先月29日、G20で来日したドナルド・トランプ大統領の記者会見が大阪で開かれた。そこでトランプは、日米安保条約が不公平だと批判し、日米安保条約を改訂する必要があると述べた。その4日前、6月25日には、トランプが側近に対して日米安保破棄の可能性について漏らしていたというリーク報道があった。翌26日には、米フォックス・ビジネス・ネットワークとの電話インタビューでトランプが日米安保条約の片務性についてあからさまに不満を述べていた。現職の米大統領が日本に来る前後のタイミングで日米安保を批判したため、トランプ発言は大きな注目を浴びた。
しかし、日本の敷居をまたいだうえで「お前たちはフェアでない」と言われたのに、この国の政治からもメディアからも、目立った憤りの声は聞こえてこない。ああ、情けなや。
トランプの発言は、シンプルなメッセージでストレートに響く。同時に、それは短い中にもフェイクを交えていることが多い。日米安保に関する今回の一連の発言も例外ではない。しかし、聞こえてくるのは、やれ「トランプの真意は何か?」「今後、トランプは日本に何を要求してくるのか?」「日米同盟を維持するため、日本は米国を守るべきではないか?」という議論――しかも、とても中途半端な議論――ばかり。まさに、日本中が「トランプ劇場」にはまっていると言ってよい。
このポストではトランプ発言に潜むフェイクを指摘し、ついでに「少しはトランプに反論してみろよ」とお上品で頭でっかちなこの国の政治家さんたちに(無駄と知りつつ)注文をつけてみる。
日米安保に関するトランプ発言
トランプは何と言ったのか? 6月29日の大阪会見におけるトランプの発言は、以下のとおり。(英語を参照して、多少補足した。)
Q:大阪での安倍晋三首相との会談後、日米安保条約の破棄についてまだ考えていますか? また、首相はそれについて何を語りましたか?
トランプ大統領:いいえ、日米安保の破棄は全く考えていない。(日米安保条約は)不公平な合意である、と私は言っているだけだ。過去6カ月間、そのことについて安倍首相に話してきた。私が語ったのは「仮に誰かが日本を攻撃すれば、米国は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」ということだ。我々は四つに組んで戦い、日本のための戦闘にコミットする。誰かが米国を攻撃しても、日本はそうする必要がない。これは不公平(unfair)だ。(日米安保条約の締結によって)我々が行ったディール(取引)はこのようなものだ。(中略)だが、私は安倍首相に対して、我々はそれを変えなければならない、と話した。なぜなら、誰も米国を攻撃することのないよう望むが、仮にそのようなことが起これば――その逆になる可能性の方がずっと大きいが――、誰かが米国を攻撃することが万一あれば、(逆のケースで)米国が日本を助けるのであれば、日本は我々を助けるべきだからだ。安倍首相はそのことを分かっている。米国を助けることについて、彼には何の問題もないだろう。
トランプは、日米安保条約を破棄する考えこそ、明確に否定した。しかし、現職の米国大統領が日米安保条約を「不公平(フェアでない)」と呼び、改訂すべきだと公の場で――しかも日本で――明言したことの意味は大きい。
1960年に改訂された日米安保条約はこう記す。
第 5条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(以下略)
第 6条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)
日本に対する武力攻撃があれば、米国は日本を守る(=第五条)。日本に米国を防衛する義務はないが、その代わりに米国は基地を日本の領土の置き、事実上自由に使ってよい(=第六条)。日米両国は過去半世紀以上にわたってこの考え方を共有し、「日米の責任分担はバランスがとれている」という見解を相互に確認してきた。今回、トランプはそれを真っ向から否定し、日米安保を「アンフェア」と呼んだのだった。
トランプが開けた「パンドラの箱」
政治の決めごとの中には、穏健で回りくどい説明が専門家や官僚たちの間で賢明とされる一方、一般人の感覚からすれば「どこかおかしい」と思われることが往々にしてある。そんな時、パンドラの箱ではないが、名のある指導者が一たびそれを「おかしい」と公言すれば、「そうだ、やっぱりおかしい」と思う人の数が一気に増えたりする。
米国の対北朝鮮政策もそうした例の一つだ。米朝が軍事衝突すれば、北朝鮮軍の射程に入っているソウル市民や在韓米軍に甚大な被害が予想される。そのため、米国が北朝鮮にかける圧力には限度があるというのが、長年にわたって米政府の考え方だった。ところがトランプ政権は、クリントン、ブッシュ、オバマのそうした北朝鮮政策をきびしく批判し、軍事的選択肢も排除しないとして「最大限の圧力」を北朝鮮にかける方向に舵を切った。今や、米議会は民主党も共和党も、金正恩と安易な妥協をせず、トランプが安易に圧力を緩めないよう圧力をかける側にまわっている。
「米国は日本を守るのに日本は米国を守らない」というトランプの主張は、様々な事情を省略すれば、米国人にとって直感的に否定しにくい。今回、現職の大統領が公の席で「日米安保は(米国にとって)アンフェア」だと言ってしまった以上、今後は「日米安保はアンフェア」だと思う米国人が確実に増えるだろう。そうなれば、将来、民主党の大統領を含め、トランプ以外の人が大統領になっても、トランプ以前のように「日米安保は不平等ではない」という見解をとるかどうかは疑問だ。
トランプ発言のフェイク~米国は本当に中国と戦うのか?
