ただし、通常兵力の面でも中国が米国に完全に追いつくのはもう少し先の話だし、核兵力の格差は大きすぎるくらいある。

しかし、中国がロシアと軍事面で手を組めば、特に核兵力面での対米ギャップは一気に解消する。その意義や可能性については5月18日付のポストで述べたのでここでは繰り返さない。
1970年代初頭の米中国交正常化というコペルニクス的な外交革命は、ニクソンやキッシンジャーだけでなく、毛沢東もほぼ同時に着想を得ていたもの。今回、米国には中国を抑え込むためにロシアと組む、という選択肢はない。中国のみが、米国に対抗するためにロシアと組む、という戦略的な選択肢を持っている。

 

誤解してもらっては困るが、私は今回のポストで、米中対立は中国が有利である、と主張するつもりはない。ただ、この対立がトランプの任期中に片が付くような性格のものではなく、総力戦・持久戦になる、と言っているだけだ。

ついでに言うと、長期戦なら中国に分がある、と言うわけでもない。
中国の場合、今は国力を押し上げている人口の多さが、そう遠くない将来、国力の足を引っ張るようになる可能性が高い。国民の所得がある程度進むのと、日本のように少子高齢化が進むタイミングが重なり、社会保障を維持するのが相当大変になることはまず間違いない。中国にとっては、人口動態による負荷の増大が目立つ前に米国と痛み分けに持ち込めるかどうか、が大きなポイントになるだろう。

先月来、5回にわたって米中対立を分析した。とりあえず今回で一区切りつける。
だが、このむずかしい時代に日本の舵取りはいかにあるべきなのか?
考えるべきことはまだまだ多い。