トランプは日米安保のどこがアンフェアだと言うのか? ここでおさらいしておこう。
アンフェアという意味についてなら、大阪での発言よりもその前に行われたフォックスとの電話インタビューの方が詳しい。
6月26日のインタビューでトランプは、「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦う。我々は命と財産をかけて戦い、彼ら(日本人)を守る」と強調した。続けて、「しかし、我々(米国)が攻撃されても、日本は我々を助ける必要はない。彼らは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ていられる」と述べた。
実際に聞いてみると、当該電話インタビューの中心テーマは米中貿易摩擦であり、日本に関する発言はインタビューの中盤で飛び出したものだ。しかも、トランプはすぐに批判の矛先を欧州に移し、ドイツをこき下ろしている。私の印象では、トランプは最初から日米安保を批判するつもりだったというよりも、司会者に訊かれて咄嗟に発言したように思える。とは言え、同じ趣旨のことをトランプは大阪でも話しており、トランプの日米安保観がこういうものであることは間違いない。
フォックスのインタビューでは「日本が攻撃されれば、米国は第三次世界大戦を戦う」と言い、大阪の会見では「仮に誰かが日本を攻撃すれば、我々は日本に続いて戦闘に加わり、実際に全力で臨む」と語ったトランプ。だが、ここに既にフェイクが潜んでいる。
第三次世界大戦を戦う、という以上、トランプは暗黙の裡に「日本が中国に攻撃されれば、米国は中国と戦う」と言っていることになる。本当にそうなのか?
中国が万一、在日米軍基地を攻撃するようなことがあれば、それは米国に対する攻撃以外のなにものでもない。この場合、米国にとって中国と戦う以外の選択肢はない。中国が米国の同盟国である日本の大都市圏を攻撃しても、米国は中国が日本の次に(在日米軍基地を含む)米国を攻撃すると考える可能性が高い。この場合も、米国は中国と戦わざるをえないだろう。これで終わりなら、トランプの発言にフェイクはないことになる。
問題は、実際に日本が中国から攻撃されるとすれば、そのような「ハード・ケース」が現実のものになる可能性はまず想定できないということ。中国による日本攻撃があるとすれば――それですら確率的には決して高くないが――、最もあり得るのは局所的な戦闘である。
例えば、尖閣諸島周辺や東シナ海のガス油田付近で日中が衝突するケース。事態がエスカレートし、中国が本土の都市部にミサイルを撃ち込んできたりすれば別だが、自衛隊と人民解放軍の戦闘が東シナ海上にとどまれば、米軍が表に出てくることは期待薄だ。
日米安保条約をもう一度よく読んでみよう。第5条に書かれているのは、日本が他国から武力攻撃された時、米国は「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」ということだけだ。NATOの場合は、加盟国が「国際連合憲章第五十一条の規定によって認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助する」と取り決めている。それに比べると日米安保の相互防衛条項は随分レベルが低い。
結局、日米安保条約で定められた「自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処する」ために米国がとる具体的な行動は、日本に対する攻撃が起きた際の様々な状況、被攻撃対象の重要性、米軍が軍事介入した時に予想される損害の程度等々を米国政府が総合的に解釈したうえで決まる、ということだ。
常識的には、尖閣諸島のような絶海の無人島のために「米国兵士の生命を失ってもよい」と考える米国大統領はまずいない。日中が尖閣周辺で衝突した場合、米国が一番避けたいのは戦闘がエスカレートし、在日米軍が巻き込まれて中国と戦わなければならなくなることだ。米国は日中双方に強く自制を求め、場合によっては戦闘を拡大しないよう日本に圧力をかけてくる可能性すらある。調停役を買って出ることはあっても、トランプが言うように第三次世界大戦を覚悟して最初から全力で戦闘に加わるとは到底考えられない。
尖閣有事で米軍が自衛隊と一緒に中国軍と戦ってくれる可能性は低い、というのが日米安保条約をめぐる現実。トランプが言ったようにはならない。つまり、トランプ発言はほぼフェイクと言うべきだ。
日本政府はトランプ発言を「見て見ぬふり」
トランプ発言に対する日本側の反応は、正論ではあるが陳腐なものだった。
6月27日の記者会見で菅官房長官は、先ほど紹介した、日米政府間でこれまで了解してきた日米安保条約に関する見解を繰り返した。
日米同盟というのはですね、この安保条約で第5条においてはわが国への武力攻撃に対して日米が共同で対処する。ここは定めています。そして、第6条において、米国に対してわが国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和と安全の維持に寄与するために、わが国の施設、区域の使用、これを認めている。5条、6条でですね、このようなことをしっかりとうたっています。
日米両国の義務、そういう意味において、同一ではなくてですね、全体として見れば、日米双方の義務のバランス、ここはとられているというふうに思っていますので、片務的ということは当たらない。片務的ではなくて、お互いにバランスをとれている、そういう条約であると思ってます。
安全保障の専門家が採点すれば、合格点をつけるに違いない模範解答である。しかし、トランプは論理性や官僚的な積み上げよりも直感とディール感覚で物事を判断する人間だ。こんな「屁理屈」に動かされることはない。現に、安倍は過去半年間、トランプを説得することができなかった。
私が何よりも驚いたのは、トランプに大阪という場所でこれまでの日米間の取り決めを否定する発言をされたにもかかわらず、日本政府が何事もなかったような反応に終始していることである。プライドも何もあったものではない。
トランプ政権の誕生後、安倍政権はトランプを刺激せず、トランプの要求があれば早い段階でそれを一部受け入れることによってトランプの「標的」にならないよう努めてきた。これまではその戦略が功を奏し、北朝鮮、中国、イランだけでなく、ドイツなど欧州諸国やメキシコ、カナダといった同盟国が次々とトランプの標的になる中、日本はその陰に隠れて比較的「うまく」立ちまわってきた。(トランプ政権によって最も優遇されている国がイスラエルであることは言うまでもない。)
今回も日本政府はトランプ発言を問題視せず、今後も米国に多少の譲歩を繰り返すことで「やりすごそう」と思っているのかもしれない。しかし、今回トランプが突きつけた日米安保の双務性に対する疑問は、誤魔化すには根本的すぎる。
日米安保に関するトランプの一連の発言があった後、駐日米国大使のウィリアム・ハガティはトランプ発言について「米国ほど軍事支出をしない(日本など)多くの同盟国へのいら立ちを表明した」と解説し、在日米軍駐留経費負担の増額や日本の防衛予算増額が必要になると示唆した。
日本の米軍駐留経費負担割合は約75%で同盟国中最も高いが、現在の協定は2021年3月に期限を迎えるため、再選されなくてもトランプ政権が交渉相手となる。しかし、トランプ政権は少なくとも内部的には、同盟国に対して米軍駐留経費総額の1.5倍以上を支払うよう求める「コスト・プラス50」方式を検討している模様だ。
トランプは日本やドイツなどの同盟国が安全保障面で米国にただ乗りしていると批判してきた。日本に対し、米国を防衛するための集団的自衛権の行使を求めるだけでなく、日本の防衛予算を大幅に増やすよう要求してきても何の不思議もない。日本が防衛予算を増やすということは、米製兵器をもっと買わせることを意味する。大統領再選に向けたアピールにもなって一石二鳥となろう。(トランプはこれまでも日本による大量のF-35購入を誉めそやしている。)
今後、トランプは日米安保の改訂を求めてくるのか? 日本に防衛予算や米軍駐留経費の増額を要求するのか? はたまた安保を材料に貿易協議での譲歩を迫るのか? いずれにしても、今のままトランプのペースが続けば、日本はいいように引っかき回され、ディールでも圧倒されることになるだろう。
トランプとやり合う気概を持った政治家も皆無
政府だけが反応が鈍いわけではない。与野党問わず、日本の政治家たちはトランプ発言に対し、おしなべて沈黙している。
私の知る限り、トランプにはっきり噛みついたのは共産党の志位和夫委員長だけだ。志位は「本当にやめるというなら結構だ。私たちは日米安保条約は廃棄するという立場だ。一向に痛痒を感じない」と啖呵を切ったらしい。だが、日本国民の大多数が共産党の主張する日米安保廃棄に共感するはずもない。トランプにとって志位さんの発言は、それこそ痛くも痒くもない。
他の与野党幹部に至っては、ダンマリか、菅官房長官と同じ小賢しい解説を繰り返すだけ。他国の政治家に自分の国(大阪)であんなことを言われ、まともに反論する政治家が出てこないなんて、ひどい話だ。
せめて、こんなツイートをする政治家はいないものか?
トランプさん、あなたの言うように防衛面のみで双務的な内容に日米安保条約を改訂し、そのうえで日本に米軍基地を置き続けたいと言うのであれば、我々はあなた方に地代を要求させてもらいますからね。
上記では長すぎるようなら、こんなのはどうだ?
トランプさん、あなたが 5条の改訂を求めるのなら、我々は 6条の改訂を求める。
言っていることは、従来の政府のスタンスの延長だが、トランプが反応するカネの話と結びつけているのが味噌である。
日本の有力な政治家がこんな発信をすれば、トランプや米国サイドは「米軍基地がなくなって困るのは日本だろう? 俺たちは出ていっても構わないんだぜ」とすごんでくるだろう。その時、怯まないで米国との議論に立ち向かえれば、日本の安全保障政策は一皮むけると思う。しかし、そんな度胸と知性を持った政治家が見当たらないのは実に淋しい。
そう言えば今は参議院選挙の期間だった。トランプが6月29日にあんなことを言ったのに、党首討論等で日米安保のあり方や日本外交が論争にならないなんて、この国の政治はもう呼吸すらしていないのではないか。
反米ではないが米国と渡り合う気概を持ち、軍事力の有用性をしっかり認識したリベラルがこの国に登場することを期待してはならないだろうか――? 今回は脱線したまま、この辺で終わりにする。